43 / 104
第三章 望月
光明、反撃開始
しおりを挟む
「お前は……!」
男が目を見開く。入室してきたのは司だった。
「異能者保護兼不法異能者摘発隊〈弓張月〉隊長、白浜司。幹部の方々においては、突然の無礼をお許しいただきたい」
「白浜……水沢の分家筋か。たとえ〈五家〉の血筋であり〈弓張月〉の代表であっても、この場へ立ち入る権利はない」
雄一郎が冷淡に言い放つも、司が動じる様子はない。それどころか空席に堂々と腰掛けた。肝が据わりすぎている。
「私は礼央様の求めに応じ、この場へ参じた。代理人として事態の収拾をつけよ、と」
「礼央、だと……? あれは私の息子だ、お前に代理人の権利などない」
司の言葉に男が反発を始めた。どうやら「礼央」なる人物が司をここへ寄越したらしい。誰だ。
しかし、わたしの内なる疑問に答える声はない。司は扉の方へ顔を向けると「入ってこい」と声を張った。
「失礼します」
「……玲?」
思わず声が漏れる。慌てて口を押さえたものの、わたしの声は玲の耳に届いてしまったらしい。彼はちらりとこちらを見て笑った。
「俺は辻宮の当主として、この異能審問会を見届ける義務がある。……そして、誤った認識は正さないといけない」
いつになく堅い口調で言い放つと、玲は司と目を合わせて頷き合う。
「水沢さんがおっしゃっていた『制御機器の破壊』については〈三日月〉第三班が白状しましたよ。あれは第二班を陥れるために仕組んだ罠だ、と」
「な……っ」
「しかし、彼らは『異能を封じる機器は設置したが、命じたのは水沢さんだ』とも主張していました。……さて、どう説明してくださいますか?」
真顔……いや、無表情の玲が男を問い詰める。これは相当怒っているに違いない。怒りを露わにする彼を見るのは初めてだが、どことなくあの兄妹に似た怒り方をしている気がする。さすがは従兄弟、とでも言おうか。
「は、ははは、どこに私が命じたという証拠がある? 異能を封じるなど、それこそ貴様の班の三雲葵にしか――」
「死にたいのか」
男の言葉を遮ったのは要だ。口だけの脅しではないと証明するように、どこからか取り出したペーパーナイフを男に向けている。
「だ、駄目だよ水沢くん!」
慌てた様子の詩音が止めに入るも、要がナイフをしまう様子はない。しかし、玲が口調を変えずに呼びかけると、不服そうにしながらも刃を下ろした。
「そのような言い逃れを続けるのであれば俺も遠慮はしません。身内の恥であろうと、全てを白日の……いえ、望月の下に晒してしまいましょう」
玲は一瞬目を伏せる。そして、再び視線を上げると――微笑みを浮かべた。普段と何一つ変わらない、穏やかな笑みだ。
「まずは、……そうですね。異能を封じる方法について説明しましょうか」
そう言って説明されるも、わたしにはさっぱりわからない。どうにか理解できたのは「異能発動時に使われるエネルギーをぶつけて相殺する」ということだけ。
「言葉だけで説明すると簡単な話ですが、いざ実行するとなるとそうもいかない。……しかし、これを実現させようと目論んだ人がいました」
「辻宮茜――いや、水沢茜。辻宮家の長女として生まれ、水沢家に嫁いだ女だ」
言葉を引き継いだのは司だった。彼はちらりと要を見やり「水沢家前当主の妻でもあった」とため息混じりに吐き出す。
「過去形なんだ」
「すでに死んだ人間ですので」
ぼそりと呟く漣に、要が淡々と返した。表情を変えてこそいないが、普段よりもわずかに雑な口調――普段の要であれば「亡くなった」と表現するはずだ――から怒りに近い何かを感じ取る。
「女は強力な異能を有し、なおかつ異能研究の天才だった。……だが『女である』というだけで辻宮の当主に選ばれなかったのだ」
司が苦々しい表情で語ったのは、辻宮家と水沢家の因縁。たった一人の女が〈五家〉を構成する二つの家を狂わせたという事実だった。
「水沢家に嫁ぎ、跡継ぎとなる子を産み、……そしてあっけなく死んだ。女は辻宮の当主となった実弟に殺された」
積年の恨み、だな。司は感情の読めない声で締めくくる。重苦しい空気に包まれた室内に、誰かの嘲笑が響いた。
「何度耳にしても、三文小説にもならないような話ですね。くだらない」
「要、さすがにその言い草は……!」
千波の咎める声にも耳を貸さず、要は小馬鹿にしたような笑い声を上げ続ける。こいつが「水沢茜」という故人を忌み嫌っていることだけは、わたしでも十分に理解できた。
「……確かに、個人的な感情を吐き出している場合ではありませんね。失礼いたしました」
説明を続けてください。要は玲たちに促す。しかし、次に声を発したのは千秋だ。
「それで、その女性の研究と水沢さんにどんな関係があると言いたいのかな」
柔らかな声色を取り戻しながらも、向ける視線に温度はない。それでも玲がひるむ様子はなく、抱えていた鞄からクリアファイル入りの資料を取り出した。
「これは、辻宮家に残されていた資料です。内容は――異能を消す実験と、その結果」
