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たとえ馬鹿だとしても
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ラインで通話をかけたり、メッセージを送ったりしたが、未梨亞の反応はなかった。
「未梨亞……」
愛良は走った。
途中でいつもの公園に寄るが、どこにも未梨亞の姿はない。
家に戻ってみるが、電気はついておらず、未梨亞もいなかった。
未梨亞の少ない荷物はそのままになっている。どうやら家には戻っていないようだった。
「未梨亞の行くところ……」
もう一度ラインを確認してみるが、まだ既読にもなっていない。
未梨亞に関係する場所は、バイト先の古本屋ぐらいしか知らなかった。まさか戻っているとは思えなかったが、念のため電話してみる。
「いないよな……」
案の定、お店には誰もいないのだろう。誰も電話に出なかった。
次はどこに連絡しようかと思ったが、家族や友達を知らなかった。
「あっ……肥後さん。ン……。一応聞いてみるか……」
未梨亞は徹を振って申し訳なく思っている。その徹を頼るとは思えない。
しばらくの呼び出し音のあと、徹が通話に出た。
「どうした?」
「夜遅くにすみません。未梨亞から連絡来てたりしませんか?」
「不破さんから? ないけど? 何かあった?」
「いえ、別に……。帰りが遅いので……」
徹を巻き込む必要はないだろうと、愛良はウソをつく。
「ホント? 大丈夫なのか?」
「いえいえ、ホントなんでもないんです。すみませんでしたー」
通話を強引に切ってしまう。
「じゃあ、どこだ……」
家を出ようとしたところで、雨が降ってきた。
「世話が焼けるな……」
愛良は折りたたみ傘を鞄つめて、長い傘を持って家を出る。
「未梨亞!」
「……愛良さん」
「やっぱここにいた……」
愛良は橋の上で、川面を見ている未梨亞を発見した。
はじめて二人が出会った場所だ。
未梨亞は、あのときのようにずぶ濡れだ。
「馬鹿なマネはやめてよね」
「しませんよ……」
未梨亞はぷいっとそっぽを向いてしまう。
「ちょっと話を聞いて」
愛良は未梨亞の肩をつかんで引き留める。
「何も聞きたくありません」
「子供みたいなこと言わないで」
そう言って、差していた傘を未梨亞に差し出す。
「やめてくださいっ!」
自分を裏切った人に施しなんてされたくない。拒絶した未梨亞は、反射的に手が出てしまい、それが傘に当たる。
「あっ」
傘が愛良の手から離れ、川のほうへ落ちていってしまう。
未梨亞はまずいと思って、すぐに手を伸ばすが届かなかった。
「す、すみません……!」
意固地なために、とんでもないことをしてしまったと、未梨亞は頭を下げて謝る。
「見て見て」
「え?」
愛良が指を向ける先を見る。
開いた傘がふんわりと飛んで、川の上を橋から離れていく。
「飛んでる」
しかし、雨に打たれてどんどん高度が下がっていく。そしてあっという間に川面に落ちる。
「あっ……」
「あっ……」
同時に発していた。
傘は川をゆっくり流されていく。
なんだか面白くなり、二人は笑い出してしまう。
「ふふふ、傘って飛ばないんだね」
「あはっ、全然ですね!」
あのとき、未梨亞は傘で飛べるかもしれないと言っていた。
しかし実際は、人間というおもりがなくても、全然飛べてなかった。
「こりゃ未梨亞死んでたね」
「死んでましたね」
「あははは……」
「うふふふ……」
二人は笑いを堪えきれなくなり、大笑いを始める。
未梨亞は笑い声も大きい。SE集に収録されている笑い声のようだった。
橋を通る人は何事だろうと、ずぶ濡れの二人を見つめながら、通り過ぎていく。
けれど、愛良は気にならなかった。
今大いにおかしいから笑っている。どうしてそれをやめることができようか。
「それにしても、ひどい顔だなぁ」
「愛良さんこそ、ずぶ濡れですよ」
未梨亞はだいぶ泣いたのだろう。目が赤く腫れている。
愛良も傘がなくなってしまったので、雨をもろに受けてしまっている。
しかし、今さら気にすることではなかった。雨に濡れるのも、人に注目されるのも、未梨亞と知り合ってからずっとだ。
「……ごめん。付き合っているの言おうと思ってたんだけど、言えなくて」
「……別にいいですよ」
「あと別れたから」
「え?」
