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人生の楽園
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未梨亞のバイト探しは難航した。
盗難に遭ったバッグにはお金のほか、身分証明書となる運転免許証もあった。警察に盗難届を出しているが、再発行には何週間かかかる。
その間、「住所不定の未成年っぽい28歳女性」になってしまうからだった。
面接では、元声優という事情を興味持って聞いてくれるが、謎の人物をわざわざ雇うリスクを負いたくないのか、採用は見送りになっていた。見た目も性格も経歴も、浮世離れしていて面白いけど、信じられないということだ。
「ああああ……」
今日は休日。愛良が買い物から帰宅すると、未梨亞がクッションに埋もれていた。
「どうしたのよ……」
「なんか疲れちゃって……」
また面接に落ちたんだ、ということはすぐに分かったが、ここまで落ち込んでいるのは珍しいことだった。
「何かあったの?」
「いやぁ……。特別何かあったわけじゃないんですが、こう何度も経歴を話すのはしんどくて……」
「ああね……」
元声優ということについて根掘り葉掘り聞かれるのだろう。何度も聞かれるのは嫌だし、成功体験のようで挫折する話だから、できれば人に話したくはないだろう。
ただのバイト面接なので面接担当者も、本当はそんなに掘り下げて聞かないものだろうが、目立つ経歴だから聞かずにはいられないに違いない。別に悪いことをしたわけではないのに、過去の仕事で苦しめられるのは不憫だった。
何ヶ月も居座られると、未梨亞の食費も馬鹿にならないが、まだ気にするほどではなかった。バイトが見つかればすぐに返してもらえるだろう。こんな不幸な子に全額請求する気もなかったが。
「ちょっと気分転換でもしてきたら?」
「いやぁー、遊んでばかりで申し訳ないですよー」
「家でぐだっとされてるよりマシだから」
「あ、はい……」
くよくよしていても、愛良に迷惑なだけと分かり、未梨亞は外を散歩することにした。
天気は自分の心模様とは真逆で、よく晴れていた。
風も弱く、日向ぼっこしたくなる陽気だ。
「バイトなんだから、さくっと雇ってくれればいいのにー」
スーパー、コンビニ、飲食店などを受けてみたが、どれもダメだった。
働き盛りの28歳。労働力を提供すると言っているんだから、素直に働かせてくれればいいのに。いったい何が不満だというのだ。
「愛良さん、ああ言ってくれてるけど、これ以上迷惑かけられないしなぁ……」
落ちるのは慣れている。声優になるのにも何度も落ちているし、声優になってからもオーディションに落ちている。声優は挑戦することに臆病になっていては絶対に務まらないのだ。
未梨亞が気にしているのは、やはり愛良のことだ。好意に甘えすぎて申し訳ない。
声優時代は全部自分のことだから、いくら落ちても何度失敗しても、それほど気にしなかったが、人が関わると同じではなかった。焦るし、申し訳ないし、情けなかった。
「一人でやり遂げようと頑張ってきたけど、一人って逆に楽なんだね……」
一方で嬉しいこともあった。
長いこと一人暮らしをしていたので、愛良とのルームシェアしているこの状態は楽しかったのだ。
なんといってもさみしくない。一人のときは自分のために何かするのは面倒に感じていたが、愛良のために家事や料理をするのは達成感があって、やり甲斐があった。仕事帰りの夫を待つ新妻の気持ちが分かる。
愛良のおかげで自分は惨めな思いをせず、生きながらえていられる。未梨亞はそう思っていた。小さいことでも、短期的なことでも、目標や目的が必要なのだ。今はそれを愛良が提供してくれている。
気分展開といっても、お金はかけられないので、未梨亞はひたすら歩いて移動した。
歩くのは嫌いじゃなかった。裕福な家庭ではなかったので、交通費を節約するために数駅歩くことはよくしていた。
それは声優時代も同じだ。唯一持っている靴は今はいている一足のみで、よく仕事にはいていったものだ。背が低いのでマイクに近づけるよう、ヒールの高い靴をはきたかったが、足が小さいせいか転びやすく、しっかり踏ん張れるスニーカーを愛用していた。
表通りよりも、路地を歩くのが好きだった。
