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紅茶と蜂蜜 12
しおりを挟むピチョン、ピチョンと水の落ちていく音が、薄暗い地下水路内で響く。ここはバージリア帝国から続く地下水路だが、数年前に忌まれた地にある施設ということで、今では機能していない。
壁や柱の所々に魔導回路が埋め込まれた機械が、ブオンブオンと停止音を鳴らしている。無機質に緑色に光る魔導回路に不気味さを感じた。
『魔導回路』とは、魔力が込められた機械の回路のことである。とある一人の魔法使いと一人の科学者が意気投合したことで生み出された。
そして、彼らは凶暴化した魔獣や魔物から人々を守るため、魔力が込められた回路をロボットに埋め込むことで自動で動く、『魔導機械兵(ゴーレム)』を製造する。
―――だが、時の権力者達が選んだのは人々の守護ではなく、他国の侵略であった。
またも、世界を巻き込んだ戦争と云う名の惨事が始まる。そして、この戦いを終わらせたのは魔人となった男と同じく、魔人と化した一人の少女だった。
魔人となった少女は、戦争に魔導機械兵を使った国を尽く滅ぼしたとされる。無事だったのは、戦争を反対した国と、魔導機械兵を使わなかった国だけだった。
その後、魔人となった少女の行方は知らない。ちなみに、この世界で二度も戦争を終わらせたのは魔人と成った人間である。
人から怪物に在り方を変えた者が人の戦を終わらせる―――なんとも、皮肉な話であった。
「不気味だなぁ…………」
ジオラルドを先頭にして歩きながら、ピアは呟く。彼女の魔法によって顕れた光の玉が薄暗い地下水路を照らすが、水路の中は肌寒く、魔導回路の独自の停止音と水の音だけしかしない。
そこかしこに、不思議な紋様が施された柱や壁が目立つ。施設が稼働していないせいで水の質が悪いのか、カビの臭いがした。ジメジメとしていて、すぐにでも外に出たいぐらいだ。
「えっと、悪の親玉が根城にしていそうな場所だね?」
「それ、ゲームのやり過ぎではないか?」
「わ、悪かったね! マニアっぽい発言で!」
ジオラルドの怪訝とした視線に、ピアはムッとする。
「こんなとこに悪の親玉とやらが居たら引くわ。幹部ならわからんでもないが」
「へえ、幹部ならいいんだ?」
「それか、子分だの」
他愛のない話をしながら地下水路を散策する二人。ピアの魔法によって、靴が濡れないようになっているからか、水が靴の中に入り、靴下がグチュグチュになる不快感を感じることはない。
「………………なにか、出て来そうだね」
ピアのポツリと溢した言葉が、地下水路に反響する。
「出て来たら出て来たで好都合だが、面倒だのぉ」
「だね。絶対戦闘になるから勘弁だよ」
二人はお互いの意見に同意した。地下水路にしては広いとはいえ、敵と遭遇するのはあまり好ましくない。
だが、往々にして現実とは非情なモノだ。
「―――フム。どうやら、御出ましのようだぞ」
ジオラルドが特殊な繊維で作られたグローブを装着した拳を構えると、右の進路方向からブヨブヨとした液体の塊が複数体現れる。よく見れば、液体の中心に一匹のネズミが緑色の蜂を咥えて浮かんでいた。
『軟体生物スライム』―――とある世界のゲームや漫画にも出てくる有名な魔物である。危険生物ランクCであり、時に酸を吐き出す個体もいる、一般人にとって危険な魔物だ。
ネズミを溶かしながらウゴウゴと蠢くスライムに、ピアが反応した。
「あーーーっ!? ネズミを食べるなんて、誰もが許してもボクが許さないぞ!!」
スライムの暴挙(?)に激昂する、ピア。彼女は地下水路に入る前に取り出していた杖をスライムの群れに向ける。彼女の身体に渦巻く魔力と、地下水路に漂う魔力が共鳴していく。
魔法は、人の力だけで顕現できない。星が生む魔力素と合わさることで発動できるのだ。
「こんがりと燃やしてあげるよ! 【イグローガ】ッ!!」
ピアが力ある言葉を唱えると、杖から渦巻くように放たれた赤い炎が数匹のスライムを灼く。突然の急襲にスライムたちは反応できず、炎に巻かれ、「ギュオオオオオッ!!?」と悲鳴を上げた。
火炎魔法『イグローガ』。攻撃系魔法の一つであり、炎を自在に操り、敵を灼き焦がす魔法だ。魔力のコントロールによって、炎の調整も自由にできる。ちなみに、この魔法でステーキ屋を経営している魔法使いも居るとのこと。
「おお! やるのぉ~!」
ジオラルドは関心すると、残りのスライムを拳で殴り飛ばし、壁にぶつける。幸いにも酸のあるスライムは居らず、グチャリと嫌な音を立てて、スライムの群れは二人の手によって全滅した。
例え、酸のあるスライムが居たとしても、彼の装着しているグローブの素材によって怪我をする事はないが。
「ううっ……ネズミさん、一緒に燃やしてごめんね…………」