「未梨亞の言う通り、最低な男だったわ」
愛良は真剣な顔をして言い、それからニヤッと笑ってみせる。
「あははっ、だから言ったじゃないですかぁ! 何だまされてるんですかぁ!」
「いやぁ、あれはだまされるって。かっこいいし、めっちゃ優しそうに見えるんだから」
「そういう人なんですよ。あんな顔持ってるから、女にもてるし、仕事もできるんです」
「分かるー。ちゃんと仕事してくれそうだから、みんな仕事任せるよね。だけど中身はクズ」
「そうそう。外面だけはいいんです。ふふ」
「はは」
全面合意。
意見がぴったりと一致するのは、気持ちがよかった。自分の思っているのを認めてくれるのは嬉しいし、相手も同じことを思っているのは、つながっている感じがするのだ。
鞄から未梨亞のために用意していた折りたたみ傘を取り出し、二人で入る。
冬の雨はあまりにも冷たく、未梨亞の肌に触れるとひんやりしていた。
「無茶するなって言ったのに」
「無茶させたのは誰ですか」
「あたしか。ごめん」
「いいですって。でも風邪引いたら、薬代いただきます」
すぐ隣で可愛い小悪魔が笑う。
背が低いので、傘を持つのは当然愛良だ。
「あたしねー、小説書こうと思うんだ」
「へ?」
「実は小説好きなんだよ」
「へー、知りませんでした」
未梨亞には言ってなかったし、部屋には一冊も小説が置いてなかったので無理もない。
「いいんじゃないですか。でも、どうして急に?」
「未梨亞がうらやましくって」
「はい?」
「未梨亞がまた声優に戻ろうって頑張ってる姿見てて、あたしも頑張ろうと思ったんだよ」
「私なんて見本にならないですよー」
「かもね」
「ええっ!?」
未梨亞は大仰に飛び跳ねて見せる。わざとらしいが、おそらく自然に出たアクションだ。
「小説家目指すのも、声優と同じぐらいに大変だから、ホントはマネしちゃいけないんだろうな」
「あはは……。ホント見本にしちゃいけないですね。小説家がどんなものか分からないですけど、あんまりオススメはしないです。夢を追うのはしんどいですし、報われるか保証ないですから」
「でもね。それをやってみようと思うんだ。あたしはこれまでの人生、人に従ってばかりだったから、自分でやりたいと思ったことをやってみる」
「ン」
「未梨亞の言うとおり、頑張ったところで小説家になれるかは分からない。でも、小説家は別に年齢制限はないから、未梨亞ほどつらくはないかなって」
「あはは……。私の場合、これがラストチャンスかもしれないですからね」
声優は年齢が上がれば上がるほど、給料が上がるものではないので、年齢の高い人を雇うデメリットはあまりない。しかし、メリットもない。それは売れる可能性が低いからだ。若い人のほうが伸びしろもあって、長く使うことができるし、変なプライドもないから便利だ。
「あと、生きた証を残してから死のうと思って」
「生きた証、ですか?」
「これも、未梨亞がうらやましいって話だけど、作品作ってウィキペディアに名前残ったらいいなあと」
「なるほろ……。確かにあれは恥ずかしいけど、嬉しいですね。自分は死にかけているのに、ウィキペディアの不破未梨亞はかっこよさそうです」
「なにその表現」
愛良は笑ってしまう。
「まあ、冒険してみたいお年頃ってやつ?」
「いいと思います! あたしみたいに人生犠牲しないでやる冒険なら、全然アリです!」
「ありがと。未梨亞ならそう言ってくれると思ってた」
「ほえ? そうですか?」
「馬鹿だからね」
「ひどいっ!」
「ふふ。あたしも十分馬鹿だから大丈夫」
向上心のある馬鹿だ。自分のやりたいことを貫くために、どんなこともできてしまう。
「死ぬ気でやればなんとかなるよね」
「なります! 空は飛べないですけど!」
「違いない」
自分の思っていることを、持っている感情を話せる相手がいるのはいいことだ。自分も嬉しいし、相手も嬉しくなれる。
今まで自分の中にため込んでいたものを解放できて、冷たい雨の中なのに気分は爽快だった。
(あたしは全部諦めて生きてきてたんだな……。でも今からは違う。これで未梨亞と同じところに立てる……)
これからは、誰かが言うことに従うだけの自分じゃない。自分で考え、自分のやりたいことをやる。当たり前のことだが、それがようやくできるようになるのだ。
そして、未梨亞と同じ夢追い人になるのが嬉しかった。
「あっ!?」
未梨亞が突然叫んだ。
