ヒーローズ・トーナメント

夢=無王吽

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第十二話『十字架』

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 ──秘密結社〈フォー・スペース〉。
 そのての好事家マニアの間では、最も謎の多い秘密組織として有名である。
 十字型に四つに区切られた紋章は広く世間に知られており、そこには名の由来が表されているとされる。が、その説はあくまで噂であり、素人の語るネット由来のオカルトに過ぎない。
 組織は実在する。
 組織名も公表されている。
 紋章に至っては〈フォー・スペース〉所有の建物の入口や柱に彫刻されたもの、会員の背広スーツなどにつけられた記章などが画像として出回っており、テレビ番組でも面白おかしく特集されている。
 一般人でも各国支部の集会場などに行けば、紋章を目にすることは可能である。
 それは、奇妙なデザインだった。
 石柱などに彫られているものは形だけだが、記章などには着色がされている。
 黒く四角い下地が縦横等分に白い十字線で区分され、区切られたそれぞれには、四つの象徴シンボルが描かれている。
 縦に長い青色の三角形が左上に。
 横に長い白色の菱形ひしがたが右上に。
 縦に三本並んだ黄色の波形なみがたが左下に。
 横に二本並んだ赤色の雷型いかずちがたが右下に。
 それぞれのシンボルには複数の意味があるとされ、さらに意味それぞれには表と裏の解釈があるとされているが、それすら諸説ある都市伝説のひとつである。
 一般的に有名なのは──と言ってもそれを知るのはマニアだけだが──左上から順に、鼻、目、耳、口を表しているとされる説だった。
 基となったのは中世に数々の伝説をのこす〈聖十字騎士団クロスナイツ〉だとされているが、そのような騎士団が実在したのか、実在したとして伝説のどこまでが真実なのかを証明できる者はおらず、証拠とされている書物や遺物、建造物やその跡地を調べ、推測するしかない。その結果、導き出された結論を信じるか否かは自分で判断するしかなく、無責任に語る一般人だけでなく、研究者を自称する者らの抱える膨大な資料もまた然りであった。
 四つのシンボルは感覚器官を表すと同時に、騎士団の中心であったと伝承される四つの貴族家系を表しているとされ、それは写真や国家機関の調査記録、関係者の所有する書物や、秘蔵物などにのこされたDNAなどから実在が証明されている。しかし現在では、四つの家系のうち三つの血筋が途絶えてしまっており、家系図も資産も、のこる一家系へと統合されてしまっていた。
 つまり現在の〈フォー・スペース〉とは、たった一つの家系、それも、本家筋の一家のみが中心となって運営されている、独裁に近い組織なのである。
 会員制と噂される〈フォー・スペース〉には、世界中の政財界の大物や、貴族、学者、有名人が在籍していると噂されるが、それが真実か否かは不明である場合がほとんどであり、会員であることを公言している極一部の人物や組織についても、所属の理由や役割などは明らかにされていない。
 なんらかの特権や利権との因果関係があるのかもしれないが、それを突き止めたジャーナリストや外部の研究者は皆無である。
 世界の権力者たちが法皇のように敬う──と噂される──現代に唯一残ったその血筋こそが、〈ロールシャッハ家〉であった。


 ここから先は、一般には知られていない情報である。
 ロールシャッハ直系の血族には代々、超常の力を持つ者が生まれる
 かつて四つの家系全てに超常の力を持つ血ががれていたが、いくつもの戦乱を経て四家系はロールシャッハ家に統合され、四つの超常的能力もまた、婚姻により全てがロールシャッハの子孫へと継がれている
 一族の所蔵する数多くの書物や家系図などを探索すれば、そこには伝説の超人の名がいくつも記録されている


 コリィも三流記者時代、〈フォー・スペース〉については何度も取材し、記事にしたことがあった。
 事実も、そうでないことも、どちらかわからないことも書いた。
 組織が有名なだけに流言飛語には事欠かず、真偽を問わず話を盛って書くことができ、ある程度の信憑性をもたせることも容易だった。なぜなら、真実を知る者は口を噤んでいるため、そして当時のコリィは、具体的に誰が会員なのかを詳しくは知らなかったために、誰も反証できないと思い込んでいたからである。
 表に出ない情報を得られるようになった現在では、当時、いかにも真実であると吹聴していた情報のほとんどがガセであったことを、若干の恥という痛みとともに確認済みである。
 その組織に関する情報はあまりにも濃い闇に覆われており、安易に手を出してはならない世界規模の深淵であるということも思い知らされた。
 そもそも、一国の政府や大企業の裏情報すらまともに入手できない、素人同然の表のタブロイド記者などに、調べられる類のものではなかったのである。

