シチューにカツいれるほう?

とき

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8章 失踪

36話

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 志田の顔を見るが、苦渋に満ちた表情で言い返せずにいた。
 ここは私が加勢すべきところ! と真理子は大きく息を吸う。
 だが志田は手をあげて真理子を制止する。
 志田が自分で親との問題を解決しようと決めたんだから、それを見守らないといけない。真理子は目で合図する。

「それは大人の理屈だ。子供はそう思っちゃいない」

 志田は食らいつく。
 話にならないと投げ出すのは、相手の主張を認めてしまうことになるから主張はやめない。

「どうして子供に向き合わない? 自由を与えたつもりなのかもしれないけど、ただ放置してるだけだろ。親は子供の面倒を見る義務があるのに、それを都合のいいように言葉で取り繕って、大人のふりをするのはやめてくれ」
「リヒトちゃん……」

 あまり問い詰められるのは慣れていないのかもしれない。志田の母はショックを受けていた。

「もはや、あなたとは関係ないですから強くは言いませんけど、俺は無責任だと思います。アイラは好きで家を飛び出したわけじゃありません。ここに居場所がなくていられなかっただけです。親ならちゃんと向き合ってください」

 志田は感情を抑えつつも、自分の思いを実の母にぶつけた。

「いこう、アイザワ。ここにいてもアイラは見つからない」

 志田はソファーから立つ。

「ちょっと待ってください」

 呼び止めたのは大輔だった。

「全部私が悪いんです……。どうか瑠璃さんを責めないでください」

 大輔は妻である瑠璃をかばおうとする。

「私にアイラと向き合う勇気がなかったんです……。前の妻と死に別れ、アイラとどのように接していいのかわかりませんでした。傷つかないように遠ざけることしかできず……。それでアイラが苦しんでいるのもわかっていましたが、何もできなかったんです……」

 大人のこういうことを言われてしまうと困ってしまう。
 でもそれは本当のことで、ようやくアイラと大輔の関係性が見えてきた気がする。
 積極的に家から追い出すことはなかったんだろうけど、母の死という不幸な要素から溝がどんどん大きくなって、アイラは家から外に目を向けることになってしまったんだ。

「あの、こういうのはやめませんか……? 瑠璃さんとリヒトくんが言い合いしている姿はとても見ていられません。どうか肉親をうらまないでやってください……」

 大輔は静かに頭を下げた。
 やはりそんなことをされても困ってしまうが、子供に対してかっこつけることなく、隠すことなく言えるのはすごいことだと思った。

「別に母さんをうらんでいません。いろいろありましたけど、今はこうして幸せですから」

 志田がちらっと見てきたので、真理子は真っ赤になってしまう。

「あと、同じことをアイラに言ってやってください。きっと喜びます」

 足りないのはコミュニケーション。たぶん悪い家族ではなかったんだと思う。ただすれ違いを埋める機会がなかっただけ。
 志田が手を差し出してきたので、真理子はその手を取って立ち上がる。

「私が間違っていたのかしら……」

 そのまま帰ろうとしたところで、突然瑠璃がポロポロと泣き出すので足をとめてしまう。
 大の大人が子供の前で泣き出すというのもインパクトがある。

「洋平さんとうまくいかなかったのは私の甘えのせい……。でも私なりにリヒトちゃんのことを思って別れることにしたのよ。親がいがみ合っているところなんて子供は見たくないだろうって……」
「母さん……」

 瑠璃は夫であった、志田の父・洋平のことを語り出す。思ったよりも志田と距離があったのがショックだったに違いない。

「リヒトちゃんを嫌いになったわけじゃないの。ずっと一緒にいたかった。でもいられなかったのよ。父と母がそれぞれ別に子供の接することができればいいのに。これだけは言えるわ。私はずっとリヒトちゃんを愛してる。それでも、お母さんが悪い?」
「親の事情なんて知らないよ」

 志田は瑠璃を突き放す。

「でも、非難するつもりもない。できれば普通の家族でいたかった。それだけだよ、母さん。……たぶんアイラもそう思ってる」

 その言葉に瑠璃は泣き崩れる。
 けれど志田は瑠璃を顧みることなく玄関に向かうので、真理子はそのあとをついていく。

「リヒトくん!」

 玄関でまた大輔に呼び止められる。

「こんな状況で言うのも変だけど……」
「何ですか?」
「カツシチュー食べていかないか? 瑠璃さんがリヒトくんと一緒に食べたいって作ったんだ」

 そこで判明する。カツシチューは母の味。
 志田がカツシチューを好きでよく作っていることが、家族への思いをすべて語っている気がした。
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