雑居ビルや住宅地の中にぽつりとあるお店は妙に心惹かれる。それは入りがたい雰囲気すら乗り越えてしまう。
「あれは古本屋かな……?」
今日も古びたテナントを見つけてしまう。
店先にはワゴンが置いてあり、大量の本が積まれている。
お店の中も本がぎっしりだ。本棚に入らなかった本が床に直置きされ積まれている。
見つけた以上は入らなければいけない。
それは自らの好奇心を満たすための使命のようなものだ。
未梨亞は恐る恐るガラスの戸を開ける。
「いらっしゃいませ」
奥には店主と思われるおじさんがレジに座っていた。60歳過ぎぐらいだろうか。
こういうお店は高齢のおじいちゃんがいて、客が入ってきても何も反応しないものだと思っていたので、ちょっとびっくりする。
割と愛想のよさそうな店主だ。
「どうも」
未梨亞は頭をちょこんと下げる。
声優という仕事をしていたこともあって、物語を読むのが好きだった。といっても難しいのは苦手で、絵本や童話、ライトノベルをよく読んでいた。
お店に置いてあった本は知らない本ばかりだった。未梨亞には何の本かまったく分からない。
一言で言えば、「なんだか難しそう」な本ばかりである。
見ているとだんだん眠くなってくる。これは探しても、興味惹かれる本はなさそうだなと未梨亞は思う。
せまい店内を一周して出ようと思ったとき、ある張り紙に目がとまった。
バイト募集中。
その反応はすぐ声になって出ていた。
「バイト募集中なんですか!?」
突然話しかけられ、店主は驚いている。
「ええ、まあ……」
「バイト希望です!」
「おお、そうですか。本は好きなんですか?」
見た目通り、柔和な言葉をかけてくれる。
「好きです!」
ウソは言ってない。
「うちは10時から20時ぐらいまでやってます。用事があって、早く閉めることもありますが。どのぐらい働けますか?」
「フルタイムで何曜日でも大丈夫です!」
「はあ……」
元気よくハキハキと即答。声優でも接客でもいろんな業種で好まれる姿勢だ。けれど、その声量から店主は気圧されてしまう。
未梨亞がバイト面接に落ちる要因の一つに、張り切りすぎというのもあるだろう。
店主は沈黙して何か考えているようだった。
その間が不安になってしまう。
「じゃあ採用。いつから来てくれますか?」
「えっ!? いいんですか!?」
「すぐに人手が欲しくてね」
「やったー!」
未梨亞はぴょこんと跳ねてみせる。
渡りに船。散歩に出て正解だった。
「明日からでも大丈夫です。もちろん今からでも!」
「ははは。まあ、明日から来てもらおうかな。仕事内容はレジ打ちと掃除と雑務ぐらいかな。見ての通り、忙しくないから大丈夫」
お店には未梨亞以外の客はいなかった。
「寺井書店の寺井です。小さい古本屋ですけどよろしく」
「はい! 不破未梨亞と申します! これからよろしくお願いいたします! ……って履歴書とかいいんですか?」
「ああ、連絡先ぐらいは聞いておかないとか」
個人店とあってかなりルーズなようだった。未梨亞にとっては好ましいことだが。
愛良の住所と、携帯電話の電話番号を書いたメモを渡す。自分の電話を持っていないので、緊急連絡先として伝えた。
今日はそれで帰り、すぐ愛良に仕事を見つけたことを報告した。
「へえ、古本屋ね。いいんじゃない?」
「えー、そんな反応ですか?」
「え? どう反応しろと……」
「『すごいね、おめでとう! 未梨亞の熱意が伝わったのね!』とか」
「おめでとうおめでとう」
「全然思ってないじゃないですかー! お祝いしてくださいよー!」
仕事を見つかったのは喜ばしいことだが、愛良にはそんなに祝うようなことだとは思わなかった。
「ちっちゃな本屋でしょ? バイトでしょ?」
「バイトだって立派なお仕事ですよー」
「そうだけどさー」
温度差というのか、物事に対する反応が二人で全然違うのだ。
確かに自分の反応はクール過ぎたかと、愛良は思う。
友達に嬉しいことがあったのだから、もっと反応してあげたほうが喜んでくれるはず。きっと未梨亞のようなテンションでいることが人間らしいことなのだ。
「店主の人、定年後に古本屋始めたらしいんですよー。本が好きだったみたいで、自分のお店を持つのが夢だったとか」
「へえ、夢が叶ったんだ」
「そうなんです! いいですよねー、第二の人生というやつですよ。人生の楽園です」
「人生の楽園?」
