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第三章 望月
開会、異能審問会
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「今回の審問は、先の件――不法侵入者への対応が適正であったのかを確認するためのものである」
回りくどい言い回しだ。もっと端的に説明できないものだろうか。つま先で床を叩く。
何度か小突いていると、千秋がこちらを一瞥した。慌てて足を揃える。しかし彼は表情を動かすことなく目を逸らす。過剰反応だっただろうか。
「……と、堅苦しいのはここまでにしておこう。お前たちには飾らない真実を口にしてもらいたいからな」
雄一郎が千波を呼ぶ。その声は幾分か柔らかく、厳格な祖父が孫娘を見るような慈しみを纏っていた。
「お前は、この審問会が開かれるに至った要因をどう考える?」
「……私が音島に異能を模倣させたこと、だと思っている」
「え、わたしのせい?」
「口を挟むな、音島律月!」
思わず疑問を投げると、すぐさま偉そうな奴の怒声が飛んでくる。わたしは心底うんざりして、男の言葉を無視することにした。
「ねぇ千波、わたしが異能を使うのはまずかったの?」
「いや、あのときは方法が選べなかった。仕方がないことなんだ」
「……やはり、大崎さんが異能を使ったのですね」
要は得心がいったように頷く。こいつは千波の異能を知っていたのだろうか?
「それなら納得がいきます。騒動の直後に審問会が決定したのは、あなたが時間操作を使ったからですか」
「……要の推測通りだ」
二人の間――幹部たちも認識を共有しているようだが――で話が進む。わたしは詩音や漣と顔を見合わせ、戸惑うことしかできなかった。
「はい、二人ともストップ。他の人たちが困惑してるから、説明を挟ませてもらうよ」
千秋が何度か手を叩き、会話を中断させる。そして軽い咳払いでわたしたちの注目を集め、言葉を紡いだ。
「まずは千波について。対外的にはランクⅠの調停を持つ異能者……ということになっている。でも、実際は時間操作という異能を併せ持つ多重異能者なんだ」
多重異能者という単語は初耳だが、大まかな意味は理解できる。恐らく複数の異能を持つ者のことを示しているのだろう。
「時間操作……。そんな異能があるんですか?」
詩音が尋ねる。それに答えたのは千波だった。
「ある。私は『五秒だけ周囲の時間を止める』程度の力だが、もしかしたら時空を遡る……なんて時間操作持ちもいるかもしれないな」
「うわぁ……」
あからさまに顔を歪めた漣は、考えたくないとでも言いたげに首を振る。そして「それで?」と続きを促した。
「それと律月さんがどう関係してるの?」
「音島が関係している……というか、私がこの異能を〈五家〉以外に明かしたことが問題なんだ」
千波は深々とため息をつくと、幹部たちに視線を向ける。まるで伺いを立てるように。彼ら――要の叔父は除く――が揃って頷いたのを確認して、彼女は言葉を続けた。
「過去に、時間操作を巡って事件が起きたことがある。それ以来、時間操作の異能は隠匿されるようになった」
「……え、説明終わり?」
漣が突っ込む。わたしも拍子抜けだ。もっと込み入った事情を説明してくれるものだと思ったのに。
不満そうなわたしたちを、千波は「本題から逸れる」と突き放した。
「こら、千波が蒔いた種だろう?」
千秋が窘めると、千波はふいっと目を逸らす。そしてぼそぼそと「……私の口から話していいのか」と呟いた。
「僕は構わないし、他の家のことなら気にしなくていい。そういうのは千波の領分じゃないからね」
「……千秋がそう言うなら」
彼らにしか理解しえない認識を共有し、兄妹は小さく微笑み合う。幹部たちの纏う空気がやや棘を持った。
「私たち〈五家〉には、戦うべき相手がいる。それは異能排斥論者だけじゃない。術者協会の一部や、異能研究所の研究員も〈五家〉の敵だ」
「知らない言葉やめて」
「何その……何? 舌噛みそうな名前のとこは……」
わたしと漣が揃って苦言を呈すると、千波は「……そうか、お前たちは知らないのか……」と戸惑ったような顔になる。
「詩音はわかるな? 術者協会がどういう集団か」
「確か『異能の一般化』を理念として活動している人たちのことですよね。実際、異能に酷似した力を生み出したとか……」
「そんなことできるんだ。合法?」
「法律が追いついてないから合法らしい」
それは詭弁と言うのではないだろうか。呆れるわたしに、鋭い視線が突き刺さった。あの偉そうな奴からだ。
「何」
短く問いかけると、男は視線をさらに鋭くして怒りを露わにした。
「いい加減自白したらどうだ! 貴様は記憶喪失を装い、我々が秘匿する異能を暴きに来たのだろう!」
「わたしは正直者だから、やってないことを『やった』とは言えない」
「ふざけるな!」
荒々しく机を叩く音が響く。思わずびくりと肩を跳ねさせると、千秋が「まあまあ」と柔らかく遮った。
「彼女が記憶を失っていることに関しては間違いありませんよ。……それとも、僕の異能を疑いますか?」
「……大崎。お前の異能を疑う気はないが、お前自身は疑っている」
わずかに声のトーンを落とした男は、千秋を見据える。その目は疑心に満ちていた。
「お前が術者と繋がりを持っていることは把握している。そいつと共謀し、我々を陥れようとしているのではないか?」
回りくどい言い回しだ。もっと端的に説明できないものだろうか。つま先で床を叩く。
何度か小突いていると、千秋がこちらを一瞥した。慌てて足を揃える。しかし彼は表情を動かすことなく目を逸らす。過剰反応だっただろうか。
「……と、堅苦しいのはここまでにしておこう。お前たちには飾らない真実を口にしてもらいたいからな」
雄一郎が千波を呼ぶ。その声は幾分か柔らかく、厳格な祖父が孫娘を見るような慈しみを纏っていた。
「お前は、この審問会が開かれるに至った要因をどう考える?」
「……私が音島に異能を模倣させたこと、だと思っている」
「え、わたしのせい?」
「口を挟むな、音島律月!」
思わず疑問を投げると、すぐさま偉そうな奴の怒声が飛んでくる。わたしは心底うんざりして、男の言葉を無視することにした。
「ねぇ千波、わたしが異能を使うのはまずかったの?」
「いや、あのときは方法が選べなかった。仕方がないことなんだ」
「……やはり、大崎さんが異能を使ったのですね」
要は得心がいったように頷く。こいつは千波の異能を知っていたのだろうか?
「それなら納得がいきます。騒動の直後に審問会が決定したのは、あなたが時間操作を使ったからですか」
「……要の推測通りだ」
二人の間――幹部たちも認識を共有しているようだが――で話が進む。わたしは詩音や漣と顔を見合わせ、戸惑うことしかできなかった。
「はい、二人ともストップ。他の人たちが困惑してるから、説明を挟ませてもらうよ」
千秋が何度か手を叩き、会話を中断させる。そして軽い咳払いでわたしたちの注目を集め、言葉を紡いだ。
「まずは千波について。対外的にはランクⅠの調停を持つ異能者……ということになっている。でも、実際は時間操作という異能を併せ持つ多重異能者なんだ」
多重異能者という単語は初耳だが、大まかな意味は理解できる。恐らく複数の異能を持つ者のことを示しているのだろう。
「時間操作……。そんな異能があるんですか?」
詩音が尋ねる。それに答えたのは千波だった。
「ある。私は『五秒だけ周囲の時間を止める』程度の力だが、もしかしたら時空を遡る……なんて時間操作持ちもいるかもしれないな」
「うわぁ……」
あからさまに顔を歪めた漣は、考えたくないとでも言いたげに首を振る。そして「それで?」と続きを促した。
「それと律月さんがどう関係してるの?」
「音島が関係している……というか、私がこの異能を〈五家〉以外に明かしたことが問題なんだ」
千波は深々とため息をつくと、幹部たちに視線を向ける。まるで伺いを立てるように。彼ら――要の叔父は除く――が揃って頷いたのを確認して、彼女は言葉を続けた。
「過去に、時間操作を巡って事件が起きたことがある。それ以来、時間操作の異能は隠匿されるようになった」
「……え、説明終わり?」
漣が突っ込む。わたしも拍子抜けだ。もっと込み入った事情を説明してくれるものだと思ったのに。
不満そうなわたしたちを、千波は「本題から逸れる」と突き放した。
「こら、千波が蒔いた種だろう?」
千秋が窘めると、千波はふいっと目を逸らす。そしてぼそぼそと「……私の口から話していいのか」と呟いた。
「僕は構わないし、他の家のことなら気にしなくていい。そういうのは千波の領分じゃないからね」
「……千秋がそう言うなら」
彼らにしか理解しえない認識を共有し、兄妹は小さく微笑み合う。幹部たちの纏う空気がやや棘を持った。
「私たち〈五家〉には、戦うべき相手がいる。それは異能排斥論者だけじゃない。術者協会の一部や、異能研究所の研究員も〈五家〉の敵だ」
「知らない言葉やめて」
「何その……何? 舌噛みそうな名前のとこは……」
わたしと漣が揃って苦言を呈すると、千波は「……そうか、お前たちは知らないのか……」と戸惑ったような顔になる。
「詩音はわかるな? 術者協会がどういう集団か」
「確か『異能の一般化』を理念として活動している人たちのことですよね。実際、異能に酷似した力を生み出したとか……」
「そんなことできるんだ。合法?」
「法律が追いついてないから合法らしい」
それは詭弁と言うのではないだろうか。呆れるわたしに、鋭い視線が突き刺さった。あの偉そうな奴からだ。
「何」
短く問いかけると、男は視線をさらに鋭くして怒りを露わにした。
「いい加減自白したらどうだ! 貴様は記憶喪失を装い、我々が秘匿する異能を暴きに来たのだろう!」
「わたしは正直者だから、やってないことを『やった』とは言えない」
「ふざけるな!」
荒々しく机を叩く音が響く。思わずびくりと肩を跳ねさせると、千秋が「まあまあ」と柔らかく遮った。
「彼女が記憶を失っていることに関しては間違いありませんよ。……それとも、僕の異能を疑いますか?」
「……大崎。お前の異能を疑う気はないが、お前自身は疑っている」
わずかに声のトーンを落とした男は、千秋を見据える。その目は疑心に満ちていた。
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