31 / 42
## 31 第三者
しおりを挟む
何が起こっているのか、誰もが理解できない様子だった。
ハルもまた、混乱を隠せない様子で、呆然とした表情を浮かべている。
「ど、どうなってるんですか? 偽女王に味方する王が黒幕なんじゃなかったんですか? どうしてそれが三人も居るんです!」
フローラが俺の腕を揺さぶりながらそう問いかけるが、答えが返せるはずもない。
イザベラは眉をひそめ、考え込んでいる様子だった。
「まさか……。黒幕は一人、あるいは一国ではなく、幾つもの国々が同調した上で仕組んでいたってこと?」
彼女は呟いた。ヒナギクは腕を組み、真剣な表情で言った。
「偽女王の即位に賛成した三国、コロノ、メサージュ、ポルタはどれもロマリ諸王の中でも上位の実力者です。これにサルソも加えれば、その兵力はロマリ全体の半数を超えます。こうなっては他の小国達も偽陛下のロマリ戴冠を認めるしかなくなるでしょう」
「少なくとも最初に彼らから私宛に来た返事は、コロノ王らのものを含めてどれも即位を非難するものでしたが……。実際はカムフラージュで、本当は初めから"偽のハル女王"に賛同するつもりだったということでしょうか」
ヒナギクとハルの言葉に、俺は事態の深刻さを改めて認識する。
黒幕は、一人ではなく、複数。
一国一票の議会投票ではなく一兵一票のパワーバランスに基づいて決定が行われると考えれば、今ここにハルのロマリ王戴冠は実質承認された、と解釈できるということだ。
それが意味することを完全に理解し把握するのは難しいが、少なくとも黒幕が一人である場合よりも問題が複雑になるということだけはあまり深く考えなくてもわかる。
このまま事が進めば、彼らはロマリ諸国全体の半数以上を掌握することになる。
その時、アリーナ上のアルフォンソ二世が口を開いた。
「コロノ王、メサージュ王、ポルタ王。あなた方の賛意に心からの感謝を申し上げる」
王は傍らの"偽ハル"の肩に手を置いて抱き寄せながら、演説を始める。
「私は先代のサルソ王・ベリーチェ王、アルフォンソ二世である。現在は王位を愛する我が娘、ハル女王陛下へと譲り、政治の一線からは退いている。諸君もご存じの通り、かつて私はハル女王陛下と対立し、国を追われた。だが今こうして父娘の和解を果たし、今日この場に訪れている」
王の言葉に呼応するように、"偽ハル"は顔を見上げ、アルフォンソに視線を向ける。距離は遠くその表情は伺い知れないが、俺はそんな"ルナ"の仕草に何とも言えない違和感を覚えていた。
彼女のしなやかな動きと落ち着いた様子でアルフォンソを見上げる視線は、まるで本当に敬愛する父親を見上げているかのような雰囲気を放っていたからだ。
「私は凡庸な王だった。女王陛下の器が私を遥かに上回る素晴らしいものであることを認めるのが怖かった。だが、今は心を入れ替え、陛下を下から支える一兵卒として出直す所存である。そしてかつての王ではなく一人の父親として、愛する娘の戴冠を心から祝福したいと思う」
そう言って、アルフォンソはハルの頬を撫でるような仕草をした。そんな彼に対し、"偽ハル"は心からの感謝の意を示すように身を寄せる。
「気持ち悪い……」
本物のハルが青ざめた表情で、小声でそう呟く。
ハルはかつてあの父親、アルフォンソ二世に犯されそうになったことに危機感を覚え簒奪を実行したのだ。
それにも関わらず、自分と同じ顔と身体つきをした少女がそのアルフォンソ二世に自ら寄り添って身体を密着させていることに強い嫌悪と恐怖を覚えているのだろう。
「ねえ坊や、この距離からじゃ分析スキルは使えないのよね。今のルナちゃんの状態、見るのは難しい?」
「ああ、この距離じゃ例え文字が表示されたとしても小さすぎて読めないんだ」
「望遠鏡とかはどうかしら?」
