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序章

黒羊の刻、中庭にて 『年代記 赤き衣の王と金色の道』

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 酷い頭痛に目をしかめる。首や腰が酷く痛み、手には痺れが残っていた。明るさに慣れず瞼の裏に軋むような痛みがある。
 どうやらベッドの上のようだが体が軽く揺れている。部屋の中には一人よく見慣れた服を着た男が立っていた。
 
 男はベッドの人物が目覚めたことに気づくと、慌てた様子で部屋から飛び出していく。少しうるさそうに彼女はもう一度目を閉じた。酷く疲れていたこともある。ベッドに寝ている女はファルキアであった。
 
 若い兵士が飛び出てからしばらくすると、静かに扉が開くのが分かった。ベッドに座る人物がファルキアの顔を覗き込んでいる。ファルキアはその顔を見つめると急速に覚醒した。

「ロシェ・・・・様」
「おはよう。気分は‥‥良いわけがないな」
「私はどうして‥‥ここは」
「船だよ。今はローハンに向かっておる」

 ファルキアはロシェの顔をみてさめざめと泣き始めた。
 任務に失敗したことをいまさらながらに思い出したのである。黄玉を手に入れることもその真理に触れることもできなかった。
 中つ国に黄玉の力は取り戻せないであろうと思うと彼女は泣くしかなかった。
 
 子供のよう鼻水を流しながら泣くファルキアの頭をロシェは撫でている。

「お前が無事でよかった」
「ごめんなさい、ごめんなさい。貴方の。貴方のお役に立てなかった」
「なに。失敗したのはお前じゃないさ。話を持ち込んだのはモーロ叔父だ。気に病むことはないよ。
しかしあそこで何があった? お前が倒れていた沼に沈んだ遺跡。あんなものがどうしてあんなところにあったのだ?」

 ファルキアは黄玉の探索で起きたことの全てをロシェに伝えた。
 モーロがグラムに殺されたことを聞いたときロシェは険しい顔を隠さなかった。オルギン家が身内のことになるとしつこく面倒なことをロシェは良く知っている。
 彼らにとっては身内の死すらも損得勘定の対価にしか思っていない。間違いなくモーロの死を最大圏に利用してくるのが予測できた。

「遺跡は沼ではなかったのだな‥‥大地を揺らしたのかあの黄玉の力で」
「はい、地震が起こると地下の水と混ざり大地が平らになるのです。そしてそこへ津波がくる。それであそこは沼になったのです」
「恐ろしい力だな‥‥石とは」
「‥‥ロシェ様、どうした私は無事だったのでしょう? 遺跡の中からの記憶が無いのです」
「お主を見つけたときにはローハンの兵士と一緒であったよ。ゲンツという兵士がお主を遺跡の上で見つけたのだが、我らが港に来るまで動けなかったようだ。
三日ほど十人ほどで遺跡の中で過ごしていたそうだ。食料などは黄玉を目覚めさ‥‥いや。やつの話だと封じたものたちに渡されたと言っていた。ところで‥‥」

 ファルキアが疑問を考える前にロシェは机の上から石板を取り上げる。

「どうだ? 読めるか? 遺跡の中に大量にあったものをとりあえず全て持ち出したのだが」

 ファルキアは青石の文字は読める。しかしそこに書かれていたものは読めないはずであった。ファルキアの頭の中で高い音と低い打撃音が響き頭痛に襲われる。
 そして頭痛を我慢しながら石板を覗き込むと、だんだんと頭が晴れて澄みきってくるのを感じた。

「黒鉄を熱し、叩き鍛えれば黒鉄の不純物が吐き出される‥‥」
「なんと! ファルキアお前」

 興奮を隠しきれずロシェがファルキアの頭を抱きしめた。ロシェはこの時ローハンに新しき知恵を手に入れたのであった。



 ファルキアが疲れて眠るまでロシェはベッドの横にいた。彼女が寝息を立てるのを確認すると部屋を後にする。自らの執務室になっている船の船室に入った。ロシェを乗せるスカージの軍船は三百人以上乗っている巨大な櫂船であった。
 
 執務室の扉を開けるとかなり広い。中ではゲンツが立っていた。そしてその奥の豪華な客間に、二人の男がソファーに座っている。 
 ゲンツは遺跡から救い出されてから、しばしばロシェに話を聞かれているのである。そして奥に座る客の一人は白髪頭の老人と、髭を蓄えた逞しい男であった。客はダンとメルギンであった。
 
 二人が乗り込んでいるのには理由がある。
 イェンライのワルダーナ家は軍港が沼に沈んだあとすぐにロシェに動きを掴まれてしまっていた。アル・エインの対岸に作った村へ逃げ込んだのだが、すぐにロシェの子飼いの兵が差し向けられ、メルギンは戦をすることなく降伏した。無駄な血を流すことを良しとしなかったのである。ロシェのほうもワルダーナ家の宗族に対し軍港の件を問わなかったこともあった。
 
 しかし不問にするかわりにこの遠征にメルギンを追行させることを条件としていた。ロシェにとっては黄玉の探索は重要事項であり、モーロの動きも管理しなければならなかった。
 そしてなによりもメルギンに聞かねばならぬことが多すぎたのである。ロシェはこの一件の全体像を把握しきれていなかった。

「座ったままで、ゲンツ百人長お主も座りなさい」

 ゲンツは大きなテーブルの前に椅子を置き話の輪に加わる。テーブルの上に数本の木簡が置かれた。

「これは?」

 ダンが腕を組んだままロシェに向きなおる。遠征に連れてこられ、十日近くも部屋に軟禁されていていきなり呼びつけられたことが、気に入らなかったのであろう。
 
「グラムという古文書研究をしていた男が持っていた物です。ワルダーナ卿この男の名前に聞き覚えは?」
 
 メルギンは少し困った顔をした。

「グラムディア・スタルメキア・ローンじゃな? 大祖父様から聞かされておる」
「やはり、黄玉の一件ワルダーナ家が画策したものでしたか?」

 すこし悪戯っぽくロシェはメルギンに笑いかける。しかしメルギンはロシェの考えを見抜いたように言った。

「ワルダーナが? それは少し思い違いだ、殿下。この一件は大祖父様が仕込まれたものよ」

 ロシェは笑いを止めた。あまりにも途方もない話になってきていた。

「それはどういう。ワルダーナ卿のお考えではないと」
「そうじゃ。仕込んだのは老ギャラハンじゃ」
「はっ! それはまた大それたことを」
「いいや。わしは直接大祖父様にこの話を告げられた一人じゃからな。殿下もスタルメキアの正統王家の男も、モーロ将軍も黄玉を追ったものはみな大祖父様の掌の上で踊っていたにすぎぬ」
「それはどういう意味でしょうな」

 戸惑いの色をロシェは隠してメルギンのほうを見つめる。メルギンの口から黄玉にまつわる一計が語られ始めた。

「ことの発端は青石を封じたことでもあるし、そもそもゴウンから大祖父様とハーン王が逃げ出したところまでさかのぼるともいえる。すべて予言されたなどと巷では言われているのだろうな。それもまた真実とはいいがたい」

 ロシェは椅子に腰を下ろした。

「スタルメキアの民のために宝玉はあるのではないと?」

 メルギンはむっつりとして頷く。

「宝玉は誰を選んでいるわけでもないそうじゃ。これは大祖父様の話だがな。
つまりいつどこで宝玉を目覚めさせる声の主が生まれるかは誰にもわからない。しかしその力は強大だ。世界の均衡を崩すほどに。そこでユーリア王妃は正しい音律を残したのじゃ」
「それがユーリアの歌集‥‥」
「その通り。ユーリアの歌集には古代人が宝玉を動かすための音律が含まれておる。なぜ声にその力が宿るのかはわからんのだがな。
 ユーリア王妃もハーン王も石の力をむやみに使うことには、最後までためらっておられたそうだ。時間をかけゆっくりとその力を制御できるようにならなければ、破滅に向かうと考えていたようじゃ」

 ロシェはメルギンの言葉にいちいち頷く。思うところがあるのだろう。
 長らく青石がもたらした技術や知識をスカージ家は知らずにいた。それがここ数年のうちにサルビム人を中心に知られるようになってきている。
 そのころからスカージ家は石に対する執着が強くなっていたのである。ロシェ自身使っている遠距離通信もその一つであった。
 
 すでに石板に書かれた素朴な手工業の知識だけではなく魔術の類も石を媒体にして確立しつつある。それをスカージ家は独占することがこの度の黄玉探索の真意であった。
 モーロが強くねじ込んできたことが後押しにはなっていたが、ロシェの調べたところでは、オルギン家全体がこの件に関しては動いている形跡があった。
 
