ガチャ上の楼閣 ~ゲーム女子は今日も寝たい~

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崩壊と再生

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「皆、すでに知っているかもしれないが、『エンゲージケージ』をヘキサゲームスに売ることになった」

 ついに朝礼で社長が正式に買収の話をした。

「『エンゲジ』に所属しているメンバーはそのままヘキサゲームスに移ってもらう。先方は『エンゲジ』チームを高く評価しているので、待遇は安心してほしい」

 社長を前にしてあまり喜ぶところではないのかもしれないが、歓喜の声があちこちで上がる。

「しかし、『ヒロクリ』はこのままノベで開発、運営を続けることになる。『ヒロクリ』メンバーはこれからも私たちを支えてほしい」

 しーんと静まり帰る。
 社長が何を言ったか社員たちは分からなかったのだ。
 誰かが手を挙げて言う。

「すみません、もう一度言ってもらってもいいですか?」

 社長は咳払いをして言う。

「『ヒロクリ』メンバーはヘキサゲームスに移れない。このままノベルティアイテムに残留だ」

 あちこちで叫び声が上がった。

「なんで!? ひどい!」
「俺もヘキサに行かせてくれよ!」
「私はどっちのチーム? 残ることになるの?」
「やめてよ! 差別じゃない! みんなで移ろうよ!」

 まさに阿鼻叫喚だ。
 みんな、「ヒロイックリメインズ」はサービス終了して、社長、役員以外は「エンゲージケージ」ごとヘキサゲームスに移るのだと思って疑わなかった。
 どちらのチームに所属していたかで環境が大きく変わる。
 ノベルティアイテム残留になったら、沈みかけの「ヒロイックリメインズ」と運命をともにすることになってしまう。

「よし、俺は『エンゲジ』一筋だったからな。ヘキサ行きだな!」

 と、久世が言う。

「『ヒロクリ』も手伝ってたじゃない」

 木津がツッコミを入れる。

「そりゃ、だいたいのやつがそうだろ! でも俺は一貫して『エンゲジ』だから! 勝ち組だ! 木津はどっちなんだ?」
「『ヒロクリ』にもいたけど、結局『エンゲジ』に戻って来てそのままよ」
「よし、一緒に移籍だな! ……って」

 二人が盛り上がっている横で、文見は小さく震えていた。

「あたし、ずっと『ヒロクリ』……」

 文見が最初から最後まで「ヒロイックリメインズ」チームだったことは社員全員が知っている。
 社長の発言は、泥船に残るか、ノアの箱舟に移れるかの審判だった。
 困難な新プロジェクトを成功に導いた立役者がまさにこんなに遭うとは思わなかった。

「あたし死ぬのかな……」
「死なない、死なない! まだノベが潰れたわけじゃないから!」
「そうよ。『エンゲジ』を売ってお金があるから、絶対に潰れないわ」

 二人は必死に文見をフォローする。
 一瞬にして人生が書き換わる。
 大成功か大失敗か。まるでガチャのようだった。
 社長は厳粛な朝礼で社員たちが大騒ぎしているのを止めなかった。自分の言動で社員たちの運命を変えてしまうのは申し訳ないと思ってはいたのだ。




 買収の処理としては、ヘキサゲームスの出資で、新たな会社を作り、「エンゲージケージ」チームを移籍させることになった。
 社長には戦闘班リーダーだった生駒が就任した。
 生駒はずっと「ヒロイックリメインズ」担当だったが、ヘキサゲームス側がその才能を欲して強引に呼び寄せたのであった。
 久世と木津も新会社の所属である。
 一方、「ヒロイックリメインズ」はそのまま開発、運営を続ける。そして、「ヒロイックリメインズ」チームはノベルティアイテム唯一のゲーム部門として存続するのだ。
 この事態に不満を持つ社員は多く、「ヒロイックリメインズ」チームのメンバーは退職を決意する者が続出する。
 天ヶ瀬社長も早期退職制度を定めて、通常より退職金が多く出るようにし、退職希望者を支援した。一方で、リスタートする意志を固めて、新たな人材募集を行っていた。
 100人以上がいたオフィスも、今では閑散としていた。
 なんとか「ヒロイックリメインズ」の運営を続けるだけの人数だけが残っていた。
 かつての熱意もなくなってしまったので、外注を使って、あまり残業しない仕事のスタイルを取っている。
 そのため、まったり仕事ができるようになり、残ってよかったと思う社員もいる。新天地にいくリスクを取るより、働き慣れた場所はやはりいいようだった。

