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第一章 三日月
訓練前、未知との遭遇
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カレーとドリアとチャーハンとサラダとハンバーグを夕飯に、三つのおにぎりを日付変更直前の夜食に。昨晩コンビニで購入した商品全てを消費した翌朝、わたしは体調を崩すことなく目を覚ました。
ベッドから抜け出して伸びを一つ。今日は例の「訓練」当日だ、二度寝を決め込んで万一寝坊したら目も当てられない。
お腹が空いたな、と思いながらルームウェアを着替える。白いポロシャツと、伸びのよい黒色のクロップドパンツ。昨日よりも動きやすさを重視した服装である。
寮内の食堂で食事を済ませ、わたしは本部へと向かった。出勤だ。
「おはようございます、音島さん。昨日の疲れは残っていませんか?」
本部ビル、ロビーにて。大きなあくびをこぼすわたしに声をかけてきたのは結だった。今日もポニーテールを揺らす彼女からは眠気を微塵も感じない。
「おはよ……。結は元気そうだね」
「体調管理も仕事の内だと七彩ちゃんに教わったので。そうだ、訓練室まで一緒に行ってもいいですか?」
場所の案内も兼ねて。結のそんな提案に乗り、わたしは彼女とエレベーターに乗り込む。押されたボタンは十一階だ。
運のいいことに中には誰もいない。いい機会だと結に質問することにした。
「結って、七彩と仲いいの?」
「はい、小学生の頃からのお友達ですよ」
「そうなんだ。……勝手な印象だけど、七彩って雑談とか好きじゃなさそう」
「確かに話すのは苦手だって言ってましたね。でも人の話を聞くのは嫌いじゃないみたいですよ」
結は失礼な発言をしたわたしに怒ることなく、七彩のイメージを訂正する。勝手な偏見で話してしまった自分が恥ずかしい。
無性に気まずい思いを抱えていると、エレベーターが十一階に到着した。噂をすれば何とやら……とでも言うべきか、開いたドアの先には七彩が立っている。
「七彩ちゃんおはよう!」
「おはよう、結。音島さんもおはようございます」
「お、おはようございます……」
「……敬語?」
偏見を抱いたことへの申し訳なさから、七彩への返答がぎこちなくなってしまった。わたしの罪悪感を知る由もない彼女が不思議そうに首を傾げる。
「いや、そんな話をしてる場合じゃない。二人とも、早く訓練室に来て」
まだ訓練の開始時間ではないというのに急かしてくる七彩を訝しみながら後に続く。乳白色のプレートがついたドアを開けると、室内には無機質でゴツゴツとした黒い物体が鎮座していた。そして、物体の周辺には見覚えのないスーツ姿の男性が三人。
「誰、あの人たち」
「ここの偉い人。でも、どうして訓練室に……?」
七彩が疑問を口にしたと同時に、彼らがこちらへ視線を向けた。その視線は決して好意的なものではなく、こちらを小馬鹿にするような空気を纏っている。
三人のうちの一人、髪を後ろに撫でつけた男はこちらに接近すると「これはこれは」とわざとらしい声を上げた。
「杉崎のご令嬢と藤田のご令嬢ではありませんか。そのような得体の知れない者と行動を共にしてよいのですか?」
「……あんた誰。名乗りもしないくせによく言えるね」
明らかにわたしを侮蔑した言い草だ。人を舐めきった態度に怒りがふつふつと湧き上がる。
もう一言くらいは言ってやらないと気が済まない。一歩前に踏み出たわたしを遮ったのは、男のせせら笑う声だった。
「侵入者の分際で偉そうな口を利くものだな。大崎の庇護下にあるからと図に乗るなよ」
「大崎の……千秋たちの庇護?」
わたしの知っている「大崎」は千秋と千波だけだ。庇護という言葉の正確な意図はわからないが、わたしが彼らに助けてもらったことを指しているのだろうか。
考え込んでいると、男は他二人に命令して訓練室を出ていった。残されたわたしたちは顔を見合わせ、男たちの理解不能な行動に首を捻る。
「何でしょうね? ここに来なければならない用事があったんでしょうか……」
「わからない。けど、いい予感はしない」
「……ねぇ、あいつら何者なの」
戸惑いを露わにする結と七彩。わたしは男によって齎された不愉快さを持て余しながら二人に問いかける。
「四大幹部の一人とその側近。現場の様子に興味ないみたいで、ずっと役員室にいる」
「ふーん。ところで、その『四大幹部』って何?」
説明してくれた七彩に再び質問を重ねると、彼女は淡々とした口調で「四人の偉い人」とだけ答えた。
「それはそうだよ七彩ちゃん……」
「……さっき名前が出てた大崎さんも四大幹部の一人」
困り笑いを見せる結に気づいたのか、七彩はぼそぼそと情報を付け足す。わたしはさらっと追加された情報に目を見開いた。
「えっ、千秋ってそんなに偉い人なの?」
「名前で呼んでるのに知らなかったんだ。大崎さんは四大幹部の一人で、ここの次期代表とも言われてる人」
「本当の偉い人だ……」
七彩の「四大幹部兼次期代表候補・大崎千秋」話に戦慄していると、結がふふっと笑みを漏らす。
「二人とも、楽しいお話の途中ですがそろそろ他の三人も来ますよ」
「わかった。音島さん、さっきまでのことを玲に言わないでくれる?」