そう言って、イザベラは胸の谷間から小さな望遠鏡を取り出すと俺に手渡してきた。イザベラの体温がまだ生々しく感じられる筒を握り締めることになったが、今はそれに興奮している場合でもない。
「それは試したことが無かったな。なんとなく、肉眼でないと難しいような気はするが……。一応試してみる」
俺は少し前までイザベラの谷間の中で温められていた望遠鏡を目元に押し付け、アリーナ上の"偽ハル"に視点を合わせた。
望遠鏡の狭い視界の中に、"偽ハル"ことルナの上半身のアップが映し出される。
だが、やはり彼女に纏わる分析の情報が視界に浮かんでくることはなかった。
肩を出して胸元の開いたドレスから覗く迫力のロリ巨乳が、今俺の隣に座るハルのサイズと全く同じであることは分析スキルが無くてもわかるのだが……。
「ダメか」
丁度俺がそう呟いたのと同じくして、アリーナの上に立つ偽の女王が演説を始めた。
「お父様、諸王方、皆々様、ありがとうございます。私こと、ハル・ローゼンブルクはロマリ王国の更なる繁栄の為、この身を捧げ、ロマリ王としての責務を全うする所存です。私が戴冠した暁には──」
とても流暢に。
今俺の隣に座っている本物のハル・ローゼンブルクと何ら変わらない、女王らしい威厳に満ちた落ち着いた喋り方で、アリーナ上の偽の女王は語り始める。
「おかしいわね」
「何がですか?」
イザベラの呟きに、フローラがきょとんと首をかしげる。
「精神支配の魔法をかけられてるにしては喋り方が流暢過ぎるのよ。その手の魔法をかけられると、被支配者は肉体のコントロールが曖昧になって、虚ろな目でボーッとしているか、本能のまま獣のように単純な行動しか取れなくなるか、そんな感じで知性は失われてしまうのが相場なの」
イザベラの言葉に、俺は半月程前に王宮で遭遇した守護聖獣のクジラ、ガルディアナ・マレアのことを思い出していた。彼女も精神体の方こそまともに喋ることが出来ていたが、本体であるクジラの肉体は制御不能な状態で暴れまわるばかりだった。
「私も精神支配はLv10のスキルを習得しているけど、あんなしっかりとした喋りを実現するような魔法は知らないわ。喋らせるにしても三つくらいの単語を繋ぎ合わせたような、言葉を覚えたての子供のみたいな喋らせ方をするくらいが限度のはず……」
イザベラ……。お前……。
初めて会った時、俺をそんな状態にしようとしてたよな?
「つまりルナさんは精神支配で操られているのではなく、自らあの演技をしているということでしょうか。ご主人が以前に言っていましたよね、何らかの強要や取引に応じて、ルナさんが偽女王としての演技をさせられるかもしれないって」
「それにしては上手すぎるのよ。ルナちゃんにあそこまで完璧な"女王の演技"が出来ると思う?」
「無理だな」
「絶対無理ですね」
「だから精神支配にしろ演技強要にしろ、ボロが出ないようにこの戴冠式では最低限の言葉しか"偽ハル"は喋らないと踏んでいた。それなのに……」
俺は望遠鏡越しに改めて"偽ハル"を観察し始める。やはり、肉眼ではないレンズ越しでは分析スキルの文字列は出てこない。
しかし、例え分析スキルが使えなくても俺は一つの確信に近い違和感を抱くようになっていた。
「違う」
「違う?何がですか?」
俺の呟きに、フローラがハルが首を傾げながら尋ねる。
望遠鏡の中に映る少女。金髪に"オレンジ色"の瞳をしたロリ巨乳の少女。
「我が名の元にロマリ王国をひとつに結束させ──」
自信に満ちた威厳に溢れる表情で身振り手振りを交えながら演説を行う、ロマリの新女王、ハル。
「そして、もう一度このロマリを偉大なる国に──」
その見事な語り口と王の風格に、アルフォンソ二世やコロノ王、メサージュ王、ポルタ王はうんうんと感心した様子で納得したように頷いている。