男が目を見開く。入室してきたのは司だった。
「異能者保護兼不法異能者摘発隊〈弓張月〉隊長、白浜司。幹部の方々においては、突然の無礼をお許しいただきたい」
「白浜……水沢の分家筋か。たとえ〈五家〉の血筋であり〈弓張月〉の代表であっても、この場へ立ち入る権利はない」
雄一郎が冷淡に言い放つも、司が動じる様子はない。それどころか空席に堂々と腰掛けた。肝が据わりすぎている。
「私は礼央様の求めに応じ、この場へ参じた。代理人として事態の収拾をつけよ、と」
「礼央、だと……? あれは私の息子だ、お前に代理人の権利などない」
司の言葉に男が反発を始めた。どうやら「礼央」なる人物が司をここへ寄越したらしい。誰だ。
しかし、わたしの内なる疑問に答える声はない。司は扉の方へ顔を向けると「入ってこい」と声を張った。
「失礼します」
「……玲?」
思わず声が漏れる。慌てて口を押さえたものの、わたしの声は玲の耳に届いてしまったらしい。彼はちらりとこちらを見て笑った。
「俺は辻宮の当主として、この異能審問会を見届ける義務がある。……そして、誤った認識は正さないといけない」
いつになく堅い口調で言い放つと、玲は司と目を合わせて頷き合う。
「水沢さんがおっしゃっていた『制御機器の破壊』については〈三日月〉第三班が白状しましたよ。あれは第二班を陥れるために仕組んだ罠だ、と」
「な……っ」
「しかし、彼らは『異能を封じる機器は設置したが、命じたのは水沢さんだ』とも主張していました。……さて、どう説明してくださいますか?」
真顔……いや、無表情の玲が男を問い詰める。これは相当怒っているに違いない。怒りを露わにする彼を見るのは初めてだが、どことなくあの兄妹に似た怒り方をしている気がする。さすがは従兄弟、とでも言おうか。
「は、ははは、どこに私が命じたという証拠がある? 異能を封じるなど、それこそ貴様の班の三雲葵にしか――」
「死にたいのか」
男の言葉を遮ったのは要だ。口だけの脅しではないと証明するように、どこからか取り出したペーパーナイフを男に向けている。
「だ、駄目だよ水沢くん!」
慌てた様子の詩音が止めに入るも、要がナイフをしまう様子はない。しかし、玲が口調を変えずに呼びかけると、不服そうにしながらも刃を下ろした。
「そのような言い逃れを続けるのであれば俺も遠慮はしません。身内の恥であろうと、全てを白日の……いえ、望月の下に晒してしまいましょう」
玲は一瞬目を伏せる。そして、再び視線を上げると――微笑みを浮かべた。普段と何一つ変わらない、穏やかな笑みだ。
「まずは、……そうですね。異能を封じる方法について説明しましょうか」
そう言って説明されるも、わたしにはさっぱりわからない。どうにか理解できたのは「異能発動時に使われるエネルギーをぶつけて相殺する」ということだけ。
「言葉だけで説明すると簡単な話ですが、いざ実行するとなるとそうもいかない。……しかし、これを実現させようと目論んだ人がいました」
「辻宮茜――いや、水沢茜。辻宮家の長女として生まれ、水沢家に嫁いだ女だ」
言葉を引き継いだのは司だった。彼はちらりと要を見やり「水沢家前当主の妻でもあった」とため息混じりに吐き出す。
「過去形なんだ」
「すでに死んだ人間ですので」
ぼそりと呟く漣に、要が淡々と返した。表情を変えてこそいないが、普段よりもわずかに雑な口調――普段の要であれば「亡くなった」と表現するはずだ――から怒りに近い何かを感じ取る。
「女は強力な異能を有し、なおかつ異能研究の天才だった。……だが『女である』というだけで辻宮の当主に選ばれなかったのだ」
司が苦々しい表情で語ったのは、辻宮家と水沢家の因縁。たった一人の女が〈五家〉を構成する二つの家を狂わせたという事実だった。
「水沢家に嫁ぎ、跡継ぎとなる子を産み、……そしてあっけなく死んだ。女は辻宮の当主となった実弟に殺された」
積年の恨み、だな。司は感情の読めない声で締めくくる。重苦しい空気に包まれた室内に、誰かの嘲笑が響いた。
「何度耳にしても、三文小説にもならないような話ですね。くだらない」
「要、さすがにその言い草は……!」
千波の咎める声にも耳を貸さず、要は小馬鹿にしたような笑い声を上げ続ける。こいつが「水沢茜」という故人を忌み嫌っていることだけは、わたしでも十分に理解できた。
「……確かに、個人的な感情を吐き出している場合ではありませんね。失礼いたしました」
説明を続けてください。要は玲たちに促す。しかし、次に声を発したのは千秋だ。
「それで、その女性の研究と水沢さんにどんな関係があると言いたいのかな」
柔らかな声色を取り戻しながらも、向ける視線に温度はない。それでも玲がひるむ様子はなく、抱えていた鞄からクリアファイル入りの資料を取り出した。
「これは、辻宮家に残されていた資料です。内容は――異能を消す実験と、その結果」
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説

セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~
緑谷めい
恋愛
ドーラは金で買われたも同然の妻だった――
レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。
※ 全10話完結予定

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

愛されない花嫁はいなくなりました。
豆狸
恋愛
私には以前の記憶がありません。
侍女のジータと川遊びに行ったとき、はしゃぎ過ぎて船から落ちてしまい、水に流されているうちに岩で頭を打って記憶を失ってしまったのです。
……間抜け過ぎて自分が恥ずかしいです。

生まれ変わっても一緒にはならない
小鳥遊郁
恋愛
カイルとは幼なじみで夫婦になるのだと言われて育った。
十六歳の誕生日にカイルのアパートに訪ねると、カイルは別の女性といた。
カイルにとって私は婚約者ではなく、学費や生活費を援助してもらっている家の娘に過ぎなかった。カイルに無一文でアパートから追い出された私は、家に帰ることもできず寒いアパートの廊下に座り続けた結果、高熱で死んでしまった。
輪廻転生。
私は生まれ変わった。そして十歳の誕生日に、前の人生を思い出す。

もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。

アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
炎華繚乱 ~偽妃は後宮に咲く~
悠井すみれ
キャラ文芸
昊耀国は、天より賜った《力》を持つ者たちが統べる国。後宮である天遊林では名家から選りすぐった姫たちが競い合い、皇子に選ばれるのを待っている。
強い《遠見》の力を持つ朱華は、とある家の姫の身代わりとして天遊林に入る。そしてめでたく第四皇子・炎俊の妃に選ばれるが、皇子は彼女が偽物だと見抜いていた。しかし炎俊は咎めることなく、自身の秘密を打ち明けてきた。「皇子」を名乗って帝位を狙う「彼」は、実は「女」なのだと。
お互いに秘密を握り合う仮初の「夫婦」は、次第に信頼を深めながら陰謀渦巻く後宮を生き抜いていく。
表紙は同人誌表紙メーカーで作成しました。
第6回キャラ文芸大賞応募作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる