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第四章・熱を孕む
肆
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「……」
「むしろ、その、あの、だな……少し待ってくれ、俺は口で話すのは苦手なんだ」
「自分のこと限定でね」
千代に突っ込まれ、文字屋はうっと更に言葉につまる。こういう時に文字で書ければ、どんなに楽なことだろう。イズナが代弁してくれれば、どんなに楽なことだろう。
ぐっと膝上に置いた両手を握りしめ、文字屋は勢いをつけて次なる言葉を紡ぐ。
「むしろ俺は千代が好きで好きでたまらないから、元の世界での思い残しをなくしてきて欲しいんだ。祖母の墓参りをするのもいい、友人達と遊びに行ってきてもいい、なんでもいいんだ。悔いがなければそれでいいんだ。宵闇町へ来たら、また俺とイズナと一緒にあの店で暮らそう。それで時々は天狐界に遊びに来て、若返りの湯に浸かったり、二人で屋敷でゆっくりしよう。天狐になったから、小さな屋敷が貰えたんだ。そこで二人で過ごそう。
それに宵闇町は長寿が多いんだ。新聞屋も、商店街のみんなもほとんど顔ぶれが変わらない。きっと楽しいと思う」
「素敵だね」
千代が微笑む。
「わたしも狐白くんが大好き。宵闇町のみんなが大好き。だからこそ、一つ疑問が生まれちゃったんだ。聞いてくれる?」
「もちろん」
「天狐界と宵闇町ではものすごい時間差があるよね。今このまま天狐界から宵闇町に戻って、さらに元の世界へ戻ったらわたしは何歳になってるの? 三百歳? 四百歳? そんなに歳を食っていたら、思い残すようなことも、悔いも、何も残っていないと思う。だったら、最初から一緒に宵闇町に帰れば良いじゃないって思った」
「その点は考えてある。時間遡行を宵闇町で使う。宵闇町と人間界の時間差は一年と少しだ。差はほとんどない」
「じかんそこうって何?」
「過去に戻ることだ。俺達が出会った日の前に時間遡行をし、約束の日に例の稲荷神社で落ち合う。これならば年齢の壁はこえられる」
「確実に人間世界に戻れるの?」
「千代に渡した【帰省】には、故郷に帰ることの意味がある。千代が人間界を故郷だと思っていてくれれば、戻れる」
「再会の日は決めるとして、なにか合図は使う? 元の世界に帰ってすれ違ってばかりじゃ嫌だよ、わたし」
「それにはこの鈴が使えると思うんだ」
文字屋が千代の文机から呼び出し鈴を手に取り、りぃんと鳴らす。
「相呼応する鈴だと俺は思う。鈿女に確認してみるが、先述したとおりならば話は早い。これを合図に使おう」
「分かった。それから狐白くん」
千代の細く白い手が文字屋の膝に伸び、文字屋の手を取る。
「わたしも、狐白くんが大好きだから。大好きで大好きで大好き。だからきっと成功する。一緒に頑張ろうね、狐白くん」
「むしろ、その、あの、だな……少し待ってくれ、俺は口で話すのは苦手なんだ」
「自分のこと限定でね」
千代に突っ込まれ、文字屋はうっと更に言葉につまる。こういう時に文字で書ければ、どんなに楽なことだろう。イズナが代弁してくれれば、どんなに楽なことだろう。
ぐっと膝上に置いた両手を握りしめ、文字屋は勢いをつけて次なる言葉を紡ぐ。
「むしろ俺は千代が好きで好きでたまらないから、元の世界での思い残しをなくしてきて欲しいんだ。祖母の墓参りをするのもいい、友人達と遊びに行ってきてもいい、なんでもいいんだ。悔いがなければそれでいいんだ。宵闇町へ来たら、また俺とイズナと一緒にあの店で暮らそう。それで時々は天狐界に遊びに来て、若返りの湯に浸かったり、二人で屋敷でゆっくりしよう。天狐になったから、小さな屋敷が貰えたんだ。そこで二人で過ごそう。
それに宵闇町は長寿が多いんだ。新聞屋も、商店街のみんなもほとんど顔ぶれが変わらない。きっと楽しいと思う」
「素敵だね」
千代が微笑む。
「わたしも狐白くんが大好き。宵闇町のみんなが大好き。だからこそ、一つ疑問が生まれちゃったんだ。聞いてくれる?」
「もちろん」
「天狐界と宵闇町ではものすごい時間差があるよね。今このまま天狐界から宵闇町に戻って、さらに元の世界へ戻ったらわたしは何歳になってるの? 三百歳? 四百歳? そんなに歳を食っていたら、思い残すようなことも、悔いも、何も残っていないと思う。だったら、最初から一緒に宵闇町に帰れば良いじゃないって思った」
「その点は考えてある。時間遡行を宵闇町で使う。宵闇町と人間界の時間差は一年と少しだ。差はほとんどない」
「じかんそこうって何?」
「過去に戻ることだ。俺達が出会った日の前に時間遡行をし、約束の日に例の稲荷神社で落ち合う。これならば年齢の壁はこえられる」
「確実に人間世界に戻れるの?」
「千代に渡した【帰省】には、故郷に帰ることの意味がある。千代が人間界を故郷だと思っていてくれれば、戻れる」
「再会の日は決めるとして、なにか合図は使う? 元の世界に帰ってすれ違ってばかりじゃ嫌だよ、わたし」
「それにはこの鈴が使えると思うんだ」
文字屋が千代の文机から呼び出し鈴を手に取り、りぃんと鳴らす。
「相呼応する鈴だと俺は思う。鈿女に確認してみるが、先述したとおりならば話は早い。これを合図に使おう」
「分かった。それから狐白くん」
千代の細く白い手が文字屋の膝に伸び、文字屋の手を取る。
「わたしも、狐白くんが大好きだから。大好きで大好きで大好き。だからきっと成功する。一緒に頑張ろうね、狐白くん」
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