観月異能奇譚

千歳叶

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第一章 三日月

五日目、急変

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 わたしが〈三日月〉第二班に配属されて四日、その間に日常業務の大半を教わった。各隊の内線の番号やら始末書の書き方やら備品の管理方法やら始末書の提出先やら、教わった内容は無数にある。

 五日目。昼食を終え、午後の業務に取りかかろうとした矢先――けたたましいサイレンが室内を満たした。動揺するわたしをよそに、他の五人は険しい顔つきで内線電話の元に集う。直後電話が鳴り、すぐさま玲が受話器を取った。

「こちら〈三日月〉第二班。……はい、はい……わかりました、すぐ向かいます」

 電話を切ると、玲はわたしたちに向き直る。そして、緊急業務だ、と硬い声を発した。

「異能者による傷害事件が発生、容疑者はここから車で十五分のところにある倉庫に立てこもっている模様」
「異能の種類についての情報は」
「ランクⅡの物体操作、対象物は火。錯乱状態に陥っているという話もある」

 矢継ぎ早に告げられる情報の数々を脳内で処理する。経験したことのない事態でも冷静な思考が残っているのは、棗の教育の賜物だろうか。そこまで嬉しくない。

「既に〈弓張月〉第一班から数名が現場に向かっている。俺たちも急ごう」

 玲の言葉に頷き、わたしたちは駐車場へと駆け出した。

「ところで辻宮、現場にいる人員の名前はわかるか」

 運転席から棗の声がする。助手席の玲が四人の名前を挙げると、棗はわたしに話を振った。

「今名前の出た四人が持つ異能を答えろ」
「突然テストするのやめてほしいんだけど」

 わたしは文句を言いながらも知識を引きずり出す。あの日叩き込まれた情報はあっさりと思い出せた。ちっとも嬉しくない。

磯辺いそべがくがランクⅡの気配遮断、渡会わたらい淳也じゅんやがランクⅢの聴覚強化。藤原ふじわら涼歌りょうかがランクⅢの物体操作、対象物は水。樺倉かばくらみどりがランクⅡの身体強化、強化箇所は四肢」
「正解だ。その情報から、音島ならどう策を講じる?」
「……渡会淳也に偵察を頼み、藤原涼歌と樺倉翠に容疑者と対峙してもらう。背後から磯辺学に奇襲を仕掛けてもらって確保、かな。七彩が偵察の補助、玲と葵が他三人の支援をすればいいと思うんだけど」

 頭をフル回転させて導き出した策は、棗の「六十五点」という言葉にしおしおと萎んでしまった。それなりの自信を持って立てた策だったのだ。

「どうして」
「異能の種類とランクだけを考えるなら及第点だが、お前はそれ以外の情報を持ってるだろ」
「それ以外? ……あ」

 わたしは納得を示す。
 棗が言う「それ以外の情報」とは、彼らが異能暴走を起こした記録だ。渡会淳也と藤原涼歌は異能暴走のマークが緑色だったが、磯部学と樺倉翠は赤色だったはず。付け加えるなら、樺倉翠が異能暴走を引き起こしたのはつい一か月前のこと。

「異能暴走の可能性……」
「そういうことだ。辻宮が異能暴走を鎮める方に回ると、三雲一人でその他の支援をこなすことになる」
「えっ、オレ一人じゃ手が回んないよ!」

 突然名前を出された葵がぎょっとする。棗は「だから六十五点」と改めてわたしに評価を下した。

「質問してもいい?」

 ずっと無言だった七彩が小さく挙手して問いかけると、棗が「何だ」と促す。彼女は「杞憂だといいけど」と前置きした。

「倉庫って何が収納されてるの? 中身によっては、容疑者の狙いが見えるかもしれない」
「確か製粉所の倉庫だった、はず……」

 七彩の問いに答えた玲の顔色が一変する。まさか、と呟き、棗に「可能な限り飛ばして」と指示を出した。

「急いで容疑者を確保しないと。現場の四人だけじゃなくて、周辺にも危害が及ぶ可能性がある」
「了解した。お前ら口を閉じろ、舌を噛むぞ」

 棗は短く命令し、アクセルを踏み込む。ふわっと身体が浮き上がるような感覚と強烈な空気抵抗に耐えるべく、ぎゅっと強く目をつぶった。

 数分後、わたしたちを乗せた車が倉庫に到着する。車を降りたわたしたちを出迎えたのは無精髭を生やした男性と長身の女性だ。

「おう、待ってたぞ」

 無精髭の男性が軽く右手を挙げる。女性は小さく息をつくと「情報を共有したい」と玲に声をかけた。

「わかりました。萩原さん、みんなをお願いするね」
「こいつらも子供じゃないから平気だろ」

 棗がぼそりと呟く。
 玲が女性と話を始めると、無精髭の男性はわたしたちを見て笑った。太陽のように明るく豪快な笑顔だ。できれば緊迫した現場以外で目にしたい顔である。

「お、新人もいるな。軽く自己紹介すると、俺は渡会淳也。さっきの奴は藤原涼歌だ。よろしく頼むぜ」
「よろしく。わたしは音島律月」

 渡会淳也と名乗った男性と握手を交わすと、玲が女性――藤原涼歌と共に戻ってきた。

「簡潔に現状を説明すると、磯部さんと樺倉さんが容疑者の説得を試みているらしい。だが芳しくないようだ」
「そろそろ強行突破を視野に入れる段階だ。〈三日月〉にはその支援を頼みたい……ですよね、渡会さん」

 涼歌の言葉に頷いた淳也は倉庫に視線を向ける。まずいな、と呟くと、険しい表情で涼歌を呼んだ。

「藤原、異能の準備をしろ。磯部が容疑者を怒らせたらしい」
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