「小椋、ちょっといいか?」

 天ヶ瀬社長がふらっと小椋の席に現れる。

「どうしました?」
「今度、イベントやるんだが任せていいか?」
「はい、他にやる人いませんしね」

 新規イベントの上流工程のようだった。
 どのような内容にして、どんな仕様、どんなストーリーにするか。今残っているメンバーだと、シナリオを担当している文見がやるのが一番よいように思えた。

「助かるよ。主役クラスの声優は全員呼ぶから楽しみにしてくれ」
「あ、新規音声撮れるんですね!」
「いや、収録はしない。イベントだからな」
「へ?」

 社長との会話が成り立たない。何か思い違いがあるようだった。

「もしかして……リアルのイベントですか?」
「ああ。リリース後大きい広報をやれてないから、そろそろ派手なのをやろうと思ってな」
「そうでしたか。いいですね!」
「じゃあ、衣装のサイズを合わせておいてくれ。そういうの得意なんだろう?」
「へ……?」

 かみ合い始めた話がまたズレていく。

「メイの衣装。前に届いただろう? 秋葉原のホール借りて、声優呼ぶから、小椋がそれ着て司会をやってほしい」
「えええっー! ……あ、ごめんなさい」

 社長を前にしてさすがに大声を出しすぎてしまった。

「必要なものがあれば申請してくれ。あとで立替精算してもいい」

 社長はそれだけ言うと自分の席に戻ってしまった。

「あ、ああ……どうしよう……」

 あまりに驚きすぎて断ることができなかった。
 当然、恥ずかしい思いをしたくない。でも、声優と再び会えるというのは魅力的だった。

「でも、チャンスなのかな……?」

 会社のお金を使ってコスプレできるのも、もしかしたら悪くないのではないかと思えてきた。

「踏み込めないなって思うのは経験したことがないから。思い切って飛び込めば案外たいしたことなかったりする……。そして、新たな道が開かれたりする……」

 自分がゲームをしたり、コスプレを始めたりした結果、こうしてゲーム会社に入り、普通の人には体験できないことやっている。
 ここで再びコスプレをしてイベントの司会を見事務めれば、さらに道が広がるかもしれなかった。
 会社も仕事もめっちゃくちゃだが、今目の前には、自分にしかない大きなチャンスがある。

「ここまで来たらやってみるか! SSR出ますように!」

 どうせもう失うものはない。人生は一発逆転ガチャなのかもしれないと思ったところに、会議をしていた門真が戻ってくる。
 門真はノベルティアイテムに残留して、まだ文見の下でシナリオを書いている。

「なにかガチャ引くんですか?」
「ふふっ、いいキャラ当たりそうなんだ」
「えー! なんのゲームですか? 俺も引きたいです!」
「そのうち分かるって!」




「イベント、大好評だったようだな」

 閑散としたオフィスで残業をしていると、八幡に話しかけられた。

「ははは、お恥ずかしいことに……」

 秋葉原で行われたリアルイベントは大盛況に終わった。
 不祥事や会社再編でユーザーが離れてしまったか不安はあったが、コアなファンはまだついてきてくれたことが確認できて、主催者、参加者ともに嬉しいイベントとなった。
 売り上げもだいぶ立て直し、セールスランキング50位に食い込むようになる。

「写真見たよ、コスプレの」
「見ないでください! 消してください!」
「ネット上でも大好評だね」
「はあ……」

 これは喜ばしいのか恥ずかしいのか、よく分からなかった。
 声優がいるため一般撮影は不可だったが、メディアには許可していたため、多くの写真がネット上にアップされることになる。
 コスプレのクオリティが高かったため、かなり評判がよく、ニュース記事は拡散された。
 恥ずかしい思いをしたが、この日のために体を引き締めた甲斐があったといえる。

