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◆第二章◆
Episode12: 精神崩壊
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電灯の一つもない、暗い階段を下る。
「カビくせぇ」
何も表面処理をされていないコンクリートの壁は、ところどころから地下水が浸透して湿っていた。
三十段ほどは下っただろうか。階段の一番下と思われる場所には、鉄扉があった。
ガチャリとノブを回して押してみるが、扉はやけに重かった。
「なんか引っかかってるな」
少し開いたところに、何か障害物があるようだ。
「結良、ちょっと手伝ってくれ」
二人掛かりで押すと、無事に扉が開いた。
「何かあっても困りますので、ここからは私が先導致します」
一足先に扉内部に踏み込んだ使用人が、すぐに足を止めた。
「ご……ご主人様!?」
使用人があわてて駆け寄った先には、義父が倒れていた。
ドアの前にあった障害物とは、義父だったのだ。
「し…………ん……じ」
「シ……ンジ………は………何処……だ」
「おい! お義父様!」
肩を揺すってやるも、正気に戻る様子は無い。
しかも……どうやら"シンジ"とやらをを探しているらしい。
それがあのシンジなのか……少なくともこの状態では聞けないだろう。
結良の軟禁――いや、もはや監禁なのだが、その件も分からずじまいだ。
「畜生、なんだってんだ」
山ほど問い詰めたいことがあるというのに、これでは無理じゃないか。
焦点の定まらない虚ろな目。まるで、薬をキメた連中か、精神異常者のそれだった。
義父を背負って階段を駆け上がる。
しかし、階段の入り口――大理石テーブルの隠し扉は閉まっていた。
「勘弁してくれ……。おい、支倉!」
上に残しておいた使用人の名前を呼ぶ。
「玲二様! ご無事ですか」
「ああ。ところでこれはなんだ」
「時間が経つと自動で閉まるようになっているみたいです!」
「電気仕掛けか」
「ええ」
「まあいい、俺は下から力入れるから、お前も頼むぞ」
「それなんですが、テーブルの天板の下にスイッチがありました」
その言葉のあと、力ずくで開けたときと同じゴゴゴっという音とともに、ゆっくりと光が差し込んできた。
「なんちゅう仕掛けだ……」
俺が機転を利かせて支倉を残しておかなければ、最悪俺たちは全員で閉じ込められていたかもしれない。
まあ、もっとも下の家にも出入口がある可能性もあるのだが――隠し部屋の都合上、その可能性は低いだろう。
残りの階段を上がる。
「支倉、病院に電話してくれ」
「病院ですか……って! ご主人様!?」
背中の義父を見て驚く。相変わらずシンジがどうたら、とボヤいている。いい加減怖い。
「まあこの通り生きてはいるみたいだ。どっかイカれてるかもしれないがな」
「……すぐに病院へ電話してまいります」
既に午前2時を回っていた。どこか24時間診療の病院があればいいのだが……。
* * *
元クロノス幹部ということもあり、組織の所管する診療所――このフロントの中では一番腕の立つ医者を集めた診療所で診てもらえることになった。
「うーん、これは重度の精神疾患ですかね。 もしかすると痴呆症や鬱もあるのかもしれませんが……これ以上は何とも」
「先生でもわからないんですか?」
「特に病歴も無いようですしね、急にということならば、精神的に強いダメージを受けた可能性が高いとは思いますが……詳しい検査ができませんので何とも言えません」
地上時代、人間は発達した医療を持っていた。
機械を使って身体や脳を検査し、判明した病を治す様々な薬もあったという。
しかし、工業の絶えた現在のジオフロントには、先進的な医療機器も、ノウハウも現存しない。
結局、腕の良いといわれる医者ですらこれが限界なのだ。
せめて定期的に医者に掛かっていれば別だったのかもしれないが、残念ながら現状からは病名判断ができないらしい。
「しばらくは安静にしておいたほうがいいでしょう。急に暴れだす可能性もありますし、落ちると骨折の危険もありますから、ベッド等に寝かす場合はガードか固定ベルトは忘れないようにしてください」
疲れたのか、やっと口を噤んだ義父を背負って、自宅へと戻る。
「オヤジ……あんた、一体何者なんだ」
クロノスの元幹部で、俺を十年前に拾った男。
――のみならず。
実は俺とほぼ同時に結良を拾っていて、そのことは俺を含め誰にも明かさず。
そして、”シンジ”を探している――。
むろん、どんな事情があるにせよ、下層で腐りかけていた俺を拾ってくれたことには感謝している。
