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第一章 三日月
嘆息、幹部会
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「やぁ音島さん。話は玲から聞いたよ」
役員フロアに到着して早々、千秋が微笑みを浮かべて言った。その表情を額面通りに受け止めていいのか判断に困り、わたしは無言で頷く。
「あはは、そんなに怯えなくてもいいのに」
笑う千秋を軽く睨み、怯えてないと主張する。彼はさらに笑みを深めると「さて」と口を開いた。
「他の幹部たちがお待ちかねだ。案内するね」
案内されたのは会議室らしき場所。玲たちと初めて対面したあの会議室よりも狭いが、椅子やテーブルの素材は上質そうに見える。
正面に視線を移すと、三人の男女が待ち受けていた。あの偉そうな奴と温和そうな老婦人、そして厳めしい顔つきをした老年の男性だ。呆気にとられるわたしをつつき、千秋が「音島さん、挨拶を」と促す。
「音島律月。呼び出されたから来た」
「何だそのふざけた言い草は!」
それだけ言うと、名前も覚えていない偉そうな奴が憤慨した。それを老婦人が柔らかく宥める。男性は彼らを一瞥すると、わたしに視線を向けた。人を従わせるだけの力を持った視線を。
「よく来たな、音島律月。私は雉羽雄一郎、ここの代表だ」
低く渋い声だ。関係ないことを思う。ぼんやりするわたしを再びつついたのは千秋だった。音島さん、小さな声で咎められる。わたしは慌てて一礼した。
「大崎、案内ご苦労だった。……さっそくだが本題に入ろう。音島律月、お前の異能に関しての話だ」
「わたしの異能?」
訝しみながら復唱すると、彼――雄一郎は「そうだ」と頷く。その様子にも威厳のようなものが漂っている気がして、気づけば背筋を伸ばしていた。
「結論から言おう。お前は他に類を見ないほど特殊な異能を持っている」
「ほぁ……」
半開きになった口から間抜けな声が漏れる。わたしは慌てて口元を手で覆い、もごもごと続きを促した。
「他者の異能を複製……いや、模倣する異能とでも呼ぼうか。お前が火を消したのも、水を操る異能を模倣したからだ」
「水の異能を? ……そっか、涼歌の……」
雄一郎の言葉に納得し、わたしは何度も頷く。
あの瞬間、わたしは確かに涼歌の異能を羨んだ。彼女の異能が欲しいと思った。その願いが通じたのか――私の中に眠っていたらしき「異能を模倣する異能」は水の物体操作を模倣したのだろう。
「ところで、雄一郎はどうしてわたしの異能がわかるの?」
「おい、雉羽様に無礼な口の利き方を――」
「あんたには聞いてないんだけど」
「貴様……!」
偉そうな奴がわたしに食ってかかる。それを遮ったのは雄一郎の「構わん」という一言だった。
「水沢、下がれ」
「しかし……」
「私が『構わん』と言ったのだ、口を挟むな」
「……ッ」
ぐっと何かを堪えるような顔をして、水沢と呼ばれた偉そうな奴が引き下がる。それを傍観する他二人――千秋と老婦人は苦笑していた。
「雉羽さんったら。あまり厳しくしては可哀想よ?」
どこか茶目っ気のある口調で雄一郎を窘めた老婦人がわたしに向き直り、くすりと笑う。そして「私から説明して差し上げましょう」と椅子を手で示した。
「その前に自己紹介が必要ね。私は榛月子。〈五家〉の一つ、榛家の当主よ」
「どうも……」
椅子に座り、わたしは老婦人――月子に会釈を返す。彼女は笑みを深めて「可愛らしい」と呟いた。その瞬間に千秋の口が動き、どこが、と吐き捨てる。声こそ聞こえないものの、絶対にそう言っていた。失礼な男だ。
「それで、雉羽さんについてだったわね。彼は異能鑑定士なの。異能の種類やランクを見極められる、数少ない力を持った異能者よ」
「ふーん……」
わたしは曖昧に返事をする。しかし、月子の「大崎くんも異能鑑定士ね」という言葉に目を見開いた。
「じゃ、じゃあ千秋はわたしが異能者だって知ってたの? 知ってたなら教えてくれれば――」
「生憎、僕が気づいたのはついさっきなんだ。異能者だとわかっていたら〈三日月〉以外に配属したさ」
千秋が首を左右に振る。なおも言い募ろうと身を乗り出したわたしの耳に、雄一郎が咳払いをする音が届く。
「音島律月、お前に言わなければならないことがある」
「な……、何?」
改まって告げられた言葉に嫌な予感を抱きつつ、わたしは首を傾げた。
「こちらの都合で振り回して申し訳ないと思うが……お前には〈三日月〉第二班から離脱してもらう」
「……そんな」
目を見開いて硬直する。せっかく仕事を教わったところなのに、それこそ「得体の知れない」わたしを受け入れてくれた場所なのに。そんな思考ばかりが脳内を埋め尽くす。
そこから引き離されてしまったら、わたしには何も残らない。わたしには何もないのだ。記憶もなく、唯一「わたし」を識別する記号である「音島律月」も仮のもの。そんな存在を――誰が信用すると言うのだろう。
「重ねて謝罪するが、次の配属先もこちらで決めさせてもらった」
「……そう。どこに行けばいいの?」
謝罪とは思えないほど淡々とした口調に、こちらも投げやりな口調で返す。雄一郎はしばし目を伏せ、口を開いた。
「音島律月、お前を〈弓張月〉第四班へ配属する。……大崎千波が率いる班だ、お前もやりやすいだろう」
「千波の?」
目を丸くすると、幹部たち――偉そうな奴を除いて――は揃って頷く。頑張って、千秋が囁いた。