「でも、すごく楽しかったです」

 久しぶりにコスプレをして、やっぱり何かを表現したり、キャラへの愛を示したり、みんなに見られたりするのは好きなのかもしれないと、文見は思った。
 そして、大人気声優とやりとりできたのも嬉しかった。自分の脚本を演じてくれて、脚本以上の演技をしてくれたのは感謝しかないし、今回のイベントで恩返しできるよう努めた。観客と一緒に盛り上がれて本当によかったと思う。

「そうか。小椋はここに残るのか?」

 八幡は「ヒロイックリメインズ」のメインプログラマーだったため、ノベルティアイテムに残留であった。生駒と一緒に新会社に誘われたが断った、という噂はあったが、真偽は分からなかった。
 突然の質問に文見は困惑する。

「あたしは……まだ悩んでます……。このままやっていけるのか、というのもありますし、『ヒロクリ』はあたしの生きがいでもあって見捨てることなんてできませんし……」

 文見にとって「ヒロイックリメインズ」は苦労して産んだ我が子のようなものである。愛していることは先のイベントで痛いほどに感じた。
 けれど、空っぽのオフィスを見ると悲しくなる。同期や多く社員がヘキサゲームスに行ってしまい、貧乏くじを引かされたのは悔しく、社長をいまだに恨んでいる。早期退職制度を考えればやめたほうがいいのだが、不安は多かった。
 一方では、生駒と一緒の会社にいたらひどい目に遭いそうで、そういう意味では救われたとも思ってしまう。

「でも転職先も見つからなくて……」

 転職といえば同期の佐々里がいる。
 彼は何度も転職を繰り返した末、奇しくもヘキサゲームス本体に勤めていた。
 久世たちが移籍したとき、四人で飲みに行こうと話があったが、文見は断ってしまった。悔しくて仕方ない。

「人生、ほんとガチャみたいですよね」

 イベントによって、自分が会社やコンテンツを好きだということが分かった。でも、現実はそんなに甘くない。今はなんとか開発を続けられているが、今度どうなるかはまったく分からないからだ。
 ガチャで大金持ちだった会社はたった一つのことで崩壊。くじ引きのような感じでその先の運命も決まる。これがゲームならリセットしてしまいたい。

「そうか……」

 八幡は少し考えてから言う。

「ガチャに賭ける気はあるか?」
「ガチャですか? もう完全に底辺ですから、全財産ガチャにつっこんでもいいって気分ですよー」

 会社公認の社員コスプレイヤーとしてデビューした文見は、だいぶやけになっている。

「そうか……。じゃあ、私の会社に来ないか?」
「へ……? 八幡さんの会社ですか?」
「まだ社長には言ってないが、独立することにしたんだ」
「えっ、独立!? すごいですね!」

 独立という言葉にはなんて魅力的な響きがあるのだろう。

「高校時代の親友が独立を考えていて、私もそれに乗ろうと思っていてな」
「へえ……」

 独立は今勤めている会社との雇用関係から外れて、自給自足で生きていくということだ。
 楽しくて夢のあることなのだろうが、金銭的に苦しくなるのは間違いない。巨大な船を下りて、小舟で荒波にこぎ出すようなものだ。
 文見も独立を誘われてどう反応していいのか分からなかった。

「そんなこと言われても困るよな」
「いえ、そういうわけじゃ……」
「親友は声優やっててけっこう人気らしいんだ。声優に関連するアプリでも作ろうと思ってる。そこにシナリオライターがいればやれることが増えると考えてな。小椋はバイタリティーあるから、来てくれると嬉しいんだが」
「えっ、あたしなんて大したことないですよ! 八幡さんにずっと迷惑かけっぱなしでしたし!」

 「ヒロイックリメインズ」開発で何度八幡に助けられただろう。
 しかし恩人とも言える人物の誘いの乗っていいのか分からない。このままノベルティアイテムにいれば、立場も収入も安定するのは間違いないのだ。
 シナリオの先輩である井出はヘキサゲームスに行ってしまったので、今や文見の独壇場である。

