上 下
47 / 62

47話・冬のたわいもない日々

しおりを挟む
 三学期の蹴栄学園は三年卒業シーズンだから、二年は受験勉強に集中する奴や、就職活動を始める奴、ただ遊んでいる奴など様々だ。

 卒業後の進路のプリントが配られたが、俺はこれから骨髄移植を受けるので白紙で出した。
 聖白蘭病院に入院するのは一週間後。
 こんなに急な理由は、実はドナー探しは随分前からしていたようだ。

 三学期は二週間の登校でもう休学だ。
 卒業後の事なんて、こんな調子じゃ考えられない。
 骨髄移植が成功しても失敗しても、どこまでこの身体が持つかは不明だ。
 誰にもわからない。

(冷たいがいい風だ。悪くない……)

 俺はグラウンドに近い花壇があり、春には桜が満開になる桜道で佇んでいた。
 まだ蕾も小さな状態だが、春になれば桜が満開だ。

(……)

 その姿を夢想している。
 蹴栄学園の二年になり、この桜道から蹴り返された美波のクラッシャー事件から色々あった。
 あまり関わり合わないような人間とも知り合え、色々な人間の色々な面を見た。欲望も嫉妬も羨望も――色々な事が有り、色々な経験をした。

 かつて好きだった柴崎さんの見方は変わった。

 クールな感じだったが、昔より優しく明るくなった柴崎さんは、生徒会書記の治木衣美なおきころみという三石とも関係があるショートカットの女子とよく喋るようになっていた。どうやら予備校の下田というオネエに紹介された、好きな男とも一応上手く行ってるようだ。様々な人間が柴崎さんを変化させたのは、俺にも言える事だと思う。

 美波の話だとその恋愛は結構一方通行な感じがするが、本人が上手く行ってるならそう判断するのが一番と言っている。確かに、柴崎さんは暴走するタイプだから変な不安をコッチから与える必要は無いだろう。

 自分全開のマウスーランドでの柴崎さんと一日いれた男なら、たぶんあの普段のクールキャラのギャップにも耐えられるはずだ。

(おそらく、菩薩のような性格の男なのだろう。とりあえず柴崎さんは大丈夫そうだな。三石はメールでドイツ2部でのチームメイトとの写真を送って来た。後は生徒会長か……)

 すると、桜道から校庭のグラウンドを見ている俺の背後に誰かがやって来た。
 昼休みにこの場所にいるのは美波にはLINEのメッセージで伝えてある。

(美波か……)

 振り向くと、セーラー服の首に白のマフラーをしてるサイドポニーを揺らす美波が現れる。その後ろには黒髪ロングの姫カットにショートカットの少年のような少女がいた。

「よ! 京也君」

「こんにちは久遠君。ご機嫌いかが?」

「生徒会書記の治木です。よろしくです」

 あぁ……と返事をするが、何故このメンバーが? という疑念を抱いた。
 三人の手にはバトミントンのラケットがあり、シャトルも持っている。
 その発案者らしい美波は宣言した。

「というわけで、今からバトミントンをします!」

「どうゆうわけだよ? てか、バトミントン? 何で?」

「バトミントンなら男女関係無く出来るでしょ? スマッシュとかしなければ」

「確かにそうだな……つか、何故?」

 まぁバトミントンをやりたいからやる! という考えなんだろうな。たそがれてた俺のテンションはそこまで回復してないから、微妙について行けてない。すると、三人の女の子達は俺を挑発して来る。

「何、負けるのが怖いの京也君?」

「あら、久遠君。貴方、案外小さい男ね。大した事がないわ。男には雄大な心が必要なの。女のちょっと痛い事を許せるような雄大な心が」

「久遠さん、やりましょう。お願いします。三石君に写真送りたいです。負けてる写真を」

 この野郎!
 美波の挑発はわかりやすいが、柴崎さんは好きな男の話を交えてるな。
 ちょっと痛いじゃないくて重症だよ貴女は。
 何気に治木の奴も結構酷い事言ってるよな。
 なら、やるしかない!

