観月異能奇譚

千歳叶

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第四章 星月夜

茶話会、思惑の探求〈三〉

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「いきなり何だ。健二の『いいこと』とか不安しかねぇんだが」

 即答だった。一瞬の隙も与えず、涼歌が冷たく吐き捨てる。見事な一刀両断だ。
 しかし富多は気にしたそぶりもなく「いいから聞いて」と涼歌を窘めた。文句とかは後で聞くから、と。

「要は、涼ちゃんが鷺沼派の奴らに狙われなければいいんでしょ? だったら『狙いたくない』と思われれば解決するんじゃない?」
「……悪い、私の理解が追いつかねぇ……」

 涼歌は頭痛を堪えるように額を押さえる。わたしもわずかに眉を寄せ、富多の言い分を待つことにした。

「涼ちゃんを狙ったらこんな不都合があるよーって敵に知らしめるんだよ。んーと、例えば――」
「……俺?」

 胡散臭いものを見るような目をしながら首を傾げる恭介と、その正面で「なるほど」と頷く昭人。富多が見やったのは彼ら二人だ。

「何かものすごい報復があるよー、お前たちの悪行も全部バラすよー……とか」
「もし健二の案に乗るとして、その脅しをどうやって向こうに伝える気だ」
「やりようはいくらでもあるでしょ。そこの弟クンを使うとか、ね」

 軽快な口調で出される案の割に物騒な内容だな――そんな感想を抱いたのはわたしだけではないらしい。隣の牡丹も、向こうのテーブルにいる蒼も、表情が若干引きつっている。
 しかし他の面々は表情を歪めることなく、淡々と「どうやって鷺沼一派を脅すか」の議論を始めた。物騒すぎる。

「私は動かない方がいいでしょうね。いつ動くかわからない方が、かえって恐怖を煽るものですから」
「じゃあ俺は逆にあちこちと連絡取り合っておこうか。それなりに人脈もあるから、任せて」
「話が早くていいね。安心してね、涼ちゃん。絶対に危険な目には遭わせないから」

 やけに真面目な顔で言い募る富多に、涼歌が戸惑ったような声を発した。今までにないほど弱々しい声で、その、と。

「……深刻な雰囲気を壊すようで悪いが、健二より私のが強いだろ」

 空気が凍る。室温が下がったわけではなく、今度こそ比喩表現としての「凍る」だ。しかし、涼歌の「私なら大丈夫だから、安心しろ」という言葉でも、ひんやりとした雰囲気は消えない。

「それ今言う必要ある? ないよねぇ?」
「私なら異能が使えるし、少しくらいなら殴り合いみたいになっても戦える。真剣に考えてもらって言うのもどうかと思ったが、やっぱり不必要な心配だと思う」
「あのさぁ――」

 不機嫌そうに反論しようとする富多を手で制する。虚を突かれたように動きを止める彼に代わり、わたしは涼歌と話をすることにした。

「もし、わたしが敵だったら。涼歌みたいに『狙われても対処できる』と思ってるのは好都合だと思うはず」
「……何が言いたいんだ?」
「敵が使う手段も敵の狙いもはっきりしてない今、油断しちゃ駄目だって言いたいの」

 以前棗に言われたことを思い出したのだ。過去も異能もわからず呆然としていたわたしに、彼は「異能以外で異能者と渡り合う」手段を教えてくれた。

『俺たちの手段は知識だ』

 異能者当人すら把握していない知識を持てば、異能がなくとも戦える。それは敵にも同じことが言えるだろう。……だからこそ。

「どんな状況でも油断しちゃ駄目。相手が身長三メートルで筋肉ムキムキだったら、涼歌だって戦えないでしょ」
「……確かに、そうだな」

 涼歌は「身長三メートルで筋肉ムキムキ」に突っ込むことなく頷いた。どうやら考えを改めてくれたらしい。悪かった、そんな言葉が返される。

「餅は餅屋って言うらしいし、術者のことは術者に任せよう。その代わりってわけじゃないんだけど、涼歌に頼みたいことがある」
「私に?」

 首を傾げる涼歌に、わたしは躊躇いながら口を開く。
 わたしの杞憂ならそれでいい。久谷派の計画が、偶然わたしが店に来た時期に重なっただけなら――この疑念は、彼女を不安にさせてしまうだろう。それでも「言わない」選択はできなかった。

「この店の情報……店員のこととか、そういうことを〈九十九月〉で話してる人がいたら教えてほしい」
「それは……構わねぇけど。まさか〈九十九月〉に――」

 涼歌が慌てて口元を覆う。わたしが何を疑っているのかを理解してくれたらしい。そして、それを言葉にすることへのリスクも。無言のまま、ゆっくりと頷いた。

「わかった。何か妙なことがあったらすぐに連絡する」
「オレもオレも! 涼ちゃん一人じゃカバーしきれないかもしれないし!」

 満面の笑みで手を挙げる富多を睨む。こいつはどこまでが本気で、どこからが悪ふざけなのだろう。つい先ほどまで不機嫌そうに涼歌を窘めていたとは思えない。
 とはいえ、人手が多い方が安心できるのも事実。わたしは富多にも情報収集を頼むことにした。

「わたしからはこれくらいかな。昭人たち、他に言っておきたいことはない?」

 水を向けると、四人はそれぞれ首を振る。これ以上言いたいことがないなら、と場をお開きにすることを決めた。

「改めて言うことでもありませんが……皆さん、くれぐれも警戒は怠らないように」

 昭人が警告する。周囲の空気が緊張を帯びていく中、わたしたちはそれぞれの日常へと戻っていった。
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