観月異能奇譚

千歳叶

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第五章 朧月

帰り道、車内会話

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「音島さん、お疲れさまです。……助けに行けなくてすみません」
「那津は那津のやるべきことをやったんでしょ」

 那津と共に、お互いを労いながら車に乗り込む。後部座席の真ん中に座ったわたしは、何気なく綾に話を振った。

「綾もお疲れ。大変だった……って簡単に済ませていいことじゃないだろうけど」
「いえいえ、私は慣れてるので平気ですよ」

 慣れているかどうかの問題だろうか。困惑しながらも「そっか」と返す。しかし、それにしては表情が険しい気がした。

「……それよりも、今後が心配ですね。今回のことで〈五家〉はどう動くのか……」

 ぼそりと低い声で紡がれた言葉が耳に残る。なぜ、どうして綾から〈五家〉なんて単語が出てくるのか。彼女が〈五家〉に関係しているとも思えないのだが。

 わたしの表情から何かを察したのか、綾が「すみません、独り言です」と断りを入れてきた。彼女からしたら触れてほしくない話題なのかもしれないが、脳裏に浮かんだ〈五家〉関係者がゴーサインを出す。

「ねぇ、答えたくないなら無視していいんだけど……綾って〈五家〉の関係者なの?」

 恐る恐る尋ねると、綾は目を瞬かせた後「そうですよ」と肯定した。質問したこちらが拍子抜けするほど、あっさりと。

「というか、音島さんが〈五家〉のことを知っていた方が驚きです。確かに店で働く前のことは何も知りませんが」
「そう言われてみればそうかも。こうやって綾と話すことも少なかったし」

 のんびりしたトーンで話しながら、なんとなく車窓から外を眺める。鬱蒼とした森のような景色が流れ去っていくのを見やり、ふと気づいた。
 今までちっとも気にしていなかったが、綾の名字は八辻だ。名字に「辻」の文字が入る〈五家〉の一角には思い当たるものがある。

「……八辻って名前、もしかして辻宮と関係ある?」
「やっぱり気づいちゃいますよね。その通り、八辻家は辻宮の分家筋です」
「じゃあ綾と玲は親戚なんだ。仲いいの?」

 何の気なしに問いかけると、綾が再び目を瞬かせた。虚を突かれたような顔をしている彼女に、わたしは「言いたくないなら言わなくていいけど」と続ける。

「あぁいえ、言いたくないわけじゃないですよ。そんなことを聞かれると思ってなくてびっくりしちゃっただけです」

 綾はぱたぱたと手を左右に振りながら笑う。優しくしてもらってますよ、そう続けながら。

「玲お兄ちゃんは優しい人ですから」
「玲『お兄ちゃん』ね……」

 思わず復唱する。わたしにとって、玲は頼れるリーダーという印象だ。あるいは大崎の二人を「兄さん」だとか「姉さん」だとか呼んでいた記憶が強い。そんな彼を兄のように慕う人がいたとは。

「……変ですか?」
「変ってわけじゃない。ただ玲に『お兄さん』の印象がなかったからちょっと意外で」

 不安そうな顔をした綾に弁明する。それからしばらくは玲の話題で密かに――わたしの左隣で那津が眠っているためだ――盛り上がり、ある程度テンションが落ち着いた頃、綾が「ということは」と切り出した。

「音島さんは以前〈九十九月〉にいたんですか?」
「そうだよ。玲たちと一緒に仕事してたこともある」
「なるほど。だから〈五家〉のことも知っていたんですね」

 綾は納得したように頷き、それじゃあ、と声を潜める。柔らかい微笑は消え、真剣な表情でわたしを見据えた。

「あなたは〈五家〉の味方だと思っていいんですか」
「……」

 言葉を失い、わたしは視線をさまよわせる。今のわたしは、はっきり「味方だ」と断言できない。嘘をつく気は微塵もないが、適当に誤魔化すことも憚られた。

「正直に言うと、何があっても味方でいることはできない。わたしにはわたしの考えがあるから」
「……続けてください」

 余計な口を挟むことなく、綾が続きを促してくる。どこまでこちらの事情を明かすか悩みながらも、本音を話すことにした。

「でも、わたしは〈五家〉の人たちに助けられてここまで来た。恩人って言ってもいいくらい。……だから、できる限りは協力したい」

 信じてもらえるかはわからないが、これがわたしの本心だ。
 千秋と千波だけではない。玲も素性のわからないわたしを受け入れてくれて、月子や正輝は術者協会で危機に陥ったわたしに手を貸してくれた。彼らに受けた恩は返したい。

 しかし、謎が多いのも事実。彼らの内部崩壊を目論んでいる存在も密告された。いつぞや真砂から受けた忠告じみた発言も引っかかる。だから「わからない」のだ。

「まだ〈五家〉の全部を信用できない。そんな状態で『ずっと味方でいる』なんて言ったら、それこそ怪しいでしょ」

 肩をすくめながら言うと、綾も「確かに」と肯定する。口元はわずかに緩んでいた。

「最後にもう一つ質問させてください。音島さんは〈九十九月〉に戻りたいですか?」
「……そうだね。きっと、わたしの知りたいことはあっちでしか見つからない」
「わかりました。それなら、私の方から話してみます」

 何を、誰に話すつもりなのだろうか。問いかける前に車は停まり、綾が軽やかに降車した。
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