 
〈フォー・スペース〉が抱える数多い秘密のなかには、闇に棲む玄人の情報屋にも簡単には入手できない、極秘中の極秘ネタがあった。
『ロールシャッハ家の当代には、一卵性双生児の姉妹がいる』というものである。
 そしてその〈噂〉には、続きがあった。
 長女の名は、エルという
 次女の名は、ローラという
 二人は、一族史上最強の能力者だと言われている
 ここで言う〈噂〉とは玄人筋の〈噂〉であり、〈確証の得られない真実〉という意味を持つ。
 確証が得られないのになぜそれを真実と呼ぶのかは、素人の言語には訳せない、裏社会のみの感覚だった。
 たとえばその〈噂〉に尾鰭がついていたとする。
 一般的な感覚で言えば尾鰭がつくという現象は、信用に値しないという意味を、その情報に与えてしまうだろう。しかし裏社会においては尾鰭にもちゃんと意味があり、そこを含めて真実と捉えるのである。その独特の〈匂い〉を含んだ情報を、素人はフェイクニュースと区別できない。それは物事を遠くから漫然と眺めるのと至近で見て実体験する違いに似ている。動物園やテレビ画面の向こうでライオンが肉を食らうのと、眼前のライオンに自分が肉として認識されるのでは、ライオンに対する感情は対照的になるはずであり、尾鰭とはその差を表している場合が多い。生命の危機を認識するため、事実と事実を合成して体験者視点を上乗せするという盛られかたが多いようである。賢者を気取り、勝手に尾鰭だと分析してそれを差し引いて捉えてしまう者と、無垢な幼子のように噂を鵜呑みにしてしまう者とでは、後の生存率に明らかな差が出ることになる。玄人から玄人へと流れる〈噂〉とは、そういった類のものなのである。
 即物的な一般社会の常識では理解するのが難しい感覚ではあるが、事情通ぶって裏読みをする者には、相応の経験と情報力が必要であることは、表社会においても同様である。生命の危機が日常に潜む日陰者たちの社会では、その意味で純真さに勝るものはない。乱暴な分類をするならば、信用すべき対象が表社会とは逆なのである。流通を含むインフラストラクチャーや数値的に正しいとされる情報を疑い、法螺のごとく盛られた逸話を信じる。物証や科学を疑い、荒唐無稽な伝説を信じるのである。


 ヒーロー〈チョウチョ〉に関するネタはコリィが、情報屋ギルドのトップである三人の親方マスターの一人、〈逆さ柱タリスマン〉から高額で買ったものだった。
 情報等級は最高レベル。
 コリィのような半ゲソが得ても、つかう機会などないはずの極秘ネタである。
〈逆さ柱〉は情報屋ギルドに属していながら、フォー・スペースの会員でもある。故にこのネタは情報筋ネタもとから仕入れた新鮮極まりない活きた極上ネタであり、卜骨の後押しがなければ、コリィの独力では、どれほど銭金を積もうとも買えない種類のネタであった。
 卜骨の口添えで売るこの情報の使い道を、逆さ柱は問わなかった。
 逆さ柱は終始、卜骨としか口を利かず、コリィは護衛に囲まれたままで、会話に参加するどころか、親方たちに近付くことも許されなかった。