「どうしたの!?」
「小説、捨てちゃいました……。貸す約束だったのに……」
「ああ、あれ。読んだけどクズだったね」
未梨亞が持っていた『クリスピンの冒険』の話だ。
「ええっ!? 読んだんですか!?」
「ゴミ箱にあったから。あれは捨てたくなるわ。救いようがないくらいひどい話」
「ですよね! なんであんな本、好きって言っちゃったんだろう……」
「まあ、いいんじゃない? バッドエンドはバッドエンドで、心に残るし」
夏目漱石の『こころ』もバッドエンド。あえてバッドエンドにしたのには、強いメッセージが秘められているに違いない。
「あの作者、何が言いたかったんでしょうね……。苦労が報われない話なんて、誰も望んでないですよ」
「気になって読み直してみたけど、メッセージはあったかも」
「え? ありましたか?」
愛良は『こころ』を読み終わったあと、もう一度『クリスピンの冒険』をゴミ箱からサルベージしていた。
「自分のやることに意味を持たせる、ことかな」
「文学的ですね……」
「そんな高尚なのか知らんけど……。人生は何が起きるか分からなくて、苦労も報われるか分からない。だから、自分のやること、生きることに意味を持たせないといけない。クリスピンは世界一周の夢があって、それを叶えることができたけど、家族やお金を失ってしまった。そんなとき、クリスピンは大好きな海に意味を見いだしたんじゃないかな」
「意味?」
「他の人には海に飛び込んだ自殺にしか見えないけど、クリスピンには海と一緒にいられることに大きな意味があった。もちろん残酷な結果ではあるけどね」
「そんなもんですかねえ?」
未梨亞は納得がいかないようだった。
「人生がうまくいってても、急にダメになったらどうする?」
「もう一回チャレンジします!」
「それもアリだね。人によっては、第二の人生を送らないといけないかもしれない。そんなとき、第二の人生は無駄で、ダメなものなのかな?」
「ダメじゃないです! 他に好きなことを見つけて、楽しんでいきるべきです!」
「そういうこと」
古本屋店主の寺井のように第一の人生をリセットしても、その第一は無駄ではなかったし、これからの第二も、寺井にとって重要な意味を持っている。
「自分の人生に意味を持たせられるのは自分だけ、ってことなんだと思う」
「未梨亞……」
愛良は走った。
途中でいつもの公園に寄るが、どこにも未梨亞の姿はない。
家に戻ってみるが、電気はついておらず、未梨亞もいなかった。
未梨亞の少ない荷物はそのままになっている。どうやら家には戻っていないようだった。
「未梨亞の行くところ……」
もう一度ラインを確認してみるが、まだ既読にもなっていない。
未梨亞に関係する場所は、バイト先の古本屋ぐらいしか知らなかった。まさか戻っているとは思えなかったが、念のため電話してみる。
「いないよな……」
案の定、お店には誰もいないのだろう。誰も電話に出なかった。
次はどこに連絡しようかと思ったが、家族や友達を知らなかった。
「あっ……肥後さん。ン……。一応聞いてみるか……」
未梨亞は徹を振って申し訳なく思っている。その徹を頼るとは思えない。
しばらくの呼び出し音のあと、徹が通話に出た。
「どうした?」
「夜遅くにすみません。未梨亞から連絡来てたりしませんか?」
「不破さんから? ないけど? 何かあった?」
「いえ、別に……。帰りが遅いので……」
徹を巻き込む必要はないだろうと、愛良はウソをつく。
「ホント? 大丈夫なのか?」
「いえいえ、ホントなんでもないんです。すみませんでしたー」
通話を強引に切ってしまう。
「じゃあ、どこだ……」
家を出ようとしたところで、雨が降ってきた。
「世話が焼けるな……」
愛良は折りたたみ傘を鞄つめて、長い傘を持って家を出る。
「未梨亞!」
「……愛良さん」
「やっぱここにいた……」
愛良は橋の上で、川面を見ている未梨亞を発見した。
はじめて二人が出会った場所だ。
未梨亞は、あのときのようにずぶ濡れだ。
「馬鹿なマネはやめてよね」
「しませんよ……」
未梨亞はぷいっとそっぽを向いてしまう。
「ちょっと話を聞いて」
愛良は未梨亞の肩をつかんで引き留める。
「何も聞きたくありません」
「子供みたいなこと言わないで」
そう言って、差していた傘を未梨亞に差し出す。
「やめてくださいっ!」
