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27話・girlish moon

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 そして、とうとう俺の抗ガン剤治療の為の入院日になる。
 聖白蘭病院の個室に入り、着替えや私物をロッカーに入れた。
 この個室は使い慣れているので手間もかからない。
 本格的な治療は明日からだ。
 今日はあくまでただ入院しただけ。

「さて、入院の準備は終わった。午後からは暇になるな。明日からの覚悟もあるし何をするべきか?」

 と、考えていたが特に何かが手につくわけでもなく、ついダラダラ海外サッカーを見て過ごしていた。長い時間の暇つぶしと言えば、サッカーを見る事しか無い。読書も勉強もする気にはならず、明日からの抗ガン剤治療にビビッてる自分がいたのを隠せなかった。そして、夕方になると個室がノックされたので出る。

「よ! 明日からの治療にビビる京也君の栄養補給に参りました!」

「美波……ありがとうな。入れよ」

 いきなり個室に美波が来てくれていた。
 明日からの治療に不安がある俺を励ましに来てくれたようだ。
 そして、美波は二学期の蹴栄学園で行われる文化祭の話をしてきた。
 二学期は文化祭があるのが楽しみだ。

「文化祭か。夏休みはサッカーの代表遠征も消えたし、俺は入院してるだけだから、文化祭という学生らしい行事で活躍するのが今の学園での目標だ」

「文化祭では柴崎副会長が何か企んでいるようよ。色々な噂が錯綜してるけど、劇をやるのは確定みたい」

「劇? あの人ヒロインか悪役令嬢しか出来ないだろ? 主役になる人大変そうだな。うん」

「案外、京也君を主人公にした劇だったりして」

「それは……あり得るかもな。柴崎さんは覚醒してるから何をするかわかなない。まぁ、二学期の登校が楽しみではるよ。夏休みが入院で潰れるから、夏は俺ばかりじゃなくて勉強とかもしとけよ美波」

「わかってるわよ。予備校の体験入学も行くし夏の予定ぐらいあるわよ。水着も買ったし」

「……そうか。でも俺はプールには行けないから友達と楽しんで来いよ」

 すると、個室の鍵をわざわざ閉めた美波はベッドに座る俺を窓側に向かせた。
 そしてバッグを開けて何かゴソゴソしてる。

「ちょっと後ろ向いててね。恥ずかしいからね。お願い」

「ん? あぁ……」

 後ろを向いていてと言うから、何かプレゼントでもくれるのか? と思っていた。
 ふと、布が擦れるような音がするから後ろを振り返ると――。

(おおお、おい美波! 何故脱いでいる! 何故に!?)

 突如、美波が制服を脱ぎ出した!
 え? するの? ここでするの?
 俺、一応ヤバイ病気してるし……ゴムも無いけど……いいのか?
 その辺は流れてでいいか。
 流石に女から誘われて何もしないわけにはいかないな。

「……」

 俺も上着のシャツのボタンを外す。
 とりあえず心の準備は出来てる訳じゃないが、勢いで臨むしかない。
 サッカーの強豪国とも戦って慣れるしかないからな。
 とにかくプレーして慣れる。
 それが大事だ。

「……んっ」

 近くにあるミネラルウォーターで喉を潤して下着になる美波の背中を見た。
 確実にヤルしかないな。
 俺も集中しよう。
 それには上着が邪魔だなと思いシャツを脱ぎ出した。
 すると、下着になる美波が声をかけて来た。

「あれ? 病室暑い?」

「いや、暑くはないけど服を着てたら邪魔じゃ……ね?」

 すると、水色は健康的な肢体に水色の小さな水玉模様のビキニを着ていた!
 下着だと思ってたら違っていた。
 つまり、エッチな事ではないようだ……。
 そそくさと俺はシャツをまた着た。

「……で、何で水着になってんの? 俺に見せたかった?」

「いや、どうせ京也君プール行けないしね。夏は入院してるし。それだからこそ、美波ちゃんのスーパーなハイパーなウルトラな水着を見せておけば、生きたいと思うかなってね!」

「いや、今日死んでもいい気分だ。うん。ありがとう」

 お祈りのようなポーズをして美波の水色の水着を見た。
 白い肌によく合う水着で、美波のそこそこ豊かなバストラインとヒップラインを強調している小さな水玉模様がポイントだ。それにエロティックな縦に伸びるヘソもいい! グアビアモデルのようにポーズをする美波を俺は楽しく鑑賞させてもらった。でも、一つ気になる事がある。

「……あのさ。よく俺が水色好きってわかったな? 言った事あったか?」

「水色が好きなのは知ってたよ? 私服の水色のワンピース褒めてくれた事もあったし」

「あーあれか! 意外に覚えられてるのな。俺も意外に褒め上手だったかな?」

「たまーに褒め上手! だからピンポイントで悩殺しようと思いました!」

「はい、悩殺されました。敗北します」

 これから抗ガン剤での入院も、美波のこういったフォローでだいぶ楽になった。
 この女はいつでも俺の心を満たしてくれる。
 だから上手くこの女に応えて生きたいと思った。


 抗ガン剤治療をすれば、回復の見込みはあるが恐ろしい事に変わりは無い。
 今まで気を張っていたのが無くなったからか、恐怖が俺の身体を侵食してやがる。
 今日、美波が来てくれて本当に良かった。

「美波、ハッキリ言って明日が怖い。もう恐怖で潰れそうだ。でも美波がいる明日には行きたい。最後まで……俺の最後まで一緒に居てくれないか?」

 美波は驚きもせず、悲しみもせず、ただ微笑んでいた。
 この美波が俺は好きだ。
 その美波は一瞬振り返り、

「……いいよ。ただし、条件があります!」

「え? 何だよ条件って?」

 何か嫌な予感がする。
 死人に条件とかキツイぜ。

「な、何だ条件がとは? 早く言ってくれ。精神的に辛くなる」

 スッと俺に近付く美波は顔に吐息がかかるぐらい近付いて来た。この感覚は、事故でキスをした時を思い出す……。そんな過去を思い出し、真剣な美波を見つめていると、美波は俺の左手の薬指に触れて言う。

「プロポーズという事ならいいよ」

 瞬間――俺の恐怖も辛さも全身から消え失せた――。

 この言葉だけで全ての恐怖に打ち勝てそうだ。
 俺は、本当にいい女に出会えたと思う。
 少しの間美波の胸で泣いた。
 みっともなく泣いた。
 そして答えを出す。

「……今回の治療が終わればプロポーズするよ。でも指輪をはめるのはその時じゃない。指輪だけは俺のはめて欲しい時にはめてくれ」

「わかったよ。それだけ約束してくれるなら、私は京也君とずっと一緒にいるよ。ずーっと、ずーっとね」

 そして二人は抱き締め合った。
 心の動きがリンクしてるような快感を覚える。
 俺達は別々の生き物だが、全てが一つになった気がした。

 そして、俺には新たなる病が見つかる。
 急性骨髄性白血病に勝る病だ。

「美波。言ってなかったが、俺には新しい病気が見つかった。これは不治の病だ。絶対に治らない病」

「え? 新しい……病? しかも不治の病。何の病気なの?」

 驚愕の顔で美波は俺を見ている。
 この不安を解消する為、俺は今の病を告げた。

「不治の病は「美波病」だ。お前が俺を新しい不治の病にした。白血病と美波病なら、美波病の方が勝つだろ?」

「……すごく冷静に考えればヤバイ発言だけど、今は冷静じゃないからちょっと感動。あー、身体が火照るわ。真顔で言うなよこの、このー」

 いつのもように美波は俺の脇をつつく。
 そして身体を俺に預けるようにして呟く。

「私の方が栄養補給されちゃったな……」

「じゃあ、俺に栄養補給してくれよ……」

 そのまま俺は美波と抱き合った。
 初めて女の胸に触れた。
 互いの唇から伝わる感触や、吐息、心臓の鼓動が俺達の若さを昂らせる。

 愛おしい――。

 美波の事が愛おしい。
 ただただ愛おしい。
 おそらく俺の命は次の桜が咲く頃が限界だろうと個人的に感じていた。
 けど、抗ガン剤治療でもっと長く生きれる希望が湧いた。
 そうさせたのは美波だ。

 満開の桜が咲く季節に美波を知った。
 俺のフリーキックのミスを直接蹴り返して、俺の顔面にクリーンヒットさせたクラッシャー。

 まさか、そんな野獣のような女を愛してしまうとはな。
 人生とは、どこでどう他人と道が繋がっているかわからないものだ。
 そして、自分の可能性は自分だけじゃなくて見知らぬ他人が引き出してもくれる。
 白血病になって全てを失った俺は、美波病にかかって全てを取り戻したと言っていい。

 それほどに、大事な存在に巡り会えた。
 美波には今後、寂しい思いを、悲しい思いをさせる事は確定事項だ。
 だからこそ俺の全てのエゴで愛そう。
 欲にまみれた男の生き様を見せつけよう。
 たった一人、愛した女だけには――。

「美波……愛している。この命が尽きるまで美波を……」

 美波は俺を強く抱き締め、頬から流れる涙を拭ってくれた。
 涙で湿った邪魔なシャツを脱ぎ捨てた後は、もうよく覚えていない。

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