 玄人の情報屋でも入手不可能なはずの都市伝説が、今、コリィの眼前に腰掛けていた。
 逆さ柱が勝手に情報を売ることはないので、ロールシャッハにもコリィの情報は渡っているはずであり、ローラの言葉は実際に、それを証明していた。
 ローラ・ロールシャッハ。
 噂では十歳とのことだったが、外見は噂のとおり、未発達な児童に見えた。
 子供だが、スタイルは一流のモデルのように優れている。
 細身で小顔、すらりとバランスよくのびた手足や首。
 つんと尖った気の強そうな鼻だけが人間らしく、他はつくりもののように整然と配置された、黴とゴミだらけの汚れた部屋を背景にするとぼんやりと輪郭が光り、浮き出て見えるほどの美少女だった。妙に艶っぽい仕草とともに悠然と瞬きをする整ったまつ毛に飾られた青い瞳が、コリィを値踏みするように見詰めている。
 表面が光を透過しているかのように、その肌はキメ細かく滑らかだった。
 髪の毛も金の糸のように繊細で、一本一本に生命力を感じさせる。
 服装はワイルドで、溢れ出る美しさをわざと汚しているようにも見えた。
 よれたTシャツの上に擦り切れたライダースジャケットを重ねて、膝頭の破れたグレーのストレートジーンズの裾を、軍靴のようなゴツいブーツに収納している。
 少女はふんぞり返り、客用ソファの肘掛けに悠々と両腕を休ませて、王のように腰掛けていた。
 彼女が本当に政府子飼こがいの暗殺者〈チョウチョ〉であれば、コリィなど蟻よりも簡単に殺せるはずである。力の差を考えれば、この態度は傲慢ではなく、当然だと言えた。獅子は鼠にへつらわない。
 コリィは混乱していた。
 視覚情報と脳内情報が、あまりにも一致しないからだ。
 この細く非力そうな少女が、世界最強と噂されるヒーロー〈チョウチョ〉だと、どうしても認識できない。
 強者特有の威圧感を、皮膚や本能が感知しない。
 コリィは大きく深呼吸をし、情報を小出しにして試そうと決めた。
 狡猾そうな目つきと口調で、チクリと仕掛ける。
「ローラと、双子のもうひとりはたしか、エルだったな」
 長椅子型ソファの背もたれに無造作に置かれたトレンチコートの内ポケットからタバコを取り出して銜え、マッチで着火して煙を深く吸い込む。
 火薬の匂いが鼻腔の奥をツンと刺激し、甘く香る煙で肺腑が満たされる。それをゆっくりと吐き出しながら、マッチを振って先端の火を殺し、テーブルに置かれたガラスの灰皿へと放る。
 少女は黙って、その一連の動作を眼で追っていた。
 コリィは自分の手の動きを追う、濡れた宝石のような瞳の動きを観察する。
 少女の視線が再び、コリィの顔へと戻る。
 寝起きの不潔な短髪は、無雑作と呼ぶのも憚られるほどに寝癖が暴れていた。
 顔中の無精髭はしばらく剃っておらず、それとほぼ同じ期間洗っていない顔には酸化した皮脂が蓄積していた。
「姉貴のほうは今、大きな屋敷で昼寝中か? 政府にさらわれた妹は汚れ仕事で、こんなボロ部屋に出張ってんのにな」
 挑発的な質問を投げて様子をみる。
 反応は警告か、力を見せての威嚇かと予想する。
 謝罪のタイミングを誤れば殺される怖れもある、危険な試みだった。
「さらわれていない。私は政府の機関に預けられただけよ」
 少女が冷静な声で訂正したのを受け、唸りそうになるのを堪える。

 ノッてこないか。餓鬼のくせに冷静だな。

「一緒だろそれ」
「違う。私は帰ろうと思えばいつでも帰れる」
「じゃ、ちなみに最近は、いつ帰ったんだよ?」
「そんなことを、あなたに言う必要はない」
「そりゃ、まぁ、そうだな」
 コリィは顔の半分に皺を寄せ、自嘲するように嗤う。不快な笑みだった。少女がその自分の顔をどんな目で見るのか、睨めあげるような目付きで観察をする。
 少女の表情は、AIの作るCGのように揺るがなかった。
「ゴー・キラーを捜すのに、必要な金額を言って」
 
