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42話・年末のある暗い夜
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骨髄移植の件で生徒会長の父と話す事になり、柴崎副会長と夜の道を車椅子で行く。
少し遅くなってゴメンと生徒会長も言っている。
聖白蘭総合病院の医院長である三浦玄徳は、蹴栄学園の生徒会長である三浦治人生徒会長の父親だ。その三浦医院長に俺は会う事になっていた。骨髄移植の治療をする俺に対し、真摯に説明をしてくれるというのが今回の目的だ。
けど、抗ガン剤で治療されているこの身体を受け入れているし、わざわざ延命もしたくは無い。
むやみやたらに長生きしても仕方ないという考えもあった。
そりゃ、プロサッカー選手の夢や、美波と結婚……とかもしたい気持ちが全く無いわけじゃない。
でも俺はサッカーで戦い続けて来て疲れてしまっている。
気力も体力も、もう美波以外にには使えないんだ。
だから、残りの日々はこのまま好きな女を中心にした生活で過ごして逝く。
(同情とか憐れみのようなモノはいらないんだ。悲しんでくれて、たまに誰かが思い出してくれれば俺の人生は無駄じゃなかったはず)
だが、美波や学園の仲間との繋がりにより俺の心にも変化が芽生えた。骨髄移植は怖いし、キツイだろうがやれるだけやってみようという考えになったんだ。サッカーをしていた時のように、最後まで諦めずに戦おうと。
戦って負けたら仕方ないが、戦わずして負けるのは俺自身許せない気持ちがあった。
正直、三年に進級して文化祭をしたいという気持ちが湧いて来たのもある。
そんな俺は、夕方というより夜と言った方が正しい暗さの午後六時半前の時間に、生徒会副会長の柴崎さんに車椅子を押されている。
聖白蘭病院から三浦医院長の経営するホテルのある建物まで十分ほどの距離の道を進んでいた。別に歩けないわけじゃないが、もしもの時を考えて車椅子に慣れておこうという話だ。これには納得した。一応、シートベルトを付けてくれている。
「車椅子にシートベルトなんてあるんだ?」
「いいから付けるのよ。違反になるから。サッカーでいうならレッドカードよ」
「いや、それはないだろ」
生徒会長が病院で父親が会えない理由は、父が病院に残っていると院内で働く他のスタッフに気を使わせてしまうからという話だった。
「寒くない久遠君?」
「あぁ、問題ないよ。美波からもらったマフラーもあるしサッカーで使ってた手袋もある。防寒対策はバッチリさ」
「あら、そう?」
「あうっ!?」
何か軽い段差で車椅子が揺れた。
おそらく今のは単なる事故だろう。
もう、柴崎さんを疑うような事は無いはずだから。
「車椅子ってのも慣れが大変そうだ。段差とか意外に衝撃が痛いし。でも夜の外の空気を吸えるのは気分転換になる」
「そうよ。冬の夜の景色を見るのもいい気分転換になるわ。少し寒いけど、朝と夜の街の顔は違うからね。それに、無駄な体力は消耗しない方がいいわ」
「そうだな……でも、雪が降ったら最後に雪合戦したいな。サッカーしてる時なんてグラウンドが最悪になるから嫌いだったけど、童心に戻って雪合戦をしたい」
「まだまだ元気でいい証拠だね。でも、その手袋穴が空いてるわよ?」
「あぁこれね。部活中はこの手袋だったからね。ユースの時は代表用の手袋だけど、部活は自分のを使うからボロくなりやすいんだ。冬場は手の保護用にもなるし」
「けど、久遠君は冬場でも半袖の時があったわよね?」
「……細かいこと覚えてるね柴崎さん。確かにそうだよ。冬場でも半袖着てた。あれは前の試合で敵にユニホーム引っ張られて片腕の布が切れたんだだよ。だから三石がもう片方も切って、半袖にしたんだ。寒かったけど、ユニホームを掴まれる事は無かったね」
「そうなんだ。三石君、今何してるだろうね」
「サッカーしてるよ。アイツなら、俺のポジションでドイツで活躍していつか日本代表でもワールドカップを取るさ」
そして、俺は夜空の輝く星を見た。
ドイツにいる三石とはもう会えないが、アイツなら必ず成功すると確信している。
懐かしい顔を思い出していると、何かに気づいたように柴崎さんは止まった。
ん? と思うとまた進み出し、やや柴崎さんの車椅子を押すペースがかすかに上がる。