「知りませんか? テレビ番組。西田敏行がナレーターで、脱サラした50代くらいの人が田舎にいって、自分の好きなこと始めたのを紹介するんです。農業したり町おこしをしたり!」
「そんなのあるんだ」
「私その番組すごく好きで、いかりや長介のときから見てます!」
いったい何年前の話だろうか。子供のころから見ている計算になるが、子供が中年の夢が叶ったドキュメンタリーを見て面白いのだろうか。同い年とは思えなかった。
「第二の人生っていいですよねー。夢を叶えるためにコツコツお金を貯めたり、勉強したりして。奥さんの理解を得て、ようやく開業! 専門外のことで大変なことばかりだけど、自分のやりたいことだからと満足げに苦労話を語るんです。私もそんな老後を送りたいです」
「へえ……」
愛良は老後のことなんて考えたことがなかった。
学校出て就職して結婚して……。旦那とそのまま一緒に生きて死んでいくのだろう。そのぐらいだ。
「第二の人生では何やるの?」
「ラーメン屋です!」
「え」
「ラーメン大好きなんですよー。自分でラーメン作って、誰かが喜んでくれるならそんなに嬉しいことはないです。でも経営していくのは大変だから、老後にちょっとできたらいいなと」
若いときは声優に叶えるために努力して、老後はラーメン屋。
なんだかめちゃくちゃだが、やりたいことが多いのはいいことだ。正直うらやましい。
「そんな夢あるんだ。そいや、中華好きだったね」
「どうせ一つしかない命です。第一、第二の人生があってもいいじゃないですか。夢はたくさん持ってて損はなし! やりたいことのために生きましょう!」
「へえ、夢追い人だなあ……」
転んでも立ち上がる未梨亞の強さは、そこから来ている気がする。生きてるから夢を追いかけて、夢があるから生きていられるのだ。
「私はどうするかな……」
「ン? 何か言いました?」
「いや、なんも」
今はあまりうまく行ってないが、最終的には未梨亞のほうが成功するのではないかと、嫉妬というのか焦りというのか、ネガティブな気持ちが生まれてくる。
自分はいろいろ持っているし、大きな失敗もしてないが、満足いく人生とはほど遠い気がする。
「夢か……」
結局、人間は夢を持つことが始まるなのだと思う。やりたいことがあるから、向上心が生まれる。そして成長できるのだ。
盗難に遭ったバッグにはお金のほか、身分証明書となる運転免許証もあった。警察に盗難届を出しているが、再発行には何週間かかかる。
その間、「住所不定の未成年っぽい28歳女性」になってしまうからだった。
面接では、元声優という事情を興味持って聞いてくれるが、謎の人物をわざわざ雇うリスクを負いたくないのか、採用は見送りになっていた。見た目も性格も経歴も、浮世離れしていて面白いけど、信じられないということだ。
「ああああ……」
今日は休日。愛良が買い物から帰宅すると、未梨亞がクッションに埋もれていた。
「どうしたのよ……」
「なんか疲れちゃって……」
また面接に落ちたんだ、ということはすぐに分かったが、ここまで落ち込んでいるのは珍しいことだった。
「何かあったの?」
「いやぁ……。特別何かあったわけじゃないんですが、こう何度も経歴を話すのはしんどくて……」
「ああね……」
元声優ということについて根掘り葉掘り聞かれるのだろう。何度も聞かれるのは嫌だし、成功体験のようで挫折する話だから、できれば人に話したくはないだろう。
ただのバイト面接なので面接担当者も、本当はそんなに掘り下げて聞かないものだろうが、目立つ経歴だから聞かずにはいられないに違いない。別に悪いことをしたわけではないのに、過去の仕事で苦しめられるのは不憫だった。
何ヶ月も居座られると、未梨亞の食費も馬鹿にならないが、まだ気にするほどではなかった。バイトが見つかればすぐに返してもらえるだろう。こんな不幸な子に全額請求する気もなかったが。
「ちょっと気分転換でもしてきたら?」
「いやぁー、遊んでばかりで申し訳ないですよー」
「家でぐだっとされてるよりマシだから」
「あ、はい……」
くよくよしていても、愛良に迷惑なだけと分かり、未梨亞は外を散歩することにした。
天気は自分の心模様とは真逆で、よく晴れていた。
風も弱く、日向ぼっこしたくなる陽気だ。
「バイトなんだから、さくっと雇ってくれればいいのにー」
スーパー、コンビニ、飲食店などを受けてみたが、どれもダメだった。
