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第四章 星月夜
茶話会、思惑の探求〈二〉
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「……私は、かつて協会を放逐されたのです」
過去の説明における一言目とは思えない発言だ。思わず身を引くわたしに構わず、昭人は話を続ける。
「禁じられている術式に手を出した、と――いわれのない罪を着せられ、ほぼ身一つで追い出されました」
「うわぁ……」
顔を引きつらせるわたしたちに興味がないのか。……いや、もしかすると。
「わたしたちの反応を気にしている余裕がないのでしょうね」
ほとんど聞こえないほど小さな声で牡丹が呟く。わたしは黙ったまま頷いた。昭人の目はどこか遠くを見つめていて、現実ではない場所へ意識を向けているように見える。
「全て濡れ衣です。とある幹部が私を敵視した、それだけで、私は――」
「篠条さん!」
突然、蒼が大声を出した。昭人の意識を引き戻すように呼びかけると、大丈夫ですか、と肩を軽く揺する。虚空を見ていた昭人の目に光が戻った。
「……すみません。やはり、冷静に説明するのは厳しいようです」
「全部話そうとするからじゃない? 必要なとこだけ俺が話しちゃってもいいけど」
恭介の提案に、昭人は首を振る。大丈夫ですと呟きながら。その声は、どこか無理をしているように聞こえた。
「この事実に、この記憶に、私は立ち向かわなければならない。それが今日なのでしょう」
まるで自分に言い聞かせるように、彼は目を伏せながら繰り返す。どう見ても「大丈夫」には見えない。再び口を開く昭人を制止しようか迷っていると、突然「質問してもいい?」と手を挙げる男がいた。富多だ。
「その『とある幹部』が鷺沼派の奴……ってことで合ってる?」
「……はい」
「なるほどねぇ」
納得したように頷いた富多は「もう一つ聞かせて」と続ける。促したのは恭介だった。
「何。言うだけ言ってみれば?」
「やる気ないなぁ、まぁいいけど。オレが聞きたいのは、君たち久谷派はどれだけ作戦を秘密にしてたか、ってこと」
「はぁ? そりゃあ、派閥の人間以外には秘密にしてたけど。厳しい箝口令とかはなかったよ」
それがどうした、と言いたげな顔をした恭介が答える。返答を受けた富多は、再び「なるほどねぇ」と頷いた。
「オレの心配は当たってそうだなぁ。最悪、ホントに最悪……」
肺の奥底から空気を吐き出すようなため息をつくと、富多がガシガシと頭を掻く。今までとは違う、どこか粗雑で荒っぽい仕草だ。
「お前、結局何が言いたいの? はっきり言えよ。場合によってはぶん殴るから」
恭介が不機嫌そうに問いかける。富多はそれを無視し、改めて昭人に声をかけた。続けてわたしたち店員にも。
「ここって店長以外に術者いる? あと、術者が客として来るかどうかも知りたいな」
「店員に、私が弟子としている術者が二人います。お客様の方は……」
昭人は語尾を曖昧にしたまま、こちらに視線を向けた。視線を受けたわたしたちはそれぞれと顔を見合わせ、首を傾げる。客が「私は術者です」なんて名乗ることはあっただろうか?
「……いや、普通の客は名乗らねぇだろ」
呆れた顔をして、涼歌が突っ込む。富多は「それもそっか」と笑った。
「オレが言いたかったのは、どっかから情報が漏れてるんじゃないかってこと。店長のこともそうだけど、久谷派の奴らが考えたずさんな作戦だって敵にバレてるかもしれないよね?」
「敵……。つまり、鷺沼派ですか」
そういうこと。牡丹の問いかけに、富多が笑顔で答える。しかし、彼はすぐさま真顔になると「オレが知りたかったのはね」と続けた。
「鷺沼派がやり返してこないかどうか。あっちに情報が伝わってないなら安心できるけど、そうじゃないなら――オレたちは警戒を続けなきゃいけない」
「敵を叩きのめしたら安心できる?」
思わず拳を作りながら尋ねると、富多は「りっちゃんってば過激すぎ!」と笑う。げらげら笑い転げる男の横で、恭介が呆れたような目をしていた。こういうところは涼歌とよく似ている。
「でも、それやって不利になるのはオレたちだからね? 久谷派だって助けてくれないだろうし」
「はぁ……」
げんなりするわたしに、全員が困ったような笑みを向けてきた。……失礼な。わたしだって本気で「相手方を叩きのめせばいい」と思っていたわけではないのに。
わたしがふてくされていることに気づいたのか、昭人は「まあまあ」と宥めるように声をかけてきた。
「我々は外部に協力者がいるので、そちらに連絡してみましょう。問題は――」
「……私、か」
涼歌の呟きが落ちる。つられて沈黙するわたしたちの思考を切り替えるように、誰かがぱちんと手を打つ音が響く。
「あ、いいこと思いついちゃった!」
過去の説明における一言目とは思えない発言だ。思わず身を引くわたしに構わず、昭人は話を続ける。
「禁じられている術式に手を出した、と――いわれのない罪を着せられ、ほぼ身一つで追い出されました」
「うわぁ……」
顔を引きつらせるわたしたちに興味がないのか。……いや、もしかすると。
「わたしたちの反応を気にしている余裕がないのでしょうね」
ほとんど聞こえないほど小さな声で牡丹が呟く。わたしは黙ったまま頷いた。昭人の目はどこか遠くを見つめていて、現実ではない場所へ意識を向けているように見える。
「全て濡れ衣です。とある幹部が私を敵視した、それだけで、私は――」
「篠条さん!」
突然、蒼が大声を出した。昭人の意識を引き戻すように呼びかけると、大丈夫ですか、と肩を軽く揺する。虚空を見ていた昭人の目に光が戻った。
「……すみません。やはり、冷静に説明するのは厳しいようです」
「全部話そうとするからじゃない? 必要なとこだけ俺が話しちゃってもいいけど」
恭介の提案に、昭人は首を振る。大丈夫ですと呟きながら。その声は、どこか無理をしているように聞こえた。
「この事実に、この記憶に、私は立ち向かわなければならない。それが今日なのでしょう」
まるで自分に言い聞かせるように、彼は目を伏せながら繰り返す。どう見ても「大丈夫」には見えない。再び口を開く昭人を制止しようか迷っていると、突然「質問してもいい?」と手を挙げる男がいた。富多だ。
「その『とある幹部』が鷺沼派の奴……ってことで合ってる?」
「……はい」
「なるほどねぇ」
納得したように頷いた富多は「もう一つ聞かせて」と続ける。促したのは恭介だった。
「何。言うだけ言ってみれば?」
「やる気ないなぁ、まぁいいけど。オレが聞きたいのは、君たち久谷派はどれだけ作戦を秘密にしてたか、ってこと」
「はぁ? そりゃあ、派閥の人間以外には秘密にしてたけど。厳しい箝口令とかはなかったよ」
それがどうした、と言いたげな顔をした恭介が答える。返答を受けた富多は、再び「なるほどねぇ」と頷いた。
「オレの心配は当たってそうだなぁ。最悪、ホントに最悪……」
肺の奥底から空気を吐き出すようなため息をつくと、富多がガシガシと頭を掻く。今までとは違う、どこか粗雑で荒っぽい仕草だ。
「お前、結局何が言いたいの? はっきり言えよ。場合によってはぶん殴るから」
恭介が不機嫌そうに問いかける。富多はそれを無視し、改めて昭人に声をかけた。続けてわたしたち店員にも。
「ここって店長以外に術者いる? あと、術者が客として来るかどうかも知りたいな」
「店員に、私が弟子としている術者が二人います。お客様の方は……」
昭人は語尾を曖昧にしたまま、こちらに視線を向けた。視線を受けたわたしたちはそれぞれと顔を見合わせ、首を傾げる。客が「私は術者です」なんて名乗ることはあっただろうか?
「……いや、普通の客は名乗らねぇだろ」
呆れた顔をして、涼歌が突っ込む。富多は「それもそっか」と笑った。
「オレが言いたかったのは、どっかから情報が漏れてるんじゃないかってこと。店長のこともそうだけど、久谷派の奴らが考えたずさんな作戦だって敵にバレてるかもしれないよね?」
「敵……。つまり、鷺沼派ですか」
そういうこと。牡丹の問いかけに、富多が笑顔で答える。しかし、彼はすぐさま真顔になると「オレが知りたかったのはね」と続けた。
「鷺沼派がやり返してこないかどうか。あっちに情報が伝わってないなら安心できるけど、そうじゃないなら――オレたちは警戒を続けなきゃいけない」
「敵を叩きのめしたら安心できる?」
思わず拳を作りながら尋ねると、富多は「りっちゃんってば過激すぎ!」と笑う。げらげら笑い転げる男の横で、恭介が呆れたような目をしていた。こういうところは涼歌とよく似ている。
「でも、それやって不利になるのはオレたちだからね? 久谷派だって助けてくれないだろうし」
「はぁ……」
げんなりするわたしに、全員が困ったような笑みを向けてきた。……失礼な。わたしだって本気で「相手方を叩きのめせばいい」と思っていたわけではないのに。
わたしがふてくされていることに気づいたのか、昭人は「まあまあ」と宥めるように声をかけてきた。
「我々は外部に協力者がいるので、そちらに連絡してみましょう。問題は――」
「……私、か」
涼歌の呟きが落ちる。つられて沈黙するわたしたちの思考を切り替えるように、誰かがぱちんと手を打つ音が響く。
「あ、いいこと思いついちゃった!」
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