観月異能奇譚

千歳叶

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第二章 弓張月

射撃、異能銃

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「ん?」

 可愛い子ぶるように小首を傾げる、推定成人男性。彼はわたしの顔を見るなり「あぁ!」と手を打った。

「はじめまして、だね! オレは富多とみた健二けんじ、よろしく!」
「……音島律月。よろしくする気はそんなにないけど、まぁよろしく」
「えぇー?」

 富多はおどけたような口調で話を続ける。こちらの様子を気にすることのない、まさにマシンガントークだった。

「でさ、……聞いてる?」
「聞いてる聞いてる、昨日のご飯の話でしょ」
「全然違うんだけど!」

 突っ込みを入れる声すらおどけて聞こえる。この男は本当にこれが本性なのだろうか。
 疑念を抱きながら話を聞き流している間にも、異能銃の試射は続いている。的を射貫いたり掠めたり外れたりする弾丸をぼんやり視界に入れた。

「りっちゃんは射撃とか自信ある方?」
「……それ、わたしのこと?」
「もちろん。他に誰もいないでしょ」

 当然のような顔をして、富多はわたしを愛称で呼んでくる。以前黒部に対して「りっちゃんって呼んでくれてもいいよ」と言ったが、本当にそう呼ばれると寒気がした。

「で、どうなの。銃を撃った経験は?」
「あるわけないでしょ。むしろあんたはあるの?」
「夏祭りの射的なら毎年やってたよ」

 何だこいつ。そんな感情を隠しもせずに胡乱な目を向ける。富多はわたしの視線に構うことなく「まぁそうだよねぇ」と一人頷いた。

「実原さんみたいに、元々国軍にいた人じゃないと銃を扱ったことなんてないよね」
「さっきの人、あんたの知り合い?」
「オレの上司! てか第三班のリーダーだよ」

 知らなかった? 不思議そうな問いかけには無言を返す。肯定の意味もあるが、何より面倒になったからだ。

「じゃああんたは第三班所属なんだ」
「正解ー。あ、次オレが撃つ番みたい。またね!」

 喋りたいだけ喋り倒した富多は、わたしの返事を待つことなく試射へ向かう。……疲れた。どっと疲労を感じる。
 まとわりつくような気だるさを持て余しながら、わたしは富多が異能銃を構えるのを見つめた。射的で身に着けた射撃スキルとやらを、この目で見てやろう。

「撃ちまーす!」

 そんなふざけた声と共に発射された弾丸は、千波が放ったものと同じ色をしていた。形容するならば、エメラルドグリーンが近いだろうか。実原や他の面々とは全く違う色をしている。
 人によって弾丸が纏う光の色を変えるなんて、とんでもなく手間がかかる――ストレートに言えば面倒臭い――だろうに。どうでもいいことを思った。
 弾丸は的の端ギリギリを掠める。本人が言うほど上手ではないが、外していないだけマシなのだろう。

「まあまあかな」

 誰に聞かせるでもなく呟く。すると、数メートルは離れているであろう実原と目が合った。気のせいだろうか?

「はじめまして。音島律月さん……ですよね?」

 気のせいではなかった。先ほど耳にした声がわたしの名前を呼ぶ。わたしは「そうだけど」と言いながら顔を上げた。

「あんた、実原……」
実原さねはら晃一こういちと申します。第三班のリーダーを務めております。以後お見知りおきを」
「どうも……」

 会釈で誤魔化す。富多のようにグイグイ来られるのも嫌だが、ここまで丁寧な態度を向けられるのもそれはそれで対応に困る。
 挨拶だけで終わるかと思いきや、実原はまだ立ち去ろうとしない。何なんだ一体。

「何の用だ、という顔をしていますね」
「それはそうでしょ。第三班のリーダーが、わたしに話したいことでもあるの?」
「えぇ。ですが、そちらは後ほど。大崎さんが同席している際にお話しいたします」
「……」

 本当に何なんだ、ここの連中は。顔を顰める。隠し事があるのは構わないが、それなら「隠し事をしている」ことまで秘密にしてほしい。イライラする。

「わかった。じゃあわたしは試射に行ってくる」

 暗に「話は終わりだ」と告げると、実原は「わかりました」と頷いた。わたしの番がまだ先であることを指摘されるかと思ったが、彼は引き際を理解しているのかもしれない。
 試射は続く。依然として、的の中央付近を射抜けた者は千波と実原だけだ。

「次、音島律月」
「わかった」

 とうとうわたしの番がやって来た。手渡された異能銃はずっしりと重い。これがいくつも入っていたのなら、棗に持たされた箱があの重さなのも頷ける。
 銃の扱いについての簡単な手ほどきを受け、わたしは重量のある黒い銃身を構えた。

「撃つよ」

 前例に倣い、声を発してから引き金を引く。……引けない。

「……あれ?」

 訝しみながら再び引き金を引く。だが――銃はうんともすんとも言わない。何かが引っかかっている、あるいは詰まっているのだろうか。

「撃てないんだけど」
「は? まさか、そんなはずは……」

 男性に報告すると、彼は顔面蒼白にして駆け寄ってきた。その奥には棗たちもいる。
 複数人の手で異能銃を確認した結果は、異常なし。つまり「原因不明」だ。

「……やっぱりか」
「何が?」
「萩原さん、何かご存知なんですか」

 ぼそりと棗が呟く。それに反応すると、栄と呼ばれていた少女が追及した。

「音島の異能は特殊だから、この銃が扱えるかは未知数だった。結果として扱えなかったってことになるな」
「え、わたしの戦闘手段はどうなるの?」
「知らん。とにかく別の方法も考えてみるから、しばらくはどうにかしろ」

 そんな雑な。不満を届ける隙もないまま、棗と少女は去っていく。わたしは千波に声をかけられるまで、その場に呆然と立ち尽くした。
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