自分を裏切った人に施しなんてされたくない。拒絶した未梨亞は、反射的に手が出てしまい、それが傘に当たる。
「あっ」
傘が愛良の手から離れ、川のほうへ落ちていってしまう。
未梨亞はまずいと思って、すぐに手を伸ばすが届かなかった。
「す、すみません……!」
意固地なために、とんでもないことをしてしまったと、未梨亞は頭を下げて謝る。
「見て見て」
「え?」
愛良が指を向ける先を見る。
開いた傘がふんわりと飛んで、川の上を橋から離れていく。
「飛んでる」
しかし、雨に打たれてどんどん高度が下がっていく。そしてあっという間に川面に落ちる。
「あっ……」
「あっ……」
同時に発していた。
傘は川をゆっくり流されていく。
なんだか面白くなり、二人は笑い出してしまう。
「ふふふ、傘って飛ばないんだね」
「あはっ、全然ですね!」
あのとき、未梨亞は傘で飛べるかもしれないと言っていた。
しかし実際は、人間というおもりがなくても、全然飛べてなかった。
「こりゃ未梨亞死んでたね」
「死んでましたね」
「あははは……」
「うふふふ……」
二人は笑いを堪えきれなくなり、大笑いを始める。
未梨亞は笑い声も大きい。SE集に収録されている笑い声のようだった。
橋を通る人は何事だろうと、ずぶ濡れの二人を見つめながら、通り過ぎていく。
けれど、愛良は気にならなかった。
今大いにおかしいから笑っている。どうしてそれをやめることができようか。
「それにしても、ひどい顔だなぁ」
「愛良さんこそ、ずぶ濡れですよ」
未梨亞はだいぶ泣いたのだろう。目が赤く腫れている。
愛良も傘がなくなってしまったので、雨をもろに受けてしまっている。
しかし、今さら気にすることではなかった。雨に濡れるのも、人に注目されるのも、未梨亞と知り合ってからずっとだ。
「……ごめん。付き合っているの言おうと思ってたんだけど、言えなくて」
「……別にいいですよ」
「あと別れたから」
「え?」
「未梨亞の言う通り、最低な男だったわ」
愛良は真剣な顔をして言い、それからニヤッと笑ってみせる。
「あははっ、だから言ったじゃないですかぁ! 何だまされてるんですかぁ!」
「いやぁ、あれはだまされるって。かっこいいし、めっちゃ優しそうに見えるんだから」
「そういう人なんですよ。あんな顔持ってるから、女にもてるし、仕事もできるんです」
「分かるー。ちゃんと仕事してくれそうだから、みんな仕事任せるよね。だけど中身はクズ」
「そうそう。外面だけはいいんです。ふふ」
「はは」
全面合意。
意見がぴったりと一致するのは、気持ちがよかった。自分の思っているのを認めてくれるのは嬉しいし、相手も同じことを思っているのは、つながっている感じがするのだ。
鞄から未梨亞のために用意していた折りたたみ傘を取り出し、二人で入る。
冬の雨はあまりにも冷たく、未梨亞の肌に触れるとひんやりしていた。
「無茶するなって言ったのに」
「無茶させたのは誰ですか」
「あたしか。ごめん」
「いいですって。でも風邪引いたら、薬代いただきます」
すぐ隣で可愛い小悪魔が笑う。
背が低いので、傘を持つのは当然愛良だ。
「あたしねー、小説書こうと思うんだ」
「へ?」
「実は小説好きなんだよ」
「へー、知りませんでした」
未梨亞には言ってなかったし、部屋には一冊も小説が置いてなかったので無理もない。
「いいんじゃないですか。でも、どうして急に?」
「未梨亞がうらやましくって」
「はい?」
「未梨亞がまた声優に戻ろうって頑張ってる姿見てて、あたしも頑張ろうと思ったんだよ」
「私なんて見本にならないですよー」
「かもね」
「ええっ!?」
未梨亞は大仰に飛び跳ねて見せる。わざとらしいが、おそらく自然に出たアクションだ。
「小説家目指すのも、声優と同じぐらいに大変だから、ホントはマネしちゃいけないんだろうな」
「あはは……。ホント見本にしちゃいけないですね。小説家がどんなものか分からないですけど、あんまりオススメはしないです。夢を追うのはしんどいですし、報われるか保証ないですから」
「でもね。それをやってみようと思うんだ。あたしはこれまでの人生、人に従ってばかりだったから、自分でやりたいと思ったことをやってみる」
「ン」
「未梨亞の言うとおり、頑張ったところで小説家になれるかは分からない。でも、小説家は別に年齢制限はないから、未梨亞ほどつらくはないかなって」
