観月異能奇譚

千歳叶

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第三章 望月

紛糾、疑心暗鬼の渦

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「……なるほど」

 千秋は否定や反論をすることなく、小さな相槌を一つ打つ。その声に、普段の柔らかさはなかった。

「術者との繋がりに関しては事実です。しかし、彼は協会とは無縁ですよ」
「そんな話を信じられると思うのか?」
「水沢さんに信じていただかなくても構いません。あなたがどう思おうとも、事実が変わることはない」

 突き放したように言い切る千秋。口調こそ激しくないものの、不愉快になっていることは誰の目から見ても明らかだ。
 ぐっと冷え込む空気を切り裂いたのは――雄一郎だった。彼は一瞥しただけで二人を黙らせると、月子に目を向ける。

「榛家の考えは?」
「今回の侵入騒ぎは、術者協会とは無関係じゃないかしら。……それより雉羽さん、この子たちに意見を求めるのが先ではなかったの?」

 月子がわたしたちを順番に見やり、困ったように笑う。ごめんなさいね、と言いながら。

「困ってしまったでしょう? あの方たち、いつもこうなのよ」

 私でいいなら話を聞くわ。そう笑う月子に、千波が戸惑いを露わにする。断罪の場ではなかったのか、と呟く声が聞こえた。

「異能審問会がそんな風に扱われているのは承知しているわ。でもね、決して罪を裁くだけの場ではないのよ」
「……では、私から説明しても?」

 要がすっと手を挙げる。月子が促すと、彼は「侵入者についてですが」と切り出した。

「あの男は異国の言語を操っていました。途中からは観月の言語に切り替えていましたが、この国の人間ではない可能性も考えられます」
「そうそう。何言ってるんだかわからなかったけど、律月さんのことは知ってるような雰囲気だったよ」

 漣も要に加勢するように言う。正直それはやめてほしかった。わたしへ向けられる視線がどんどん厳しくなっていて、居心地が悪くて仕方がない。

「薬師川くん、その言い方だとなおさら音島さんに疑いの目が向くよ……」

 詩音が突っ込むと、漣は「あれ?」と目を瞬かせる。まさか、わざとやっているのではないだろうな。
 疑いの目を向けつつ、わたしは「侵入者に心当たりはない」と繰り返し伝える。そもそも記憶がないのも本当のことだ。

「……言い分は理解した。その上で、我々が懸念していることを説明する」

 これ以上の説明が難しいと感じたちょうどそのとき、雄一郎が声を発した。普段の第四班らしいやや緩んだ空気が一瞬で引き締まり、痛いほどの緊張感を帯びる。

「大崎千波による秘匿情報の漏洩と、漏洩先にあたる音島律月が敵対組織へ情報を流出させること。大きな懸念点はこの二つだ」

 前者に関しては事実と認定した。雄一郎は明言する。千波の異能――時間操作は、それだけ隠しておきたいものなのだろう。理解はするが、納得するかどうかは別の問題だ。

「待ってよ、千波だって言いたくて言ったわけじゃないでしょ? あの侵入者がいなければこんなことには……」
「その侵入者がお前と無縁の者だと言い切れない以上、処分は必要なことだ」
「そんな……、千波はそれでいいの?」

 この状況をどうにか変えようとあがく。しかし、千波は「いいんだ、わかっていたことだから」と苦笑した。

「あのとき、私は『仕方ない』と言っただろう? こうなることも目に見えていた。それでも、あの状況を打破するためなら……と思ったんだ」

 お前のせいじゃない。千波はそう言うと、わたしから視線を外し雄一郎に問いかける。処分はどうなる、と。

「浜村詩音、水沢要、薬師川漣の三名については処分なし。大崎千波には一定期間の謹慎を命じる。……そして、問題は音島律月だが――」

 はぁ。雄一郎は深くため息をついた。扱いに困る、そう言いたげな顔をしてわたしを見やる。

「追放したとて百害あって一利なし。とはいえ処分を下さねば示しがつかない、が……」
「雉羽様、私に発言の許可をいただけますか?」

 水沢の当主代行が挙手をした。雄一郎が頷くと、奴は嫌な笑みを浮かべて口を開く。

「彼女は素性もわからぬ厄介者ですが、奇特な異能を持っている。であれば、異能研究所との取引材料になりうるでしょう」
「……取引だと?」
「はい。我々は音島律月に処分を下した上で、異能研究所を抑えつけるカードを入手できる。一石二鳥だとは思いませんか?」

 それに、と男は続ける。その目は邪魔者を消せることへの歓喜に満ちていた。嫌な奴だ、本当に。

「小耳に挟んだ話ですが。音島律月は〈三日月〉所属時、訓練中に制御機器を破壊したのだとか……」
「あれは……!」
「静かに。水沢、続けろ」
「部下から報告を受けた私は、すぐさま当人へ確認しようとしました。しかし、大崎の二人に阻まれてしまったのです」

 反論しようとしたわたしを、千波が視線だけで制した。千秋の方を見ろ、と言いたげに小さく首を動かす。つられて顔を向けると、千秋は恐ろしさを感じるほど隙のない微笑を浮かべていた。

「……僕たちが不祥事を隠蔽した、と? いつでも切り捨てられるような存在のために」

 完璧な微笑みのまま、千秋は冷たく吐き捨てる。わたしを「いつでも切り捨てられる」のは事実だとしても、もっと言い方はなかったのだろうか。
 やや不満を抱いているわたしを置き去りにして言い合いは激化していく。激昂する男とは対照的に、千秋はどこまでも冷静だ。……いや、もしかしたらあれでも怒っているのかもしれない。
 そして、しばらくやり取りが続いた後――水沢の当主代行がドンと拳を机に叩きつけた。

「とにかく! 貴様らの行為は不祥事の隠蔽だ! 雉羽様、どうか処分を!」
「ふむ……」

 雄一郎が唸り、わたしたちをギロリと睨む。ゆっくりと口が動くのを、怒りと不安がない交ぜになった心地で見守る。

「では、処分を――」
「その話、我々からも説明させていただきたい」

 振り下ろされる言葉を押し留めるように、審問室の扉が開け放たれた。
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