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## 40 ルナ

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「イザベラお姉さまっ!メッ!ですよっ!」

その一言で世界が変わった。

コロシアムに響き渡る、ルナの澄んだ声。
まるで天使の歌声のように美しく、そして力強い。
イザベラの身体がビクリと震え、その瞳にわずかながら正気の光が戻る。

「ルナ……、ちゃん?」

イザベラはまるで夢の中にいるかのようなぼんやりとした表情でルナを見つめる。
その意識は朦朧としており、思考能力は著しく低下している。それでもルナの声は彼女の心に届いていた。
十一人ものロリ系美少女から浴びせられるおねだりの波状攻撃は、イザベラにとって抗うことのできない誘惑だった。
そんな中でのルナの呼びかけは、そんなイザベラにとって、一筋の希望の光のように感じられたに違いない。

「お姉様ったら、いけない子ですね!お姉さまには私がいるのに、他の女の子たちにデレデレしちゃって……メッ!です!」

ルナはイザベラに駆け寄り、彼女の腕にしがみついた。
そして上目遣いでイザベラを見上げながら甘えるように言葉を続ける。

「ルナはお姉様が大好きなんです!だから他の女の子たちに取られたくないんです!……お姉様、ルナだけを見ててください!ね?」

ルナの言葉は、あまりにも純粋で可憐だった。
それはまるで子供のわがままのように無邪気で、そして残酷だった。
しかし、同時に、それは、イザベラにとって、抗うことのできない誘惑でもあった。

「んああっ……♡ルナちゃん……!?」

今のルナのおねだりスキルはLv10。
対する偽ルナ11名のおねだりはLv1でしかない。
ルナのおねだりは、偽ルナたちのおねだりを、まるで塵のように吹き飛ばしてしまった。

火球はジュウッという音と共に消え失せ、魔法発動の為に掲げられていた腕がだらりと下ろされる。
それは俺達にとって最大の危機が去ったことを示していた。

イザベラの顔はまるで熱に浮かされたように真っ赤に染まり、呼吸は荒く、肩が震えている。

ハル・ドディチを始めとした偽ハルシリーズは、自分達のおねだりが全く効いていないことに驚き、慌てふためいている。

「な、何よあの子!一体どんな魔法を使ったの!?」

「ねえさま!こっちを見てくださいまし!私の方が可愛いはずですわ!」

「おねぇ!ボクを置いて行かないで!」

偽ハルたちは、必死にイザベラの気を引こうとするが、もはや無駄だった。
イザベラの心は、完全にルナに奪われてしまっていた。

「ルナちゃん……♡ルナちゃん……♡しゅきっ♡しゅきぃ……♡」

イザベラはまるで溺れるようにルナの胸に顔を埋め、恍惚とした表情を浮かべる。
ルナのロリ巨乳はイザベラの顔を優しく包み込み、まるで母親の胎内にいるかのような安心感を与えているようだった。

「あんっ♡イザベラお姉様ったら甘えん坊ですね♡これじゃお姉さまじゃなく赤ちゃんですよ♡」

「ふあぁ……♡赤ちゃんでしゅううぅっ♡イザベラは赤ちゃんになっちゃいましゅううぅぅ♡」

ルナの胸の中で恍惚の表情を浮かべるイザベラ。子猫のように喉を鳴らし目を細めている。
その姿は古代魔法文明に生まれ強大な魔力と精神力を持つ最強の魔女とは思えないほど無防備だった。
ルナはそんなイザベラの頭をそっと優しく撫でる。銀色の髪がイザベラの黒い髪に絡み合う。

「いいこいいこ……♡よしよしです……♡」

ルナの優しい声と、穏やかな笑顔。まるで母親が子供をあやすように、彼女は愛情を込めてイザベラの頭を撫で続けている。

(な、なんだか……エロいな)

俺は思わず固くなってしまったのを悟られないよう、軽く咳払いをして前屈みになった。周囲を見渡すと、アルフォンソ二世や兵士たちの一部も同じようなリアクションをしているのが見えた。

「クズ共が」

ヒナギクがわざと男性陣に聞こえるように呟く。

「ママァ……♡しゅきぃ……♡」



そしてイザベラはルナにあやされながら、幸せそうな顔で眠りにつくのだった。

赤ん坊のように、スヤスヤと寝息を立てながら……。

「確保!」

危機が去ったことを確信したハルが号令を発すると、兵士たちが偽ハルたちとアルフォンソ二世を取り囲み捕縛してゆく。

ハル・ドディチは最後まで抵抗し兵士たちに罵声を浴びせていたが、その言葉も虚しく空気を震わせるだけだった。

「終わった……。今度こそ、本当に……」

俺は安堵の息を吐き出した。張り詰めていた緊張の糸がプツリと切れ、全身の力が抜けていくのを感じた。

「ご主人、本当にお疲れ様でした」

フローラが俺に歩み寄り、優しく微笑みかける。

「あなたが居なければ、どうなっていたか……」

そう言いながらフローラは俺の腕にそっと触れる。指先は少し冷たかったが、その温もりは俺の心にじんわりと染み渡る。

「それはこっちの台詞だよ」

俺はフローラの頭を撫でながら感謝の言葉を伝える。

「君にどれだけ助けられたか。君が助けてくれなければ俺は今頃……」

フローラがいなければ、俺は間違いなく死んでいた。
小柄な体からは想像もつかないほどの力強さと、状況に応じた的確な武器の選択。
そして何よりも、決して諦めない不屈の精神。彼女は紛れもなく、最高の護衛だった。

「いえ、そんな……」

フローラは頬を赤らめ、照れくさそうに俯いた。彼女の耳の先がほんのりピンク色に染まっているのが見えた。

「イザベラさんがいなきゃ私一人では……。それに、ルナさんも……」

「そうだね。みんなのおかげだ」

俺の胸の中は改めて仲間たちへの感謝の気持ちでいっぱいになった。
ルナ、イザベラ、フローラ、そしてハル、ヒナギク。
彼女たちがいなければ、俺は今この場に立っていないだろう。

深呼吸をして、改めて周囲を見回す。
瓦礫の山と化したコロシアム、疲れ切った兵士たち。長い戦いだった。多くの困難があった。

しかし、俺たちはそれを乗り越え、勝利を掴んだのだ。

「でも、イザベラさんは大丈夫なのでしょうか?」

「ああ、大丈夫だよ。疲れて寝ているだけだろう。すぐに目を覚ますさ」

俺はそう言いながら、ルナの胸の中でスヤスヤと眠るイザベラの様子を窺う。まるで赤ん坊のように無邪気な寝顔だ。見ているだけで心が安らぐ。

だがフローラは不安そうな表情を浮かべたまま、小さく首を横に振った。

「いや、身体のことではなく……。その……」

フローラは言葉を濁し、周囲をキョロキョロと見回す。まるで誰かに聞かれるのを警戒しているかのような仕草だ。

「どうしたんだ?」

フローラは返答に詰まっているようだったがやがて小さく息を吸い込むと、意を決したように口を開いた。

「戴冠式には国中の王侯貴族が出席してて……。一般市民も沢山見物に来てましたよね?イザベラさん、その前で……」

その言葉に俺はハッとした。これだけの衆人環視の中で、イザベラは……。

「アヘ顔、っていうか……。オホ声というか……。全部、見られて、聞かれちゃって……」

フローラは顔を真っ赤にして、言葉を詰まらせる。彼女の視線は、ルナの胸の中で眠るイザベラに注がれている。

「最後には年下の女の子のことをママって呼びながら、甘えてオギャる所まで全部見られちゃって……♡」

フローラの言葉は、まるで囁き声のように小さかった。しかし、その言葉は俺の心に深く突き刺さる。

「お、男の人も沢山居たのに……♡こ、こんなの裸を見られるよりもずっと恥ずかしい、ですよね……♡」

少しよだれを垂らしながら話すフローラ。同情だけじゃなく別のいけない感情も抱いているのは明らかだった。

(た、確かに……)

俺は複雑な気持ちで、再びイザベラを見つめた。彼女は今もなお、ルナの胸の中でスヤスヤと眠っている。

「ま、まあ……。触れないでおいてやろう」

イザベラが目を覚ました時、彼女がどのような反応を示すのか。想像しただけで怖い。

「……ですね。ああ、そうだ、私、兵士の方々を手伝ってきます!」

フローラはそう言って大きなスコップを片手に駆け出して行った。

見れば各国の兵士達もスコップを持って、アリーナに空いた大穴に土や砂を埋める作業を始めている。

本格的な瓦礫の片付けや修繕には何日もかかるだろうが、とりあえずはある程度埋めておかなければ危険なのだろう。
スコップの扱いにかけては、フローラはこの場の誰よりも優れた手練れだ。きっと貢献してくれるだろう。

「ふぅ……」

再びイザベラ達の方に視線を向けると、ヒナギクがルナとイザベラの元へと歩み寄っている所だった。
何か言葉を投げかけながら、イザベラを引き渡すようにとジェスチャーでルナに対して示していた。
おそらく、どこか落ち着いて横になれる場所まで運んでくれるつもりなのだろう。ルナもすぐにそれに従った。

