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5話・クラッシャー美波への包囲網

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 放課後になり、俺はサッカー部の部室に向かう。
 蹴栄しゅうえい学園はサッカーにおいての強豪であり、高校サッカー全国大会の優勝経験もある。近年ではベスト4までの記録が最高であり、前年度は俺と三石という一年が入った勢いで準優勝の結果を出した。
 決勝戦の前半の相手のファールによるケガで、俺が退場して結果的に蹴栄学園は敗退した。

 今年度は高校サッカー全国大会での優勝を狙う。
 やっぱ優勝すればプロに行く上でも箔が付くからな。
 部室に向かう廊下である人物に出会う。

 同じ二年生で部活の副キャプテンであり、ユース代表では俺の控えの三石みついしがドイツ語の本を読んでいた。
 三石は身長が高く、少しタレ目で黒髪が長くてヘアバンドで髪を固定してプレーしてる選手だ。
 どうやらドイツ語を覚えようとしているようだな。

「よう、三石。ドイツ語の勉強か?」

「キャプテン。そうですよ。前のユース代表試合ではドイツにはやられましたから。どうやら俺が試合中にキャプテンと同じスペースを探してるのを気付いたドイツ人から言われたセリフを調べてみると、「日本の控えは使えない」と言ってたみたいです」

「部活は同じスタメンでも、ユース代表では俺の控えでそれを出来るのもお前しかいなんだから、ドイツ語覚えて今度試合したらプレイで見返してやれ」

「……はい」

 ドイツのユース代表に言われた言葉を引きずってるのか、三石はやけに暗い顔をしていた。

「どうした? 何かあったか?」

「日本のユース代表には、人間的におかしな奴がいるからと思っただけですよ」

「……そうか。あいつ等は変なプライドが高い奴ばかりだからな。気にするなよ」

 三石の冷たい笑いに気付かない俺は、サイドポニーの女が早歩きでゴミ捨て場の方に向かうのを見た。

(あの雰囲気と髪型は美波だな。間違いない。ここは追いかけるか)

 ようやく、美波の犬のドッグタグを渡す時が来た!
 なので、三石に部室の鍵を渡して先に行っててくれ! と伝えて美波を追った。すると、美波はやはりゴミ捨て場のゴミ庫の中にいた。ホウキを持っていて、掃除をしてるというより何かを探しているような感じがした。

「おい、美波。何でこんなゴミ捨て場にいるんだ?」

「あら君じゃない! 驚かせないでよ。ゴミ庫にいた理由? 何で……と言われれば、ゴミ当番だからさ! チェストー!」

「お! お! おっ!」

 動きが遅い美波のホウキを受け流す。
 柴崎さんが来た時の昼休みの感じじゃなくて良かった。
 ここでまた拒絶されてたら、俺は部活やる精神力は無かったと思う。

「でもお前ゴミ持ってなかったよな?」

「ん? そんな事は気にしなくていいの。私の目的は達成した。なので、帰ります」

 ローファーがまだ履けていなかったのか、美波はローファーを履き直した。
 やけに汚れが目立つ靴だと感じた。

「やけに汚い靴だな。去年から履いているやつか?」

「え? あぁそうだね。まぁ、歩いてるだけでローファーも靴も汚れるもんだよ。サッカーシューズもそうでしょ?」

「まぁサッカーシューズはそもそもクラブチームでもない限り、芝生じゃないから土でかなり汚れるさ」

 俺はしゃがんで美波のローファーの状態を見た。

「まだカカトはそこまで減ってはいないな。となると問題は経年劣化じゃないか。ま、子供みたいに水溜りとか平気で歩いてるからそうなるんだよ」

「水溜りなんて歩くか」

「痛っ」

 ホウキで頭を軽く叩かれた。
 そうだよ……この感覚だ。俺はこの美波が気に入ってるんだよ。
 そして、俺は財布から美波の犬のドッグタグを出して渡した。

「このドッグタグは美波のだろ? 病室に落ちてたぜ。おそらくもう死んでしまった犬の形見だろ? 失くすなよ」

「……病室で落としたのか。ありがとう。本当にありがとう……」

「……」

 あれ? 美波軽く泣いてるぞ……。
 流石に死んだ犬の話はマズかったかな?
 最近死んだ可能性もあるしな。これは失敗だ。

(まさか美波のこんな姿を見るなんて思っても無かった)

 渡されたドッグタグを美波は大事そうに握りしめていた。
 この空気を変えようと、少し裏声で言ってみた。

「さ、さぁて! これで俺はサッカー部の練習に専念出来るぞ! やったー!」

「よっしゃ、張り切って行ってきなさいな!」

 どうやら、いつもの美波に戻ったようだ。

「おう! それと、桜道を歩く時は注意しろよ? またクラッシャー呼ばれたくないなら、迂回して校門を出るのも手だ。あの桜道はお前が通ればまた何か言われる可能性があるだろ」

「安心して、もうサッカー部や君には関わり合わないから。それじゃ、張り切って行ってこーい!」

「関わり合わないって何だ!? ――おっと?」

 バッと背中を押された俺の目の前に、黒髪ロングの姫カットの美少女がいた。
 俺の好きな女の生徒会副会長の――。

「あれ? 柴崎さんもゴミ当番?」

「えぇ。生徒会室のゴミを捨てに。部活頑張ってね久遠君」

「おう! じゃあな美波」

 何故か美波は軽く手を振るだけだった。
 アイツも柴崎さんのようにお淑やかになれば、いい女になるだろ。

 これで美波に返すもんは返したし、後は六月にあるU-17日本代表のメンバー発表を待つだけだ。練習と試合に出てれば、問題無く選ばれるはず。散り行く桜道を駆ける俺はキャプテンとしてまたサッカー部を引っ張る事になった。





 その後も、俺は昼休みになると美波の元へ通い続けた。
 ファンの女の子達より、美波の方が楽しくて楽でいいからだ。
 しかし、この行為が美波を孤立させている結果になるとは思ってもいなかったんだ。
 昼休みの中庭で、俺はとうとう美波に怒られてしまう。

「クラッシャーの件はもう済んだし、そもそも君と私は友達なのかな?」

「……それはそうじゃないとは言えないだろ? この二週間色々あったけど、俺達は仲良く出来たはずだ」

「何、俺達って? 私と君を一括りにしないでくれる? 君と関わるとロクな事は無いから困るわ。クラッシャーと呼ばれて女子達から嫌われるわ、大事な弟のドッグタグも失くすわで最悪の日々よ」

「あのドッグタグって……犬のドッグタグじゃないのか?」

「はぁ? 犬じゃなくて弟だよ? 元々は犬のだけど、弟の形見なの。もういいでしょ? じゃあね」

「……待てよ」

 俺は去ろうとする美波の腕を捕まえたまま、抱き締めてしまう。

「ちょっと離してよ! いきなり襲いかかるなんてナシでしょ!? ルール違反だよ?」

「……」

「ねぇ、そんな体重かけられたら重いし早くどいてよ……!?」

 あっ……という顔で美波は誰かと目が合ったようだ。
 黒髪ロングの姫カットの少女。
 つまり、蹴栄学校の副会長である柴崎さんだ。
 流石にタイミングが悪すぎたな。

「最悪! 今、副会長通ったわよ? しかも口を抑えて青ざめてたし……あの逃げ方だと精神的に参ってるし、攻撃の手を緩めないと思う。これはもう言い訳通用しないからね?」

「……」

「ねぇ、聞いてるの君? ねぇ君!?」

 今の俺はやや熱があり、意識が朦朧としていた。
 美波は何かを言っているがよく聞こえない状態だ。
 そのまま意識を失い、また俺は再入院する事になった。
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