士農工商〜ジパングの半熟侍〜

鬼京雅

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八話・本音が綺麗ですね

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『……』

 湾岸倉庫の冷たい空気がピリピリと音を鳴らすように二人の殺気を感じ取っている。次の瞬間、二人のどちらかは死骸になって倒れているだろう。昔は仲間であり、今は敵となる男達はもう相手を殺す事しか考えていない。そして、お互いの呼吸が止まった刹那――。

『うおおおおお――っ!』

 同時に動いた二人は、同時に背後に飛んだ。一発の銃弾が紫藤をかすめたのである。朱蓮は銃を撃った人間を確認し、紫藤は少し遊び過ぎていた事を反省した。

「幕府警察……腰抜け侍か。良い所を邪魔してくれる」

「邪魔はしますよ。ジパングに仇を成す者は全て始末する。それが幕府警察の勤めですから」

 そこには幕府警察高官である縦野幸輝が現れた。そして倉庫全体を取り囲むように、制服を着た警察官が配置されている。朱蓮は紫藤を足止めし、自分に注目させていた作戦は成功だと思い幸輝に目で合図した。その幸輝は子供をあやすよう、優しく微笑み言った。

「やぁ、紫藤誠。ここで貴方は逮捕される。士農工商の世は続き、貴方の理想は潰える。その前に一つ質問だよ。ここの倉庫の人間はどうしたんだい? 大きな人の動きは無かったはずだ」

「つまらない質問を僕様にするなよ。ここの従業員は全てここのコンテナの中で死んでる。死体の匂いは特殊な匂いで消してあるから開けない限りは外には出ない。僕様の新しい刀は君のように血溜まりを求めているから、お気に入りなんだよねぇ……」

 と、紅い目の朱蓮を見据えた。

「言っとくけど、ここの人間は麻薬売買の末端連中。捕まえて尋問してもネタは出ないし、死んでも問題無い。野心も無く、努力もせず、他人の甘い汁だけを吸おうとしてる人間などは殺される為に生きているも同然。だから僕様に出会えた事を感謝しないとね」

『……』

「このジパング全てを壊して、君に死の花束を」

 倉庫内の全員は世を転覆させる悪の声を黙って聞いていた。もうこのゲームは終わりだと思い、紫藤は朱蓮に言う。

「今回で朱蓮が必要な事がわかった。また来るとしよう。今度は仲間か同志になってもらうからね。血塗れこそが世界の全てだと世に教えてあげようじゃないか……」

「俺達は半熟だが、それなりの苦渋を舐めてここまで生きて来た。お前は次の俺達を生み出したいのか? 血塗れの俺達は……人では無い」

「だからこそ、仲間を増やすんだよ。士農工商無き、選別された生物が生きる世の中にね」

「待て、紫藤――」

「僕様は待たない」

 瞬間、倉庫内の天井が爆破された。そして、その隙に天井部から垂れ落ちる鉄をペンドラゴンの鞭に引っ掛けて屋根に登った。朱蓮と幸輝は満月を背後にする紫藤誠を見据える。

「僕様と朱蓮は十年前の一年程に及んだ人洋戦争に対して、ただ食べて生きるという目的で戦った。けど、次の戦争が起こるなら大義が必要だ。この世界が力のみが支配する弱肉強食という大義がねぇ」

「そんな事は忘れたよ。侍嫌いの俺が侍になったんだ。お前も侍に……」

「また会おう朱蓮。このジパングを壊す為に」

「待て。最後に一つ聞こう。お前のしたい戦争の幕引きは何だ? どこまで人が死ねばいい? いくらの洋怪が消えればいい? 納得のいく終わり方はあるのか?」

「人間と洋怪が全て死ぬまで、僕様の人洋戦争は終わらない」

 そして紫藤は闇夜に消える。しかし、幸輝は倉庫内の部下達に動くように指示はしない。それを見た朱蓮は、

「追わなくていいのか?」

「残念無念。ここは海にしか逃げられない。その海は幕府警察マリン部隊が紫藤誠にラブコールを送ってるんだよ」

 という言葉で朱蓮は外に出た。おそらく紫藤が逃走用に停泊させていた水上バイクは炎上しており、幕府警察マリン部隊が銃を構えて待ち構えていた。しかし、肝心の紫藤は海付近には現れていないようだった。当てが外れた幸輝に対し朱蓮は言った。

「どうやらやっこさんは海が好かぬようだぜ。幸輝、そうなるとどこに逃げたと思う?」

「まさか空に逃げた!?」

「そのようだぜ」

 すると、けたたましいヘリの音がした。地上の人間達は夜の湾岸倉庫付近からそのヘリコプターを見上げる。歯軋りする幸輝は今までの計画が全て裏目に出ている事に苛立つ。

「まさか空から来るとは……。ヘリでの逃亡も考えて朱蓮がコンテナに入ってから、この区域の街灯は点灯させないようにしてたんだ。それが、マリン部隊の明かりでヘリを誘導させてしまったようだね。近くのヘリなどの発着場も監視してたのに」

「ジパングを転覆する組織、支配したい組織とつるんでるな。今の時代は文明開化様々だからなぁ。どうだよ紫藤?」

 朱蓮は新しいお祭を始めようとしている悪に言う。ヘリの上から紫藤は、手を振ってサヨナラをしていた。すると、一台のバイクが猛スピードで湾岸倉庫にたどり着いた。それは、ある古道具屋の看板娘ならぬ、看板洋怪だった。

「メガネ雪女!? なんでここに来やがった?」

「お主のビールのお礼のスノウバズーカだ。ジイさんからのプレゼントだ。暴発するかも知らないが、使うがいいよ」

「気を使いやがって……恩にきるぜ!」

 メガネ雪女から託されたスノウバズーカを構え、すぐにトリガーを引いた。ズドン! と雪玉が発射され、逃走した紫藤の乗るヘリに直撃する。

『……』

 固唾を飲み見つめている群衆は、損傷しながらもヘリの高度が落ちないのを悟る。それは、ヘリから半身を乗り出していた青い髪の軍服を着た男を見たからだった。

「チッ、ギリギリの所で紫藤がペンドラゴンの鞭でスノウバズーカの弾丸の軌道を少し変えやがった。だからエンジンが爆発せずにいる。落下地点の捜索を急がせた方がいい」

 スノウバズーカを地面に置いた朱蓮は座りながら言った。隣の幸輝はすでに部下達を動かしている。

「ここまで用意周到だと逃げられるだろうが、やるだけはやるさ。せめてどこの組織と繋がっているかは知りたいね」

「これまで一人の軍隊とも呼ばれた紫藤誠が、ここまで他者との関係を持つとはな。このまま放置しておけば、ジパングは火の海になる……この倉庫じゃ済まねぇ火の海にな」

「ジパングを壊すなどくだらぬ事を本気で実行しようとしているアホは狂人でしかない。腰抜け侍と言ったという事は、一応私の事も覚えていたようですね紫藤誠は」

「さぁな。それに他人から見ればくだらなくても、自分にとっては大事という事さ」

「そう……ですか」

 静まり返る湾岸倉庫から星空を見上げる朱蓮の瞳は黒い。その黒い瞳の男は自分に言うように呟いた。

「今の俺の本気では奴に勝てないかもな」

 そして、幸輝は一つの本音を口にした。

「あの男には本音を言えるなんて、嫉妬してしまいますよ」

 それぞれの思惑が交差する中、一つの事件は終わる。過去と未来の狭間で揺れる朱蓮は、メガネ雪女から口の中に突っ込まれた雪おにぎりの冷たさに悲鳴を上げつつ、幸輝と共に星空を見上げていた。
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