 なるほど、俺の挑発を値段交渉だと踏んだのか。

 コリィは肩を竦め、頭を振る。
「無理だな、捜せない」
「嘘はやめて、時間のムダだから」
「正確に言や、〈殺す目的では〉捜せない、だな」
「どういう意味?」
「やつは移動能力者だ。自分の意思以外で、誰かと会うことはねぇよ」
「テレポーターなの?」
「ああ」
「居場所の特定は可能だけど、追えば逃げられるってこと?」
「向こうにゃ、あんたと殺りあう理由がないからな」
「勝手なことを言わないで。理由ならちゃんとある」
「なんだよ、言ってみな」
「ゴー・キラーは、時空移動能力者でしょ?」
「……は?」
「やめて。知らないふりは時間のムダだから」
「野郎が異次元から来たとしたら、なんだってんだ?」
 ローラがぐんと前のめりに、身を乗り出す。
「あなた、エルの能力については?」
「ああ、知ってる。噂だがな」
「あなたの言うその〈噂〉という隠語は風評の類いじゃないでしょ? ギルドから仕入れた情報よね?」
「へぇ、すげえな」
「茶化さないで」
 コリィは口を閉じ、降参の手振りをした。
「私の双子の姉は、予知能力を持って生まれた」
「ああ、聞いてるよ」
 ローラがふんと鼻で嗤う。
「予知というのは、あなたの想像を超える怖ろしい能力よ。私の能力は、外部から強引に物理的に干渉するから強く見えるだけで、エルには敵わない。彼女の能力は物理的に説明ができない。魔法と呼ぶしかないような能力なの。占いとか推理とは根本的に違う、未来を知ることができるという矛盾のような能力。わかる? 知るというのは本来、過去の話なのに、未来を知ることができるということの凄さを、あなたは感覚的に理解できる? これは神の能力よ。神には〈始めもなく終わりもない〉。本当の無限には、到達点ゴールだけでなく、起点スタートすらも存在しない。時間というものの外側にいる存在にしかつかえないはずの能力を、私たちと同じ人間が操っているという奇跡を、あなたは理解できる?」
「そういう難しい話は、学者相手にやってくれや」
 コリィは態度こそ興味なさげだが、内心では興奮していた。
 伝説のロールシャッハ家のヒーロー本人が、その内情を教えてくれているのだ。
 ここは自分の部屋なのに、まるで現実感がなかった。
 まだ自分は眠っているのではないかと疑ってしまいそうになる。
「エルは、『未来が消えた』と言った」
「どういう意味だ?」
 本人たちも知らぬうちに、互いの顔が間近に迫っていた。
 香水なのか石鹸なのか、それとも美容品の香料なのかは不明だが、人工的な安い匂いではない、脳が安らぎを覚えるほどの華やかで上品な匂いがローラから漂ってくる。
 これはきっと信じられないほど高額の、なにかの匂いなのだろうなと、コリィは頭の隅で分析する。
「エルの能力が失われた可能性は?」
「ない。『未来はのに見えない』とエルは言った。時間は滞りなく進むのに、未来がない。ということは宇宙は存在するのに、私たちの存在できる惑星としての地球は、存在していないのかもしれない」
「そんなバカな。なんだかわからねぇが、なにかが矛盾してんだろ、それ」
「エルが未来視の能力者として盲目になったのでないなら、未来のほうが消えたと結論するしかない」
「そりゃ、それまでの未来と変わっただけじゃないのか?」
「だとしても、存在すれば見えるはず」
「だがよ、いくらなんでも、地球が消えるなんてのは世迷い言だろ」
「私も地球の惑星としての寿命が突然やってくるとは思わない。でも次元の狭間に落ちて、〈この現実〉の可能性の全てが消えるのは、あり得ないことじゃない」
「消えるってのは、どういう状態なんだよ」
「神のプログラムのバグ。宇宙のシステムの歪み。人類の歴史の消滅」
「おいおい」
「エルの能力は、この次元に限っては神の視界と同義なの。彼女に見えないなら、存在しないと考えるしかない」
「破滅じゃなく、消滅ってのがその、いや、やっぱりわかんねぇな」
「私にも正確にはわからない。それを見た、というか見えなくなったとき、エルはショックで失神して、そのまま数日間、高熱をだして寝込んだ。快復した後にもう一度確認したんだけど、やはり未来は見えなかった。在るべき未来の過去としての現在が変えられたと判断したエルは過去へと遡り、原因をゴー・キラーの出現だと突き止めた。でも解決法はまだ判明していない」
「野郎を殺しても、解決するとは限らないのか?」
「そうね」
「なら、なんで殺すんだよ?」
「神は贖いによってしか、未来をくださらないからよ」
「だからカ……野郎を、生贄に捧げようってのか?」
「いいえ、もしかしたら神への供物は、私のほうかもしれない」
「わかんねぇ、もっとわかるように言ってくれよ」
「私がゴー・キラーを殺して贄とするかその逆かは、エルにもまだわからないってこと」
「決闘するってことか?」
「本当は、居場所さえわかれば、一方的に殺そうかと思ったんだけどね」
「そんなやりかたで、未来はもとに戻んのか?」
「正々堂々と殺し合うなんていう正義感は、神の聖典にはないのよ」
「……そりゃつまり、勝負ってより、戦争ってことか?」
「そう考えてもらって構わない。戦えるなら形式は決闘でもなんでもいい。交渉の方法は、あなたに任せる」
 コリィはローラから視線を逸らし、短くなったタバコを灰皿でもみ消した。
「話は、わかった」
 ローラがピクリと反応し、強い視線をコリィへと向ける。
「依頼を請けてくれるの?」
「ひとつ、質問に答えてくれるならな」
「もうさっきから質問ばかりしてると思うけど、なに、言ってみて」
「その決闘だか戦争だかってのは、あんたと野郎だけの話なのかい?」
「どういう意味?」ローラの表情が固まる。コリィはそれを見逃さない。
「他にも、似たようなことをやってるやつがいるんじゃねぇかと思ってよ」
