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第二章 弓張月
崇拝、狂信
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「失礼いたします。第四班の水沢です」
第二班のプレートがかかったドアを開け、要が声をかける。麻本さんとお話させていただきたいのですが、と。
対応してくれた女性は、わたしを訝しげに見ながらも「少々お待ちください」と去っていった。
「音島さん。私が指示するまで口を挟まないでくださいね」
「人を邪魔者扱いするなら連れて来なければ――」
「お待たせしました。水沢君とお連れの方、こちらで話を伺いましょう」
突如、声が耳に届く。わたしは渋々口を閉ざして声の主に視線を向けた。
千波とさほど年代の変わらなさそうな、優男然とした人物だ。しかし要から前情報を得ている身からすれば、そんな見た目すら不気味に思える。
案内されたのは、パーティションによって区切られたスペース。人の話し声が微かに聞こえる中、麻本と呼ばれた男が「さて」と口火を切った。
「今は第四班に頼むような仕事もありませんが、一体何の用ですか?」
「新人が加わりましたのでご挨拶に伺いました。音島さん、自己紹介を」
要に指図され、わずかな苛立ちを覚えながら口を開く。はじめまして、吐き出した言葉は我ながら刺々しい。
「音島律月、この度〈弓張月〉第四班に配属されました」
「丁寧にどうも。僕は麻本颯汰、この班のリーダーを務めています」
よろしく。握手を求められる。わたしは左手を差し出した。右手には先ほどの球体が握られているからだ。
麻本は一瞬変な顔をしたが、すぐさま元の表情に戻りわたしと握手を交わす。その手は驚くほど冷たい。
「あ、すいません。水の異能を使うせいか、僕の手って冷たいんですよね」
わたしの表情を読んだのか、麻本が笑いを含んだ声で言った。気にしないで、と返したものの、正面の男が手の冷たさを気にしている様子は微塵もない。そもそも悪いと思っていないのだろう。
「ところで不躾ですが、音島さんの異能はどういったものでしょうか」
「え」
突然の問いかけに固まる。その隙に要が「金属の物体操作ですよ」と答えた。流れるような嘘にも唖然とする。
「そうだったんですか、だから水沢君が……。不躾ついでにランクをお伺いしても?」
不躾だとわかっているなら聞くな。一瞬眉間に力が入り、わたしは慌てて顔から力を抜いた。要がこちらを睨んでいるのがわかる。
「つい先ほど大崎さんから鑑定結果を伝えていただいたのですが、ランクⅡのようです」
「へぇ……」
麻本の表情が変わる。わたしを見る目が異様に力を持ったのだ。爛々と輝いた瞳がこちらを見据える。ぞくりとした。
「それはそれは。ではあの方の下で働くのは苦痛でしょう?」
「あの方?」
「第四班のリーダー、大崎千波ですよ。あれはろくな異能を持たない女ですから」
「……何が言いたいの」
わたしは今度こそ眉間に皺を寄せて問いかける。麻本は「簡単なことですよ」と哄笑した。
「僕たちの班に来ませんか? お二人なら歓迎しますよ」
柔らかく差し出された手を即座にはね除ける。目を丸くする男に「歓迎されても行かない」と吐き捨てた。
「なぜ?」
「それこそ簡単。――わたしが、あんたを信用したくないから」
「音島さん、失礼ですよ」
要が窘めてくる。しかし彼の表情は愉快そうだ。内心ではわたしに賛同しているに違いない。その証拠に、いつまで経っても麻本へ謝罪する気配はないのだ。
「失礼なことを言ったとは思う。でも千波のことを馬鹿にしたあんたを許す気はないから」
「……交渉は決裂、ですか」
麻本がため息をつく。こちらを見る目が敵意を帯びたことを認識し、わたしは要から借りた異能を発動させようと右手の球体を握りしめた。ぐにゃり、球体が柔らかく歪み、針のように尖る。
「では、その判断を後悔させてあげましょう」
怒り交じりの言葉が投げかけられた瞬間、頭上に影ができた。見上げると、そこには大きな蛇がとぐろを巻いているではないか。
明らかにヒトのものではない瞳孔がこちらを睨みつける。胴体は半透明で、時折ぽたぽたとしずくが滴り落ちた。
「これが僕の異能、水蛇〈弁財〉です。どれだけ鋭い刃でも、水は断ち切れないでしょう?」
くすくす笑う麻本。わたしは要と顔を見合わせ、この状況を打破する方法を思案した。水でできた蛇に金属の異能は無力で、あの大きさでは駆け抜けようにもすぐに捕縛されるだろう。手詰まり――そんな言葉さえよぎった。
「僕はね、素晴らしい異能を持つ方が下僕のように扱われるのが我慢ならないんですよ。あの女――大崎千波の何に心酔してるのか知りませんが、あれの異能にそんな価値はありません」
「あんたが異能でしか人を判断できないってことはわかった。異能に踊らされて、目が節穴になってるってことも」
腹が立つ。異能が弱いというだけで千波をここまで馬鹿にする麻本にも、それに反論しようとしない要にも。
