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第二章 弓張月
続く縁、新たな縁
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週末。昼過ぎまで惰眠を貪るわたしの元に、誰かからの荷物が届いた。覚えのない段ボールに首を捻りながら差出人欄を見る。差出人は――辻宮玲。
「……玲?」
玲から何かを貰う心当たりはない。わたしは傾けた首を反対側に曲げて段ボールを開封した。
中身は分厚い本が一冊と、小さなメッセージカードだ。本の表紙には『異能者のための異能読本』なるタイトルが書かれている。
「何これ」
誰もいない部屋で小さく呟き、パラパラとめくって中身を斜め読みした。……やめよう。寝ぼけた頭では呪文にしか見えない。
パタン、本を閉じる。メッセージカードを手に取り、彼の真意を探ることにした。そこには力強いハネが特徴的な字が綴られている。
『音島さんが俺たちの仲間になった記念の贈り物が、まさか餞別になるとは思わなかったよ。それはともかく。この本は異能者にとって有益な情報が載っているから、機会があれば読んでみてほしい』
今後のさらなる活躍を願って、辻宮玲――そう締めくくられたカードを手にしたまま、わたしは口元を緩めた。
そうか。環境が変わったとしても、今までの縁が絶たれるわけではない。出会いと別れ……そんな言葉もあるが、続く縁もあるのだ。
「おはよう、音島」
週明け、朝八時。部屋を出たわたしを待ち受けていたのは千波だった。彼女はわたしの服装を上から下までじっくり観察すると「まぁいいだろう」と頷く。
「……何が?」
「服装。お前も難癖をつけられたくはないだろう?」
あの人は身だしなみに厳しいんだ。千波が嘆息する。わたしはまだ見ぬ「あの人」とやらのイメージを偉そうな四大幹部に定めた。面倒そうだ、とても。
「それと口調にも気をつけろ。あの人はとやかく言わないかもしれないが、周囲が面倒だからな」
「めんどくさ……」
「言うな、私だって面倒なんだ」
二人揃って大きなため息をつく。清々しい晴天の下、わたしたちはどんより重い憂鬱を纏って歩いた。
本部ビル六階。千波によれば、ここと七階が〈弓張月〉のフロアらしい。人数が多いから一フロアでは入りきらないんだ、と言っていた。
このフロアの最奥に、わたしが会わなければならない人がいる。その人物は〈弓張月〉全体を統率する人物のようだ。深呼吸し、コンコンコンとノックの音を響かせる。
「入れ」
「失礼します」
入室すると、待っていたのは四十代くらいの男性だった。フチの細い眼鏡をかけ、眉間には深い皺が刻まれている。ストレスの多い管理職、そんな印象を受ける人物だ。
「音島律月……だったな。私は白浜司。異能者保護兼不法異能者摘発隊の隊長を務めている」
よろしく頼む。司は淡々と告げた。わたしも同じくらいのテンションで「よろしく」と返す。
「……あ」
「どうした?」
直後、わたしはさぁっと青ざめる。あれだけ千波が「口調に気をつけろ」などと言っていたのに、すっかり忘れて普段通りの言葉遣いをしてしまった。
慌てて平謝りすると、彼は首を振り「別にいい」と口にする。続けて、表面上の敬語など無意味だ、と。
「相手を敬おうとした結果の敬語なら話は変わるが、現代の敬語のほとんどは形骸化したものに過ぎん。私は、粗探しの道具に成り下がったものを強要する気はない」
「話がわかるね」
わたしはさっそく敬語を取り外し、うんうんと頷く。敬語が嫌というわけではないが、妙に据わりが悪い心地がするのだ。使わなくていいなら使いたくない。
「さて、では本題に入ろう。音島、お前の所属は第四班……大崎が率いる班だ。ここまでは聞いているか?」
「うん」
「ならいい。次に第四班の職務について。他の班とは異なり、第四班に固定された職務はない」
「……ない? それ、どういうこと?」
身を乗り出すと、司は「焦るな。これから説明する」と眉一つ動かさずに言った。
「第四班のリーダーは大崎千波だが、彼女は四大幹部の補佐を兼任している。いくら部下がいたとしても、決まった職務があると補佐業務に支障が出るだろう」
「ふーん……。つまり、千波のための配慮ってことなんだ」
「その側面もある」
司の言葉に引っかかりを覚えたが、それを言語化する前に彼の話が進んでしまう。
結局のところ、第四班は他の班をサポートする班のようだ。彼らを〈遊撃〉と称する者もいるとかいないとか。
「遊撃、ね。わかった」
「詳しい業務は班の者から教わるように。説明は以上だが、何か質問は?」
「質問……」
わたしは思考を巡らせるが、これといって尋ねたいことは思いつかなかった。強いて質問するとすれば。
「第四班って、千波以外は誰がいるの?」
これくらいだ。せめて班の規模だけでも知っておきたい。
問いかけると、司は「お前と大崎を含めて五人だ」と答えた。
「少ないね」
「少数精鋭だ。大崎が不在の際も円滑にサポートできる人材しかいない」
「……わたしにそこまでの優秀さを求められても困るんだけど」
