観月異能奇譚

千歳叶

文字の大きさ
上 下
22 / 104
第二章 弓張月

不遜な縁、再会の縁

しおりを挟む
「入れ」
「失礼いたします」

 入室してきたのは、葵と年頃の変わらなさそうな少年だった。彼は慇懃に頭を下げると、わたしに視線を向ける。その目はどこか冷え冷えとしていた。

「お前たち第四班の新人だ。案内を頼む」
「承知いたしました」

 少年はわたしの名前を尋ねることすらせずに部屋を辞す。わたしは慌てて彼の後を追いかけた。

「ね、ねぇちょっと……」
「……」

 無言、ただひたすらに無言。わたしが声をかけても、少年は一言も発することなく歩き続ける。曲がり角まで黙って歩くと、彼は足を止めて振り向いた。

「何か。用件があるのであれば手短にお願いいたします」

 絶対零度の視線が向けられる。わたしは言葉に詰まりながらも、どうにか名前を尋ねることができた。しかし、少年からの反応は――無言の拒絶だけ。

「ちょっと、名前くらい答えてくれてもいいと思うんだけど」
「時間の無駄です」

 そう言うと、彼は再び歩き始めてしまう。もう一度呼びかけるも、今度は視線すら向けてくれなかった。
 スタスタ進む少年を小走りで追いかけていると、彼は階段を上り始める。七階に到着して顔を上げると「来たな」と千波が待ち受けていた。

「……その様子、さてはまた『時間の無駄』だとか言ったんだろう。新人なんだから少し優しくしてやれ」
「配慮することで何か益があるのであれば、喜んで心を砕きますよ」

 つまり「わたしに優しくしたところで得することはない」から優しくしない、と言いたいのだろう。思わず少年を睨みつける。千波は「お前な……」と頭を押さえていた。

「無用なトラブルを起こすから態度を改めろと何度も言っているだろうが……!」
「トラブルなど、起きるときには起きるものです」
「起こさなくてもいいトラブルを起こすなと言っているんだ、いい加減理解しろ」

 その言葉に、少年はふいっと顔を背ける。千波は肩をすくめると、わたしに向き直って「悪いな」と苦笑いを浮かべた。

「こいつは実力こそあるんだが、いかんせん性格が悪くてな……。音島、我慢ならなくなったら私を呼んでくれ」
「人を問題児のように扱って……失礼だとは思わないのですか?」
「実際『問題児』だろうが。お前に関しては失礼だと思ってない」

 二人の言葉には遠慮のかけらもない。しかし悪意や敵意があるわけでもなく、親しいが故の遠慮のなさであることがひしひしと伝わってきた。
 付け加えて言うなら、わたしが口を挟む余地もない。わたしは剛速球な言葉のキャッチボールを繰り広げる二人を見守ることしかできなかった。

「大崎さん、水沢くん! 新人さんをお迎えするのにいつまで喧嘩してるつもりですかっ!」

 ぽかんとしているわたしの耳に、どこかで聞いた覚えのある女性の声が届く。ツカツカと足音が近づいてきて、二人の肩をポンと叩いた。

「ほら、新人さんが困ってますよ。喧嘩は中止してさっさと挨拶してくださいね」
「すまない……」
「……」

 女性の叱責に二人が目を逸らす。小さな子供のような仕草を目にした女性が困ったように笑い、そしてわたしに「ごめんなさい」と声をかけてきた。

「仲がいいのか悪いのか、二人ともすぐに話を脱線させてしまうんです。新人さん、私がご案内しますね」
「お願い……しま、す?」
「ふふ、無理に敬語を使わなくても大丈夫ですよ。私もそれに合わせて話しますし」

 わかった、と頷くと、女性はにっこり笑う。明るい笑みだ。太陽のような、とでも形容できそうなほど明るい。

「自己紹介が遅くなりましたね。私は浜村詩音、第四班の連絡係……みたいなものです」
「ありがとう。わたしは音島律月、……ん?」

 彼女の名前に引っかかりを覚え、わたしは首を傾げる。浜村、はまむら……どこかで聞き覚えのある名前だ。
 しばらく考えて、ようやく引っかかりの正体に思い至った。

「浜村って、隣の部屋の人?」
「隣? ……あぁ、寮の話かぁ」

 そういえばそうだったね。彼女は敬語を取り払って笑う。IDカードを拾って届けたこともあったっけ、と続けた。

「あのときは本当に助かった。貰ったその日になくしてたら千波に怒られてたと思う」
「難を逃れたようで何よりです、なーんてね。次は気をつけるように!」

 詩音の指摘に頷いた途端、背後から不穏な気配を感じる。視線だけを動かすと、千波の表情が消えていた。無表情そのものだ。その隣にいる少年の顔は……読めない。読み取れるほど親しくもない。

「音島……? 今の話、詳しく聞かせてもらおうか」

 ガシッ、と肩を掴まれる。同時に鼻で笑うような音が聞こえた。横にいる詩音は苦笑しているだけだし、千波の表情に笑顔のかけらもない。となると、今の音の発生源は――。

「大崎さんがあなたに興味津々のようで。どうぞお好きに語らってください」

 少年が嘲笑しながら部屋を示す。その表情は、いつか見た四大幹部のものと瓜二つ。腹立たしいことこの上ない。

「……あんた、後で絶対後悔させるから……!」
「言葉の意味を重複させている人間に何を言われても響きませんよ」
「この……っ」
「喧嘩をするな。音島、お前はこっちだ」

 あの野郎、絶対ぶん殴る。一歩踏み出したわたしだったが、千波に首根っこを掴まれた挙げ句「会議室」と書かれた部屋へと引きずり込まれてしまった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~

緑谷めい
恋愛
 ドーラは金で買われたも同然の妻だった――  レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。 ※ 全10話完結予定

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

愛されない花嫁はいなくなりました。

豆狸
恋愛
私には以前の記憶がありません。 侍女のジータと川遊びに行ったとき、はしゃぎ過ぎて船から落ちてしまい、水に流されているうちに岩で頭を打って記憶を失ってしまったのです。 ……間抜け過ぎて自分が恥ずかしいです。

生まれ変わっても一緒にはならない

小鳥遊郁
恋愛
カイルとは幼なじみで夫婦になるのだと言われて育った。 十六歳の誕生日にカイルのアパートに訪ねると、カイルは別の女性といた。 カイルにとって私は婚約者ではなく、学費や生活費を援助してもらっている家の娘に過ぎなかった。カイルに無一文でアパートから追い出された私は、家に帰ることもできず寒いアパートの廊下に座り続けた結果、高熱で死んでしまった。 輪廻転生。 私は生まれ変わった。そして十歳の誕生日に、前の人生を思い出す。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

炎華繚乱 ~偽妃は後宮に咲く~

悠井すみれ
キャラ文芸
昊耀国は、天より賜った《力》を持つ者たちが統べる国。後宮である天遊林では名家から選りすぐった姫たちが競い合い、皇子に選ばれるのを待っている。 強い《遠見》の力を持つ朱華は、とある家の姫の身代わりとして天遊林に入る。そしてめでたく第四皇子・炎俊の妃に選ばれるが、皇子は彼女が偽物だと見抜いていた。しかし炎俊は咎めることなく、自身の秘密を打ち明けてきた。「皇子」を名乗って帝位を狙う「彼」は、実は「女」なのだと。 お互いに秘密を握り合う仮初の「夫婦」は、次第に信頼を深めながら陰謀渦巻く後宮を生き抜いていく。 表紙は同人誌表紙メーカーで作成しました。 第6回キャラ文芸大賞応募作品です。

処理中です...