それぞれ一発……いや、五発は殴ってやらないと気が済まない。握りしめていた針状の物体を変形させる。ナックルと化した金属を装備したわたしは、その勢いで右手を大きく振り上げた。
第二班のプレートがかかったドアを開け、要が声をかける。麻本さんとお話させていただきたいのですが、と。
対応してくれた女性は、わたしを訝しげに見ながらも「少々お待ちください」と去っていった。
「音島さん。私が指示するまで口を挟まないでくださいね」
「人を邪魔者扱いするなら連れて来なければ――」
「お待たせしました。水沢君とお連れの方、こちらで話を伺いましょう」
突如、声が耳に届く。わたしは渋々口を閉ざして声の主に視線を向けた。
千波とさほど年代の変わらなさそうな、優男然とした人物だ。しかし要から前情報を得ている身からすれば、そんな見た目すら不気味に思える。
案内されたのは、パーティションによって区切られたスペース。人の話し声が微かに聞こえる中、麻本と呼ばれた男が「さて」と口火を切った。
「今は第四班に頼むような仕事もありませんが、一体何の用ですか?」
「新人が加わりましたのでご挨拶に伺いました。音島さん、自己紹介を」
要に指図され、わずかな苛立ちを覚えながら口を開く。はじめまして、吐き出した言葉は我ながら刺々しい。
「音島律月、この度〈弓張月〉第四班に配属されました」
「丁寧にどうも。僕は麻本颯汰、この班のリーダーを務めています」
よろしく。握手を求められる。わたしは左手を差し出した。右手には先ほどの球体が握られているからだ。
麻本は一瞬変な顔をしたが、すぐさま元の表情に戻りわたしと握手を交わす。その手は驚くほど冷たい。
「あ、すいません。水の異能を使うせいか、僕の手って冷たいんですよね」
わたしの表情を読んだのか、麻本が笑いを含んだ声で言った。気にしないで、と返したものの、正面の男が手の冷たさを気にしている様子は微塵もない。そもそも悪いと思っていないのだろう。
「ところで不躾ですが、音島さんの異能はどういったものでしょうか」
「え」
突然の問いかけに固まる。その隙に要が「金属の物体操作ですよ」と答えた。流れるような嘘にも唖然とする。
「そうだったんですか、だから水沢君が……。不躾ついでにランクをお伺いしても?」
不躾だとわかっているなら聞くな。一瞬眉間に力が入り、わたしは慌てて顔から力を抜いた。要がこちらを睨んでいるのがわかる。
「つい先ほど大崎さんから鑑定結果を伝えていただいたのですが、ランクⅡのようです」
「へぇ……」
麻本の表情が変わる。わたしを見る目が異様に力を持ったのだ。爛々と輝いた瞳がこちらを見据える。ぞくりとした。
「それはそれは。ではあの方の下で働くのは苦痛でしょう?」
「あの方?」
「第四班のリーダー、大崎千波ですよ。あれはろくな異能を持たない女ですから」
「……何が言いたいの」
わたしは今度こそ眉間に皺を寄せて問いかける。麻本は「簡単なことですよ」と哄笑した。
「僕たちの班に来ませんか? お二人なら歓迎しますよ」
柔らかく差し出された手を即座にはね除ける。目を丸くする男に「歓迎されても行かない」と吐き捨てた。
「なぜ?」
「それこそ簡単。――わたしが、あんたを信用したくないから」
「音島さん、失礼ですよ」
要が窘めてくる。しかし彼の表情は愉快そうだ。内心ではわたしに賛同しているに違いない。その証拠に、いつまで経っても麻本へ謝罪する気配はないのだ。
「失礼なことを言ったとは思う。でも千波のことを馬鹿にしたあんたを許す気はないから」
「……交渉は決裂、ですか」
麻本がため息をつく。こちらを見る目が敵意を帯びたことを認識し、わたしは要から借りた異能を発動させようと右手の球体を握りしめた。ぐにゃり、球体が柔らかく歪み、針のように尖る。
「では、その判断を後悔させてあげましょう」
怒り交じりの言葉が投げかけられた瞬間、頭上に影ができた。見上げると、そこには大きな蛇がとぐろを巻いているではないか。
明らかにヒトのものではない瞳孔がこちらを睨みつける。胴体は半透明で、時折ぽたぽたとしずくが滴り落ちた。
「これが僕の異能、水蛇〈弁財〉です。どれだけ鋭い刃でも、水は断ち切れないでしょう?」
くすくす笑う麻本。わたしは要と顔を見合わせ、この状況を打破する方法を思案した。水でできた蛇に金属の異能は無力で、あの大きさでは駆け抜けようにもすぐに捕縛されるだろう。手詰まり――そんな言葉さえよぎった。
「僕はね、素晴らしい異能を持つ方が下僕のように扱われるのが我慢ならないんですよ。あの女――大崎千波の何に心酔してるのか知りませんが、あれの異能にそんな価値はありません」
「あんたが異能でしか人を判断できないってことはわかった。異能に踊らされて、目が節穴になってるってことも」
腹が立つ。異能が弱いというだけで千波をここまで馬鹿にする麻本にも、それに反論しようとしない要にも。
それぞれ一発……いや、五発は殴ってやらないと気が済まない。握りしめていた針状の物体を変形させる。ナックルと化した金属を装備したわたしは、その勢いで右手を大きく振り上げた。
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