 ロシェはローハンにおける利権の奪い合いと暗躍については黙っていた。メルギンに話したところでこの老人にはなんの意味もない事である。

「殿下、神の台座に昇り長き尾を持つ蛇の神託を受けたものが誰かご存知かな?」
「ハーン王に仕えた五家、今ワルダーナ家と名乗っているが本来はその五家は別の宗族でしたかな。その五人だと聞いていますが‥‥」
「その部分も真実は異なりますな。ハーン王とユーリア王妃に最後まで付き従ったのは老ギャラハンともう一人だけだったそうです。
最後の一人、五家の中では一番若く他の者よりも十も離れたいたらしい。その人物の名はムスビ・アーマという」

 ゲンツが少し疑わし気な声をだした。
 ほとんど伝説上の人物で、確かにハーン王に仕えたとうい伝承も残っているが、そのほとんどが巷に流布する英雄譚でしか確認できない人物である。メルギンの話はおとぎ話じみて聞こえた。
 ロシェはその話を真剣に聞いた。

「たしかにアーマがローハンを出奔した理由がいまだにわかっていませんな。吟遊詩人の歌の中にもその答えはなかい」

 メルギンは深く息を吐き、話を続けた。

「ムスビ・アーマが出奔した理由それはムスビとアステア様との関係にあった。アステア様とムスビは歳こそ離れていたが人知れず愛し合っておられた。
 三頭王になられる前の話で、アステア様がまだ十代半ばのころの話じゃ。そのころにはハーン王は亡くなられて、メクセレス王がユーリア王妃の補佐で統治して居ったころじゃ。この時に五家は外戚の地位を争い始めた」 

 ロシェは意表を突かれた。今ワルダーナを名乗っている五家が外戚争いをしていたとは初耳である。

「もちろんメクセレス王のお相手争いが五家。いや正確には三家の問題ごとになっていた。
 三家つまりファンツール家、モリア家、エレム家は誰が王妃を出すのかということで、骨肉の争いを始めた。ハーン王が比較的早くに亡くなられたことも大きかったのであろうな。
 メクセレス王のご成婚は揉めに揉めていたが、その中でアーゲン王に双子が生まれた。お相手はエレム家の庶子だったそうだ。その後エレム家は、アーゲン王の後ろ盾になっていった」

 眩暈がするほど複雑なローハンの暗部であった。ゲンツにいたっては話が整理できなくてまばたきを繰り返している。

「そんな状況でアステア王女とムスビ・アーマが祝福されるわけがないと」
「その通りですな、殿下。二人の間は一部の者しか知らない秘密でした。大祖父様はユーリア王妃が娘のことで心を痛めていたのを一番近くで見ていたのです」
「そこでムスビ・アーマが身を引いてローハンから出奔した‥‥そういうことですね」
「ご明察の通りでございます。ムスビは愛するアステア様を捨てローハンを捨て、建国の功績を捨て自由になることを選んだ。
 そのあと彼がどうなったかはわかりません。しかし彼がローハンを離れる理由というか言い訳がもう一つあった」
「言い訳?」
「黄玉のこと‥‥いや黄玉を封じるために必要なもう一つの媒体。それを探す旅に出たのです」
「媒体ですか‥‥」
「そう媒体としか言いようがない。大祖父様はそういわれた。青石を封じるとき神の台座には青石と共にハーン王の剣が使われた。そうそう青石の支柱石がどこから発見されたか殿下はご存知かな?」
「‥‥確かに言われてみればそのようなこと考えたこともありませんでした」
「青石の結晶。つまり支柱石と呼ばれる石はローハンのジャナス湖から見つかったのですよ。
 そして媒体のハーンの剣はゴウンの遺跡にあったものをハーン王が盗掘したものだったそうです」

 偶然としか言いようがない事実の数々である。
 しかし話の内容を吟味すればハーン王の剣がハーン王ではない誰かが手にしていても不思議ではないし、青石もまた誰か違うものの手に渡っていた可能性もあった。石はスタルメキア人を選んだわけではない。たまたまハーン王のもとに集っただけなのである。

「話をローハンのお家騒動に戻しましょう。メクセレス王の王妃はファンツール家とモリア家の争いになりつつあったのですが、ここで問題が起きた」
「スカージ家がローハンに移住してきた‥‥」
「大祖父様は反対だったそうです。自分が一番スカージとオルギンの正体を知っているだけに。
 しかしユーリア王妃は惨めな棄民の子供の姿を見て、受け入れを決めたそうです。アーゲン王がお身体を悪くし、アステア様がムスビと別れた後、アーゲン王の双子の行く末を案じて被保護者になり、発言力を持つため相続を主張したのもこのころです」
「そして三人の王の統治が始まったと‥‥」
「ええ。しかしスカージ家はすぐに大祖父様との関係を利用し始めた。そして自分たちもメクセレス王の王妃選出争いに乗り出してきた。そして当時のモリア家の宗主と一人娘のアカシア・モリアが不審な火事で死んだ‥‥」