「……ねぇ久遠君。今日は雪村さんがいなくて残念?」
「いや、そんな事は無いさ。会える時は会いに来てくれるし、美波はちょっと小悪魔で俺を惑わせるけどいい女だよ」
「私も昔は久遠を惑わせていたのにね」
「美波と出会う前まではね。俺は美波と出会い、サッカーも出来なくなり全てが変わってしまった。今年の春から俺は別人レベルに変化したんだ」
「確かにそうだわ。貴方は別人のようになってしまった。それが憎くて悔しくて堪らない……」
「……柴崎さん?」
明らかに柴崎さんはさっきまでと違う。俺が美波を好きな理由を告げた時の、生徒会室での話し合いの時の柴崎さんに戻ってしまっているようだ。闇の深い柴崎さんに戻っている……。車椅子のスピードがまた微かに上がり、嫌な予感が全身を駆け巡る。
「自分で言うのも何だけど、私は自分でも才色兼備だと思うわ。私と……私と雪村美波のどこがどう違うのかしら……?」
「その話はもう終わったじゃないか。今話す話じゃないだろう?」
「終わってないわよ!……そう、終わっていないの」
絶叫のような悪魔の咆哮の後、いつもの淑女に戻る柴崎さんは続ける。また車椅子を押すスピードが上がり出し、その先には道路を渡る信号があるのが見えた。
今は俺と柴崎さんしかいない現状だ。
このまま彼女が闇に染まったままなら、俺はここで終わる事を覚悟しないとならないと思った。首にしている、美波とお揃いのリングネックレスに嫌な汗が滲んだ。
「……久遠君。貴方は美波によって生まれ変わった。なら、転生だって出来るはずよ」
「テンセイ?」
「そう転生。特に異世界に転生するのがいいわ。異世界に転生した人間はチート……わかりやすく言えば無敵になるの」
「サッカーで言うなら、全員抜きからゴールを決められるとか一試合10点取れるレベルという事か? まるで文化祭のハーレムキングの話だな」
「そう捉えてもらっていいわ。だからもう一度生まれ変わるの。トラックに轢かれて異世界転生よ」
おいおい……何を言ってやがるんだ柴崎さんは?
何か話の筋が見えて来たが、マジでこの状況だと……ヤバイぞ?
腰のシートベルトが邪魔をしてすぐに動けそうも無い。
わざわざ車椅子を使い、シートベルトまでした理由がなんとなくわかってしまっていた。
俺を乗せた車椅子は少しずつ車が通る信号機に向けて加速して行く……。
少し遅くなってゴメンと生徒会長も言っている。
聖白蘭総合病院の医院長である三浦玄徳は、蹴栄学園の生徒会長である三浦治人生徒会長の父親だ。その三浦医院長に俺は会う事になっていた。骨髄移植の治療をする俺に対し、真摯に説明をしてくれるというのが今回の目的だ。
けど、抗ガン剤で治療されているこの身体を受け入れているし、わざわざ延命もしたくは無い。
むやみやたらに長生きしても仕方ないという考えもあった。
そりゃ、プロサッカー選手の夢や、美波と結婚……とかもしたい気持ちが全く無いわけじゃない。
でも俺はサッカーで戦い続けて来て疲れてしまっている。
気力も体力も、もう美波以外にには使えないんだ。
だから、残りの日々はこのまま好きな女を中心にした生活で過ごして逝く。
(同情とか憐れみのようなモノはいらないんだ。悲しんでくれて、たまに誰かが思い出してくれれば俺の人生は無駄じゃなかったはず)
だが、美波や学園の仲間との繋がりにより俺の心にも変化が芽生えた。骨髄移植は怖いし、キツイだろうがやれるだけやってみようという考えになったんだ。サッカーをしていた時のように、最後まで諦めずに戦おうと。
戦って負けたら仕方ないが、戦わずして負けるのは俺自身許せない気持ちがあった。
正直、三年に進級して文化祭をしたいという気持ちが湧いて来たのもある。
そんな俺は、夕方というより夜と言った方が正しい暗さの午後六時半前の時間に、生徒会副会長の柴崎さんに車椅子を押されている。
聖白蘭病院から三浦医院長の経営するホテルのある建物まで十分ほどの距離の道を進んでいた。別に歩けないわけじゃないが、もしもの時を考えて車椅子に慣れておこうという話だ。これには納得した。一応、シートベルトを付けてくれている。
「車椅子にシートベルトなんてあるんだ?」
「いいから付けるのよ。違反になるから。サッカーでいうならレッドカードよ」
「いや、それはないだろ」
生徒会長が病院で父親が会えない理由は、父が病院に残っていると院内で働く他のスタッフに気を使わせてしまうからという話だった。
