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## 35 決戦へ

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「……一体どうなっているんだ!?」

俺は拳を握りしめ、トリニータ・スメラルディ──ゴーレムを睨みつける。だが表示される分析結果に変化は見られない。
術士が死んだ今も奴は絶え間なく形態を変化させながら動き続け、破壊の限りを尽くしている。

「完全自律動作とか、術者が死亡しても怨念で動き続けるとか、そういったタイプでしょうか」



ヒナギクがそう呟くが、推察はすぐに否定された。その発言の直後に、あの甲高い笑い声が再びコロシアム全体に響き渡った為だ。

「フハハハハ!浅はか!浅はか!奥の手が一つだけとでも思ったか? バックアップは幾つも用意してあるのだよ!」

あんなに派手に燃え上がって、黒焦げになっていたのに……?

「バ、バカな!死んだはずじゃ……!」

声のした方へと目を向けると、ゴーレムの身体の上に立ち、黒焦げになったものとは別のローブを身に纏い、ニヤニヤと笑う例の術士の姿があった。

「名前:ベン・ガスマン
年齢:56歳
職業:禁術研究家
Lv:48
HP:504/504
MP:839/892
力:15
敏捷:28
魔力:422
精神力:288
汎用スキル:精霊魔法Lv8、召喚魔法Lv9
固有スキル:『複製』、自動同期、自動リストア
特殊能力:無し
マイナススキル:おしゃべり
祝福:無し
呪い:無し」

ガスマンという苗字……。かつて、守護聖獣ガルディアナ・マレアの体内で倒した呪術師ゲイリー・ガスマンの親類だろうか。

だが、それよりも気になるのは……。

俺は分析結果に表示された文字を見ながら思わず叫んでいた。

「おいベン!お前、まさかこの『複製』って……!」

「フハハ!小僧、何故吾輩の名を?それに吾輩の固有スキルが『複製』であるとよく知っていたな!誉めてやろう!」

ローブの男――ベン・ガスマンは高らかに笑いながら、俺を挑発するような視線を向ける。

「我が名はベン・ガスマン!地上で最も偉大な禁術研究家である!」

ベンは胸を張り、誇らしげに宣言する。

「古代魔法文明の時代に開発された固有スキル『複製』を操る者なり!」

まるで称賛を求めるかのように周囲を見回し、腕を振り回す。

「『複製』は生き物の肉体・精神・能力といったものをそのままコピーする禁術だ!吾輩は長年の研究の末、この禁術の復刻に成功した!」

皺まみれで肉も殆ど付いていない、老いを感じさせる細腕が高く掲げられ、力強い握り拳を示す。

(別にスキルの詳細や成り立ちまで説明してくれなんて一言も言ってないんだが……。でも、このまま機嫌良く喋らせておけば何か手がかりになることも口を滑らせそうだな。敢えて邪魔はせず語らせておくか)

俺は内心でそう呟き、ベンの言葉に耳を傾けることにした。
おしゃべりというマイナススキルの存在が、奴の軽口が単なる気まぐれではなく本質であることを示している。
いくらでも泳がせられそうだ。

「どうして『複製』スキルが禁術として封印されたかわかるか?小僧。いや、わからんだろうな貴様のような凡人には!教えてやろう!それは『複製』スキルに根本的な欠陥があった為だ!」

ベンは得意げな様子を崩さず、次々と言葉を重ねてゆく。

「実際に『複製』スキルが実用化されると、複製された同じ人間が同時に存在することが社会に大きな混乱を招くということがわかった!複製された者同士が顔を合わせれば、どちらが本物であるかと揉めて確実に喧嘩を始める!身内や恋人ですら、互いの同一性を疑い、信頼関係は崩壊する!国家規模で複製を乱用すれば、社会秩序は崩壊し、世界は大混乱に陥る!」

ベンの言葉を聞きながら、俺は本物のハルと偽者のハルの顔を交互に見た。二人が同時に存在したことで、現に今、ロマリ王国全土が多大なる混乱に包まれてしまっている。

「そう、せっかく開発してみたは良いものの思っていた以上に不便で使い辛いスキルであると認識した故に、古代人共は『複製』を封印したのだ!」

ベンは残念そうに肩をすくめる。しかし、すぐに表情を変え、再び高らかに笑い始めた。

「ふふふ……。だがこの天才ベン・ガスマン様は違う!『複製』の術式をアレンジし、更に発展させることで画期的な実用手段を開発したのだ!」

ベンは勝ち誇ったように胸を張り──。

「つまり!」

もったいぶったように間を置き──。

「複製が並列パラレルに存在すれば混乱や争いが起こるというのなら、直列シリアルにだけ存在するようにしてやれば良い!吾輩は一旦生成された複製の動作を完全凍結し、複製元が死亡するとその時点で初めて自動で複製先が動き始めるようにする手法を確立したのだ!その名も『自動リストア』!これならば天才過ぎる吾輩と、複製された天才過ぎる吾輩が互いの才能に嫉妬しあって喧嘩を始めることも無いという訳だ!フハハハハ!さらに『自動同期』という複製元から複製先へ知識や経験を流し込んで同期させるスキルの開発にも成功した!」

