95 / 104
第五章 朧月
帰り道、車内会話
しおりを挟む
「音島さん、お疲れさまです。……助けに行けなくてすみません」
「那津は那津のやるべきことをやったんでしょ」
那津と共に、お互いを労いながら車に乗り込む。後部座席の真ん中に座ったわたしは、何気なく綾に話を振った。
「綾もお疲れ。大変だった……って簡単に済ませていいことじゃないだろうけど」
「いえいえ、私は慣れてるので平気ですよ」
慣れているかどうかの問題だろうか。困惑しながらも「そっか」と返す。しかし、それにしては表情が険しい気がした。
「……それよりも、今後が心配ですね。今回のことで〈五家〉はどう動くのか……」
ぼそりと低い声で紡がれた言葉が耳に残る。なぜ、どうして綾から〈五家〉なんて単語が出てくるのか。彼女が〈五家〉に関係しているとも思えないのだが。
わたしの表情から何かを察したのか、綾が「すみません、独り言です」と断りを入れてきた。彼女からしたら触れてほしくない話題なのかもしれないが、脳裏に浮かんだ〈五家〉関係者がゴーサインを出す。
「ねぇ、答えたくないなら無視していいんだけど……綾って〈五家〉の関係者なの?」
恐る恐る尋ねると、綾は目を瞬かせた後「そうですよ」と肯定した。質問したこちらが拍子抜けするほど、あっさりと。
「というか、音島さんが〈五家〉のことを知っていた方が驚きです。確かに店で働く前のことは何も知りませんが」
「そう言われてみればそうかも。こうやって綾と話すことも少なかったし」
のんびりしたトーンで話しながら、なんとなく車窓から外を眺める。鬱蒼とした森のような景色が流れ去っていくのを見やり、ふと気づいた。
今までちっとも気にしていなかったが、綾の名字は八辻だ。名字に「辻」の文字が入る〈五家〉の一角には思い当たるものがある。
「……八辻って名前、もしかして辻宮と関係ある?」
「やっぱり気づいちゃいますよね。その通り、八辻家は辻宮の分家筋です」
「じゃあ綾と玲は親戚なんだ。仲いいの?」
何の気なしに問いかけると、綾が再び目を瞬かせた。虚を突かれたような顔をしている彼女に、わたしは「言いたくないなら言わなくていいけど」と続ける。
「あぁいえ、言いたくないわけじゃないですよ。そんなことを聞かれると思ってなくてびっくりしちゃっただけです」
綾はぱたぱたと手を左右に振りながら笑う。優しくしてもらってますよ、そう続けながら。
「玲お兄ちゃんは優しい人ですから」
「玲『お兄ちゃん』ね……」
思わず復唱する。わたしにとって、玲は頼れるリーダーという印象だ。あるいは大崎の二人を「兄さん」だとか「姉さん」だとか呼んでいた記憶が強い。そんな彼を兄のように慕う人がいたとは。
「……変ですか?」
「変ってわけじゃない。ただ玲に『お兄さん』の印象がなかったからちょっと意外で」
不安そうな顔をした綾に弁明する。それからしばらくは玲の話題で密かに――わたしの左隣で那津が眠っているためだ――盛り上がり、ある程度テンションが落ち着いた頃、綾が「ということは」と切り出した。
「音島さんは以前〈九十九月〉にいたんですか?」
「そうだよ。玲たちと一緒に仕事してたこともある」
「なるほど。だから〈五家〉のことも知っていたんですね」
綾は納得したように頷き、それじゃあ、と声を潜める。柔らかい微笑は消え、真剣な表情でわたしを見据えた。
「あなたは〈五家〉の味方だと思っていいんですか」
「……」
言葉を失い、わたしは視線をさまよわせる。今のわたしは、はっきり「味方だ」と断言できない。嘘をつく気は微塵もないが、適当に誤魔化すことも憚られた。
「正直に言うと、何があっても味方でいることはできない。わたしにはわたしの考えがあるから」
「……続けてください」
余計な口を挟むことなく、綾が続きを促してくる。どこまでこちらの事情を明かすか悩みながらも、本音を話すことにした。
「でも、わたしは〈五家〉の人たちに助けられてここまで来た。恩人って言ってもいいくらい。……だから、できる限りは協力したい」
信じてもらえるかはわからないが、これがわたしの本心だ。
千秋と千波だけではない。玲も素性のわからないわたしを受け入れてくれて、月子や正輝は術者協会で危機に陥ったわたしに手を貸してくれた。彼らに受けた恩は返したい。
しかし、謎が多いのも事実。彼らの内部崩壊を目論んでいる存在も密告された。いつぞや真砂から受けた忠告じみた発言も引っかかる。だから「わからない」のだ。
「まだ〈五家〉の全部を信用できない。そんな状態で『ずっと味方でいる』なんて言ったら、それこそ怪しいでしょ」
肩をすくめながら言うと、綾も「確かに」と肯定する。口元はわずかに緩んでいた。
「最後にもう一つ質問させてください。音島さんは〈九十九月〉に戻りたいですか?」
「……そうだね。きっと、わたしの知りたいことはあっちでしか見つからない」
「わかりました。それなら、私の方から話してみます」
何を、誰に話すつもりなのだろうか。問いかける前に車は停まり、綾が軽やかに降車した。