だが……。
「俺はますますあんたの事が分からなくなったよ」
「カビくせぇ」
何も表面処理をされていないコンクリートの壁は、ところどころから地下水が浸透して湿っていた。
三十段ほどは下っただろうか。階段の一番下と思われる場所には、鉄扉があった。
ガチャリとノブを回して押してみるが、扉はやけに重かった。
「なんか引っかかってるな」
少し開いたところに、何か障害物があるようだ。
「結良、ちょっと手伝ってくれ」
二人掛かりで押すと、無事に扉が開いた。
「何かあっても困りますので、ここからは私が先導致します」
一足先に扉内部に踏み込んだ使用人が、すぐに足を止めた。
「ご……ご主人様!?」
使用人があわてて駆け寄った先には、義父が倒れていた。
ドアの前にあった障害物とは、義父だったのだ。
「し…………ん……じ」
「シ……ンジ………は………何処……だ」
「おい! お義父様!」
肩を揺すってやるも、正気に戻る様子は無い。
しかも……どうやら"シンジ"とやらをを探しているらしい。
それがあのシンジなのか……少なくともこの状態では聞けないだろう。
結良の軟禁――いや、もはや監禁なのだが、その件も分からずじまいだ。
「畜生、なんだってんだ」
山ほど問い詰めたいことがあるというのに、これでは無理じゃないか。
焦点の定まらない虚ろな目。まるで、薬をキメた連中か、精神異常者のそれだった。
義父を背負って階段を駆け上がる。
しかし、階段の入り口――大理石テーブルの隠し扉は閉まっていた。
「勘弁してくれ……。おい、支倉!」
上に残しておいた使用人の名前を呼ぶ。
「玲二様! ご無事ですか」
「ああ。ところでこれはなんだ」
「時間が経つと自動で閉まるようになっているみたいです!」
「電気仕掛けか」
「ええ」
「まあいい、俺は下から力入れるから、お前も頼むぞ」
「それなんですが、テーブルの天板の下にスイッチがありました」
その言葉のあと、力ずくで開けたときと同じゴゴゴっという音とともに、ゆっくりと光が差し込んできた。
「なんちゅう仕掛けだ……」
俺が機転を利かせて支倉を残しておかなければ、最悪俺たちは全員で閉じ込められていたかもしれない。
まあ、もっとも下の家にも出入口がある可能性もあるのだが――隠し部屋の都合上、その可能性は低いだろう。
残りの階段を上がる。
「支倉、病院に電話してくれ」
「病院ですか……って! ご主人様!?」
背中の義父を見て驚く。相変わらずシンジがどうたら、とボヤいている。いい加減怖い。
「まあこの通り生きてはいるみたいだ。どっかイカれてるかもしれないがな」
「……すぐに病院へ電話してまいります」
既に午前2時を回っていた。どこか24時間診療の病院があればいいのだが……。
* * *
元クロノス幹部ということもあり、組織の所管する診療所――このフロントの中では一番腕の立つ医者を集めた診療所で診てもらえることになった。
「うーん、これは重度の精神疾患ですかね。 もしかすると痴呆症や鬱もあるのかもしれませんが……これ以上は何とも」
「先生でもわからないんですか?」
「特に病歴も無いようですしね、急にということならば、精神的に強いダメージを受けた可能性が高いとは思いますが……詳しい検査ができませんので何とも言えません」
地上時代、人間は発達した医療を持っていた。
機械を使って身体や脳を検査し、判明した病を治す様々な薬もあったという。
しかし、工業の絶えた現在のジオフロントには、先進的な医療機器も、ノウハウも現存しない。
結局、腕の良いといわれる医者ですらこれが限界なのだ。
せめて定期的に医者に掛かっていれば別だったのかもしれないが、残念ながら現状からは病名判断ができないらしい。
「しばらくは安静にしておいたほうがいいでしょう。急に暴れだす可能性もありますし、落ちると骨折の危険もありますから、ベッド等に寝かす場合はガードか固定ベルトは忘れないようにしてください」
疲れたのか、やっと口を噤んだ義父を背負って、自宅へと戻る。
「オヤジ……あんた、一体何者なんだ」
クロノスの元幹部で、俺を十年前に拾った男。
――のみならず。
実は俺とほぼ同時に結良を拾っていて、そのことは俺を含め誰にも明かさず。
そして、”シンジ”を探している――。
むろん、どんな事情があるにせよ、下層で腐りかけていた俺を拾ってくれたことには感謝している。
だが……。
「俺はますますあんたの事が分からなくなったよ」
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