「わかったよ。わかった、わかった。昼休みも残り少ないからチャチャっとお前達倒して俺の優勝で終わりだ」

『負けないわ』

 ゾワッ……とこの噛み合ってるのかどうか不明な三人の女子達に火が付いた。
 そんなこんなで美波と柴崎さん。そして治木とバトミントンをする事になる。



 ルールは3ポイント先取で、1ポイント負けの毎回、相手から顔に墨筆で落書きされる? マジかよと思う俺は、

「つか、どこから墨守と筆持って来た?」

「私、書記ですからペンや筆物は大体揃えてます。三石君にも送りました。日本に帰って来たら褒めてくれるそうです」

「そういう問題か……三石は治木のお兄ちゃんだな」

「えへへ」

 墨汁と筆は、生徒会書記の治木の私物のようだ。三石がお兄ちゃんと言われて照れてるのが面白い。確かに三石は面倒見がいいからな。お兄ちゃんとも呼べるか。お兄ちゃん好きか?

 すると、緑のカーディガンを着ている初老の男がのそのそと現れた。

「いゃあ久遠君じゃないか。マウスーランド以来会ってなかった気がするよ」

「あ……あぁ草生そうせい監督。一応、サッカー部を辞める時にお話しましたけどね。確かにこんな風に話すのはお久しぶりですね。マウスーランドではどうも」

 サッカー部を辞めてからソーセイ公とは話という話をしてないはずだ。俺も二学期になってから文化祭の準備やら、美波とのデート、それに病院やらでサッカー部が活動してる時間はグラウンドにいる事も無かったからな。三学期はもうサッカー部の関係者じゃないし。

 それと、うっかりソーセイ公がカツラというのを話したら、サッカー部でのソーセイ公の威厳も消えてしまいそうで不安だった。

 今のサッカー部は、俺の引退試合を見る限り悪くないチームではあるが、去年のエース代表の一年である俺と三石が抜けた穴は大きい。今年の一年はまだ誰もユース代表選手はおらず、世界のサッカーと戦った事も無いしな。

(美波……)

 アイコンタクトで美波にソーセイ公のカツラの件を伝えた。
 頷いてくれたので、おそらく気付いてくれるだろう。
 柴崎さんはイマイチわかってないが、おそらく空気は読むはず。

 ソーセイ公がカツラっていうのを知るのは今のメンバーは俺と美波と柴崎さん。治木には知られたくないだろう。何かソーセイ公もバトミントンに混じりたいようだから、柴崎さんが許可していた。

(面倒な事になったな。風は強くないし、ハゲ……じゃなくて激しい運動はしないからカツラは大丈夫だろ。とにかく、早めに俺が勝ってバトミントンは終わらせる)

 枯葉が落ちてる桜道の一角で互いのエリアを決め、二手に別れる。
 そんなこんなで試合開始だ。俺は一人チームで、敵の初戦メンバーは美波・柴崎さんペアだ。

「くらえ!美少女美波の必殺ファイアーサーブ!」

「俺的に美少女だけど、普通のショットだな。火は出てない」

 ストンと柴崎さんに打ち返した。すると黒髪ロングの姫カットの女は闇のオーラを展開していた。何故かラケットを逆手で持ち、地面に深く沈んでラケットを一閃する――。

「ダークネスペイン!」

「何だ!? うおっ!?」

 訳の分からない構えと、技名を言い放ってはいるが所詮は普通のショットと思う俺は油断した。闇の痛みと言う名前の技の割にはまるで威力も無く、ヘロヘロショットで反応が遅れた俺は、つい足で羽をリフティングしてから返してしまった。そこを美波に指摘された。

「はいアウト。バトミントンはサッカーではありません。治木ちゃん墨筆ヨロシク!」

「ダークネスペイン……痛い。痛すぎる技名だ」

 実は柴崎さんはパンチラしてたのを気付いていない。大人びたレースとかの下着かと思いきや、マウスーランドのマウスーのパンツだ。あんな子供パンツ見たら精神的ダメージがデカイ。ソーセイ公も見たようで鼻血が出ていた。

(闇の深さを知らないエロジジイめ)

 そんなこんなで俺は治木から左頬に丸を書かれた。しかも、漢字の丸だ。

「もうダークネスペインは使わせない。そして、何も出来ずに終わらせてやる!」

 やはり柴崎さんはどこにいても危険と判断し、美波を中心に攻め立て疲れさせ、隙を突いて柴崎さんを狙ってまず1ポイントゲットだ。

「まずは1ポイントか。さて、シャトルの感覚は掴んだから反撃と行くか」

 緩急を加えれば、相手を翻弄出来るのを知る俺は相手をコート内を移動させるようなショットを打ち、2ポイント目を取った。

「さぁこれで終わりだ。この流れのまま勝たせてもらうぜ!」

『させないわよ!』

 息が合う二人は粘り強さを見せた。
 緩急の使い分けも通じないので、俺は次の作戦を思いつく。

「スマッシュが打てないなら――」

 スッ……と敵の陣地の一番前にシャトルを落とした。
 サッと枯葉の上に落ちるシャトルで勝者が決まる。

『ドロップショット……』

 完全に裏をつかれたような美波と柴崎さんの声で試合は終わる。
 先に3ポイント取って美波・柴崎さんペアから勝利した!
 俺は美波と柴崎さんに普通の○を頬に書く。
 しかし、柴崎さんは納得しないので仕方なく漢字で、額に丸と書いてあげた。

(この女を好きになったのは黒歴史だな。美波がいてくれて良かった。うん)

 と、美波にも顔に色々書いてくれと言ってる柴崎さんの事は考えないようにした。
 次はソーセイ公と治木か? 大丈夫かこのペアで?
 特にメンバー変更も無く、デコボココンビで行くようだ。

「私が監督と組みます。治木行きます」

「そうせい、そうせい」

 このデコボココンビは迷走していてやりずらかった。
 先制して2ポイント取ったが、訳の分からないコンビネーションで2ポイント取られてしまった。
 しかし、このラリーもここで終わる。

「これで最後だぜ! つえぁ!」

 ソーセイ公の上に上がったシャトルだったが、運悪く逆光がソーセイ公の目を照らしシャトルを見失ってしまう。それを計算していた俺は勝ち誇る。

「俺の勝ちだ」

「まだです!」

「何!?」

 治木がソーセイ公をカバーするようにラケットを真上に振り上げた。
 凄まじい俊敏性に驚いたが、所詮は付け焼き刃だ。
 ショットの威力が弱すぎる。
 このカウンターで終わり……。

「終わった……」

 治木の放った弱いシャトルは俺の陣地の後方に落ちて、俺は敗北する。
 いや、本当はここで勝てたんだ。

 しかし、勝てない理由が、シャトルを追えない理由があった。
 美波は知らん顔をし、柴崎さんはマウスーランドの時のような顔芸をしながら時が止まってる。
 そして治木は今の事件を謝罪してる。

「とうとうバレちまったか。ソーセイ公のカツラ」

 治木のソーセイ公をカバーするショットが、ソーセイ公の秘密であるカツラを吹っ飛ばしていたんだ……。そのカツラは木の上にあった。
相変わらず柴崎さんは時が止まっていて、治木はデカイ声で謝罪してる。俺と美波はハハハ……と笑った。

 そして、授業の予鈴が鳴ったので、俺達は逃げるように自分達のクラスに引き上げる。
 その後、ソーセイ公は木の上にある自分のカツラをサッカー部の連中に取ってもらい、ソーセイ公はソーセイ将軍へと格上げされたようだ。この事を知る柴崎さんは、ソーセイ公に髪の治療をするよう勧めたようだ。もう、手遅れな気がするが。

(アイツ等、確実に悪い意味で言ってるよな。まぁ、もうサッカー部じゃないしいいか。今回の件で良くも悪くもソーセイ公の距離も無くなっただろ。ソーセイ将軍になったなら、全国大会優勝は必須だぜ……)

 そう、サッカー部の仲間達の躍進を願った。
 年明けの俺は、とりあえず順調に生きている。
 骨髄移植の話も今後、受け入れないとならないだろう。

 今の体調のままで骨髄移植が成功すれば、夏を超えられる可能性もある。
 夏を越えれば、また文化祭だ。
 たとえ見学であっても、またみんなの輪の中に入りたい。

 そして、骨髄移植を受ける為に入院する三日前に、美波とデートをする事になった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

冴えない俺と美少女な彼女たちとの関係、複雑につき――― ~助けた小学生の姉たちはどうやらシスコンで、いつの間にかハーレム形成してました~

メディカルト
恋愛
「え……あの小学生のお姉さん……たち?」 俺、九十九恋は特筆して何か言えることもない普通の男子高校生だ。 学校からの帰り道、俺はスーパーの近くで泣く小学生の女の子を見つける。 その女の子は転んでしまったのか、怪我していた様子だったのですぐに応急処置を施したが、実は学校で有名な初風姉妹の末っ子とは知らずに―――。 少女への親切心がきっかけで始まる、コメディ系ハーレムストーリー。 ……どうやら彼は鈍感なようです。 ―――――――――――――――――――――――――――――― 【作者より】 九十九恋の『恋』が、恋愛の『恋』と間違える可能性があるので、彼のことを指すときは『レン』と表記しています。 また、R15は保険です。 毎朝20時投稿! 【3月14日 更新再開 詳細は近況ボードで】

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

処理中です...