働き盛りの28歳。労働力を提供すると言っているんだから、素直に働かせてくれればいいのに。いったい何が不満だというのだ。
「愛良さん、ああ言ってくれてるけど、これ以上迷惑かけられないしなぁ……」
落ちるのは慣れている。声優になるのにも何度も落ちているし、声優になってからもオーディションに落ちている。声優は挑戦することに臆病になっていては絶対に務まらないのだ。
未梨亞が気にしているのは、やはり愛良のことだ。好意に甘えすぎて申し訳ない。
声優時代は全部自分のことだから、いくら落ちても何度失敗しても、それほど気にしなかったが、人が関わると同じではなかった。焦るし、申し訳ないし、情けなかった。
「一人でやり遂げようと頑張ってきたけど、一人って逆に楽なんだね……」
一方で嬉しいこともあった。
長いこと一人暮らしをしていたので、愛良とのルームシェアしているこの状態は楽しかったのだ。
なんといってもさみしくない。一人のときは自分のために何かするのは面倒に感じていたが、愛良のために家事や料理をするのは達成感があって、やり甲斐があった。仕事帰りの夫を待つ新妻の気持ちが分かる。
愛良のおかげで自分は惨めな思いをせず、生きながらえていられる。未梨亞はそう思っていた。小さいことでも、短期的なことでも、目標や目的が必要なのだ。今はそれを愛良が提供してくれている。
気分展開といっても、お金はかけられないので、未梨亞はひたすら歩いて移動した。
歩くのは嫌いじゃなかった。裕福な家庭ではなかったので、交通費を節約するために数駅歩くことはよくしていた。
それは声優時代も同じだ。唯一持っている靴は今はいている一足のみで、よく仕事にはいていったものだ。背が低いのでマイクに近づけるよう、ヒールの高い靴をはきたかったが、足が小さいせいか転びやすく、しっかり踏ん張れるスニーカーを愛用していた。
表通りよりも、路地を歩くのが好きだった。
雑居ビルや住宅地の中にぽつりとあるお店は妙に心惹かれる。それは入りがたい雰囲気すら乗り越えてしまう。
「あれは古本屋かな……?」
今日も古びたテナントを見つけてしまう。
店先にはワゴンが置いてあり、大量の本が積まれている。
お店の中も本がぎっしりだ。本棚に入らなかった本が床に直置きされ積まれている。
見つけた以上は入らなければいけない。
それは自らの好奇心を満たすための使命のようなものだ。
未梨亞は恐る恐るガラスの戸を開ける。
「いらっしゃいませ」
奥には店主と思われるおじさんがレジに座っていた。60歳過ぎぐらいだろうか。
こういうお店は高齢のおじいちゃんがいて、客が入ってきても何も反応しないものだと思っていたので、ちょっとびっくりする。
割と愛想のよさそうな店主だ。
「どうも」
未梨亞は頭をちょこんと下げる。
声優という仕事をしていたこともあって、物語を読むのが好きだった。といっても難しいのは苦手で、絵本や童話、ライトノベルをよく読んでいた。
お店に置いてあった本は知らない本ばかりだった。未梨亞には何の本かまったく分からない。
一言で言えば、「なんだか難しそう」な本ばかりである。
見ているとだんだん眠くなってくる。これは探しても、興味惹かれる本はなさそうだなと未梨亞は思う。
せまい店内を一周して出ようと思ったとき、ある張り紙に目がとまった。
バイト募集中。
その反応はすぐ声になって出ていた。
「バイト募集中なんですか!?」
突然話しかけられ、店主は驚いている。
「ええ、まあ……」
「バイト希望です!」
「おお、そうですか。本は好きなんですか?」
見た目通り、柔和な言葉をかけてくれる。
「好きです!」
ウソは言ってない。
「うちは10時から20時ぐらいまでやってます。用事があって、早く閉めることもありますが。どのぐらい働けますか?」
「フルタイムで何曜日でも大丈夫です!」
「はあ……」
元気よくハキハキと即答。声優でも接客でもいろんな業種で好まれる姿勢だ。けれど、その声量から店主は気圧されてしまう。
未梨亞がバイト面接に落ちる要因の一つに、張り切りすぎというのもあるだろう。
店主は沈黙して何か考えているようだった。
その間が不安になってしまう。
「じゃあ採用。いつから来てくれますか?」
「えっ!? いいんですか!?」
「すぐに人手が欲しくてね」
「やったー!」
未梨亞はぴょこんと跳ねてみせる。
渡りに船。散歩に出て正解だった。