「諸王よ!臣民よ!今こそ剣を高く掲げ、血を求める雄々しき叫びと共に我が元に集え──!」
ハルの即位に反対している他国の諸王や名代たちも、その迫力に気圧された様子で彼女の姿に魅入っている。
スキルに頼らない、個人的な洞察と直感による分析に基づき、俺は断言した。
「あれはルナじゃない」
そう言って望遠鏡を外し周囲の仲間達を見渡す。ハルとフローラは少し不思議そうな顔をしているが、ルナをよく知るイザベラとフローラは俺と同じ見解のようで、無言でコクリと頷いた。
髪を染められたルナなら瞳の色はオレンジではなく青であるはず、というのも材料の一つではあったが、それはどちらかというと些末の要素だ。それよりもあの物腰と語り口、そして高圧的な態度が彼女はルナではないと雄弁に物語っている。
「我々はあなた達ほどルナさんのことを知らないのでよくわかりませんが、分析様やそのお仲間方がそうおっしゃるのならそうなのでしょう。で、どうするのですか?黒幕が一人じゃない、壇上の偽陛下もルナ様ではない、というのは予想外でしたが、それでも一応、当初の打ち合わせはこの辺りのタイミングでアリーナへ乱入するプランでしたよね」
ヒナギクが真剣な顔つきでそう告げる。そうだ、本来の予定なら戴冠の儀式がある程度進み、敵方のビジョンがある程度露わになったタイミングでアリーナへと乱入、あとは"本物のハル"が大声で名乗りをあげ進行を不可能にするというプランだった。
「その方針は変わらない。そろそろ行こう」
俺は三階席と会場を区切る縁に脚をかけ、乗り越える姿勢を取る。
高所から飛び降りつつイザベラの魔法で落下速度を減速してもらい、そのままアリーナへと進むのを突撃の切り口にする手筈だった。
「でも、あれがルナさんじゃないのだとしたら誰なのでしょう。あれほどまでに私にそっくりな女性が、ルナさんだけでなくもう一人居るだなんて到底信じられません……」
「居たものは居た。それだけの話よ。ルナちゃんとあなた、2人もそっくりさんが居る時点でそうそう信じられないんだから、それにアリーナ上のあの偽ハルが加わって3人目になったとしても今更どうということはないわ。なんなら、4人目や5人目も居るかもね」
イザベラがそう告げて"本物のハル"の疑問を制する。彼女の言う通りだ。居たものは居た。今はそれでいい。
「よし、行くぞ!」
俺がそう号令を告げた、その時だった。
「待てええい!やはりこのような茶番!断じて許す訳には行かぬ!」
アリーナ上で、小さな王冠を頭に乗せた髭面の大男が叫び声をあげながら、剣を抜き放った。アリーナ上に緊張感が走り、各国の近衛兵たちが自分達の王や名代を守るべく構え始める。
「ホアン殿!聖地での刃傷沙汰は重罪ですぞ!」
「知ったことか!コロノとメサージュとポルタが認めようと俺は断じて認めぬ!ロマリの未来を守る為、乱心した貴様らも小娘も全員、我が刃で斬り捨ててくれる!」
神官が大男を諫めるが、聞き入れる様子はない。
「あれはヴェング王国の領主、ホアン3世です!小さな国の王ですが、粗暴で頭が悪い暴君として知られている男です!」
「バカが後先や力関係を考えずに激発したって所ね。黒幕のコロノ王達もこれは想定してなかったみたいよ。坊や、私達はどうする?」
コロノ王ロベルトら"黒幕"と思しき三王が困惑している様子を見ながら、イザベラがそう言った。
「予定通り行く!混乱が起こっているのならむしろ都合が良い!イザベラ!飛び降るから魔法を頼む!フローラ、ヒナギク、ついてこい!」
そう告げて俺は、三階席の縁へと乗り上げる。そして足元を思い切り蹴とばしながらアリーナに向かって飛び込んだ。
ハルもまた、混乱を隠せない様子で、呆然とした表情を浮かべている。
「ど、どうなってるんですか? 偽女王に味方する王が黒幕なんじゃなかったんですか? どうしてそれが三人も居るんです!」