興奮のあまり唾を吐き散らかし──。

「これがどういう意味が解るか?吾輩は命をバックアップする術を確立したのだよ!死しても死の直前までの知識と経験が複製に渡りその複製が生き延びるのなら、実質生き返ったのと同じ!優れた知能を持つとされる古代人共ですら持て余して匙を投げた禁術を改良し実用レベルにまで昇華させる!これが吾輩の才能よ!フハハハハハ!」

高笑いしながら、天を仰いだ。

完全に自らの才能に酔いしれている。

「吾輩はこの『複製』スキルを用いてのし上がると共に、我が才能を認めず追放した愚か者達に復讐すると誓った!サルソの小娘を『複製』しロマリ王に担ぎ上げ、それを陰から操りロマリ全体を掌握するというのも我が野心の第一歩よ!コロノらの三王にこの計画を売り込んだ所、奴らは見事に乗って来よったわ!フハハハハハハハ!とうとう奴らも我が才能を認めるしかなくなったのだ!フハハハハハ!」

確かに、ベンの才能は凄まじいものがあるのかもしれない。だが……。

「喋り過ぎじゃないですか?この人」

フローラが呆れたように呟く。

「喋らないで隠しておいたまま戦えば有利になりそうなネタもガンガン口にしちゃってるわね」

イザベラも同意するように頷く。

「どうして彼が出世出来なかったのがわかります」

ハルも苦笑いを浮かべる。

「才能が認められなかったんじゃなく、あのお喋りで秘密の守れない性格が信用されなかったんでしょう」

ヒナギクが皮肉たっぷりに言った。

コロノ王ロベルトら三名も白けた視線をベンに送っている。「え?なんでこいつゴーレム召喚で形勢逆転したのに、わざわざ陰謀の詳細を自白しちゃってるの?」と顔に書いてあるかのようだった。
アルフォンソ二世は神官に慌てた様子で「おいアリーナの音声を増幅する魔法を切れ!客席に聞かれたらマズい!」と叫び、神官は「一応、もう切ってはいますが……。あの人、声がデカいから素でも聞こえちゃってるかも……」と困惑しながら返事をしている。

「そのゴーレム!サイズからしてとてもLv3以下の召喚獣には見えませんが、どうして結界が張られた聖地で呼び出すことが出来たのですか?」

フローラが大きな声を出してベンに問いかけると、奴は得意げに頷きながら返事をした。

「フハハハ!浅はかな質問よのう小娘!確かにこのトリニータ・スメラルディはLv9の召喚獣!この聖地で召喚するのは不可能!だがこやつは自由に姿形を変えられる特殊な宝石ゴーレム!何日も前に聖地の外で呼び出してから、ただの宝石に擬態させて台車で搬入し、予め兵士達に地面を掘らせて埋めておいたのよ!吾輩はおぬしらとは発想が違うのだ!フハハハハ!」

ほんとよう喋るなこいつ。

「もういいわ、おしゃべりオンステージはそろそろ終わりにしましょう。一度殺してダメなら何度でも殺せばいいのよ!」

言い放ち、イザベラは再び召火の火球をベンに向けて放った。見た目は小さくて地味な極小ダメージの基礎魔法、だが実際には数千発分の存在が重ねられた必殺の魔法がベンに向かって飛んで行く。

「ふはは!浅はか!浅はか!同じ手を二度喰らうものか!ゴーレムよ!格納庫だ!」

ベンがそう叫ぶとゴーレムの身体が反応し、奴の立つ周囲の部分だけが変形を始めた。そしてベンの身体をあっという間に覆ってゆく。

少し遅れて着弾した召火の球が、ジュッという音と共にあっという間に消えてしまった。

「フハハ!ゴーレムは我が下僕であると同時に砦でもあるのだ!このように召喚者である吾輩の身体を覆ってしまえば、もはや直接吾輩に手出しをして止めるという手段は使えぬという訳よ!」

エメラルドの障壁の向こう側に微かに透ける、まるで巨大ロボットの操縦座席のような場所に腰掛けながらベンは高笑いを放つ。

「そしてこのトリニータ・スメラルディの魔法シールドはLv3以下の魔法を完全に遮断する!ゼロには何千をかけようと何万をかけようとゼロだマヌケめ!フハハハハハハ!」

ベンの言葉に、イザベラは動揺した様子こそ見せないものの少し不機嫌そうな顔になる。思えば彼女が戦闘中に出し抜かれる姿はルナのおねだりの時を除けば初めて見たかもしれない。