不安を抱くわたしに「安心しろ」と声がかけられる。新人にそこまで期待していない、と嬉しくない言葉も続いた。
「それと、お前に期待しているのは能力や異能よりも――」
言葉の途中、ドアがノックされる。司は来たか、と呟いた。
「……玲?」
玲から何かを貰う心当たりはない。わたしは傾けた首を反対側に曲げて段ボールを開封した。
中身は分厚い本が一冊と、小さなメッセージカードだ。本の表紙には『異能者のための異能読本』なるタイトルが書かれている。
「何これ」
誰もいない部屋で小さく呟き、パラパラとめくって中身を斜め読みした。……やめよう。寝ぼけた頭では呪文にしか見えない。
パタン、本を閉じる。メッセージカードを手に取り、彼の真意を探ることにした。そこには力強いハネが特徴的な字が綴られている。
『音島さんが俺たちの仲間になった記念の贈り物が、まさか餞別になるとは思わなかったよ。それはともかく。この本は異能者にとって有益な情報が載っているから、機会があれば読んでみてほしい』
今後のさらなる活躍を願って、辻宮玲――そう締めくくられたカードを手にしたまま、わたしは口元を緩めた。
そうか。環境が変わったとしても、今までの縁が絶たれるわけではない。出会いと別れ……そんな言葉もあるが、続く縁もあるのだ。
「おはよう、音島」
週明け、朝八時。部屋を出たわたしを待ち受けていたのは千波だった。彼女はわたしの服装を上から下までじっくり観察すると「まぁいいだろう」と頷く。
「……何が?」
「服装。お前も難癖をつけられたくはないだろう?」
あの人は身だしなみに厳しいんだ。千波が嘆息する。わたしはまだ見ぬ「あの人」とやらのイメージを偉そうな四大幹部に定めた。面倒そうだ、とても。
「それと口調にも気をつけろ。あの人はとやかく言わないかもしれないが、周囲が面倒だからな」
「めんどくさ……」
「言うな、私だって面倒なんだ」
二人揃って大きなため息をつく。清々しい晴天の下、わたしたちはどんより重い憂鬱を纏って歩いた。
本部ビル六階。千波によれば、ここと七階が〈弓張月〉のフロアらしい。人数が多いから一フロアでは入りきらないんだ、と言っていた。
このフロアの最奥に、わたしが会わなければならない人がいる。その人物は〈弓張月〉全体を統率する人物のようだ。深呼吸し、コンコンコンとノックの音を響かせる。
「入れ」
「失礼します」
入室すると、待っていたのは四十代くらいの男性だった。フチの細い眼鏡をかけ、眉間には深い皺が刻まれている。ストレスの多い管理職、そんな印象を受ける人物だ。
「音島律月……だったな。私は白浜司。異能者保護兼不法異能者摘発隊の隊長を務めている」
よろしく頼む。司は淡々と告げた。わたしも同じくらいのテンションで「よろしく」と返す。
「……あ」
「どうした?」
直後、わたしはさぁっと青ざめる。あれだけ千波が「口調に気をつけろ」などと言っていたのに、すっかり忘れて普段通りの言葉遣いをしてしまった。
慌てて平謝りすると、彼は首を振り「別にいい」と口にする。続けて、表面上の敬語など無意味だ、と。
「相手を敬おうとした結果の敬語なら話は変わるが、現代の敬語のほとんどは形骸化したものに過ぎん。私は、粗探しの道具に成り下がったものを強要する気はない」
「話がわかるね」
わたしはさっそく敬語を取り外し、うんうんと頷く。敬語が嫌というわけではないが、妙に据わりが悪い心地がするのだ。使わなくていいなら使いたくない。
「さて、では本題に入ろう。音島、お前の所属は第四班……大崎が率いる班だ。ここまでは聞いているか?」
「うん」
「ならいい。次に第四班の職務について。他の班とは異なり、第四班に固定された職務はない」
「……ない? それ、どういうこと?」
身を乗り出すと、司は「焦るな。これから説明する」と眉一つ動かさずに言った。
「第四班のリーダーは大崎千波だが、彼女は四大幹部の補佐を兼任している。いくら部下がいたとしても、決まった職務があると補佐業務に支障が出るだろう」
「ふーん……。つまり、千波のための配慮ってことなんだ」
「その側面もある」
司の言葉に引っかかりを覚えたが、それを言語化する前に彼の話が進んでしまう。
結局のところ、第四班は他の班をサポートする班のようだ。彼らを〈遊撃〉と称する者もいるとかいないとか。
「遊撃、ね。わかった」
「詳しい業務は班の者から教わるように。説明は以上だが、何か質問は?」
「質問……」
わたしは思考を巡らせるが、これといって尋ねたいことは思いつかなかった。強いて質問するとすれば。
「第四班って、千波以外は誰がいるの?」
これくらいだ。せめて班の規模だけでも知っておきたい。
問いかけると、司は「お前と大崎を含めて五人だ」と答えた。
「少ないね」
「少数精鋭だ。大崎が不在の際も円滑にサポートできる人材しかいない」
「……わたしにそこまでの優秀さを求められても困るんだけど」
不安を抱くわたしに「安心しろ」と声がかけられる。新人にそこまで期待していない、と嬉しくない言葉も続いた。
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