「声優って言うのは……江端孝史だ」
「えっ!? 江端さん!? 知り合いだったんですか!?」
「長い付き合いでな。向こうも事務所との関係で何か不満があるらしい。独立したら自由に動けるし稼げると。金銭面ならあいつけっこう儲かってるから、たぶん大丈夫だ。小規模開発ならまったく問題ない」

 江端の名前が出て、急に心が揺れる。
 江端は誰もが知る人気声優だ。先にイベントでも同じ舞台にも立ち、その人気や実力はこれでもかってぐらいに思い知らされた。
 彼のルックスもいいし、トークもすごかった。彼がいたから場は常に盛り上がっていたし、イベントがうまくいったのも彼のおかげとも言える。
 声優界でのポジションはきっと不動。ベテランであるしエースであるしスターでもある。そのうちレジェンドと言われるに違いない。
 彼と一緒に仕事ができたらどんなに嬉しいことか。

(やばい! 行きたい! ……でもそれでいいのか、自分)

 なんて現金な女なんだろう、と自分のことが恥ずかしくなる。

「す、少し考えさせてください!」
「ああ、ゆっくりでいい。大切な判断だからな」




 自分の人生どうやって生きるのか、どの道を進むのがいいのか。まったく分からなくなってしまった。
 社長に言われるがまま仕事をしているのが、どんなに楽だったか思い知る。
 何度も転職しようとする佐々里をちょっと軽蔑していたが、今はそんなことを言えない。彼がいかに真剣に悩んでいたか理解してあげられず、申し訳なかった。
 睡眠時間は減るばかり。文見は一人で悩むのに限界を感じて、木津に相談した。木津ならズバッと切り込んでくれるに違いない。
 木津は快く受け入れてくれ、自宅に招待してくれた。
 最近引っ越したという部屋は非常に綺麗で広かった。

「いいんじゃない、八幡さんのお世話になれば? 独身だし」
「ちょっと! そういう話じゃないから!」

 いきなり変なところから切り込まれる。

「好きじゃないと誘わないと思うよ」
「やめて。そういうこと言われると逆に行きづらくなる!」
「まあ、冗談なんだけど」
「観月が言うと冗談に聞こえないって!」

 木津たちが会社を移ってからしばらく経つが、木津は相変わらずだったので安心する。
 会社は違ってしまったが、木津とは生涯の親友としてこの関係を維持したいと思う。

「好きに決めればいいと思うけど? 私はあの件で、一回限りの人生、好きに生きないとダメだと思ったし」
「観月はヘキサにいったからそんなこと言えるんだよお!」
「あれ、言ってなかったっけ? 私、ヘキサやめたから」
「へっ!? 聞いてない!」

 どうして自分の周りはこんなに報告が遅いのだろうか。それとも文見の情報キャッチ能力が低いのか。

「結婚して独立することした」
「結婚!? 独立!?」

 人生二大ワードが飛び出した。

「もしかして子供も!?」
「子供はまだ。一緒に暮らしてるからそのうちかもしれないけど」
「もしかしてここ? 旦那さんは?」
「今日は出かけてるから大丈夫」

 木津の家は2LDKで、一人暮らしにしてはやけに広いマンションだと思っていた。

「そっか、結婚したんだ……」
「式はまだだから、日程決まったら呼ぶよ」
「うん、絶対だよ! あとでの報告はなしだからね!」
「はいはい、忘れなければね」
「だから忘れないでって……。そういえば、独立して何をするの? キャラデザ?」
「うん。フリーのイラストレーター。腐っても『エンゲジ』と『ヒロクリ』のキャラデザ担当だからね」

 木津はにやっと悪そうな笑顔を見せる。
 ノベルティアイテムのブランドを経歴として使う気まんまんのようである。

「打倒、中村一心!」
「はぁー、絵描ける人はいいよね……」
「文見もシナリオ書けるじゃん」
「いや、シナリオは書けても仕事になんないから。どこも雇ってくれないよ。求人も調べてみたけど、全然ライター募集なかった。どこもベテランが書いてるんだね。外の人間に譲るわけない。募集あるのは下働きのスクリプターだけ……」
「じゃあ贅沢な悩みをしてるじゃない。もう八幡さんのところに行きな」
「え?」
「シナリオライターとして生きる覚悟はしていて、ノベにはいたくない。でもライター募集がない。なら、ライターとして雇ってくれる八幡さんところしかないじゃん」
「あ、うん……」