フローラが俺の腕を揺さぶりながらそう問いかけるが、答えが返せるはずもない。
イザベラは眉をひそめ、考え込んでいる様子だった。
「まさか……。黒幕は一人、あるいは一国ではなく、幾つもの国々が同調した上で仕組んでいたってこと?」
彼女は呟いた。ヒナギクは腕を組み、真剣な表情で言った。
「偽女王の即位に賛成した三国、コロノ、メサージュ、ポルタはどれもロマリ諸王の中でも上位の実力者です。これにサルソも加えれば、その兵力はロマリ全体の半数を超えます。こうなっては他の小国達も偽陛下のロマリ戴冠を認めるしかなくなるでしょう」
「少なくとも最初に彼らから私宛に来た返事は、コロノ王らのものを含めてどれも即位を非難するものでしたが……。実際はカムフラージュで、本当は初めから"偽のハル女王"に賛同するつもりだったということでしょうか」
ヒナギクとハルの言葉に、俺は事態の深刻さを改めて認識する。
黒幕は、一人ではなく、複数。
一国一票の議会投票ではなく一兵一票のパワーバランスに基づいて決定が行われると考えれば、今ここにハルのロマリ王戴冠は実質承認された、と解釈できるということだ。
それが意味することを完全に理解し把握するのは難しいが、少なくとも黒幕が一人である場合よりも問題が複雑になるということだけはあまり深く考えなくてもわかる。
このまま事が進めば、彼らはロマリ諸国全体の半数以上を掌握することになる。
その時、アリーナ上のアルフォンソ二世が口を開いた。
「コロノ王、メサージュ王、ポルタ王。あなた方の賛意に心からの感謝を申し上げる」
王は傍らの"偽ハル"の肩に手を置いて抱き寄せながら、演説を始める。
「私は先代のサルソ王・ベリーチェ王、アルフォンソ二世である。現在は王位を愛する我が娘、ハル女王陛下へと譲り、政治の一線からは退いている。諸君もご存じの通り、かつて私はハル女王陛下と対立し、国を追われた。だが今こうして父娘の和解を果たし、今日この場に訪れている」
王の言葉に呼応するように、"偽ハル"は顔を見上げ、アルフォンソに視線を向ける。距離は遠くその表情は伺い知れないが、俺はそんな"ルナ"の仕草に何とも言えない違和感を覚えていた。
彼女のしなやかな動きと落ち着いた様子でアルフォンソを見上げる視線は、まるで本当に敬愛する父親を見上げているかのような雰囲気を放っていたからだ。
「私は凡庸な王だった。女王陛下の器が私を遥かに上回る素晴らしいものであることを認めるのが怖かった。だが、今は心を入れ替え、陛下を下から支える一兵卒として出直す所存である。そしてかつての王ではなく一人の父親として、愛する娘の戴冠を心から祝福したいと思う」
そう言って、アルフォンソはハルの頬を撫でるような仕草をした。そんな彼に対し、"偽ハル"は心からの感謝の意を示すように身を寄せる。
「気持ち悪い……」
本物のハルが青ざめた表情で、小声でそう呟く。
ハルはかつてあの父親、アルフォンソ二世に犯されそうになったことに危機感を覚え簒奪を実行したのだ。
それにも関わらず、自分と同じ顔と身体つきをした少女がそのアルフォンソ二世に自ら寄り添って身体を密着させていることに強い嫌悪と恐怖を覚えているのだろう。
「ねえ坊や、この距離からじゃ分析スキルは使えないのよね。今のルナちゃんの状態、見るのは難しい?」
「ああ、この距離じゃ例え文字が表示されたとしても小さすぎて読めないんだ」
「望遠鏡とかはどうかしら?」
そう言って、イザベラは胸の谷間から小さな望遠鏡を取り出すと俺に手渡してきた。イザベラの体温がまだ生々しく感じられる筒を握り締めることになったが、今はそれに興奮している場合でもない。
「それは試したことが無かったな。なんとなく、肉眼でないと難しいような気はするが……。一応試してみる」