「あはは……。私の場合、これがラストチャンスかもしれないですからね」
声優は年齢が上がれば上がるほど、給料が上がるものではないので、年齢の高い人を雇うデメリットはあまりない。しかし、メリットもない。それは売れる可能性が低いからだ。若い人のほうが伸びしろもあって、長く使うことができるし、変なプライドもないから便利だ。
「あと、生きた証を残してから死のうと思って」
「生きた証、ですか?」
「これも、未梨亞がうらやましいって話だけど、作品作ってウィキペディアに名前残ったらいいなあと」
「なるほろ……。確かにあれは恥ずかしいけど、嬉しいですね。自分は死にかけているのに、ウィキペディアの不破未梨亞はかっこよさそうです」
「なにその表現」
愛良は笑ってしまう。
「まあ、冒険してみたいお年頃ってやつ?」
「いいと思います! あたしみたいに人生犠牲しないでやる冒険なら、全然アリです!」
「ありがと。未梨亞ならそう言ってくれると思ってた」
「ほえ? そうですか?」
「馬鹿だからね」
「ひどいっ!」
「ふふ。あたしも十分馬鹿だから大丈夫」
向上心のある馬鹿だ。自分のやりたいことを貫くために、どんなこともできてしまう。
「死ぬ気でやればなんとかなるよね」
「なります! 空は飛べないですけど!」
「違いない」
自分の思っていることを、持っている感情を話せる相手がいるのはいいことだ。自分も嬉しいし、相手も嬉しくなれる。
今まで自分の中にため込んでいたものを解放できて、冷たい雨の中なのに気分は爽快だった。
(あたしは全部諦めて生きてきてたんだな……。でも今からは違う。これで未梨亞と同じところに立てる……)
これからは、誰かが言うことに従うだけの自分じゃない。自分で考え、自分のやりたいことをやる。当たり前のことだが、それがようやくできるようになるのだ。
そして、未梨亞と同じ夢追い人になるのが嬉しかった。
「あっ!?」
未梨亞が突然叫んだ。
「どうしたの!?」
「小説、捨てちゃいました……。貸す約束だったのに……」
「ああ、あれ。読んだけどクズだったね」
未梨亞が持っていた『クリスピンの冒険』の話だ。
「ええっ!? 読んだんですか!?」
「ゴミ箱にあったから。あれは捨てたくなるわ。救いようがないくらいひどい話」
「ですよね! なんであんな本、好きって言っちゃったんだろう……」
「まあ、いいんじゃない? バッドエンドはバッドエンドで、心に残るし」
夏目漱石の『こころ』もバッドエンド。あえてバッドエンドにしたのには、強いメッセージが秘められているに違いない。
「あの作者、何が言いたかったんでしょうね……。苦労が報われない話なんて、誰も望んでないですよ」
「気になって読み直してみたけど、メッセージはあったかも」
「え? ありましたか?」
愛良は『こころ』を読み終わったあと、もう一度『クリスピンの冒険』をゴミ箱からサルベージしていた。
「自分のやることに意味を持たせる、ことかな」
「文学的ですね……」
「そんな高尚なのか知らんけど……。人生は何が起きるか分からなくて、苦労も報われるか分からない。だから、自分のやること、生きることに意味を持たせないといけない。クリスピンは世界一周の夢があって、それを叶えることができたけど、家族やお金を失ってしまった。そんなとき、クリスピンは大好きな海に意味を見いだしたんじゃないかな」
「意味?」
「他の人には海に飛び込んだ自殺にしか見えないけど、クリスピンには海と一緒にいられることに大きな意味があった。もちろん残酷な結果ではあるけどね」
「そんなもんですかねえ?」
未梨亞は納得がいかないようだった。
「人生がうまくいってても、急にダメになったらどうする?」
「もう一回チャレンジします!」
「それもアリだね。人によっては、第二の人生を送らないといけないかもしれない。そんなとき、第二の人生は無駄で、ダメなものなのかな?」
「ダメじゃないです! 他に好きなことを見つけて、楽しんでいきるべきです!」
「そういうこと」
古本屋店主の寺井のように第一の人生をリセットしても、その第一は無駄ではなかったし、これからの第二も、寺井にとって重要な意味を持っている。
「自分の人生に意味を持たせられるのは自分だけ、ってことなんだと思う」
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