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59話・死のバレンタインの終わり…そして一つの決意をした京也
しおりを挟む「三石……ドイツから帰って来てたのかよ」
黒髪がやや長い優男が救援として、死のバレンタインとなる現場に駆けつけた。
そう、日本にいるはずの無い三石が目の前に現れ俺を助けてくれた。三石はドイツから一時帰国し、わざわざ会いに来てくれたらこの現場を目撃して助けに入ったようだ。すでに治木には先程までの勢いが無く、もう死人同然で三石を見つめていた。
「治木さん、まず手のナイフを渡してもらうよ。それと雪村さん、病院内の人間をここに寄越すよう手配して。久遠はここに待機だ。僕が一時帰国していきなり死なれたら困るからね」
「いきなり来た割には冷静だな三石。ドイツでもまれたか?」
「逆にもんでやりましたよ。2部でも活躍して二十歳にはドイツ1部でスタメンを掴むつもりですから。そして日本代表でも活躍する」
その三石の瞳には迷いが無く、治木のナイフを受け取りただうなだれる治木を見つめていた。
生気が消え失せている治木は力無く言う。
「三石君……まさか三石君が来るなんて。私は三石君に久遠君の病気を連絡してたけど、まさか会いに来るなんてね。三石君は頼れるお兄ちゃんだよ」
「治木さん。何がお兄ちゃんなのかはわからないが、こんなナイフを持って暴れてた以上色々あったのは確かだろう。とにかく自殺などはダメだ。どんな原因があるにせよ罪は償わないとね。いいね?」
「うん。わかったよお兄ちゃん。お兄ちゃんがバレンタインなんだね。ありがとう……」
すると、治木は安心したのか意識を失った。
今の時間で話せる事は話しておこうと思った。
次第にパトカーのサイレンの音も聞こえて来たからもう数分でこの現場にも来るだろう。
「……少し前に十年ぐらい前から起きてる通り魔事件の犯人を捕まえたんだ。その時の犯人兄弟が治木の親戚の兄貴二人で、治木はかなり厳しく育てられてたから兄二人の自由な生活に憧れていた。依存してたんだ。そして蹴栄学園ではお前がそのお兄ちゃん役だった。それが今の「お兄ちゃん」の意味だよ」
「そう……ですか。治木さんはそんな事を思っていたのか。でもこれはやり過ぎですよ。ナイフで人を殺した所で、兄二人が釈放されるわけでもない」
「でも、壊れた人間はそんな判断は無い。生徒会長ですら俺を殺そうとしてたからな」
「生徒会長も!? 一体、僕がいなくなってからどんな事になっていたんだ……あり得ない事ばかりじゃないか」
「でも事実だ。何とか生き残って来たが……今回は結構ヤバイな。三石、ありがとよ。意識が消える前に言っとくわ。治木の奴に古傷刺されて結構ヤバイ」
「いつも我慢し過ぎなんですよ。あっ! ここです! ここに病人と犯人がいます!」
美波が連れて来た病院内のスタッフと、駆けつけた警察官を呼んでくれた。
そして、俺は担架に乗せられて病室に向かう。
警察に捕まる治木は警察車両に乗せられた。おそらく、人を殺したという事実を受け入れられない治木自身がいて精神的ショックを受けて気絶してるんだと思う。もう目覚めないような感じの治木はパトカーに乗せられて消えた。
惨劇の舞台と化した病院内は治木が刺した人間の手当てでも混乱している状況だ。
実際、俺の傷も酷いものではなく応急処置で済ませる事になった。
今は俺の傷よりも刺された看護師達の方が危険な状態のようだ。
その後、三石は生徒会長宅に向かい、現在の状況などを教えてから翌日の便でドイツに帰国した。
今回は短い時間しか会えなかったが、三石がいなければ俺は死んでいた。本当に感謝している。
この事件の初めからいた美波は、俺と共に警察の事情聴取を受けた。治木との関係や、事件の発端などを出来るだけ話した。警察官が言うには精神が錯乱しているから、精神病棟に移送される可能性が高いと言っていた。そうして、警察官も去り美波と二人きりになる。
「今日はタクシーで帰った方がいい。三浦医院長が勧めてくれてる。今日は甘えた方がいい」
「そうね。本当に疲れた……甘いバレンタインデーが、かなりビターな味になっちゃった。治木さんがこんな事をするなんて、人間の闇は底知れないのね」
「そうだな。俺に関係した人間は一度は壊れてしまっている。人格者と呼ばれていたサッカー部の三石、柴崎副会長、三浦生徒会長、そして今回の治木衣美。これじゃあ、俺は完全な罪悪だな」
そう、俺は自分自身を罪悪だと思ってしまった。
そうなれば、目の前の美波を壊してしまう可能性もある。
それだけは避けなければならない。
それだけはあってはならない事だ。
意識が遠くなる俺はーー美波の言葉で現実に帰還する。
「ねぇ、どうしたの京也君? 汗が酷いよ?」
「あぁ……殺されそうになったのはこの部屋だからな。少し怖くなっただけさ。大丈夫だ。俺は大丈夫」
「とりあえず汗だけ拭いておこう。下着も取り替えた方がいいかも。あの事件の時からかなり汗をかいてるから」
「下着はいいよ。上だけで。明日、入浴はすればいいさ」
「身体のどこかに傷を隠してたらやだから全部見るよ。裸にしてあげるから、ベッドに横になりなさい」
「……わかったよ」
まるで母親のように言う美波の言いなりになり、全てを脱がされて身体をチェックされた。
腰の傷などがあるだけで今回出来た傷らしい傷も無く美波は安心していた。
個人的には美波を抱きたい気分だったけど、この部屋ではもうそんな気分は続かないとも思い、美波と笑顔で別れた。
ありがとうと言って別れた。
そして、俺は今日心に決めていた事がある。
それを実行しようとしていた。
聖白蘭病院の屋上で闇夜の空を見上げていた。
(……)
淡い月がとても綺麗な、夜だった。
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