自分より大きなイザベラの身体を軽々と持ち上げ歩き始めるヒナギクに対し、ルナは深々と頭を下げ、そして立ちあがる。

そして──。

「ご主人様ー!」

"おねだりママ"の仕事から解放されたルナが満面の笑みで俺に向かって駆け寄ってきた。
その姿はまるで光に包まれているかのように輝いて見えた。

「ルナ……!」

何日ぶりの再会だろう。
日数で言えばまだ一カ月は経っていないかもしれない。
だけど、その何倍もの間離れ離れになっていたかのような感覚だ。

俺は両手を広げ、ルナを迎える。ルナは勢いよく俺の胸に飛び込み、強く抱きついた。

「ご主人様!私、頑張りました!会えなくて、すっごい寂しかったけど……!絶対にまた会えるって信じて……!」

ルナの小さな身体が、俺の腕の中で震えている。熱い涙が、俺の服を濡らしていく。

「ああ、ルナ……。よく頑張ったな。」

俺はルナの銀色の髪を優しく撫でる。サラサラとした感触が、指先に心地良い。ルナの温もりと、柔らかな香りが、俺の心を満たしていく。

「ご主人様……!」

ルナは顔を上げて、俺を見つめた。その瞳は、喜びと安堵の涙で潤んでいる。

「みんなと仲良くなれるように、いっぱいお話をしたんです!海賊さん達も初めは怖かったけど、だんだん優しくしてくれるようになりました!」

ルナは、まるで子供のように無邪気に語り始める。囚われの身だったとは思えないほど、明るく元気な様子だった。

「うん、うん」

俺は相槌を打ちながら、ルナの頭を優しく撫でる。

「お料理やお掃除やお洗濯のお手伝いもたくさんしました!」

ルナは、誇らしげに胸を張る。

「うん。偉いよ。君は本当に偉いよ、ルナ」

俺は心からそう思った。ルナはどんな状況でも前向きに努力する。
彼女のその健気さは、俺の想像を遥かに超えていた。

「おねしょもしませんでした!」

ルナは、満面の笑みで宣言する。その言葉に俺は思わず苦笑する。

「どさくさで嘘をつくのはやめようね」

ルナがアジトで毎晩のようにおねしょをしていたというのは、先ほどアルフォンソ二世に既にバラされていた。

「うぐぅ……」

少し拗ねたような顔をするルナ。その可憐な仕草や表情も、本当に心から愛しくてたまらない。

「とにかく、いっぱい頑張ったんです。でも──!」

彼女は少し俯き、言葉を探すように唇を噛み締める。

「こうやって、ご主人様に会うことだけは出来なくて……」

まるで囁きように小さな声で、続ける。

「……少し、泣いちゃうこともありました」

ルナの肩が震え涙が頬を伝い落ちていく。

「会いたかった──!」

ルナは改めて、俺の背中に回した腕に力を込めた。まるで離れてしまうのが怖いとでも言うように。

俺も、強くルナを抱きしめる。

もう二度と話さない。絶対にこの人を守り続ける。

その誓いへの想いが強くなればなるほど、思わず力が入り過ぎてしまう。

彼女の小さな身体を抱くには少し乱暴すぎるかもしれないくらい、力を込めすぎてしまった。
だけど自分で自分を抑えることが出来なかった。
そしてルナはそんな俺の激し過ぎる抱擁に、彼女自身も更に力を強く込めることで応えてくれた。

「俺も会いたかった、ルナ」

ルナの頬をそっと撫でると、ルナは顔を上げ、俺を見つめる。

ルナの涙に濡れた瞳と、俺の瞳が交錯する。

その瞬間、時間が止まったかのように感じられた。
ルナの瞳はまるで吸い込まれるような深い青色で、俺の心を捉えて離さない。

そっと瞳を閉じたルナの長いまつげが、彼女の頬に影を落とした。



──ルナの柔らかな唇が、俺の唇に重なる。

温かく、そして、少し湿った感触。それは、まるで夢の中にいるかのような、不思議な感覚だった。

「きゃああああああああっ!ちょっと!何やってるのよ二人とも!?」

遠くから何やらハルの叫び声らしきものが聞こえてくる。だけど、申し訳ないが今だけは無視させて貰うことにした。
今、この瞬間、俺の世界には、ルナしか存在しない。

「ん……♡」

ルナの甘い香り、温かい吐息、そして柔らかな唇。

すべてが、俺の心を満たしていく。

「フローラ様!サルソの兵達!あそこの女を捕縛するのを忘れていますよ!」
「まあまあ、女王様」
「あいつは私の偽者、ハル・ノヴェです!今すぐ捕縛し、牢獄にぶち込みなさい!」

俺もルナも、ただ互いの唇とぬくもりだけを強く求め続ける。

「ぁ……♡」

小柄な割に大きなルナの胸が、むにゅっと共に俺の身体に押し付けられる。
柔らかく、そして弾力のある……。それはまるで天国にいるかのような至福の感触だった。
だけどそこに手で触れるのは、後で二人きりになれた時のお楽しみということに今はしておこう。

「離れなさい!今すぐ離れなさーい!」

嫉妬に狂ったハルの金切り声が、コロシアムに響き渡った。









……。

それからどれだけの時間が流れただろうか。

ようやく俺とルナの唇が離れた。

永遠にも似た、そして一瞬の出来事にも感じられた、不思議な感覚。
柔らかな唇の感触が、今もなお生々しく残っている。
互いの吐息が、すぐ近くで感じられるほどの距離。
至近距離で見つめ合う、ルナの潤んだ瞳と、紅潮した頬。
僅かに開いた唇から漏れる、荒い吐息。

キスを終えてお互いの顔が離れてからのルナは、恥ずかしそうに俯いて俺と目を合わせようとしなくない。

(……かわいい)

無邪気であまり恋愛などの知識が無いルナでも、さすがにこの行為の意味は理解しているのだろう。

「おかえり。ルナ」

俺がそう声をかけると、ようやくルナは顔を上げて、にっこりと満面の微笑みを向けてくれたのだった。

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