「いいけど……さっきまでって、幹部が来たことも含めて?」
確認すると、七彩だけではなく結も頷く。リーダーである玲に隠す理由はわからないものの、配属二日目のわたしに何かが言えるわけもない。わたしは了承を返した。
ベッドから抜け出して伸びを一つ。今日は例の「訓練」当日だ、二度寝を決め込んで万一寝坊したら目も当てられない。
お腹が空いたな、と思いながらルームウェアを着替える。白いポロシャツと、伸びのよい黒色のクロップドパンツ。昨日よりも動きやすさを重視した服装である。
寮内の食堂で食事を済ませ、わたしは本部へと向かった。出勤だ。
「おはようございます、音島さん。昨日の疲れは残っていませんか?」
本部ビル、ロビーにて。大きなあくびをこぼすわたしに声をかけてきたのは結だった。今日もポニーテールを揺らす彼女からは眠気を微塵も感じない。
「おはよ……。結は元気そうだね」
「体調管理も仕事の内だと七彩ちゃんに教わったので。そうだ、訓練室まで一緒に行ってもいいですか?」
場所の案内も兼ねて。結のそんな提案に乗り、わたしは彼女とエレベーターに乗り込む。押されたボタンは十一階だ。
運のいいことに中には誰もいない。いい機会だと結に質問することにした。
「結って、七彩と仲いいの?」
「はい、小学生の頃からのお友達ですよ」
「そうなんだ。……勝手な印象だけど、七彩って雑談とか好きじゃなさそう」
「確かに話すのは苦手だって言ってましたね。でも人の話を聞くのは嫌いじゃないみたいですよ」
結は失礼な発言をしたわたしに怒ることなく、七彩のイメージを訂正する。勝手な偏見で話してしまった自分が恥ずかしい。
無性に気まずい思いを抱えていると、エレベーターが十一階に到着した。噂をすれば何とやら……とでも言うべきか、開いたドアの先には七彩が立っている。
「七彩ちゃんおはよう!」
「おはよう、結。音島さんもおはようございます」
「お、おはようございます……」
「……敬語?」
偏見を抱いたことへの申し訳なさから、七彩への返答がぎこちなくなってしまった。わたしの罪悪感を知る由もない彼女が不思議そうに首を傾げる。
「いや、そんな話をしてる場合じゃない。二人とも、早く訓練室に来て」
まだ訓練の開始時間ではないというのに急かしてくる七彩を訝しみながら後に続く。乳白色のプレートがついたドアを開けると、室内には無機質でゴツゴツとした黒い物体が鎮座していた。そして、物体の周辺には見覚えのないスーツ姿の男性が三人。
「誰、あの人たち」
「ここの偉い人。でも、どうして訓練室に……?」
七彩が疑問を口にしたと同時に、彼らがこちらへ視線を向けた。その視線は決して好意的なものではなく、こちらを小馬鹿にするような空気を纏っている。
三人のうちの一人、髪を後ろに撫でつけた男はこちらに接近すると「これはこれは」とわざとらしい声を上げた。
「杉崎のご令嬢と藤田のご令嬢ではありませんか。そのような得体の知れない者と行動を共にしてよいのですか?」
「……あんた誰。名乗りもしないくせによく言えるね」
明らかにわたしを侮蔑した言い草だ。人を舐めきった態度に怒りがふつふつと湧き上がる。
もう一言くらいは言ってやらないと気が済まない。一歩前に踏み出たわたしを遮ったのは、男のせせら笑う声だった。
「侵入者の分際で偉そうな口を利くものだな。大崎の庇護下にあるからと図に乗るなよ」
「大崎の……千秋たちの庇護?」
わたしの知っている「大崎」は千秋と千波だけだ。庇護という言葉の正確な意図はわからないが、わたしが彼らに助けてもらったことを指しているのだろうか。
考え込んでいると、男は他二人に命令して訓練室を出ていった。残されたわたしたちは顔を見合わせ、男たちの理解不能な行動に首を捻る。
「何でしょうね? ここに来なければならない用事があったんでしょうか……」
「わからない。けど、いい予感はしない」
「……ねぇ、あいつら何者なの」
戸惑いを露わにする結と七彩。わたしは男によって齎された不愉快さを持て余しながら二人に問いかける。
「四大幹部の一人とその側近。現場の様子に興味ないみたいで、ずっと役員室にいる」
「ふーん。ところで、その『四大幹部』って何?」
説明してくれた七彩に再び質問を重ねると、彼女は淡々とした口調で「四人の偉い人」とだけ答えた。
「それはそうだよ七彩ちゃん……」
「……さっき名前が出てた大崎さんも四大幹部の一人」
困り笑いを見せる結に気づいたのか、七彩はぼそぼそと情報を付け足す。わたしはさらっと追加された情報に目を見開いた。
「えっ、千秋ってそんなに偉い人なの?」
「名前で呼んでるのに知らなかったんだ。大崎さんは四大幹部の一人で、ここの次期代表とも言われてる人」
「本当の偉い人だ……」
七彩の「四大幹部兼次期代表候補・大崎千秋」話に戦慄していると、結がふふっと笑みを漏らす。
「二人とも、楽しいお話の途中ですがそろそろ他の三人も来ますよ」
「わかった。音島さん、さっきまでのことを玲に言わないでくれる?」
「いいけど……さっきまでって、幹部が来たことも含めて?」
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