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第一章 三日月
歓待、のち試練〈三〉
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「物体操作は何種類ある」
「五種類」
「正解だ。次、物体操作で操れる物質を全部答えろ」
「……火、水、土、植物……えっと」
「時間切れ、もう一つは金属だ。次――」
鬼だ、鬼がいる。矢継ぎ早に投げかけられる問題に答えながら内心で嘆いた。
半ば意識を失いながら約三百のデータに目を通し終えたわたしに、この鬼は冷酷にも「テストするぞ」と言い放ったのだ。
「――次、ランクⅡの気配遮断を発動した異能者の足音は聞こえるか」
「一般的には聞こえないけど、聴覚強化を発動した異能者には聞こえる」
正解。そんな言葉も遠い。こんな試験じみたやり取りを三十往復はしているのだから仕方ないだろう。
さっさと解放してほしい。そんな願いが通じたのか、棗は「次で最後だ」と宣言した。
「異能暴走の概要と、その際の対処法。二つ答えろ」
「えっと、疲労やストレスが蓄積されることで異能が制御できなくなるのが異能暴走。対処法は……」
「五、四、三、二……」
「調停! 調停の異能者が暴走者に触れることで対処可能!」
無情なカウントダウンに急かされながら解答を絞り出す。わたしの答えを聞いた棗は腕組みした。
「……八十五点だな。不合格とは言わないが、満点はやれない」
「なんで」
不満を隠すことなくぶつけると、棗は何度か瞬きして「わからないのか?」と返してくる。その顔から悪意のようなものは読み取れず、彼が本心から不思議がっているのがわかってしまった。
「仕方がない、ヒントだ。白萩大異能研究チームの論文、二十一ページ」
「ページ数で言われても覚えてな……あ」
「思い出したじゃないか」
わたしは頷き、叩き込んだ知識を脳内から引きずり出す。
「ランクⅢの調停なら、暴走者に接近するだけで異能暴走を鎮められる」
「その通り。まぁ、それなりには把握したようで安心した」
及第点とのお達しに安堵した。これでこの地獄から抜け出せる。
「じゃあ次に行くぞ」
「……はぁ?」
聞こえた言葉に耳を疑う。あまりの衝撃に、他者に向けるにはあまりにも敬意のない声が漏れてしまった。
「さっき『次で最後』って言ってたでしょ。嘘だったの?」
「人聞きの悪いことを言うな」
棗は無表情のまま反論してくる。わたしはそれに負けじと目を細めて見返した。
「嘘、ついたでしょ」
「ついてない」
「往生際が悪い。嘘ついたって認めなよ」
「……嘘は言ってない」
視線を逸らした棗がなおも言い訳を続ける。睨みつけ、さらに追及しようと口を開くと。
「さっきの発言は『出題は次で最後』という意味だ。テストが終わったから、次は本題……支援立案についての説明をしようと思っていた」
わかりづらい言い回しをして悪かった。謝罪の言葉はまっすぐ目を合わせて告げられる。
真正面から謝られてしまったら、わたしも引き下がるしかない。そもそも棗は職務上必要な知識を教えてくれているだけなのだから。
「わたしこそごめん。棗は現場で身を守るために重要なことを教えてくれてたのに、疲れたからって嘘つきとか鬼とか思ってた」
「待て、お前俺を鬼だと思ってたのか」
「口が滑った、それもごめん」
「おい」
軽く睨まれた。わたしはもう一度「ごめん」と謝り、話を本筋に戻す。
「それで、支援立案の話だったよね」
「あぁ、そうだ。……だが説明を始める前に休憩を取れ。昼の休憩が終わってから三時間ぶっ続けだったからな」
「そんなに経つ?」
わたしは視線を時計に向けた。棗の言葉を疑うわけではないが、朧気な意識で知識を詰め込んでいたせいか時間の感覚が曖昧になっているのだ。
疲弊した目を擦り、机上の小さなデジタル時計の数字を読む。時刻は午後四時、棗の言う通り三時間が経過していた。
よいしょ、そんなかけ声と共に立ち上がる。凝り固まった肩をほぐし、軽く水分と糖分を補給した。しかしわたしの胃袋は「徳用チョコ一粒では全然足りない」と騒ぎ続けている。
「棗、何かご飯とか残ってない? お腹空いた」
「ここには一口で食えるものしか置いてない」
「お腹空かないの?」
「作業の邪魔になるだろ。どうしても食いたい物があったら食堂行くしな」
何か食いに行くのか? その問いには首を振った。彼の作業時間をわたしに割いてもらっている以上、無駄な時間を取らせてはいけない。わたしは心を入れ替えたのだ、多分。
「もう一つだけチョコ食べたら説明していいよ。終わってからたくさんご飯食べる」
「そうか」
頷く棗を横目にチョコを口へ放った。もぐもぐと咀嚼して飲み込む。
「食べ終わった」
「よかったな。説明始めるぞ」