 木津に言われて気付く。確かに答えは自明だったのかもしれない。

「でなければ、コスプレ好きの同級生のところへ永久就職したら?」
「やめて! それだけは言っちゃいけない!」

 実は、高校の同級生である道成から同様のことを言われていた。
 仕事ないなら俺と結婚すればいいじゃん。
 そんなことを言われ、「上から目線がむかつく」と断った。

「十分、人生の選択してるじゃん。結婚断ったなら、転職なんて大したことないよ」
「ああ……そうなのか、な……」

 別に道成のことが嫌いなわけではない。
 再会してから、道成と結婚して一緒に歩むのも悪くないと思ったことがある。
 でも今は違う。道成に保護されるような人生はダメだと思ったのだ。
 結婚するならやはり対等でなければいけない。どちらかが頼りっきりというのは何か違う。自分がもっと安定してからじゃないと、誰ともできないと文見は考えた。

「ノベは会社としてはかなり解体状態だけど、お金はいっぱいある。『ヒロリク』も売れてないわけじゃないし、まだ巻き返せるチャンスはあるかもしれない。でも頼れる人材は誰もいないから、何もしてないとそのまま終わる未来も当然ある。そこであんたがキーになるのは間違いない」
「うん……」

 ノベルティアイテムに残れば、これまでの実績と社長からの信頼で、ガンガン仕事ができるはずだ。だがこれまでのように安定は望めない。ゲームが売れず、社長がまたゲームを売り払ったり、会社を畳むと言ったりしたら、そこで終了なのだ。

「八幡さんのところはまだ形すらないから、安定は求めちゃいけない。大きくなるかもしれないし、始まる前に空中分解するかもしれない。でも、確実にあんたの働きが、そのまま会社の成立や成功に影響する。やりたいと言ったことは新たな仕事になるかもね」

 やはり木津の言うことは的確だった。
 現状をよく把握しているし、文見の個性も加味してくれている。

「うん……。どちらにもリスクはあって、あとは別の会社に転職するかなんだよね……」
「それと独立してみるとか」
「無理無理! あたし一人じゃお金も技術もない!」
「知ってる。一応、選択肢としてある、って思っておくと、気持ちが楽ってこと」
「もう……」

 木津はいつも人を気遣わないセリフを言うが、ちゃんと文見のことを思ってくれている。

「人生、ガチャみたいなもんだけど、それを受け入れるか拒否するかはあんた次第。使えるものは使って、ダメなものは捨てるしかない。大いに悩むといいよ」
「そうだね。ゲームキャラなら信念に従って生きるから、何事にも動じないんだろうけど、あたしは信念なんかない。自分の人生でこれをやり遂げようなんてもの、考えたことなんてないや」
「みんなそんなもんよ。行き当たりばったり。いいことあれば喜ぶし、悪いことあれば悲しむ。その時々で考えなんて変わるわ」
「うん。でも、前向きに生きたいってのは変わらないな」
「じゃあ飛び込みなさい。『暗雲を切り払う剣はお前の心の中にある』!」
「『やまない雨はないから』!」

 文見は腕時計を撫でた。

「あたしは恐れず前に進む!」




「そういえば知ってた? いつも久世に情報漏らしてたのって生駒なんだって」
「えっ、生駒さん? 新会社の社長だよね?」
「そう。社長と仲良かったからいろいろ聞いてたみたいなんだけど、つい久世にポロってたみたい」
「なにそれ……今もずぶずぶってこと?」
「久世の出世は確定演出が出たね。そういうのが気に食わないから、私は独立したのよ」
「なんだか納得いかないなあ……」

 ガチャ上の楼閣は崩壊するが、人の営みは止まらない。
 新たな楼閣は作っては人が集まり、楼閣を見上げる。
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