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第五章 朧月
袋小路、打開の一手
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周囲を警戒しながら廊下へ戻る。音が立たないように扉を閉め、人の気配がしないことに安堵した。
「あ、そういえば」
突然、那津がぴたりと足を止める。かと思えば、わたしに端末を出すよう指示を出してきた。唐突な言葉に目を丸くしつつも端末をポケットから取り出す。生駒が用意したというデータを閲覧し、次の目的地がどこにあるかも確認した。
「次は……第六実験室、ですね。この階の一番端にあるみたいです」
「問題は、誰にも会わずにたどり着けるかどうか。見つかったら逃げ場がない」
二人で揃って嘆息し、むぅ、と唸る。研究員の居場所を探る方法はないし、那津の異能を利用するのも難しいだろう。いつ異能の効果が切れるかわからないからだ。
物陰に身を隠しながら少しずつ進むしかないか。同じ結論に達したわたしたちは、足音を殺しながらゆっくりと前へ踏み出した。一歩、また一歩と前進する。……しかし、次の瞬間。
「――ここで何をしている?」
背後から伸びてきた手が、わたしの腕を掴んだ。慌てて振り向くと、そこには白衣を纏った男が。……見つかってしまったのか。舌打ちを一つ。
ぐ、と力を入れて手を振り払おうとするがうまく振り払えない。もう一つ舌打ちをして、男の足を踏みつける。痛みに呻くような声と共に腕が解放され、わたしは自由になった腕を伸ばして那津の手を掴んだ。
「逃げるよ、那津!」
「っは、はい!」
あの男は後ろから来た。ということは、逃げるなら――前。瞬時に判断し、全速力で駆け出す。見つかった以上は気配を殺す必要もない。
バタバタと走り、いくつもの扉を通り過ぎる。後ろから追いかけてくる足音が増えているのを認識し、背中を冷や汗が伝った。このまま走り続けてもいつかは追いつかれてしまうだろう。その前に隠れてやり過ごすか、どうにかして撃退するか……。
結論は出ないまま、目の前に壁が迫る。仕方なくスピードを緩めるも背後の足音は近づいてくる一方だ。息を切らした那津を横目で見ると、走ったばかりとは思えないほど青い顔をしていた。
「……どうしたらいいかな」
小さく呟く。相手が一人なら立ち向かうのも選択肢に入ったが、足音から推測する限り少なくとも三人はいる。全員を相手取りながら真横の実験室に飛び込み、なおかつ証拠を探し出すのは至難の業だろう。
ぐるぐる思案していると、頬のすぐそばを弾丸のようなものが掠めた。暗い赤色を纏うそれは壁を貫き――そして焼け焦げたような跡を残す。
「あ、危ない……っ」
「わたしたち一応研究対象なんだけど。本格的に敵だと思われたみたいだね」
わたしは那津を背に庇いながら、断続的に迫り来る弾丸を避け続ける。……それにしてもどこか見覚えのある形状だ。一体どこで見たのか、今までの記憶を引きずり出した。――そして、導き出した結論は。
「もしかして、異能銃……?」
「音島さん?」
きょとんとした様子の那津はさておき、わたしは異能を発動させる。予想が正しければこの場をしのぐ手段の一つになるはずだ。
銃を構える男に向けて手を伸ばすと、指先に弾けるような熱を感じた。それは次第に全身を巡っていき、うだるような暑さに支配される。――異能模倣、完了だ。
「あんたたちが攻撃を続けるなら、こっちも反撃するけど」
淡々と告げながらも、挑発するように目を細めて男たちを見据える。研究員たちはうろたえたようにお互いの顔を見合っていた。
しかし数秒後、連中は行動を定めたらしい。奴らがこちらへ踏み込んでくる気配を察し、わたしは伸ばしたままの手を握りしめる。再び開くと、掌中には青く燃える小さな炎が現れた。
「異能で攻撃すればするだけ、わたしに攻撃手段を渡すことになるよ。いいの?」
ニヤリと笑いながら声高に告げる。片方の口角だけを吊り上げる笑い方には慣れていない。ただ顔を歪めただけになっているかもしれないが構うものか。
目の前の男が扱う、異能銃らしき何か。七海が持っていた、手錠に形を変える銀色の棒。二つの共通点は――使用するために異能エネルギーを用いること。だからこそ、わたしは「異能を用いない道具が揃っていないのでは」と予想したのだ。
その予想は当たっていたようで、研究者たちが警戒を露わにしながらも後ずさっていく。手の中の炎は維持したまま、わたしは一歩ずつ連中に接近した。一歩、また一歩と近づく度、連中は同じだけ後退する。
「……ほら、どうするの? 早く決めてよ」
さん、に、いち。カウントダウンすると、男たちは悔しそうな顔をして去っていく。一分ほど待機して戻ってこないのを確かめてから、わたしは手をぐっと握って炎をかき消した。
「どうにかなった、かな」
ふぅと息をつきながら独りごちる。ずっと顔をこわばらせていた那津も、安堵したように大きなため息をつく。
「今のうちに実験室を調べないとですね。私が探すので、音島さんは少し休憩してください」