「フン!そうやってわざわざ安全な場所に隠れようとするってことは、あなたの"バックアップ"とやらの数にも限りがあるようね!少なくとも百回や千回殺されても平気という訳ではない、といった所かしら?」

「ほう、察しが良いな魔女よ。確かに『複製』の発動には莫大なコストを要する故、無限に用意することは出来ぬ。しかぁし!先ほど貴様に殺された一体を除いても今動いている吾輩を含めて六体も残されておるのだ!フフフ!この無敵の要塞トリニータ・スメラルディに守られた吾輩をあと六回も殺すことなど出来るかな?いいや、絶対無理だ!はあーっハッハッハッハ!」

ベンは調子に乗って残りのライフ数を自ら白状する。というかこの台詞自体、恐らくはイザベラの誘導で言わされたものだろう。

「残り六つって本当に言ってよかったのか?絶対に自分から言うメリットお前には無いぞ」

「ご主人、無駄です。彼はそういう奴です」

これまでのベンの数十年の人生、この手のツッコミは何百回と繰り返されてきたのだろう。
だが、それでも自分の悪癖を改めることが出来なかった。そうして誰からも信用されない恨みをこじらせた末に奴はこのような事件を起こしたのだ。

「陛下、『分析』様、敵は想像を絶するバカですが力だけは本物です。この事態をどう切り抜けたものか……」

ヒナギクの言う通りだ。バカだけど強い、厄介な相手だ。

「どうするの坊や?Lv10の破壊魔法ならあれも倒せるんだけれど、聖地の結界の中じゃ発動までに何倍も時間がかかるんでしょう?普段なら十秒くらいあれば詠唱は終わるんだけど……」

「何倍も、というか……。正確には8192倍だ」

「つまり元が十秒なら二十三時間弱、ね。その間時間稼ぎを、ってのは……。さすがに無理よね」

「ああ、無理だ。詠唱を早める時空間魔法とかは無いのか?」

「残念。それはLv5」

俺とイザベラの会話にフローラ達が割って入る。

「イザベラさんが戦えないのなら、私がなんとかするしかありません!イザベラさん以外でこの場で一番強いのは私なんですから!」

「聞き捨てなりませんね。イザベラ様はともかくあなたに私が遅れを取るとでも?」

「ヒナギク!今はそのようなことで張り合っている場合ではありません!協力しあうのです!私も戦います!あなた達二人には及びませんが多少の剣の心得はあります!」

三人の少女が武器を構え進み出る。
全員が前線でゴーレムに対峙している兵士達の姿を見据えている。
彼らは全員がゴーレム相手に防戦一方だ。というよりも、逃げ回りながらも女王の為に背を向けることだけは拒否して無理矢理対峙し続けているだけという状態に近い。動きの鈍重なゴーレム相手だからなんとか致命的な一撃を避け続けられているが、疲労が溜まれば逆に兵士側の動きが遅くなるだろうし、おそらくは数分以内に死者が出始めるだろう。
フローラ、ヒナギク、そしてハル。全員が玉砕覚悟で突撃し兵士達と運命を共にする覚悟を示す決意に満ちた表情を浮かべている。

だが──。

「ダメだ。そんな真似はさせられない」

俺がそう告げると、ハルは一度は抜いた短剣をゆっくりと鞘に納めた。

「ならば……、逃げましょう。それしかありません」



その言葉に、フローラは驚いた表情を見せる。

「女王様!? でも、もし今ここで逃げたら……!」

「ロマリ諸王も、戴冠式を見ている市民達も、逃げ出した方を偽者の陛下と見なすでしょうね」

フローラとヒナギクの言葉に、ハルは静かに頷く。

「それでも、他に方法は無さそうです。すぐにサルソ島に戻り、戦争の準備をします。サルソは防衛に優れた島国です。例え他のロマリ諸王国全てを敵に回しても、守りに徹すれば暫くは耐えられるはず。その間に何とか別の解決策を探しましょう」

そんなハルの言葉にイザベラが異論を挟む。

「どうかしらね?ただでさえ偽者騒動で女王様の権威に疑念がある状態で長期の持久戦。少し苦しい気がするわ。長引けば徐々に島の内部にも投降者や内通者が出始める未来しか見えない」

イザベラは再び掌に火球を浮かべ始める。

「どうする?せめて変態パパと淫乱娘と三王だけでも殺してから逃げる?そうすれば多少はマシな情勢で開戦出来ると思うけど」

イザベラの言葉にハルの表情が暗くなった。先ほどは敢えて断った選択肢が、状況が不利になり過ぎたことで即座に断り切れなくなってしまった自分自身に戸惑っているのだろう。

ハルは女王だ。時に非情の決断を強いられることもある。

彼女自身、それは元から知っていたことのはずだ。

だが、それでも……。

俺は、そんな酷な決断をハルに担わせたくはない。

「その必要はないよ、イザベラ」

俺はイザベラを制しながら前へ一歩進み出た。

「あいつは俺がやる」

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