「寒くない久遠君?」
「あぁ、問題ないよ。美波からもらったマフラーもあるしサッカーで使ってた手袋もある。防寒対策はバッチリさ」
「あら、そう?」
「あうっ!?」
何か軽い段差で車椅子が揺れた。
おそらく今のは単なる事故だろう。
もう、柴崎さんを疑うような事は無いはずだから。
「車椅子ってのも慣れが大変そうだ。段差とか意外に衝撃が痛いし。でも夜の外の空気を吸えるのは気分転換になる」
「そうよ。冬の夜の景色を見るのもいい気分転換になるわ。少し寒いけど、朝と夜の街の顔は違うからね。それに、無駄な体力は消耗しない方がいいわ」
「そうだな……でも、雪が降ったら最後に雪合戦したいな。サッカーしてる時なんてグラウンドが最悪になるから嫌いだったけど、童心に戻って雪合戦をしたい」
「まだまだ元気でいい証拠だね。でも、その手袋穴が空いてるわよ?」
「あぁこれね。部活中はこの手袋だったからね。ユースの時は代表用の手袋だけど、部活は自分のを使うからボロくなりやすいんだ。冬場は手の保護用にもなるし」
「けど、久遠君は冬場でも半袖の時があったわよね?」
「……細かいこと覚えてるね柴崎さん。確かにそうだよ。冬場でも半袖着てた。あれは前の試合で敵にユニホーム引っ張られて片腕の布が切れたんだだよ。だから三石がもう片方も切って、半袖にしたんだ。寒かったけど、ユニホームを掴まれる事は無かったね」
「そうなんだ。三石君、今何してるだろうね」
「サッカーしてるよ。アイツなら、俺のポジションでドイツで活躍していつか日本代表でもワールドカップを取るさ」
そして、俺は夜空の輝く星を見た。
ドイツにいる三石とはもう会えないが、アイツなら必ず成功すると確信している。
懐かしい顔を思い出していると、何かに気づいたように柴崎さんは止まった。
ん? と思うとまた進み出し、やや柴崎さんの車椅子を押すペースがかすかに上がる。
「……ねぇ久遠君。今日は雪村さんがいなくて残念?」
「いや、そんな事は無いさ。会える時は会いに来てくれるし、美波はちょっと小悪魔で俺を惑わせるけどいい女だよ」
「私も昔は久遠を惑わせていたのにね」
「美波と出会う前まではね。俺は美波と出会い、サッカーも出来なくなり全てが変わってしまった。今年の春から俺は別人レベルに変化したんだ」
「確かにそうだわ。貴方は別人のようになってしまった。それが憎くて悔しくて堪らない……」
「……柴崎さん?」
明らかに柴崎さんはさっきまでと違う。俺が美波を好きな理由を告げた時の、生徒会室での話し合いの時の柴崎さんに戻ってしまっているようだ。闇の深い柴崎さんに戻っている……。車椅子のスピードがまた微かに上がり、嫌な予感が全身を駆け巡る。
「自分で言うのも何だけど、私は自分でも才色兼備だと思うわ。私と……私と雪村美波のどこがどう違うのかしら……?」
「その話はもう終わったじゃないか。今話す話じゃないだろう?」
「終わってないわよ!……そう、終わっていないの」
絶叫のような悪魔の咆哮の後、いつもの淑女に戻る柴崎さんは続ける。また車椅子を押すスピードが上がり出し、その先には道路を渡る信号があるのが見えた。
今は俺と柴崎さんしかいない現状だ。
このまま彼女が闇に染まったままなら、俺はここで終わる事を覚悟しないとならないと思った。首にしている、美波とお揃いのリングネックレスに嫌な汗が滲んだ。
「……久遠君。貴方は美波によって生まれ変わった。なら、転生だって出来るはずよ」
「テンセイ?」
「そう転生。特に異世界に転生するのがいいわ。異世界に転生した人間はチート……わかりやすく言えば無敵になるの」
「サッカーで言うなら、全員抜きからゴールを決められるとか一試合10点取れるレベルという事か? まるで文化祭のハーレムキングの話だな」
「そう捉えてもらっていいわ。だからもう一度生まれ変わるの。トラックに轢かれて異世界転生よ」
おいおい……何を言ってやがるんだ柴崎さんは?
何か話の筋が見えて来たが、マジでこの状況だと……ヤバイぞ?
腰のシートベルトが邪魔をしてすぐに動けそうも無い。
わざわざ車椅子を使い、シートベルトまでした理由がなんとなくわかってしまっていた。
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