ただ生きたいだけなのに

とき

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どう思うかは人次第

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 未梨亞とはこれまでと同じように接していたが、やはりどこか、もやもやするところがあった。
 隠しごとになってしまっているので、哲平と会っていることを話しておきたかった。また、興味もあるし真実を知るためにも、哲平との間に何があったのか詳しく知りたいと思っている。
 今日は未梨亞が徹と出かけているので、家には一人だった。
 退屈なのでスマホゲームをするが、ぼうっとしてしまって、シナリオの内容が頭に入ってこなかった。
 昔から小説を読むのが好きで、このゲームもテキストが多く、シナリオが面白いことから長く続けていた。
 内容を把握できないまま先に進めても、あとで困ることになるので、ゲームを一時中断する。
 手持ち無沙汰でなんとなく狭い部屋をぶらついて、片付けをしていく。
 といっても、未梨亞がしっかり家事をしてくれているので、あまりやることはなかった。

「あれ?」

 ふと、ゴミ箱に本が捨てられているのに気づいた。
 本を捨てる、という概念がなかったのでびっくりした。本は燃やさず、リサイクルに出すものだろう。そして、感覚的に本を捨てるのは可哀想だ、という気持ちもあった。
 ゴミ箱から本を拾い上げる。
 そのタイトルには見覚えがあった。
 『クリスピンの冒険』。未梨亞が古本屋でもらった本だった。
 ブックカバーも自分で作ったはずと思い、ゴミ箱を覗いてみると、握りつぶされた状態で見つかった。

「読み終わったのかな……」

 自分なら読み終わったからといって、すぐに捨てたりしないが、未梨亞は思い切りがいい。自殺しようとした日も、知らない人にもらった傘をすぐに捨ててしまった。
 この本は確か好きな作品で、読み終わったら貸してくれる、と言っていた。それを捨てるのはおかしい。
 愛良は気になって、本を開いてみる。
 内容は未梨亞の言っていたように、船乗りの冒険譚。特におかしいところはない。それどころか、久しぶりに小説を読むこともあって、どんどん読み進めてしまう。
 面白い。未梨亞が好きというのも分かる。
 この感覚は懐かしく、とても心地よかった。続きが気になって、やめるタイミングが見つからない。学生時代は、これが好きで本を読みあさっていた。
 時間が経つのを忘れるぐらいに読み進め、あっという間に、クリスピンは世界一周を終えて故郷へ帰ってきてしまった。
 しかし、そこから急に雲行きが怪しくなる。

「ウソ……でしょ……」

 未梨亞と同じ感想をもらす。

「ここでバッドエンドにする理由が分かんないんだけど……」

 読み終わったら不要、というのには納得できるが、未梨亞があれだけ楽しそうに好きだと語っていた理由は分からなかった。

「確かに教訓的なのはあるけど、誰得だよなぁ……」

 苦労は報われない、と見せつけられても何にも嬉しくないし、みんな知っている。でも、想像の世界くらいは、その理屈が機能して欲しいから本を読むのだ。愛良はそう思う。
 現実なんていらないのだ。その世界では強くありたい。力も心も強く、生まれつき美形。頑張った分はすべて返ってきて、幸せに包まれることができる。

「だからあたしは、本読んでたんだよな……。何もできない平凡な女。自分で決められないし動けない。人の任せっぱなし。主人公に引っ張ってもらう、ただの脇役だよ……。大人は頑張れば人気者になれるって言うけど、なってないじゃん。親も先生も平凡。頑張ってれば、あんなじゃないでしょ。地味なあたしなんてもっとダメに決まってる……」

 未梨亞のような輝きは自分にはないのだ。
 愛良は再び本を開く。

「そういう意味ではあってるか……。無理はするな。人を気にかけてる場合か。現実見て、身の丈にあったことをしろ。夢見るからつらい思いするんだよって。これはありがたいお言葉だ……」

 作者の意図を考察する。
 ペラペラとページをめくって、クリスピンが世界一周の夢を彼女に語るシーンを読む。

「帰りを待てないなら応援するなよ……」

 彼女は、世界一周から戻ったら結婚しようという約束を、涙を流して受け入れる。しかし、クリスピンの船が消息を絶ち、何年も帰って来ないと、別の男性と結婚してしまうのだ。
 男を支える女。男の夢を応援する女。ちょっと前まではそれが女の美徳とされていた。この小説の舞台でもきっとそうだろう。
 しかし、現代はそうではない。女だって夢を追うし、男を待つなんて無責任なことは言わない。それが男女お互いのためだからだ。
 もしかすると、作者はそういった男女の関係についても、苦言を呈したかったのかもしれない。相手を信じたところで、愛は返ってくるかは分からないと。

「だけど……。ヤな話だな……」

 作者は世に失望してこんなことを書いたのかもしれない。それは分からないでもないが……。
 愛良は本をパタンと閉じて、再びゴミ箱に投げ捨てた。

「小説は夢があってなんぼでしょ」

 愛良は収納にしまってある段ボールを取り出す。
 引っ越しの際に封をしてから、一度も開封していなかった。
 段ボールにはアルバムや文集など、あまり見たくはないが、捨てられないものが詰まっている。

「あったあった」

 アルバムを書き分けて、一冊のノートを取り出す。
 100ページある分厚いノートで、あちこちが折れたり丸まったりしている。
 それは愛良の創作ノートだった。
 愛良は中学のとき、こっそり小説を書いていたのだった。小説が好きで、物語に触れている時間を愛していた。物語を自分で作れたら幸せに違いない、そう思って少しずつ、自分の想像する世界を膨らませていった。
 しかし、すぐにやめてしまった。
 小説を書いても、何の役にも立たないと悟ってしまったからだ。小説家は選ばれた人だけがなれる職業だ。自分がなれるわけがない。そもそも他人に見せるのも恥ずかしい。
 そんなことしているなら受験勉強したほうがいい。誰に言われたわけではなく、自ら筆を折ってしまった。

「ああ……見てられん……」

 ノートには、小説の設定が書き散らしてあった。
 15年近く前のものでほとんど記憶にないが、読んでて恥ずかしくなってくる。自分はなんて自信家なんだろう、生意気なんだろう。
 しかし、夢に溢れていた。

「小説、書いてみようかな……」

 小説家になるのは、今も昔も同じく荒唐無稽な夢。しかし、そんな夢に立ち向かっている人がそばにいる。彼女を見ていると、不思議と自分も心がワクワクとしてくれるのだ。
 未梨亞のように、勇気もガッツもないから輝くことはないだろう。でも、小説を書くだけなら、何のリスクもないはずだ。小説大賞にも出さないとし、プロも目指さない。だから傷ついたり焦ったりも、お金を減らすこともない。
 けれど、問題もある。

「未梨亞は読んでくれるかな」

 小説は読んでくれる人がいてこそ。
 中学のころは小説を書いても、友達に読んでもらったときに、「なに小説なんか書いてるの?」「こんな恥ずかしいのよく書けるね」「いつもこんなこと考えてるの」……そんなことを言われるのではないかと怖かった。
 しかし未梨亞は違う。未梨亞は夢を笑ったり馬鹿にしたりしない。

「よし……。やってみるかな」

 ダメで元々。自分には才能も根気もないのだから、完成する保証はほとんどない。でもそれでいいじゃないか。未梨亞以外に見せることはないのだ。

「あたしもやっぱ馬鹿だわ」

 精神的に向上心のない者は馬鹿だ。いや、未梨亞と同じく、向上心を持った馬鹿なのだろう。
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