ネズミをスライムと一緒に燃やしたことに落ち込む、ピア。
「ネズミはお前にとって、切っても切れねえ存在だからのォ」
ジオラルドの言葉に、彼女は肯定するようにコクリと頷く。
「―――ネズミは、ボクのご先祖様と深い関係があるからね」
ピアは祈る。スライムに殺されて喰われていたネズミに。
この世界でも、魔法使いの使い魔は猫、フクロウ、カラス、蛇、カエル、ネズミ等が有名だ。だが、今のところ彼女が使い魔を使った所は見ていない。
「だけど、ここに魔物がいるなんて聞いてないよ?」
「人に飼われている魔物だったのかもしれんの」
ジオラルドはピアの疑問に見解を示す。
「なら、ここに人が居るってことだよね?」
「そうなるのォ。この国の防衛魔法は国ごと覆っているから、Bランクの魔物が入ってくる余地等ない、とセシアの嬢ちゃんが言っていたな」
「栄えている国だと、それが当たり前だしね。小国は首都だと守られているけど、離れている街や村は対象にならないし」
「小国でも、金のある国なら安心だがのぉ。オレの故郷である龍連国は纏まりがあるようでねえしなあ」
二人は小声で話しながらも探索を続ける。
「後で、嬢ちゃんとザ・ウェイドに報告せんとな」
「だね。野生の魔物を飼っている人がいるのは一大事だよ」
ジオラルドの言葉に、ピアは頷く。基本、魔法使いは魔獣や魔物を使い魔にすることができない。魔獣も魔物も凶暴で、人を襲う性質を強く持っている為、使い魔にすることが不可能だ。
―――だが、ピアは出会っている。危険な魔獣を使い魔にしている女性と。
「結構、長いね」
どれくらい歩いたのだろうか。あれから二時間程経ち、二人は地下水路の奥まで到達していた。
「スライムだけでなく、コボルトもいるとはのォ」
グローブに付着した魔物の返り血を軽く払う、ジオラルド。どうやら、二人は何度か魔物と遭遇したらしい。
『山の精コボルト』とは、危険生物ランクCの魔物であり、群れで暮らしている種族だ。人に友好的なコボルトもいるが、多くのコボルトは人を襲うことを愉しんでおり、穏やかな気質の者は極少数である。
「チッ、またか! ピア、来るぞ!」
咄嗟にピアに警告をする、ジオラルド。左側の通路からスライムとコボルトの群れが押し寄せる。彼は、真っ先に飛び跳ねて攻撃して来た二匹のスライムを地面に叩きのめした。
「もう! しつこいんだよ!」
ピアは苛立ちながらも杖を構え、詠唱する。
「凍れっ! 【グラクリュス】!!」
力ある言葉と同時に、彼女の杖から放たれた一陣の氷の礫を纏った風が魔物の群れを襲う。突然の氷の嵐を喰らった魔物達は劈くような悲鳴を上げた。
暫くすると、10匹以上のコボルトとスライムが氷の彫像へと変化する。透かさずに、ジオラルドは氷の像になった魔物達を破壊していった。
氷結魔法『グラクリュス』とは、氷の風を操る攻撃系魔法の一つだ。魔法使いの力量によっては、相手を凍らせて氷の像に変えたり、猛吹雪を起こすことができる。
遥か昔、九人の始祖の魔女の一人がスキーをしたいが為に、氷雪地帯に変えられた地域があるぐらいだ。
「同士討ちにするよ! 【パニペル】!」
数匹、生き残っているスライムとコボルトに怪しげな紫色の霧が襲い掛かる。すると、群れていたスライムとコボルトがお互いに攻撃をし始めた。
スライムの中に酸を扱える個体がいて、一匹のコボルトに酸の塊が当り、身体の一部が灼ける。酸によって、爛れた皮膚が痛々しい。
「グギャアアァァア!!!」
「ギュピイイイィィ!!!」
コボルトとスライムの2つの種族の吠え声が、地下水路を震わす。ジオラルドは煩そうに顔を顰め、ピアは耳を塞いだ。
「………………混乱魔法はやめといた方がよかったのぉ」
「えっと、ごめん……。次は気を付けるよ」
二人はスライムとコボルトの戦闘を注視しながら、ゆっくりとその場を離れる。2つの種族の魔物達は、最期まで混乱が解けることはなかった。
混乱魔法『パニペル』とは、呪術の一つだ。攻撃系魔法よりも扱いが難しい魔法だと知られている。他者の神経を狂わす魔法は、精密な魔力コントロールが必須だからだ。
そして、魔法使いがどんなに魔法への理解を深めても、杖と詠唱は必須である。無言で魔法を放ったり、杖も無く魔法を操ることが出来るのは人を辞めた者達だけだ(魔人がその筆頭)。
ちなみに、ピアは攻撃系魔法より呪術や補助系魔法が得意だったりする。
「目ぼしい物は見当たらねえな。外に出るか」
「そうだね、この事を報告しないといけないし」
依頼とは関係のない情報を得たが、二人は来た道を返す。―――だが。
「そこを動くな」
怪しい黒ずくめの集団が、二人の前に現れたのだった。
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