「明日からでも大丈夫です。もちろん今からでも!」
「ははは。まあ、明日から来てもらおうかな。仕事内容はレジ打ちと掃除と雑務ぐらいかな。見ての通り、忙しくないから大丈夫」
お店には未梨亞以外の客はいなかった。
「寺井書店の寺井です。小さい古本屋ですけどよろしく」
「はい! 不破未梨亞と申します! これからよろしくお願いいたします! ……って履歴書とかいいんですか?」
「ああ、連絡先ぐらいは聞いておかないとか」
個人店とあってかなりルーズなようだった。未梨亞にとっては好ましいことだが。
愛良の住所と、携帯電話の電話番号を書いたメモを渡す。自分の電話を持っていないので、緊急連絡先として伝えた。
今日はそれで帰り、すぐ愛良に仕事を見つけたことを報告した。
「へえ、古本屋ね。いいんじゃない?」
「えー、そんな反応ですか?」
「え? どう反応しろと……」
「『すごいね、おめでとう! 未梨亞の熱意が伝わったのね!』とか」
「おめでとうおめでとう」
「全然思ってないじゃないですかー! お祝いしてくださいよー!」
仕事を見つかったのは喜ばしいことだが、愛良にはそんなに祝うようなことだとは思わなかった。
「ちっちゃな本屋でしょ? バイトでしょ?」
「バイトだって立派なお仕事ですよー」
「そうだけどさー」
温度差というのか、物事に対する反応が二人で全然違うのだ。
確かに自分の反応はクール過ぎたかと、愛良は思う。
友達に嬉しいことがあったのだから、もっと反応してあげたほうが喜んでくれるはず。きっと未梨亞のようなテンションでいることが人間らしいことなのだ。
「店主の人、定年後に古本屋始めたらしいんですよー。本が好きだったみたいで、自分のお店を持つのが夢だったとか」
「へえ、夢が叶ったんだ」
「そうなんです! いいですよねー、第二の人生というやつですよ。人生の楽園です」
「人生の楽園?」
「知りませんか? テレビ番組。西田敏行がナレーターで、脱サラした50代くらいの人が田舎にいって、自分の好きなこと始めたのを紹介するんです。農業したり町おこしをしたり!」
「そんなのあるんだ」
「私その番組すごく好きで、いかりや長介のときから見てます!」
いったい何年前の話だろうか。子供のころから見ている計算になるが、子供が中年の夢が叶ったドキュメンタリーを見て面白いのだろうか。同い年とは思えなかった。
「第二の人生っていいですよねー。夢を叶えるためにコツコツお金を貯めたり、勉強したりして。奥さんの理解を得て、ようやく開業! 専門外のことで大変なことばかりだけど、自分のやりたいことだからと満足げに苦労話を語るんです。私もそんな老後を送りたいです」
「へえ……」
愛良は老後のことなんて考えたことがなかった。
学校出て就職して結婚して……。旦那とそのまま一緒に生きて死んでいくのだろう。そのぐらいだ。
「第二の人生では何やるの?」
「ラーメン屋です!」
「え」
「ラーメン大好きなんですよー。自分でラーメン作って、誰かが喜んでくれるならそんなに嬉しいことはないです。でも経営していくのは大変だから、老後にちょっとできたらいいなと」
若いときは声優に叶えるために努力して、老後はラーメン屋。
なんだかめちゃくちゃだが、やりたいことが多いのはいいことだ。正直うらやましい。
「そんな夢あるんだ。そいや、中華好きだったね」
「どうせ一つしかない命です。第一、第二の人生があってもいいじゃないですか。夢はたくさん持ってて損はなし! やりたいことのために生きましょう!」
「へえ、夢追い人だなあ……」
転んでも立ち上がる未梨亞の強さは、そこから来ている気がする。生きてるから夢を追いかけて、夢があるから生きていられるのだ。
「私はどうするかな……」
「ン? 何か言いました?」
「いや、なんも」
今はあまりうまく行ってないが、最終的には未梨亞のほうが成功するのではないかと、嫉妬というのか焦りというのか、ネガティブな気持ちが生まれてくる。
自分はいろいろ持っているし、大きな失敗もしてないが、満足いく人生とはほど遠い気がする。
「夢か……」
結局、人間は夢を持つことが始まるなのだと思う。やりたいことがあるから、向上心が生まれる。そして成長できるのだ。
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