「……そっか、ギルドの情報が、先に入ってたのね」
「いや違う。ギルドは俺に、そんな情報ネタはよこさねぇよ」
「どういうこと?」
「ギルドはよ、わざわざ俺を護るようなマネはしねぇんだ」
 コリィは自分の左頬や鼻柱を指す。
「この酷いつらを見なよ。言っとくが顔の造形のことじゃねぇぞ」
 チョウチョが視線を顔の傷に向けると、「こんなんが全身にあるんだよ。ひでぇもんだろ?」とコリィが自嘲する。
「昨日の朝、俺ぁ拉致らちられたんだよ。ボッコボコにやられて脅されてよ、そんで、あんたと似たようなことを依頼された」
「依頼?」
「たぶん、〈フォー・スペース〉の関係者だろうな。そいつは『こっちで用意するを捜せ』っつったんだよ。てこた一人じゃねぇだろ?」
「用意する者ら以外」ローラは言われたまま、呟くように繰り返す。
「なんだよ、知らなかったのかい?」
「知らない。でも、『どちらかが贄』という二択は、どこか変だとは思ってた」
「そりゃあれだ。今回の原因、つまりは野郎なのかもしれねぇが、出口は別ってことじゃねぇのか?」
「出口は別」またローラが小声で繰り返す。記憶のパーツを組み立てているような表情だった。
「あんたらの聖典には、〈七つの災厄〉ってのがあったよな」
 コリィがなにを言おうとしているのかを、ローラは測りかねているようだった。
「ありゃ、なんで七つなんだい? 災厄が七種類あるんならよ、一回目に七種類を入れちまやいいじゃねぇかよ。なんであんな風にわざわざ小出しってか順番によ、手を変え品を変え、みたいにする必要があるんだよ。神がサディストって可能性もあるにゃあるがよ、おかしな話だと思わねぇか?」
「七という数に、意味があると言いたいの?」
「神様ってやつは、なぜか七に拘る。地球も七日で創られたって言うじゃねぇか。天地の創造に手順や作業があるわけでもねぇだろうに、わざわざ七日をかけた」
「生贄は、七人いると言いたいの?」
「経験則から、都市伝説的に考えるならな。ただの勘だから本当のところはどうか知らねぇよ?」
「神はべつに、七という数だけに拘られてはいない。たとえば性別は二種類だし、御子と呼ばれる天使は一人。七以外にも数字はある」
「だけどよ、俺を拉致った〈ケン〉って野郎は、『者ら以外を捜せ』つったんだ。仮にそのうちの一人があんたのことだとしても、最低でも他に二人はいるってことだろ? この時点で三人以上ってことになる。666だの777だのも霊的数字と言われちゃいるが、あんたみたいのは数百人もいない。てことは、七じゃねぇのかなと」
「あなたに依頼した誘拐犯は、〈ケン〉と名乗ったの?」
「実行犯の名前は知らねぇがな、親玉みたいのがそう自己紹介してくれたよ」
「どんなやつ?」
「さぁな、顔は見てねぇ」
「──東洋人?」
 ローラの一言で、コリィが閃きを覚える。
「そうか、畜生ファック! そういうことかよ、こん畜生マダ・ファカ!」
「なに?」
「とぼけんなよ、あんただって察しはついてんだろ?」
「うち以外に、同じことを考えてる組織がいるってこと?」
「ロールシャッハ家以外って意味ならそのとおりだが、フォー・スペース以外って意味なら違う。なんだよ、当主に託宣を与えられても、皆で一丸となって対処するわけじゃねぇのか? 案外纏まりのねぇ組織なんだな」
「なにを言ってるのよ」
「だから、とぼけんなって。東洋人なんて言葉が、あてもなく出てくるかよ」
 ローラが初めて、顔を紅くして羞恥を表す。悔しげにコリィを上目遣いで睨む。
「言ってやろうか? あんたの言う東洋人ってな、〈ミヤムラ家〉のことだろ?」
 前傾姿勢だったローラが、ソファの背もたれにどすんと身を投げ出す。
「……やっぱりね」細い声とともに顔を仰向ける。
 ヤニで汚れた天井を睨む幼い目は、なにも見ていないようだった。
 認めたくなかった現実を、認めざるを得なくなった人間の表情。
 コリィは嘆息し、同情らしきものを僅かに、声と顔に滲ませる。
「あんたは〈狩る側〉では、なかったんだな」
「そうね。まさか身内に背後から刺されるなんて、考えてなかった」
「ミヤムラ家っつったら、たぶん、あいつだろうな」
「トクシね」
「そうだ、トクシ・ミヤムラ。通称エーケーエー〈ソードマン〉だ」
「あの呪い野郎ごときが、私を殺すつもりなの?」
「そんなん俺ぁ知らねぇよ。家に帰って姉ちゃんに訊いてみな」
 コリィの突き放すような態度に、ローラは下唇を噛んだ。
 客用のソファから、すっくと立ち上がる。それでも座っているコリィとの目線の高さはあまり変わらなかった。顎を聳やかし、無理にでも正面のコリィを見下そうとする。
「とにかくあなたは、ゴー・キラーを捜して」
 家来に命じるような冷たい声。それが虚勢か否かはコリィにはわからない。
「そりゃいいけどよ、こっちの条件も聞いてもらいてぇな」
「お金なら、言い値で払うけど?」
「金はまあ、そんなにゃいらねぇよ。調査費プラス相場でいい」
「じゃあ、なに?」
「こっちの条件は二つだ」
 少女が怪訝な顔になる。フェアでない言葉を口にすれば言下に断るつもりであることが、その表情から察せられる。
「まず、あんたの戦いに俺も同行させること」
「それは構わない。生命いのちの保証はしないけど」
「オーケー、それと、もうひとつ」
 コリィとローラの視線が交差し、互いを見詰めてとまる。
「情報の交換だ」
「情報の交換?」
「情報屋にも流れていないネタが、あんたの手の内にあるかもしれない。そいつが必要なときには、相談させてほしい」
「条件は、それだけ?」
「そうだ」
「わかった、いいよ」
「ローラ」
「なに?」
「死ねって言われて死ぬなんて、バカみたいだろ? あんたはなぜ、こんなことに自分から巻き込まれようとする?」