棗は彼専用らしき端末を手に取り、わたしにあるアプリを起動するように指示した。
「五種類」
「正解だ。次、物体操作で操れる物質を全部答えろ」
「……火、水、土、植物……えっと」
「時間切れ、もう一つは金属だ。次――」
鬼だ、鬼がいる。矢継ぎ早に投げかけられる問題に答えながら内心で嘆いた。
半ば意識を失いながら約三百のデータに目を通し終えたわたしに、この鬼は冷酷にも「テストするぞ」と言い放ったのだ。
「――次、ランクⅡの気配遮断を発動した異能者の足音は聞こえるか」
「一般的には聞こえないけど、聴覚強化を発動した異能者には聞こえる」
正解。そんな言葉も遠い。こんな試験じみたやり取りを三十往復はしているのだから仕方ないだろう。
さっさと解放してほしい。そんな願いが通じたのか、棗は「次で最後だ」と宣言した。
「異能暴走の概要と、その際の対処法。二つ答えろ」
「えっと、疲労やストレスが蓄積されることで異能が制御できなくなるのが異能暴走。対処法は……」
「五、四、三、二……」
「調停! 調停の異能者が暴走者に触れることで対処可能!」
無情なカウントダウンに急かされながら解答を絞り出す。わたしの答えを聞いた棗は腕組みした。
「……八十五点だな。不合格とは言わないが、満点はやれない」
「なんで」
不満を隠すことなくぶつけると、棗は何度か瞬きして「わからないのか?」と返してくる。その顔から悪意のようなものは読み取れず、彼が本心から不思議がっているのがわかってしまった。
「仕方がない、ヒントだ。白萩大異能研究チームの論文、二十一ページ」
「ページ数で言われても覚えてな……あ」
「思い出したじゃないか」
わたしは頷き、叩き込んだ知識を脳内から引きずり出す。
「ランクⅢの調停なら、暴走者に接近するだけで異能暴走を鎮められる」
「その通り。まぁ、それなりには把握したようで安心した」
及第点とのお達しに安堵した。これでこの地獄から抜け出せる。
「じゃあ次に行くぞ」
「……はぁ?」
聞こえた言葉に耳を疑う。あまりの衝撃に、他者に向けるにはあまりにも敬意のない声が漏れてしまった。
「さっき『次で最後』って言ってたでしょ。嘘だったの?」
「人聞きの悪いことを言うな」
棗は無表情のまま反論してくる。わたしはそれに負けじと目を細めて見返した。
「嘘、ついたでしょ」
「ついてない」
「往生際が悪い。嘘ついたって認めなよ」
「……嘘は言ってない」
視線を逸らした棗がなおも言い訳を続ける。睨みつけ、さらに追及しようと口を開くと。
「さっきの発言は『出題は次で最後』という意味だ。テストが終わったから、次は本題……支援立案についての説明をしようと思っていた」
わかりづらい言い回しをして悪かった。謝罪の言葉はまっすぐ目を合わせて告げられる。
真正面から謝られてしまったら、わたしも引き下がるしかない。そもそも棗は職務上必要な知識を教えてくれているだけなのだから。
「わたしこそごめん。棗は現場で身を守るために重要なことを教えてくれてたのに、疲れたからって嘘つきとか鬼とか思ってた」
「待て、お前俺を鬼だと思ってたのか」
「口が滑った、それもごめん」
「おい」
軽く睨まれた。わたしはもう一度「ごめん」と謝り、話を本筋に戻す。
「それで、支援立案の話だったよね」
「あぁ、そうだ。……だが説明を始める前に休憩を取れ。昼の休憩が終わってから三時間ぶっ続けだったからな」
「そんなに経つ?」
わたしは視線を時計に向けた。棗の言葉を疑うわけではないが、朧気な意識で知識を詰め込んでいたせいか時間の感覚が曖昧になっているのだ。
疲弊した目を擦り、机上の小さなデジタル時計の数字を読む。時刻は午後四時、棗の言う通り三時間が経過していた。
よいしょ、そんなかけ声と共に立ち上がる。凝り固まった肩をほぐし、軽く水分と糖分を補給した。しかしわたしの胃袋は「徳用チョコ一粒では全然足りない」と騒ぎ続けている。
「棗、何かご飯とか残ってない? お腹空いた」
「ここには一口で食えるものしか置いてない」
「お腹空かないの?」
「作業の邪魔になるだろ。どうしても食いたい物があったら食堂行くしな」
何か食いに行くのか? その問いには首を振った。彼の作業時間をわたしに割いてもらっている以上、無駄な時間を取らせてはいけない。わたしは心を入れ替えたのだ、多分。
「もう一つだけチョコ食べたら説明していいよ。終わってからたくさんご飯食べる」
「そうか」
頷く棗を横目にチョコを口へ放った。もぐもぐと咀嚼して飲み込む。
「食べ終わった」
「よかったな。説明始めるぞ」
棗は彼専用らしき端末を手に取り、わたしにあるアプリを起動するように指示した。
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