 ロシェは息を飲んだ。モリア宗家が滅んだのはファンツールの陰謀であると公式にはされているが、その実スカージ家がオルギン家を使って行ったことであった。
 目の前の老人はそのことを知っている。ロシェの感がそう告げている。

 この陰謀話をでっちあげて、スカージはファンツールの追い落としを行ったのである。真犯人が冤罪者を糾弾したという笑えない真実が隠されていた。ましてやメルギンは本来ファンツール家の出自に連なっている。
 メルギンの視線がロシェを射抜いている。

「モリア宗家の不審死をファンツール家の責任に転嫁したのはスカージ家でした。そしてファンツール宗家もまたスカージとオルギンによって断絶させられた。メクセレス王に強い判断力があれば、スカージやオルギンの声しか聞かないなどということもなかったでしょうが」

 ロシェは腕を組んで押し黙っている。メルギンの話を受けてゆっくりと口を開いた。

「そしてスカージがメクセレス王の王妃を出した‥‥」
「そしてメクセレス王の血統は途絶え、外戚としての相続権がスカージに残った。まぁそういうわけでございます殿下。
 しかしアーゲン王の血統は秘密裡に残され、サウル盆地と大祖父様の非保護下に入っていたことまではわからなかった。アステア様が婚姻をされなかった理由もここにあるわけです。
 王女に子が生まれれば、またスカージとオルギンの魔手が伸びてくるのが分かっていたからにほかなりませぬ。そのなかでアーゲン王の双子が明るみになれば、どうなるかは明白」

 ロシェは疲れたように大きく息を吐き出した。老人のスカージに対する恨み辛みを一人で受けるのは、流石のロシェにも堪えた。
 
 ロシェはどこか腑に落ちないものを持っていた。なぜ老ギャラハンはこのような陰湿で信用できない家同士の関係の中で、ユーリア王妃やアステア王女の信頼を勝ち得て秘密を共有できたのか?そしてなぜ彼だけが黄玉のことを知り得たのかという疑問である。
 
 ロシェの難しい顔をメルギンはじっと見ている。ロシェはその眼差しを受けながら形のいい顎に指を当てて擦っていた。

「なぜ‥‥なぜ老ギャラハンはこれほど乱れたローハンの王室の中で、王妃の信頼を得ていたのか‥‥」
「さすがに何世代も経つとわからなくなるものですな」
「それは如何なることで?」
「大祖父様が王家に信頼されておったわけはスカージ家の所業が理由でございますよ」

 ロシェは顎に指先を当てたまま不思議そうにメルギンを見ている。

「ローハンにスカージが移住した時には大祖父様を追い出した者たちはみないなかったそうで、知らなくても無理はないでしょうな。大祖父様は子供が作れぬ体であったのですよ。
 一度奴隷として売られたのをご存知だと思いますが、そのとき正確には大祖父様の御父上が亡くなり宗族が移ったその晩だったそうですが、スカージとオルギン家は何も無くなった大祖父様に対して、面白半分に拷問をしましてな。男性器を切り落とされてしまったそうです。
 胴腹の姉君もそのときさんざんに凌辱を受けて死んだと教えられました。それゆえスカージとオルギン家に対する恨みは、我々などよりはるかに大祖父様のほうが強かった」

 あまりにも衝撃的で忌まわしい事実がそこにあった。少なくともロシェにとっては受け入れがたいものである。おそらく祖父のギレルモですら事実は知らないであろう。
 それだけにギャラハンがスカージ家を受け入れた後の動きには矛盾が多かった。確かにオルギンに対しては排他的な部分もあったが、スカージはけして冷遇されていたとは言い難いとロシェは受け止めていた。

「なぜ…老ギャラハンのやりようはあまりにも」
「わかりませぬか? そうでしょうな。損得などであの御仁を量るのは難しい。大祖父様は、ハーン王はもとよりユーリア王妃、アステア王女全てを看取られたのですよ。その中で一つのことをご自分で誓われたのです。 恨みを捨ててまでそのことを生きる糧とされた。
 つまりは、残る宝玉は友とその子孫の幸せのために継ごうとされわけです。
 ムスビ・アーマと離れなければならなかったアステア様のために全てを秘密にした。それに必ずムスビが黄玉を目覚めさせる触媒を見つけ出すと信じておられた。そして黄玉の支柱石がイェンライの窪地の地下宮殿で見つけ出された‥‥」