俺は少し前までイザベラの谷間の中で温められていた望遠鏡を目元に押し付け、アリーナ上の"偽ハル"に視点を合わせた。
望遠鏡の狭い視界の中に、"偽ハル"ことルナの上半身のアップが映し出される。
だが、やはり彼女に纏わる分析の情報が視界に浮かんでくることはなかった。
肩を出して胸元の開いたドレスから覗く迫力のロリ巨乳が、今俺の隣に座るハルのサイズと全く同じであることは分析スキルが無くてもわかるのだが……。
「ダメか」
丁度俺がそう呟いたのと同じくして、アリーナの上に立つ偽の女王が演説を始めた。
「お父様、諸王方、皆々様、ありがとうございます。私こと、ハル・ローゼンブルクはロマリ王国の更なる繁栄の為、この身を捧げ、ロマリ王としての責務を全うする所存です。私が戴冠した暁には──」
とても流暢に。
今俺の隣に座っている本物のハル・ローゼンブルクと何ら変わらない、女王らしい威厳に満ちた落ち着いた喋り方で、アリーナ上の偽の女王は語り始める。
「おかしいわね」
「何がですか?」
イザベラの呟きに、フローラがきょとんと首をかしげる。
「精神支配の魔法をかけられてるにしては喋り方が流暢過ぎるのよ。その手の魔法をかけられると、被支配者は肉体のコントロールが曖昧になって、虚ろな目でボーッとしているか、本能のまま獣のように単純な行動しか取れなくなるか、そんな感じで知性は失われてしまうのが相場なの」
イザベラの言葉に、俺は半月程前に王宮で遭遇した守護聖獣のクジラ、ガルディアナ・マレアのことを思い出していた。彼女も精神体の方こそまともに喋ることが出来ていたが、本体であるクジラの肉体は制御不能な状態で暴れまわるばかりだった。
「私も精神支配はLv10のスキルを習得しているけど、あんなしっかりとした喋りを実現するような魔法は知らないわ。喋らせるにしても三つくらいの単語を繋ぎ合わせたような、言葉を覚えたての子供のみたいな喋らせ方をするくらいが限度のはず……」
イザベラ……。お前……。
初めて会った時、俺をそんな状態にしようとしてたよな?
「つまりルナさんは精神支配で操られているのではなく、自らあの演技をしているということでしょうか。ご主人が以前に言っていましたよね、何らかの強要や取引に応じて、ルナさんが偽女王としての演技をさせられるかもしれないって」
「それにしては上手すぎるのよ。ルナちゃんにあそこまで完璧な"女王の演技"が出来ると思う?」
「無理だな」
「絶対無理ですね」
「だから精神支配にしろ演技強要にしろ、ボロが出ないようにこの戴冠式では最低限の言葉しか"偽ハル"は喋らないと踏んでいた。それなのに……」
俺は望遠鏡越しに改めて"偽ハル"を観察し始める。やはり、肉眼ではないレンズ越しでは分析スキルの文字列は出てこない。
しかし、例え分析スキルが使えなくても俺は一つの確信に近い違和感を抱くようになっていた。
「違う」
「違う?何がですか?」
俺の呟きに、フローラがハルが首を傾げながら尋ねる。
望遠鏡の中に映る少女。金髪に"オレンジ色"の瞳をしたロリ巨乳の少女。
「我が名の元にロマリ王国をひとつに結束させ──」
自信に満ちた威厳に溢れる表情で身振り手振りを交えながら演説を行う、ロマリの新女王、ハル。
「そして、もう一度このロマリを偉大なる国に──」
その見事な語り口と王の風格に、アルフォンソ二世やコロノ王、メサージュ王、ポルタ王はうんうんと感心した様子で納得したように頷いている。
「諸王よ!臣民よ!今こそ剣を高く掲げ、血を求める雄々しき叫びと共に我が元に集え──!」
ハルの即位に反対している他国の諸王や名代たちも、その迫力に気圧された様子で彼女の姿に魅入っている。
スキルに頼らない、個人的な洞察と直感による分析に基づき、俺は断言した。
「あれはルナじゃない」
