息つく間もなく見ています

井村つた

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③帰り道

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 この話は、大矢さん(仮名。1文字だけ本名から)から聞いた話を再構成しています。

 大矢さんは不動産屋さんに務める28歳の会社員。大学時代は九州に行って一人暮らしをしていたのですが、地元の関西で就職が決まり、実家に戻ってきたそうです。実家と言っても亡くなった祖父が住んでいた家を壊し、大矢さんが大学に在学中の時に建てた家なので、昔の思い出などはありません。家から駅までは歩いて20分程度、網の目の住宅街を超えて、大きな橋を渡ると駅に着くそうです。電車に乗って20分、駅から降りてすぐ目の前のビルに入っている賃貸専門の不動産会社に勤務されており、朝は8時半から9時の間に出勤、帰りはお客さんの案内等で遅れなければ19時半には、帰りの電車に乗れるそうです。その帰り道で起こったお話です。

 男性の方、駅から降りて家に向かっている時に全く同じ方向に向かう女性が前にいる場合、どうされますか?

 まったく気にしないで自分のペースで歩みを進める。少しスピードを落として歩く。スピードを上げて追い越す。それぞれ考えがあると思います。変な人と思われたら嫌だな、と考えている男性も多くいるでしょう。逆に女性の場合は、男性が後ろを歩いていると少し怖いと思ってしまう方もいますよね。これは仕方がありません。

 大矢さんはその日、17時過ぎに飛び込みで来たお客さんを対応する事になったそうです。お客さんの要望を聞き、間取り図面を見せながら、物件を絞り込んでいきます。2件ぐらいの候補を決めて、実際にその候補の家に車で一緒に内覧に行くそうです。1件目をお客さんが気に入って、ほとんど決まりだったのですが、せっかくなので2件目もお願いしたいという事で2件目も内覧に行ったそうです。結局、1件目に内覧した家で契約が決まったそうです。大矢さんは、宅地建物取引主任者(現宅建士)という資格を保持しているので、契約書の説明なども自分でできるそうです。それらの説明をしっかりと終えて、火災保険などの契約も済ませて、お客さんを見送ったそうです。事務仕事を終えると22時前になってしまったそうです。

 金曜日だったので、同僚と飲みに行く約束をしていたのですが、さすがに遅いのでキャンセルになったそうです。大矢さんは会社にある駅から電車に乗り、自分の家がある駅に着きました。駅から出ると肌寒く、橋を渡る前にマフラーを巻いたそうです。橋を渡りきると住宅街が立ち並んでおり、それぞれの家が風よけになるので、少し寒さも和らいだ感じがしたそうです。

 歩いていると20メートル程度先を女性が歩いていました。このような事はよくあるのですが、街灯も少ない住宅街で、男性が後ろから来ると怖いだろうと大矢さんは次の曲がり角を右に曲がったそうです。網の目の住宅街は、どこを曲がっても同じような距離になるので、帰り道も複数選択する事ができます。右に曲がった後、次の曲がり角を左に曲がりました。少し歩いたところで、次の交差点から先ほどの女性が出てきて、ちょうど大矢さんの進行方向と同じ道に入ってきました。距離は先ほどよりも近くなり、10メートル程度に縮まっていました。女性が右を向き、大矢さんと目が合いました。大矢さんと同年代と思われる綺麗な女性で、この地域で5年程度住んでいるのですが、初めて見かける顔だったそうです。
 
 女性は大矢さんの顔を確認して、何もないように大矢さんと同じ方向に歩いていきます。大矢さんは、女性の後を歩き真っ直ぐ行っても良いですし、右に曲がってもう1度左に曲がっても帰れる場所でした。大矢さんは、またしても怖い思いをさせたり、変な人だと思われたりしたくないので、右に曲がりました。そして、次の曲がり角を左に曲がりました。家まではもう5分程度の場所です。

 左に曲がると30メートルほど先にまた交差点があります。さすがに先ほどの女性はもう違う道に行ってるから会う事もないだろうなどと考えながら、その交差点に差し掛かかりました。左側を見ると先ほどの女性がこっちに向かって歩いてきていました。お互い目が合うと、女性は立ち止まりました。大矢さんも相手につられた訳じゃないのですが、歩くのが止まってしまいました。すると、女性は、踵を返し今来た道を戻って行ったそうです。大矢さんは、「変な人に思われてしまったな。ショックだな」などと思いながら、交差点を直進します。

 すると、女性が引き返した左側からではなく、大矢さんが歩いて来た後ろの道から、「きょぃぃぃぃ」みたいな奇声をあげた女性が走ってくるのです。先ほどの女性と背格好も着ている服も似ていたのですが、同一人物ではなさそう。手に長さ1メートル程度、直径20センチ程度の丸い木の棒のような物を持ち、明らかに大矢さん目掛けて走ってきている様子でした。大矢さんは、肩に掛けていたバッグを手に持ち換え、真っすぐ走りだしました。

 30メートル程度走った所で、振り返ると先ほどの奇妙な女性は、木の棒を両手で持ち人の家の壁をバシバシと除夜の鐘のように突いていたそうです。女性との距離は20メートルほどあったので、その女性を観察していると、その女性と目が合いました。よく見ると女性は裸足です。この寒い時期に裸足で、木の棒を持って人の家の壁を突いている。これは明らかに常人が出来る事ではありません。「警察に連絡か」などと女性を見ながら、考えていると、女性が両手で持っていた木の棒を叩いていた壁の向こうポーンと投げ捨てました。その瞬間、「らあらあらあ」みたいなよく分からない言葉を発して、大矢さんの方に向かってダッシュしてきます。大矢さんも当然に走りだします。振り返らずに50メートル以上は全力で走ったと仰っていました。もう家まで100メートルもありません。振り返ると女性はいません。ゆっくりと後ろを確認しながら、家の鍵を開けて、家に入ったそうです。

 これで大矢さんの話はおしまいです。最初の女性が引き返したのと、奇声を上げる女性は関係あったのか。位置的に引き返した女性の方からは、奇声を上げる女性は、家が邪魔になって絶対に見えなかったそうです。この2人は関係あるかは、今も分かっていないそうです。ただ単に、大矢さんが怖くて逃げたのか。何かその奇声を上げる女性の事を感じて引き返したのかは、分からないそうです。

 まだ大矢さんは、その家に住んでいるそうですが、2人の女性を見たことはないそうです。家族に聞いても、この辺でそのような奇声をあげる女性の話を聞いたことがないそうです。帰り道、女性に気を使って道を変えたら、変な女性に追いかけられたという話でした。


帰り道 おしまい。














 
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