 一度すべてを失い。生ける屍となった男がもう一度奮い立つ姿がロシェにも想像できた。
耐え忍びどす黒く消えることのない肉親への恨みを抱いた男の狂気がそこにあった。
 
 モーロが黄玉を追い求めなければ、おそらく黄玉の支柱石は、世に出ることもなく忘れ去られていたであろう。しかし存在が分かってしまえば追い求めてしまうことになる。

 追えば必ずギャラハンが仕掛けた迷宮に迷い込み、そしてスカージが支配するローハンには黄玉が受け継がれることはない。さらに言えば、ギャラハンはこの目論見のためにおそらくイェンライに入植した五家の子孫を犠牲にすることも考えていたはずである。

「恐ろしい執念です」
「ええ。わしも大祖父様から聞かされた時に覚悟を決めました。石を目覚めさせ封じるということは石の結晶化の奥義を手に入れたということだと大祖父様はおっしゃられた。
 石がスカージやオルギンの物にならず、持つべき人の手に渡ったのであれば思い残すことはありませぬよ。どうぞお好きなようになさってくだされ。イェンライに縁を持つ者は、皆覚悟は出来ておりますゆえ」

 ロシェは心を乱されてはいたが、逆に頭はさえわたっていた。
 おそらくワルダーナ家を中心とするイェンライの宗族に対してローハンのスカージと、オルギンは復讐をする。とくにオルギンはモーロの死を最大限に主張するであろう。どういう末路が待っているかロシェにはわかっている。
しかしこの民を見捨てることをどうしてもロシェの良心が許さなかった。

「わかりました。この一件私が引き受けましょう」

 ロシェはこの一言を伝えるのが精いっぱいであった。そして彼はこの約束を死ぬまでたがえることなく守り秘匿していくこととなるのであった。



 この後、ロシェはイェンライの民を匿うために奔走することになる。

オルギン家は黄玉探索の一件で、モーロをはじめとしたオルギン兵の犠牲をイェンライの民に責任があると訴えたことが、大きな理由であった。
 このことでロシェはオルギン家と小さくない溝が出来た。太守の座を狙っていたオルギン家は、イェンライの太守になることを望み、結果としてラウル王は折れたのである。
 オルギン家が太守になると、元のワルダーナ家をはじめとする五家の子孫たちは奴隷に落とされる。
 
 ロシェ自身はイェンライの差配から外されローハンの太守となった。オルギン家との諍いが大きな理由となり、彼は王位につくことなく弟のフェリが王位を継いだ。弟の宰相となりローハンの発展に尽力したのである。

 特に彼の功績としては黄玉の販路を作り水利の悪いローハンの治水を解決したことと、愛妾となったファルキアと共に、賢者の学園の前身になる宝玉の学問機関と新たな街を作ったことであった。このことは中つ国におけるスカージ朝の繁栄を確実なものとした。
 青石と黄玉がもつ知識は、ローハンとファルキアの名を由来にした街。『ファルカオン』を中心に花開くことになったのである。
 
 奴隷とされたイェンライの民は、多くが南に逃れたと言われているが、伝承の域はでない。
 奴隷とされたイェンライの民を密かにロシェはローハンに集め、町の東側に集落を作っていく。この集落では黒鉄を鍛える秘密の技術が発展し、中つ国に鉄が広がる第一歩となった。ロシェもフェリも死んだ後にオルギン家がその権益に手を出そうとしたことがあるがそれはまた別の話になる。
 


 アズーサ達デル・オルノ家一行はどうなったのか歴史は語らない。
 大内海には数々の伝説が残るが、どれもみな子供好きのする冒険譚であった。しかし大内海の南部に建国された砂漠の国『イシス』。その初代王朝はカーン・デル・オルノの子孫と自称していた。真偽のほどは調べようがない。
 
 ナギ・アーマとサーラィエ・ワルダーナ・ローンは金獅子半島南部から、ミヤト人の地と言われる半島にラスフェラズ王国。後に皇国となる国を建国する。
 ナギは王にならずサーラが二十歳になったときに女王となったとラスフェラズ皇国史に記されている。
 長らくその存在は知られていなかったが、鋼を作る技術と結晶化した黄玉を扱うその国は、スカージもオルギンも滅び去った後も力強く存続しているのであった。王位につかなかったナギは鋼と宝玉を合わせる技を作り出したとする伝説が生まれた。



 かくして中つ国から金色に輝く宝玉はラスフェラズへと移ったのである。今日まで中つ国には黄玉の奥義は伝わることはない
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