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第四章・熱を孕む
肆
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文字屋が鈿女に鈴のことについて尋ねると、実家の神棚に飾ってあった鈴だという。貰って良いとのことだったので、ありがたく頂戴しておく。
もしかしたら鈿女は本物の天鈿女命の遠い遠い子孫なのかもしれない。猿田彦大神との夫婦円満のご利益を考えると、鈴に何かの力が宿っていてもおかしくはない。文字屋はそう結論づけ、今回の依頼が無事に終わったことに小さく息を吐いた。
鈿女は変わらず包帯で顔を隠したまま、深々と頭を下げた。
「狐白様、ほんとうにありがとうございました。今でも夢のようでございます。私は想いを遂げられて本望でございました」
「良かったですね」
「はい。これも愛の力だと学びました。これからも愛を伝えてまいります」
「愛の力は偉大よぉ。鈿女ちゃん、今後も玄ちゃんが悪いこと考え始めたら、一緒に協力してくれたら頼もしいわぁ」
会話に入ってきためぐみがけらけら笑う。寝殿の扉は完全に閉ざされていて、誰も出てくる気配がない。
文字屋は書道道具が入った鞄を持ち直し、若返りの湯から戻ってきた千代がくるのを待つ。来た時よりも重そうな鞄を抱えながら千代が姿を現し、文字屋はほっとした。
「めぐみさん、鈿女さん、大変お世話になりました。今度また狐白くんと来ようと思います」
「ええ、ええ、そうしてちょうだい!」
「楽しみにお待ちしております」
「千代。この鈴をお前の鞄に入れてくれ」
「入るかなぁ?」
「入るかなぁ……? なんで疑問形なんだ」
「だってね、よいしょ、お土産いっぱい詰め込んだから」
千代がその場に鞄を置き、かぱっと留め具を外す。大量の菓子が詰め込まれていて、文字屋は絶句した。さすがに菓子を優先するわけにはいかず、一度鞄を西対へ運び直してから、文字屋は千代とめぐみと一緒に詰め込まれた菓子を取り出す。
「天狐界と宵闇町での時間の流れ方を忘れたのか。持って帰っても腐っているだけだぞ。いっそ風化しているかもしれん」
「えー。結局食べられないんだ、このお菓子たち。もったいないなぁ」
渋々菓子を取り出し、千代が二つの鈴を布に包んでから鞄にしまう。千代に恨みがましい目で見られたので、文字屋は「宵闇町へ戻ったら菓子を買ってやる」の約束で千代を納得させた。
どうにかこうにか出発準備が整い、ていやっと動作を声で表し、千代が【宵闇町】と書かれた大判の掛け軸に乗る。続いて乗った文字屋は、見送りのめぐみと鈿女に再度頭を下げ、千代に忘れ物はないか再確認した。
「あ! 狐白くんに貰った恋文! 読んだけれども意味が分からないから、訳して欲しかった!」
「…………帰るぞ」
「え、ちょ、教えてくれてもい」
文字屋の右手が掛け軸の【宵闇町】へ押しつけられ、ぱんっと音がする前に光の矢が弧を描いて飛んでいった。
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