観月異能奇譚

千歳叶

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第二章 弓張月

対峙、その前に

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 数分後、息を切らして走ってきた玲を迎え入れる。彼は呼吸を整えると葵に向き直った。

「葵君。電話は構わないけど、名乗りもせず『要のとこまで来て!』だけ言って切るのはどうかと思うよ」
「てへっ、ごめんなさーい!」
「辻宮さん、あなたの代わりにこいつを殴っても構いませんね?」
「構うよ……。どうして了承すると思ったんだい……?」

 玲が疲れた様子で突っ込む。わたしは彼を労うことにした。

「玲、お疲れ。言ってくれればわたしが二人をボコボコにするよ」
「何も安心できない……。音島さん、突っ込みが追いつかないから少し静かにしてて」

 雑にあしらわれる。扱いに不満はあるが表には出さず、玲の言う通りに口を閉ざした。
 わたしが黙ったことを確認して、要が「さっそくですが」と切り出す。

「これから第一班へ向かいます。途中で妨害に遭った場合、私と音島さんで排除する形にしたいのですが……いかがでしょう」
「わたしは別にいいけど、その分け方に悪意がある気がする」
「悪意などありませんよ。所属が同じ者同士で組んだだけです」
「本当に? わたしをトカゲの尻尾にする気なんじゃないの?」
「その側面もありますが」

 予想はしていたが、やはり腹立たしい。しれっと宣うその表情に苛立ち、わたしは思い切り顔を顰めた。すると葵が「ほらほら」と割って入ってくる。

「早く行かないと日が暮れちゃうよ」

 大袈裟な表現だが、面倒事はさっさと処理すべきだろう。わたしは文句を言うことなく彼らの後に続いた。
 階段で六階に降りると、行き交う人々からの注目を集めていることに気がつく。何事かと人々の視線を追うと、それらはどれも玲と葵へ向けられていた。部外者が物珍しいのだろうか。その割に、わたしへ向けられる目はほとんどないのだが。

「辻宮さんと葵は左へ。音島さんは私について来てください」

 突き当たりの分かれ道で要が言う。わたしたちは無言で頷き、それぞれ指示された方向へ向かった。

「ここをまっすぐ進むと〈弓張月〉第二班です。しかし、その前に準備をしなくては」

 道中、要はそう言って立ち止まる。わたしは「準備?」と首を傾げた。必要な準備は先に済ませておけ、という非難の意も込めて。

「はい。先ほども申し上げたように、第二班のリーダーは異能を崇拝しています。高ランクの異能や特殊な異能は、あの男にとって信仰対象なのです」
「……それが準備と関係あるの?」
「あなたを『毒にも薬にもならない異能者』と誤認させます。それが準備です」

 全くもって意味がわからない。わたしは口を半開きにして音を発した。言語化ができないほど間の抜けた音しか出せなかったのだ。

「お願いだからわたしに理解できる言語で話して」
「これ以上の説明は面倒なのでさっさと異能を発動させてください」
「異能ってどうやれば発動できるの?」
「そこからですか……。発動できるまであれこれ試せばいいのでは? 下手な鉄砲でも……と言うでしょう」

 どんどん雑になっていく説明にむくれながら、異能を発動させようと試みる。とはいえ目を閉じて深呼吸する程度のことしかできず、一向に異能は使えなかった。要が苛立っているのが手に取るようにわかる。

「まだですか」
「急かさないで、異能が変な風に発動されたら困る。あんたの異能を――」

 模倣したらどうするの。そう言い切る間もなく、わたしの手中に銀色の塊が現れた。直径数センチほどの小さく冷たい球体だ。

「やればできるじゃないですか。なぜ最初から実行しないのです」
「は……? 要、結局あんたはわたしに何をさせたかったわけ?」

 未だに状況が把握できず、要に説明を要求する。奴はようやく説明する気になったようで、短く息をついた後「簡潔に言えば」と切り出した。

「あなたの異能を『水沢要の下位互換』にすることが目的です。異能を模倣する異能を持っている、と悟られてしまったら大変なことになりますからね」
「……嫌な予感しかしないけど、その『大変なこと』って何?」
「信仰心を持たれて監禁されるか、好奇心で解剖されるか、……はたまた『こんな奴が異能者なんて許せない』と殺害されるか。軽く予想しただけでもおぞましい事態ですね」

 要は指を折りながら淡々と推測を立てる。おぞましい、などという言葉とは裏腹に、この少年の表情に変化は何一つない。全くの無表情だった。

「その点、私は比較的安全です。最高ランクの異能を持つとはいえ、物体操作の異能者はありふれていますから」

 パチン、手を叩く音が耳に届く。要が鳴らしたのだ。その途端、わたしの手中にあった銀色の球体がどろりと液状化し、やがて立方体へと変化した。

「遅くなりましたが改めて。私の異能はランクⅢの物体操作、対象物は金属です。……これが何を意味するかわかりますか?」

 わからない。いや、わかりたくない。わたしは首を左右に振る。
 要は口元を歪めながらわたしの手を――銀色の立方体を掴んだ。それが鋭い刃の形へと変貌するのを視界の端で認め、背中を冷たい汗が伝う。

「背信行為や、無様な失態は許容できません。――あの兄妹の期待を裏切るのであれば、は迷うことなくあなたを消しますよ」

 返事すらできないうちに、要は刃を元の球体へと変化させる。わたしは無意識のうちに詰めていた息を吐き出しながら「わかってる」と答えた。

「わたしだって、千秋と千波には恩を感じてる。二人の立場を悪くするようなことはしないし、したくない」
「……ひとまずは信じましょう」

 そう言うと、要はわたしに背を向ける。行きましょうか。そんな言葉と共に歩を進める彼を早足で追いかけた。
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