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第四話『一年前』
しおりを挟む──未来人。
それはネット社会が生んだ「ただの遊びだ」と、コリィは考えていた。
ショーン・ライダーと名乗る男。
コリィは記者時代、そいつを捜しだしてインタビューをしたことがあった。
ライダーなる人物は、自分を未来人だと吹聴していた。
予言めかした言い回しがネットの世界で話題となり、それがいくつも的中したという噂までが出回ってしまったために、本当に未来人では? と、その手の話題が好物のマニアたちの間で、当時、ちょっとした騒ぎになっていた。
ただその予言とやらは、暗号や隠語のような文字や数字の羅列であり、なにかを明言してはいなかった。
コリィは足と人脈をつかい、噂の出処を辿ってその自称未来人を捜しだした。
捜査のついでに個人情報も洗い、正体が明らかになるにつれ、失望していった。
ショーン・ライダーとは、某SF映画に登場するキャラクター名にアナグラムを用いた偽名であり、本人は未来人どころか、あらゆる意味で凡庸な中年男だった。
本名はエイブラハム・ジョーダン。電気技師として働く所帯持ちである。
父親が数学者で、本人も暗号の解読が趣味とのことだった。
その特技を用い、洒落のつもりで未来人を語り始めたところ、思いのほか評判が立ってしまった。
それで引っ込みがつかなくなったのだと、ショーンことエイブは叱られたガキのような顔でコリィに語った。
その取材記事は当然だが、お蔵入りになった。
コリィたちの仕事は、都市伝説の嘘を暴くのを目的としていないからだ。
本物のヒーローやモンスターを探して、その興奮を読者に提供する。
誰も知らない都市伝説や一部で噂になっている都市伝説を取材し、文章や写真で本物としての迫力を加えて紹介する。
自分らが記事にしているものを「夢」と言ってしまうのは簡単で薄っぺらいが、世界の謎を謎らしさを保ったまま追求し、それを楽しむ連中に、もっと熱を加えるための燃料をくれてやる仕事だと考えれば、「夢」以外の言いかたはなかった。
同じオフィスの隣の島ではタブロイド紙やゴシップ雑誌なども編纂していたし、コリィと同じ部の仲間たちは、その雑誌にも、都市伝説を紹介するページを持っていたが、自分たちのつくる記事だけは違うものを世間に提供しようと燃えていた。
読者たちが抱える夢に夢を加え、妄想や蘊蓄の数を増やして、情熱を焚き付けてやるのが仕事であり、夢を奪い、冷たい現実や常識と比較し、妄想の火を消すのはナンセンスであり、御法度だと決めていた。
事件記者だの芸能記者だのとは別種の、そいつらが世間に撒き散らす糞色をした絶望を少しでも薄めてやれる、夢を奪う記者とは逆に夢を提供する記者なのだと、当時のコリィや同僚たちは誇りをもって働いていた。が、このときのようにデマを取材するとなると、なにを質問しても責めているような形になってしまう。記者は記者であり、取材される側から見れば区別などつかず、どうにもならなかった。
コリィに嘘を暴かれたと思い込んだエイブは、それきりもう、自分を未来人だと語るのをやめてしまった。
元々、気の小さい、正直者だったのだ。
小心者の小さな冒険心が想像以上に世間の注目を集めてしまったために、記者を呼び寄せてしまった。
エイブにしてみればこれは、『居所を嗅ぎ付けられた』ということになる。
いい歳をした人騒がせなガキの悪戯は閉幕し、
『ショーン・ライダーは未来に帰った』
ネットのなかの騒ぎの大半は、そのように落ち着いた。
だがエイブがネットの世界から姿を消した後も夢の燃え殻はしばらく燻り続け、世界各地でエイブの模倣者が頻発した。
模倣者たちはコリィの目から見れば、お粗末なものだった。
案の定、マニアたちに暗号の質の低下を見抜かれ、偽物はすぐに駆逐された。
エイブを含め、未来人を名乗る輩には共通した特徴があった。
どいつもこいつも、まるで保険会社のCMのように不安ばかりを煽っては関心を集めようとするのだ。
事件、事故、病気、戦争、災害、老後。
悪いことが起こると言えば、世間はすぐにのせられた。
コリィが偽物どもの虚言を確認するために足を運んだのはエイブの一回きりで、あとは騒ぎに触れず放置した。
都市伝説専門の記者の嗅覚は、嘘を正確に嗅ぎわける。
いけばまた、夢を潰す取材をすることになってしまう。
そっとしておいてやるのが一番だと、流行が去るまで黙って見送った。
この未来人騒ぎに限らず、都市伝説の九割以上は偽物だった。
毎月、雑誌は刊行され、そのぶんコリィはペンを動かす。
ネット記事は毎週更新なので、そのぶん夢という名の嘘も加速した。
コピペは常套となり、真偽もどうでもよくなった。
熱意は失われ、ふと周りを見渡すと、憐れみを含む嘲笑うような視線が他の島の記者や編集者から自分らに注がれていたことに気付き、目を逸らして俯いた。
なんの意味もない、大袈裟な未確認情報の発信。
ショーン・ライダーのしたことと、なにが違うのかと自問する日々。
ある日突然、自分が法螺吹きのように思える仕事に嫌気が差し、ペンを置いた。
夢を売るのをやめた途端、夢の在庫もなくなった気がした。
コリィは〈ただのコリィ〉となり、都市伝説の寄生虫と成り果てた。
だが記者をやめて数年後のある日、コリィの耳に、信用できる筋からの驚くべき情報が入った。
エイブの件とはまるで別物の、奇妙な未来人の噂。
またかよという思いとは裏腹に、コリィは高揚していた。
噂の信憑性の根拠は〈被害者〉の存在だった。
未来人に襲われたと、どっかの誰かが語ったなどという話ではない。
裏社会の取引の現場で、未来人による実害が出ていた。
それは当初、あまりに荒唐無稽な証言で、信じ難かった。
巨人伝説。
小人伝説。
そして、それら全てを包含するような、ヒーローの伝説。
最初に耳にしたのは、麻薬取引の現場が襲撃されたという話だった。
末端の売人狩りが起きたという情報が、他のネタを買ったついでに入ってきた。
未来人だと名乗る者の惨殺事件を、裏通りで情報屋が目撃したらしい。
また自警団を気取るバカが妄想と現実の区別がつかなくなり、ヒーローごっこを始めたのだろうと、コリィはまだ、このときはそう考えていた。
それが一件、また一件と、新たに発生するうち、それを起こした犯人が人間とは思えない、都市伝説めいた噂が、情報屋をとおしてクズどもの間に広まった。
ことが麻薬関係だけに、幻覚だと断ずる者もいた。
一理あるが、それでは実際の被害者、ケガ人や死人までが出てしまっていることへの説明がつかない。
コリィはもう記者ではないので、自ら動いて調べようとはしなかった。
麻薬の絡んだ事件などに首を突っ込むと、ろくなことにならない。
だが、そのヒーローの噂を聞いてから数ヶ月後に、いよいよマフィアの上層部が調査に乗り出したという情報が、コリィの耳に入った。
その話は、届くと同時にコリィを巻き込んだ。
それが〈豹男〉と〈岩山男〉の一件だった。
あの事件を思い出すと、コリィの鼻腔にはまだ血の臭いが蘇る。
凄惨な、決して表社会には伝わらない事件。
何人死んだかを数えることもできない、恐ろしい事件だった。
──つづく。
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