 家の事情で裏の仕事をさせられる餓鬼なんてぇのは、世界中にいくらでもいる。人殺しってのはそうはないだろうが、ローラにはもともと人を殺せる能力がある。なら、政府に管理させるほうが、悪用されるよりはマシだと言ってもいいだろう。だがよ、ヒーロー同士の力比べの喧嘩なんてのは大概、薄汚え小銭稼ぎのやる腐れ仕事か、暴力バカのイカレた趣味だ。なんの得もないうえ、世界が消滅するなんて話も俄には信じられねぇが、仮に世界を救うためだとしても、人に言われて素直に生贄になるなんてのは、いくらなんでもバカげた話だ。

「それがあなたの、最初の代金しつもん?」
「ああ、ぜひ聞かせてくれ」
「エルが言うなら私は疑わない。戦うのが宿命なら逃げても助からない。それなら私は、自分の力で生き残ってみせる」
「シンプルだな。たいした自信だ」
「自分が誰にも敗けないなんて思わない。でも、自分の力で世界を救うんだと考えれば、戦う理由にはなる」
「ソードマンやゴー・キラーの噂を聞いたことはあるんだろ? いくらあんたでも簡単な相手じゃないぞ? ヒーローとしての責任感もいいが、あんたは幸か不幸か政府の施設に保護されている。誰かが死ねば事態が変わるなら、解決するまで隠れてるって選択肢も、あるんじゃねぇか?」
「ムリね」
「は?」
「この件にはたぶん、政府も一枚噛んでると思う」
「なんだと?」
「いいの、敗けなきゃ死なないんだから。もしやられたら、それは運命だと思う」
「……運命ね」
「今日は帰る。また連絡するから」
 ローラは隣のソファの洗濯物の山を避けながら、居間の出口へと進み、そのまま振り返らずに廊下へと出て行った。
 玄関から、扉を開け閉めする音が響く。
 コリィは見送る気にもなれず、またタバコを銜えた。
 連絡先も聞いていなかったが、それは問題ないと思われる。
 用があれば、向こうから連絡してくるだろう。
 それよりもコリィは自分の口から、「生贄は七人ではないか」などという意見がするりと出てきたことが信じられず、考えを巡らせていた。
演繹えんえき法……いや、違うな。ただの勘だとしても、少々できすぎだ」
 不満そうに独りごちて、ローラの見ていた天井を見上げる。


 ──つづく。
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