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10話・コンデイション不良と戦う京也

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 蹴栄学園しゅうえいがくえんはサッカー高校生全国大会予選試合でも順調に勝利している。
 しかし、10番でエースの俺は今日は前半で交代する事になった。
 全体的な動きは悪く無いが、どうやら草生そうせい監督にも生徒会長の息がかかっているようだ。

 クラスメイトに生徒会委員がいて生徒会に顔が効く三石に尋ねてみると、三石がそれを教えてくれた。

「生徒会長の父親は聖白蘭ひじりびゃくらん病院の医院長だし、どうしても生徒会長はキャプテンを心配してしまうんでしょう。医院長に言われてるんですよ。未来のプロサッカー選手として様子を見ておけってね」

「今は無理しなきゃいけない時期だ。ここで無理してでも命を使わなきゃ、後で後悔する事になる。俺はそうはしたくないんだ」

「体調悪いなら、無理したら死ぬ可能性もある。それでもですか?」

「ったく、お前は生徒会長の味方かよ」

「俺は俺の味方です」

 その三石の屈託の無い顔が何かムカつくと思いつつ、とりあえず試合には身体の具合次第でどうにでもなると判断した。コンデションを上げれば何の問題も無い。じっくり行こう。

「あーそれと、前に美波のドッグタグを返しておいてくれって話覚えてるか?」

「えぇ、あれは本人に返しましたよ? それが何か?」

「いや、返したならいいんだ。悪かったな」

 ヘアバンドを外した三石は先に部室に向かう。
 水飲み場の水で顔を洗う俺は色々と考える。

(柴崎さんも美波の件については疑いを持たざるを得ないし、生徒会長は父親に言われて身体のケアの件を言って来る。生徒会長自身は俺と美波の件に干渉して来てる……。どうにか生徒会から美波を離さないとならないな。俺が将来有望なせいで美波に迷惑がかかるなんて思ってもいなかったぜ……)

 昔は俺が活躍すればするほど、周囲の人間が褒め称えてくれて俺もみんなもハッピーになれた。
 しかし、今は俺に関わったが為に一人の女が苦労するハメになっている。

 これは、まず女の敵は女ということわざの通りに美波を敵視してる柴崎さんから攻略するしかないな。
 いきなり疑うのもマズイだろうから少し様子を見よう。





 サッカー部での練習が終わり、今週は試合がある為に個人練習はせずに全体練習のみで終わる。
 部員達は部室に引き上げて行き、俺は監督とこの前の試合の件などでの扱いを聞く事にした。

(ソーセイ公に試合で使ってもらわないと、俺のプロサッカー選手への道が遅れる事になる。ユース代表のメンバーの件もあるしな)

 蹴栄学園のサッカー部の草生そうせい監督とは、基本的には選手の考えを優先させていて「そうせい、そうせい」言うのが口癖だ。そのソーセイ公に何故前回の試合を含めて、最近は後半に変えられる事があるのか? を聞く事にした。

「俺の身体は軽い。調子もいいです。何故最近は試合でも練習でも最後まで出れないんですか?」

「久遠君の身体の軽さは、体重の減少による所も大きいです。この前の入院以降、毎週の体重チェックにおいては3キロも減っています」

「夏は毎年そうです。これはいつものことですよ?」

「体重だけではなく、筋肉量が落ちているのです。結果的には相手のファールとしてフリーキックを与えられ久遠君が得点を決めました。しかし、あの場面では審判から見えづらい位置というのもあり、ミスジャッジでしょう。今までの久遠君ならば、あの程度のタックルで吹き飛んでコロコロするなんて有り得ませんよ」

「それも一時的なもんですよ。最近、入院した回数が増えてたブランクもあるんで。この前の試合での前半にそこまで問題があったとも思えません」

「前回の自分は前半は良かったという判断でしょうが、後半はどうてしょう?」

「どうでしょうって……俺は後半に試合に出てないのに、どうでしょうもクソもないでしょう?」

「その点ですよ。その点」

 フォフォフォと笑う監督は腰が痛いのか腰をさすりながら言った。
 よく意味がわからない俺は困惑する。

「チームとは試合に出てない選手もチームなのです。チーム一丸という言葉は、ピッチに立つ選手だけでなく、ベンチやスタッフ。応援してくれる人間全てを合わせてチーム一丸なのです。ならば、後半のベンチで不貞腐れていた久遠君はキャプテンとしてどうでしょう?」

 的確な理屈を述べて来やがる。
 流石はソーセイ公だ。
 確かにベンチではキャプテンとして相応しくない行動もしていたさ。
 後半はチームから俺は外れた存在だった。

 けど、俺には俺の事情もある。
 特に今の俺は日本サッカー界の未来さえかかっている存在なんだ。
 ケガも無いのに試合に出られないなんてあり得ないさ。

「わかってますよ監督。次はキャプテンとして活躍します。俺はプロで活躍してワールドカップを取る男ですから!」

 ソーセイ公に今のイライラする気持ちをぶつけてグラウンドを後にして部室へ行く。その時、ソーセイ公は「若いですなぁ……」という言葉を言っていたようだが、俺には聞こえていなかった。


 部室で着替える俺は汗で素肌に張り付くユニホームを床に叩きつけ、床に置いていたペットボトルを蹴り上げた。

「クソッ! こんな所で立ち止まれるかよ! 俺は次のユース代表に選ばれて活躍すれば、Jリーグの強化指定選手に選ばれる話も出てるのに……とにかく試合に出て活躍しないと……風邪だろうが熱だろうが俺は試合に出て活躍したからこそ、この今がある。多少体調が悪いぐらいでこのチャンスを逃してたまるかよ!」

 壁を殴りつけ、怒りの感情を露わにした。
 それでも怒りが収まらない俺は、腕を引いてもう一度壁を殴ろうとする――。

 拳の痛みに冷たい感触がした。
 いつの間にか部室に入って来ていた髪の長いタレ目の男は、俺の無様な顔を見て微笑んだ。

「三石……」

 スッと三石は俺の壁を殴った拳を濡れたタオルで冷やしてくれた。
 冷たい水で冷やされたタオルの感触が俺の拳の痛みを和らげる。

「何してんですかキャプテン。こんな力任せに壁を殴りつけたら、骨折れますよ? サッカー選手だからと言って手を疎かにするのはアウトです。神の手ゴールするかもしれないし」

「神の手ゴールはただのハンドだろ。あれは今のサッカーじゃビデオ判定でアウト。おそらくレッドカードで一発退場だ」

「そのレッドカードの行為を、キャプテンはしてるんですよ」

「俺がレッドカードの行為をしてる……?」

 その三石の言葉で冷静になった。
 そうか……そう言う事か。
 監督の言っている意味もわかった。

 俺は独りよがり過ぎたんだ。

 全て自分一人で出来ると勘違いして、周りを信用してなかった。
 プロへの道が見えて来て正直焦ってもいた。
 だからベンチでも仲間を応援出来なかった。
 これじゃキャプテン失格だぜ。

「……ありがとよ三石。お前のおかげでソーセイ公の言ってた事もわかった。やっぱ俺の控えのお前は俺の事をよくわかってるな。助かるぜ」

「ハハッ、俺はキャプテンのソーセイ公ですから……ってのは冗談ですが、キャプテンの控えとしての役割は果たしますよ。ひどく個人的な理由……でね」

 やけに鋭い眼差しの三石を見つめ、俺は微笑んだ。

「そうだな……三石は俺の控えだ。俺の代役は俺の控えのお前しかいない。困った時は任せる」

 微かに微笑む三石に後を託し、嫌な汗をタオルで拭いてその場を後にした。
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