「那津は那津のやるべきことをやったんでしょ」
那津と共に、お互いを労いながら車に乗り込む。後部座席の真ん中に座ったわたしは、何気なく綾に話を振った。
「綾もお疲れ。大変だった……って簡単に済ませていいことじゃないだろうけど」
「いえいえ、私は慣れてるので平気ですよ」
慣れているかどうかの問題だろうか。困惑しながらも「そっか」と返す。しかし、それにしては表情が険しい気がした。
「……それよりも、今後が心配ですね。今回のことで〈五家〉はどう動くのか……」
ぼそりと低い声で紡がれた言葉が耳に残る。なぜ、どうして綾から〈五家〉なんて単語が出てくるのか。彼女が〈五家〉に関係しているとも思えないのだが。
わたしの表情から何かを察したのか、綾が「すみません、独り言です」と断りを入れてきた。彼女からしたら触れてほしくない話題なのかもしれないが、脳裏に浮かんだ〈五家〉関係者がゴーサインを出す。
「ねぇ、答えたくないなら無視していいんだけど……綾って〈五家〉の関係者なの?」
恐る恐る尋ねると、綾は目を瞬かせた後「そうですよ」と肯定した。質問したこちらが拍子抜けするほど、あっさりと。
「というか、音島さんが〈五家〉のことを知っていた方が驚きです。確かに店で働く前のことは何も知りませんが」
「そう言われてみればそうかも。こうやって綾と話すことも少なかったし」
のんびりしたトーンで話しながら、なんとなく車窓から外を眺める。鬱蒼とした森のような景色が流れ去っていくのを見やり、ふと気づいた。
今までちっとも気にしていなかったが、綾の名字は八辻だ。名字に「辻」の文字が入る〈五家〉の一角には思い当たるものがある。
「……八辻って名前、もしかして辻宮と関係ある?」
「やっぱり気づいちゃいますよね。その通り、八辻家は辻宮の分家筋です」
「じゃあ綾と玲は親戚なんだ。仲いいの?」
何の気なしに問いかけると、綾が再び目を瞬かせた。虚を突かれたような顔をしている彼女に、わたしは「言いたくないなら言わなくていいけど」と続ける。
「あぁいえ、言いたくないわけじゃないですよ。そんなことを聞かれると思ってなくてびっくりしちゃっただけです」
綾はぱたぱたと手を左右に振りながら笑う。優しくしてもらってますよ、そう続けながら。
「玲お兄ちゃんは優しい人ですから」
「玲『お兄ちゃん』ね……」
思わず復唱する。わたしにとって、玲は頼れるリーダーという印象だ。あるいは大崎の二人を「兄さん」だとか「姉さん」だとか呼んでいた記憶が強い。そんな彼を兄のように慕う人がいたとは。
「……変ですか?」
「変ってわけじゃない。ただ玲に『お兄さん』の印象がなかったからちょっと意外で」
不安そうな顔をした綾に弁明する。それからしばらくは玲の話題で密かに――わたしの左隣で那津が眠っているためだ――盛り上がり、ある程度テンションが落ち着いた頃、綾が「ということは」と切り出した。
「音島さんは以前〈九十九月〉にいたんですか?」
「そうだよ。玲たちと一緒に仕事してたこともある」
「なるほど。だから〈五家〉のことも知っていたんですね」
綾は納得したように頷き、それじゃあ、と声を潜める。柔らかい微笑は消え、真剣な表情でわたしを見据えた。
「あなたは〈五家〉の味方だと思っていいんですか」
「……」
言葉を失い、わたしは視線をさまよわせる。今のわたしは、はっきり「味方だ」と断言できない。嘘をつく気は微塵もないが、適当に誤魔化すことも憚られた。
「正直に言うと、何があっても味方でいることはできない。わたしにはわたしの考えがあるから」
「……続けてください」
余計な口を挟むことなく、綾が続きを促してくる。どこまでこちらの事情を明かすか悩みながらも、本音を話すことにした。
「でも、わたしは〈五家〉の人たちに助けられてここまで来た。恩人って言ってもいいくらい。……だから、できる限りは協力したい」
信じてもらえるかはわからないが、これがわたしの本心だ。
千秋と千波だけではない。玲も素性のわからないわたしを受け入れてくれて、月子や正輝は術者協会で危機に陥ったわたしに手を貸してくれた。彼らに受けた恩は返したい。
しかし、謎が多いのも事実。彼らの内部崩壊を目論んでいる存在も密告された。いつぞや真砂から受けた忠告じみた発言も引っかかる。だから「わからない」のだ。
「まだ〈五家〉の全部を信用できない。そんな状態で『ずっと味方でいる』なんて言ったら、それこそ怪しいでしょ」
肩をすくめながら言うと、綾も「確かに」と肯定する。口元はわずかに緩んでいた。
「最後にもう一つ質問させてください。音島さんは〈九十九月〉に戻りたいですか?」
「……そうだね。きっと、わたしの知りたいことはあっちでしか見つからない」
「わかりました。それなら、私の方から話してみます」
何を、誰に話すつもりなのだろうか。問いかける前に車は停まり、綾が軽やかに降車した。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説

セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~
緑谷めい
恋愛
ドーラは金で買われたも同然の妻だった――
レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。
※ 全10話完結予定

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

愛されない花嫁はいなくなりました。
豆狸
恋愛
私には以前の記憶がありません。
侍女のジータと川遊びに行ったとき、はしゃぎ過ぎて船から落ちてしまい、水に流されているうちに岩で頭を打って記憶を失ってしまったのです。
……間抜け過ぎて自分が恥ずかしいです。

生まれ変わっても一緒にはならない
小鳥遊郁
恋愛
カイルとは幼なじみで夫婦になるのだと言われて育った。
十六歳の誕生日にカイルのアパートに訪ねると、カイルは別の女性といた。
カイルにとって私は婚約者ではなく、学費や生活費を援助してもらっている家の娘に過ぎなかった。カイルに無一文でアパートから追い出された私は、家に帰ることもできず寒いアパートの廊下に座り続けた結果、高熱で死んでしまった。
輪廻転生。
私は生まれ変わった。そして十歳の誕生日に、前の人生を思い出す。

もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。

アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

失った真実の愛を息子にバカにされて口車に乗せられた
しゃーりん
恋愛
20数年前、婚約者ではない令嬢を愛し、結婚した現国王。
すぐに産まれた王太子は2年前に結婚したが、まだ子供がいなかった。
早く後継者を望まれる王族として、王太子に側妃を娶る案が出る。
この案に王太子の返事は?
王太子である息子が国王である父を口車に乗せて側妃を娶らせるお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる