観月異能奇譚

千歳叶

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第三章 望月

光明、反撃開始

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「お前は……!」

 男が目を見開く。入室してきたのは司だった。

「異能者保護兼不法異能者摘発隊〈弓張月〉隊長、白浜司。幹部の方々においては、突然の無礼をお許しいただきたい」
「白浜……水沢の分家筋か。たとえ〈五家〉の血筋であり〈弓張月〉の代表であっても、この場へ立ち入る権利はない」

 雄一郎が冷淡に言い放つも、司が動じる様子はない。それどころか空席に堂々と腰掛けた。肝が据わりすぎている。

「私は礼央れお様の求めに応じ、この場へ参じた。代理人として事態の収拾をつけよ、と」
「礼央、だと……? あれは私の息子だ、お前に代理人の権利などない」

 司の言葉に男が反発を始めた。どうやら「礼央」なる人物が司をここへ寄越したらしい。誰だ。
 しかし、わたしの内なる疑問に答える声はない。司は扉の方へ顔を向けると「入ってこい」と声を張った。

「失礼します」
「……玲?」

 思わず声が漏れる。慌てて口を押さえたものの、わたしの声は玲の耳に届いてしまったらしい。彼はちらりとこちらを見て笑った。

「俺は辻宮の当主として、この異能審問会を見届ける義務がある。……そして、誤った認識は正さないといけない」

 いつになく堅い口調で言い放つと、玲は司と目を合わせて頷き合う。

「水沢さんがおっしゃっていた『制御機器の破壊』については〈三日月〉第三班が白状しましたよ。あれは第二班を陥れるために仕組んだ罠だ、と」
「な……っ」
「しかし、彼らは『異能を封じる機器は設置したが、命じたのは水沢さんだ』とも主張していました。……さて、どう説明してくださいますか?」

 真顔……いや、無表情の玲が男を問い詰める。これは相当怒っているに違いない。怒りを露わにする彼を見るのは初めてだが、どことなくあの兄妹に似た怒り方をしている気がする。さすがは従兄弟、とでも言おうか。

「は、ははは、どこに私が命じたという証拠がある? 異能を封じるなど、それこそ貴様の班の三雲葵化け物にしか――」
「死にたいのか」

 男の言葉を遮ったのは要だ。口だけの脅しではないと証明するように、どこからか取り出したペーパーナイフを男に向けている。

「だ、駄目だよ水沢くん!」

 慌てた様子の詩音が止めに入るも、要がナイフをしまう様子はない。しかし、玲が口調を変えずに呼びかけると、不服そうにしながらも刃を下ろした。

「そのような言い逃れを続けるのであれば俺も遠慮はしません。身内の恥であろうと、全てを白日の……いえ、望月の下に晒してしまいましょう」

 玲は一瞬目を伏せる。そして、再び視線を上げると――微笑みを浮かべた。普段と何一つ変わらない、穏やかな笑みだ。

「まずは、……そうですね。異能を封じる方法について説明しましょうか」

 そう言って説明されるも、わたしにはさっぱりわからない。どうにか理解できたのは「異能発動時に使われるエネルギーをぶつけて相殺する」ということだけ。

「言葉だけで説明すると簡単な話ですが、いざ実行するとなるとそうもいかない。……しかし、これを実現させようと目論んだ人がいました」
「辻宮あかね――いや、水沢茜。辻宮家の長女として生まれ、水沢家に嫁いだ女だ」

 言葉を引き継いだのは司だった。彼はちらりと要を見やり「水沢家前当主の妻でもあった」とため息混じりに吐き出す。

「過去形なんだ」
「すでに死んだ人間ですので」

 ぼそりと呟く漣に、要が淡々と返した。表情を変えてこそいないが、普段よりもわずかに雑な口調――普段の要であれば「亡くなった」と表現するはずだ――から怒りに近い何かを感じ取る。

「女は強力な異能を有し、なおかつ異能研究の天才だった。……だが『女である』というだけで辻宮の当主に選ばれなかったのだ」

 司が苦々しい表情で語ったのは、辻宮家と水沢家の因縁。たった一人の女が〈五家〉を構成する二つの家を狂わせたという事実だった。

「水沢家に嫁ぎ、跡継ぎとなる子を産み、……そしてあっけなく死んだ。女は辻宮の当主となった実弟に殺された」

 積年の恨み、だな。司は感情の読めない声で締めくくる。重苦しい空気に包まれた室内に、誰かの嘲笑が響いた。

「何度耳にしても、三文小説にもならないような話ですね。くだらない」
「要、さすがにその言い草は……!」

 千波の咎める声にも耳を貸さず、要は小馬鹿にしたような笑い声を上げ続ける。こいつが「水沢茜」という故人を忌み嫌っていることだけは、わたしでも十分に理解できた。

「……確かに、個人的な感情を吐き出している場合ではありませんね。失礼いたしました」

 説明を続けてください。要は玲たちに促す。しかし、次に声を発したのは千秋だ。

「それで、その女性の研究と水沢さんにどんな関係があると言いたいのかな」

 柔らかな声色を取り戻しながらも、向ける視線に温度はない。それでも玲がひるむ様子はなく、抱えていた鞄からクリアファイル入りの資料を取り出した。

「これは、辻宮家に残されていた資料です。内容は――異能を消す実験と、その結果」
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