「いや、大丈夫。あいつらが戻ってくる前にここから脱出しないとだし」
小さな声でやり取りしながら、わたしたちは第六実験室の扉を開けた。
「あ、そういえば」
突然、那津がぴたりと足を止める。かと思えば、わたしに端末を出すよう指示を出してきた。唐突な言葉に目を丸くしつつも端末をポケットから取り出す。生駒が用意したというデータを閲覧し、次の目的地がどこにあるかも確認した。
「次は……第六実験室、ですね。この階の一番端にあるみたいです」
「問題は、誰にも会わずにたどり着けるかどうか。見つかったら逃げ場がない」
二人で揃って嘆息し、むぅ、と唸る。研究員の居場所を探る方法はないし、那津の異能を利用するのも難しいだろう。いつ異能の効果が切れるかわからないからだ。
物陰に身を隠しながら少しずつ進むしかないか。同じ結論に達したわたしたちは、足音を殺しながらゆっくりと前へ踏み出した。一歩、また一歩と前進する。……しかし、次の瞬間。
「――ここで何をしている?」
背後から伸びてきた手が、わたしの腕を掴んだ。慌てて振り向くと、そこには白衣を纏った男が。……見つかってしまったのか。舌打ちを一つ。
ぐ、と力を入れて手を振り払おうとするがうまく振り払えない。もう一つ舌打ちをして、男の足を踏みつける。痛みに呻くような声と共に腕が解放され、わたしは自由になった腕を伸ばして那津の手を掴んだ。
「逃げるよ、那津!」
「っは、はい!」
あの男は後ろから来た。ということは、逃げるなら――前。瞬時に判断し、全速力で駆け出す。見つかった以上は気配を殺す必要もない。
バタバタと走り、いくつもの扉を通り過ぎる。後ろから追いかけてくる足音が増えているのを認識し、背中を冷や汗が伝った。このまま走り続けてもいつかは追いつかれてしまうだろう。その前に隠れてやり過ごすか、どうにかして撃退するか……。
結論は出ないまま、目の前に壁が迫る。仕方なくスピードを緩めるも背後の足音は近づいてくる一方だ。息を切らした那津を横目で見ると、走ったばかりとは思えないほど青い顔をしていた。
「……どうしたらいいかな」
小さく呟く。相手が一人なら立ち向かうのも選択肢に入ったが、足音から推測する限り少なくとも三人はいる。全員を相手取りながら真横の実験室に飛び込み、なおかつ証拠を探し出すのは至難の業だろう。
ぐるぐる思案していると、頬のすぐそばを弾丸のようなものが掠めた。暗い赤色を纏うそれは壁を貫き――そして焼け焦げたような跡を残す。
「あ、危ない……っ」
「わたしたち一応研究対象なんだけど。本格的に敵だと思われたみたいだね」
わたしは那津を背に庇いながら、断続的に迫り来る弾丸を避け続ける。……それにしてもどこか見覚えのある形状だ。一体どこで見たのか、今までの記憶を引きずり出した。――そして、導き出した結論は。
「もしかして、異能銃……?」
「音島さん?」
きょとんとした様子の那津はさておき、わたしは異能を発動させる。予想が正しければこの場をしのぐ手段の一つになるはずだ。
銃を構える男に向けて手を伸ばすと、指先に弾けるような熱を感じた。それは次第に全身を巡っていき、うだるような暑さに支配される。――異能模倣、完了だ。
「あんたたちが攻撃を続けるなら、こっちも反撃するけど」
淡々と告げながらも、挑発するように目を細めて男たちを見据える。研究員たちはうろたえたようにお互いの顔を見合っていた。
しかし数秒後、連中は行動を定めたらしい。奴らがこちらへ踏み込んでくる気配を察し、わたしは伸ばしたままの手を握りしめる。再び開くと、掌中には青く燃える小さな炎が現れた。
「異能で攻撃すればするだけ、わたしに攻撃手段を渡すことになるよ。いいの?」
ニヤリと笑いながら声高に告げる。片方の口角だけを吊り上げる笑い方には慣れていない。ただ顔を歪めただけになっているかもしれないが構うものか。
目の前の男が扱う、異能銃らしき何か。七海が持っていた、手錠に形を変える銀色の棒。二つの共通点は――使用するために異能エネルギーを用いること。だからこそ、わたしは「異能を用いない道具が揃っていないのでは」と予想したのだ。
その予想は当たっていたようで、研究者たちが警戒を露わにしながらも後ずさっていく。手の中の炎は維持したまま、わたしは一歩ずつ連中に接近した。一歩、また一歩と近づく度、連中は同じだけ後退する。
「……ほら、どうするの? 早く決めてよ」
さん、に、いち。カウントダウンすると、男たちは悔しそうな顔をして去っていく。一分ほど待機して戻ってこないのを確かめてから、わたしは手をぐっと握って炎をかき消した。
「どうにかなった、かな」
ふぅと息をつきながら独りごちる。ずっと顔をこわばらせていた那津も、安堵したように大きなため息をつく。
「今のうちに実験室を調べないとですね。私が探すので、音島さんは少し休憩してください」
「いや、大丈夫。あいつらが戻ってくる前にここから脱出しないとだし」
小さな声でやり取りしながら、わたしたちは第六実験室の扉を開けた。
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