そう言って望遠鏡を外し周囲の仲間達を見渡す。ハルとフローラは少し不思議そうな顔をしているが、ルナをよく知るイザベラとフローラは俺と同じ見解のようで、無言でコクリと頷いた。
髪を染められたルナなら瞳の色はオレンジではなく青であるはず、というのも材料の一つではあったが、それはどちらかというと些末の要素だ。それよりもあの物腰と語り口、そして高圧的な態度が彼女はルナではないと雄弁に物語っている。
「我々はあなた達ほどルナさんのことを知らないのでよくわかりませんが、分析様やそのお仲間方がそうおっしゃるのならそうなのでしょう。で、どうするのですか?黒幕が一人じゃない、壇上の偽陛下もルナ様ではない、というのは予想外でしたが、それでも一応、当初の打ち合わせはこの辺りのタイミングでアリーナへ乱入するプランでしたよね」
ヒナギクが真剣な顔つきでそう告げる。そうだ、本来の予定なら戴冠の儀式がある程度進み、敵方のビジョンがある程度露わになったタイミングでアリーナへと乱入、あとは"本物のハル"が大声で名乗りをあげ進行を不可能にするというプランだった。
「その方針は変わらない。そろそろ行こう」
俺は三階席と会場を区切る縁に脚をかけ、乗り越える姿勢を取る。
高所から飛び降りつつイザベラの魔法で落下速度を減速してもらい、そのままアリーナへと進むのを突撃の切り口にする手筈だった。
「でも、あれがルナさんじゃないのだとしたら誰なのでしょう。あれほどまでに私にそっくりな女性が、ルナさんだけでなくもう一人居るだなんて到底信じられません……」
「居たものは居た。それだけの話よ。ルナちゃんとあなた、2人もそっくりさんが居る時点でそうそう信じられないんだから、それにアリーナ上のあの偽ハルが加わって3人目になったとしても今更どうということはないわ。なんなら、4人目や5人目も居るかもね」
イザベラがそう告げて"本物のハル"の疑問を制する。彼女の言う通りだ。居たものは居た。今はそれでいい。
「よし、行くぞ!」
俺がそう号令を告げた、その時だった。
「待てええい!やはりこのような茶番!断じて許す訳には行かぬ!」
アリーナ上で、小さな王冠を頭に乗せた髭面の大男が叫び声をあげながら、剣を抜き放った。アリーナ上に緊張感が走り、各国の近衛兵たちが自分達の王や名代を守るべく構え始める。
「ホアン殿!聖地での刃傷沙汰は重罪ですぞ!」
「知ったことか!コロノとメサージュとポルタが認めようと俺は断じて認めぬ!ロマリの未来を守る為、乱心した貴様らも小娘も全員、我が刃で斬り捨ててくれる!」
神官が大男を諫めるが、聞き入れる様子はない。
「あれはヴェング王国の領主、ホアン3世です!小さな国の王ですが、粗暴で頭が悪い暴君として知られている男です!」
「バカが後先や力関係を考えずに激発したって所ね。黒幕のコロノ王達もこれは想定してなかったみたいよ。坊や、私達はどうする?」
コロノ王ロベルトら"黒幕"と思しき三王が困惑している様子を見ながら、イザベラがそう言った。
「予定通り行く!混乱が起こっているのならむしろ都合が良い!イザベラ!飛び降るから魔法を頼む!フローラ、ヒナギク、ついてこい!」
そう告げて俺は、三階席の縁へと乗り上げる。そして足元を思い切り蹴とばしながらアリーナに向かって飛び込んだ。
29
お気に入りに追加
390
あなたにおすすめの小説
『おっさんが二度も転移に巻き込まれた件』〜若返ったおっさんは異世界で無双する〜
たみぞう
ファンタジー
50歳のおっさんが事故でパラレルワールドに飛ばされて死ぬ……はずだったが十代の若い体を与えられ、彼が青春を生きた昭和の時代に戻ってくると……なんの因果か同級生と共にまたもや異世界転移に巻き込まれる。現代を生きたおっさんが、過去に生きる少女と誰がなんのために二人を呼んだのか?、そして戻ることはできるのか?
途中で出会う獣人さんやエルフさんを仲間にしながらテンプレ? 何それ美味しいの? そんなおっさん坊やが冒険の旅に出る……予定?
※※※小説家になろう様にも同じ内容で投稿しております。※※※
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
貞操逆転世界に無職20歳男で転生したので自由に生きます!
やまいし
ファンタジー
自分が書きたいことを詰めこみました。掲示板あり
目覚めると20歳無職だった主人公。
転生したのは男女の貞操観念が逆転&男女比が1:100の可笑しな世界だった。
”好きなことをしよう”と思ったは良いものの無一文。
これではまともな生活ができない。
――そうだ!えちえち自撮りでお金を稼ごう!
こうして彼の転生生活が幕を開けた。
性的に襲われそうだったので、男であることを隠していたのに、女性の本能か男であることがバレたんですが。
狼狼3
ファンタジー
男女比1:1000という男が極端に少ない魔物や魔法のある異世界に、彼は転生してしまう。
街中を歩くのは女性、女性、女性、女性。街中を歩く男は滅多に居ない。森へ冒険に行こうとしても、襲われるのは魔物ではなく女性。女性は男が居ないか、いつも目を光らせている。
彼はそんな世界な為、男であることを隠して女として生きる。(フラグ)
髪を切った俺が『読者モデル』の表紙を飾った結果がコチラです。
昼寝部
キャラ文芸
天才子役として活躍した俺、夏目凛は、母親の死によって芸能界を引退した。
その数年後。俺は『読者モデル』の代役をお願いされ、妹のために今回だけ引き受けることにした。
すると発売された『読者モデル』の表紙が俺の写真だった。
「………え?なんで俺が『読モ』の表紙を飾ってんだ?」
これは、色々あって芸能界に復帰することになった俺が、世の女性たちを虜にする物語。
※『小説家になろう』にてリメイク版を投稿しております。そちらも読んでいただけると嬉しいです。
男女比1:10000の貞操逆転世界に転生したんだが、俺だけ前の世界のインターネットにアクセスできるようなので美少女配信者グループを作る
電脳ピエロ
恋愛
男女比1:10000の世界で生きる主人公、新田 純。
女性に襲われる恐怖から引きこもっていた彼はあるとき思い出す。自分が転生者であり、ここが貞操の逆転した世界だということを。
「そうだ……俺は女神様からもらったチートで前にいた世界のネットにアクセスできるはず」
純は彼が元いた世界のインターネットにアクセスできる能力を授かったことを思い出す。そのとき純はあることを閃いた。
「もしも、この世界の美少女たちで配信者グループを作って、俺が元いた世界のネットで配信をしたら……」
貞操逆転の世界で、俺は理想の青春を歩む。
やまいし
ファンタジー
気が付くと、男性の数が著しく少ない歪な世界へ転生してしまう。
彼は持ち前の容姿と才能を使って、やりたいことをやっていく。
彼は何を志し、どんなことを成していくのか。
これはそんな彼――鳴瀬隼人(なるせはやと)の青春サクセスストーリー……withハーレム。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる