人生最後の恋愛-認知症とグループホーム-

鬼京雅

文字の大きさ
上 下
8 / 16
一章・石崎恵子

8話・タバコと腕時計と青空

しおりを挟む
 心筋梗塞で倒れた安村ジイさんは病院に運ばれてから間も無く死亡した。

 母も安村ジイさんの葬式に出て、最後を見送った。その死をわかっているのか、いないのかもわからない顔をしていたのが印象的だった。

 半年という短いのか、長いのかもわからない中途半端な期間を母と安村ジイさんは過ごしたんだ。





 それから一ヶ月が経ち、時の館も元の感じが戻っていた。安村ジイさんの後に来たのは老人のバーさんで、レクリエーションの時などに母はさり気なくサポートをしている。

 その母は安村ジイさんの時計を腕にしていた。

 それは遺族から渡された物であり、認知症の為に乱れた字であったけど恵子さんに腕時計を渡して欲しいと書かれていたようだ。
 そして、最後に安村ジイさんが手に持っていたタバコも持っていた。それは吸われる事は無く、ただ母の部屋にある安村ジイさんの写真の前に置かれたままだった。

 葬式から全く安村ジイさんの事を話さない母は、本当に安村ジイさんが死んだ事をわかっているのか? という疑問が湧いてそれを聞いてみた。すると、時の館の庭で青空を見上げながら答えてくれた。

「安村ジイさんはまたタバコ泥棒しただけでしょ? 全く、ふざけんじゃないよって感じだよ。私は戻って来るまで待ってるよ……」

 その母はそう言ったまま肩を震わせて振り向かない。母は安村ジイさんの腕時計を雲一つ無い青空にかざしている。

 太陽の眩しさが、遺品の銀時計を照らしていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

人生デイサービス

鬼京雅
大衆娯楽
認知症の母と、その息子のグループホームでの出来事。夢の館で語られる母の人生録・ユメセカイ。 ※小説家になろうでも掲載中。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

赤毛の行商人

ひぐらしゆうき
大衆娯楽
赤茶の髪をした散切り頭、珍品を集めて回る行商人カミノマ。かつて父の持ち帰った幻の一品「虚空の器」を求めて国中を巡り回る。 現実とは少し異なる19世紀末の日本を舞台とした冒険物語。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました

加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...