「――わかった。見ず知らずのところへ入れられるよりずっとマシだ」
わたしは了承を示す。千波はこのことを知っているのだろうか、そんなことを考えながら。
役員フロアに到着して早々、千秋が微笑みを浮かべて言った。その表情を額面通りに受け止めていいのか判断に困り、わたしは無言で頷く。
「あはは、そんなに怯えなくてもいいのに」
笑う千秋を軽く睨み、怯えてないと主張する。彼はさらに笑みを深めると「さて」と口を開いた。
「他の幹部たちがお待ちかねだ。案内するね」
案内されたのは会議室らしき場所。玲たちと初めて対面したあの会議室よりも狭いが、椅子やテーブルの素材は上質そうに見える。
正面に視線を移すと、三人の男女が待ち受けていた。あの偉そうな奴と温和そうな老婦人、そして厳めしい顔つきをした老年の男性だ。呆気にとられるわたしをつつき、千秋が「音島さん、挨拶を」と促す。
「音島律月。呼び出されたから来た」
「何だそのふざけた言い草は!」
それだけ言うと、名前も覚えていない偉そうな奴が憤慨した。それを老婦人が柔らかく宥める。男性は彼らを一瞥すると、わたしに視線を向けた。人を従わせるだけの力を持った視線を。
「よく来たな、音島律月。私は雉羽雄一郎、ここの代表だ」
低く渋い声だ。関係ないことを思う。ぼんやりするわたしを再びつついたのは千秋だった。音島さん、小さな声で咎められる。わたしは慌てて一礼した。
「大崎、案内ご苦労だった。……さっそくだが本題に入ろう。音島律月、お前の異能に関しての話だ」
「わたしの異能?」
訝しみながら復唱すると、彼――雄一郎は「そうだ」と頷く。その様子にも威厳のようなものが漂っている気がして、気づけば背筋を伸ばしていた。
「結論から言おう。お前は他に類を見ないほど特殊な異能を持っている」
「ほぁ……」
半開きになった口から間抜けな声が漏れる。わたしは慌てて口元を手で覆い、もごもごと続きを促した。
「他者の異能を複製……いや、模倣する異能とでも呼ぼうか。お前が火を消したのも、水を操る異能を模倣したからだ」
「水の異能を? ……そっか、涼歌の……」
雄一郎の言葉に納得し、わたしは何度も頷く。
あの瞬間、わたしは確かに涼歌の異能を羨んだ。彼女の異能が欲しいと思った。その願いが通じたのか――私の中に眠っていたらしき「異能を模倣する異能」は水の物体操作を模倣したのだろう。
「ところで、雄一郎はどうしてわたしの異能がわかるの?」
「おい、雉羽様に無礼な口の利き方を――」
「あんたには聞いてないんだけど」
「貴様……!」
偉そうな奴がわたしに食ってかかる。それを遮ったのは雄一郎の「構わん」という一言だった。
「水沢、下がれ」
「しかし……」
「私が『構わん』と言ったのだ、口を挟むな」
「……ッ」
ぐっと何かを堪えるような顔をして、水沢と呼ばれた偉そうな奴が引き下がる。それを傍観する他二人――千秋と老婦人は苦笑していた。
「雉羽さんったら。あまり厳しくしては可哀想よ?」
どこか茶目っ気のある口調で雄一郎を窘めた老婦人がわたしに向き直り、くすりと笑う。そして「私から説明して差し上げましょう」と椅子を手で示した。
「その前に自己紹介が必要ね。私は榛月子。〈五家〉の一つ、榛家の当主よ」
「どうも……」
椅子に座り、わたしは老婦人――月子に会釈を返す。彼女は笑みを深めて「可愛らしい」と呟いた。その瞬間に千秋の口が動き、どこが、と吐き捨てる。声こそ聞こえないものの、絶対にそう言っていた。失礼な男だ。
「それで、雉羽さんについてだったわね。彼は異能鑑定士なの。異能の種類やランクを見極められる、数少ない力を持った異能者よ」
「ふーん……」
わたしは曖昧に返事をする。しかし、月子の「大崎くんも異能鑑定士ね」という言葉に目を見開いた。
「じゃ、じゃあ千秋はわたしが異能者だって知ってたの? 知ってたなら教えてくれれば――」
「生憎、僕が気づいたのはついさっきなんだ。異能者だとわかっていたら〈三日月〉以外に配属したさ」
千秋が首を左右に振る。なおも言い募ろうと身を乗り出したわたしの耳に、雄一郎が咳払いをする音が届く。
「音島律月、お前に言わなければならないことがある」
「な……、何?」
改まって告げられた言葉に嫌な予感を抱きつつ、わたしは首を傾げた。
「こちらの都合で振り回して申し訳ないと思うが……お前には〈三日月〉第二班から離脱してもらう」
「……そんな」
目を見開いて硬直する。せっかく仕事を教わったところなのに、それこそ「得体の知れない」わたしを受け入れてくれた場所なのに。そんな思考ばかりが脳内を埋め尽くす。
そこから引き離されてしまったら、わたしには何も残らない。わたしには何もないのだ。記憶もなく、唯一「わたし」を識別する記号である「音島律月」も仮のもの。そんな存在を――誰が信用すると言うのだろう。
「重ねて謝罪するが、次の配属先もこちらで決めさせてもらった」
「……そう。どこに行けばいいの?」
謝罪とは思えないほど淡々とした口調に、こちらも投げやりな口調で返す。雄一郎はしばし目を伏せ、口を開いた。
「音島律月、お前を〈弓張月〉第四班へ配属する。……大崎千波が率いる班だ、お前もやりやすいだろう」
「千波の?」
目を丸くすると、幹部たち――偉そうな奴を除いて――は揃って頷く。頑張って、千秋が囁いた。
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