シチューにカツいれるほう?

とき

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3章 戸惑い

15話

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 真理子と志田は電車に乗って、真理子の家に向かった。
 これから何が起きるのかを考えると、嫌なほうにしかイメージが行かない。ひたすらネガティブ。やればやるほど、最悪をどんどん更新していく。
 電車の中、一人で逡巡していると、志田は何も言わずそばで立っていてくれた。

「ごめん、こんなことになって……」
「謝るのはもういいって」
「うん……」

 謝っても謝りきれない気がする。でも、一方で謝りたいというのは自己満足かもしれないと思ってしまう。
 ごめんという言葉を言うと、少しだけ許される気がするのだ。だから、もう一回だけ、もう一回だけと言ってしまう。
 完全に沼。脱出できない。

「私の家の事情……話してなかったよね」
「ああ、そうだったな」

 できれば人に話したい内容じゃない。でもここまで巻き込んでしまった以上、話さないわけにはいかなかった。それが自分にせめてきること。

「もうわかってると思うけど、うちのお母さんはあんな感じでね……。いわゆる毒親ってやつ……」
「毒、ね」
「うん、かなり毒……」

 子供に対して毒になる親。心を蝕む猛毒で子供を苦しめる。

「子供を支配したくてしょうがない人で、自分の知らないところで何かされるのがすごく嫌みたい。たぶん私を『もの』だと思ってるんだよ」

 志田は驚かなかった。
 真理子の目をしっかり見て、傾聴するようだった。

「記憶があるころからずっとあんな感じ。昔はあれが普通だと思ってた。塾にも通わせてくれたし、本もいっぱい買ってくれたから、私のためを思っていろいろしてくれるんだなって」

 自分の子供が優秀であってほしい。そう思うのは親として当然のこと。でも、それが過剰すぎると毒でしかない。

「一方で、締め付けというか、決めつけもひどかったね。こうすべきだ、こうしなくちゃいけないって。逆に、しなくてもいい、というのもあって、『どうせできないんだからやっちゃダメなんだよ。できることだけしな』と否定的なことを言われる……」
「料理もそれか」
「うん。何が基準かわからないけど、絶対やらせてくれないのがあるの。それで、私はどうしようもない不器用で、触るだけでも失敗しちゃうんだと、ずっと思い込んでた……。その熱心な教育のおかげで、勉強は優等生ではあったんだけど、相当ひねくれてたね。お母さんがやらないでいいと言ったことは、意地張ってやらなかったし、あの子と付き合うなって言われたらすぐ絶交した。ゆがんだメガネで世界を見てたよ」

 志田のまゆがぴくっと動く。
 気持ちを隠しきれなくなったのだ。たぶん同情。真理子のことを不憫に思ったに違いない。
 真理子の母は友達を値踏みする。真理子が誰と関わるかは全部母が決めた。
 友達の親に電話をかけて「もううちの真理子に関わらないでください」と宣言したこともある。学校の先生に「真理子にこんなことさせないでください」と電話かけたことも多々。

「『あんたが勉強できるのはお母さんのおかげ』『お母さんがいないと、あんたは何もできないんだから』ってのがお母さんの口癖なの」
「なんだよそれ……」

 黙って聞いていた志田だが、さすがに嘆いてしまう。

「洗脳みたいなもんかな。うちの家庭が異常だってことに気づいたのは、中学の終わり。でもあまりにも遅すぎて、変人だと思われたし、友達はみんないなくなった。しょうがないよね、実際変で、迷惑かけてたんだから……。中学ではもう修復は無理だったから、高校に入ってから心機一転変わろうと思ったんだ」

 そこから、パーフェクトな真理子様伝説が始まる。
 これまで隠してきたかったことなのに、不思議と志田にはペラペラとしゃべってしまう。
 ちょっと自虐的なところもあるけれど、今まで詰まっていたものを解放できているせいか、快感すらあった。

「そういうことか。だから、何でもできるフリしてたのか。あっ……」

 失言に気づいて、志田は口を覆う。

「はは、さすが志田くん。偽りの私に気づいてたんだね」

 クラスメイトに大人気の優等生。頼られたらなんでもやってくれる。
 これまでの自分を変えようと思って、無理につくろったり、飾ったりして、そう見せていた。
 ノートのタワーを崩しそうになったとき、志田が不愉快そうに声をかけてきたのは、その姿が見苦しく見えたからのようだ。

「これでもけっこう頑張ったんだよ。勉強ができる以外はほとんど取り柄のない変人。できるだけ普通に見えるようにしたし、みんなに好かれるよう何だってした。でも、結局付け焼き刃……。急には変わらないよね……。学校にいるときはヒロインになれても、家では惨めなまんまだから……」
「アイザワ……」

 結末は変わらない。
 仲のいい友達がいても、親が気に食わなかったら絶交。
 きっと今回もそうだ。母はきっと志田にひどいセリフを言うに違いない。
 志田との関係もおしまい。料理を教え合う関係もおしまい。
 うまくいっていたのに、母のせいでこれまでのことが全部なくなってしまう。

「逃げたい……」

 思わず本音がもれてしまう。
 こわいこわいこわい。逃げたい。
 やだやだやだ。失いたくい。
 このまま電車を降りず、志田とずっと一緒にいたい。
 終点は海のほうにいくはず。この時期はほとんど人がいないし、ひっそりと隠れられるかもしれない。
 でも、そんなことできるわけがない。

「大丈夫だ。逃げるのはあとでもできる。まずはぶつかってからだ」

 志田は真理子の頭を包むように腕を回して抱え込む。
 真理子はそこでようやく、自分が泣いていることに気づいた。
 他の人から見られないように、志田はそうしてくれているのだ。
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