宵闇町・文字屋奇譚

桜衣いちか

文字の大きさ
上 下
98 / 102
第四章・熱を孕む

しおりを挟む
「……」

「むしろ、その、あの、だな……少し待ってくれ、俺は口で話すのは苦手なんだ」

「自分のこと限定でね」

 千代に突っ込まれ、文字屋はうっと更に言葉につまる。こういう時に文字で書ければ、どんなに楽なことだろう。イズナが代弁してくれれば、どんなに楽なことだろう。
 ぐっと膝上に置いた両手を握りしめ、文字屋は勢いをつけて次なる言葉を紡ぐ。

「むしろ俺は千代が好きで好きでたまらないから、元の世界での思い残しをなくしてきて欲しいんだ。祖母の墓参りをするのもいい、友人達と遊びに行ってきてもいい、なんでもいいんだ。悔いがなければそれでいいんだ。宵闇町よいやみちょうへ来たら、また俺とイズナと一緒にあの店で暮らそう。それで時々は天狐界てんこかいに遊びに来て、若返りの湯に浸かったり、二人で屋敷でゆっくりしよう。天狐てんこになったから、小さな屋敷が貰えたんだ。そこで二人で過ごそう。
 それに宵闇町よいやみちょうは長寿が多いんだ。新聞屋も、商店街のみんなもほとんど顔ぶれが変わらない。きっと楽しいと思う」

「素敵だね」

 千代が微笑む。

「わたしも狐白こはくくんが大好き。宵闇町よいやみちょうのみんなが大好き。だからこそ、一つ疑問が生まれちゃったんだ。聞いてくれる?」

「もちろん」

天狐界てんこかい宵闇町よいやみちょうではものすごい時間差があるよね。今このまま天狐界てんこかいから宵闇町よいやみちょうに戻って、さらに元の世界へ戻ったらわたしは何歳になってるの? 三百歳? 四百歳? そんなに歳を食っていたら、思い残すようなことも、悔いも、何も残っていないと思う。だったら、最初から一緒に宵闇町よいやみちょうに帰れば良いじゃないって思った」

「その点は考えてある。時間遡行じかんそこう宵闇町よいやみちょうで使う。宵闇町よいやみちょうと人間界の時間差は一年と少しだ。差はほとんどない」

「じかんそこうって何?」

「過去に戻ることだ。俺達が出会った日の前に時間遡行じかんそこうをし、約束の日に例の稲荷神社で落ち合う。これならば年齢の壁はこえられる」

「確実に人間世界元の世界に戻れるの?」

「千代に渡した【帰省きせい】には、故郷に帰ることの意味がある。千代が人間界にんげんかいを故郷だと思っていてくれれば、戻れる」

「再会の日は決めるとして、なにか合図は使う? 元の世界に帰ってすれ違ってばかりじゃ嫌だよ、わたし」

「それにはこの鈴が使えると思うんだ」

 文字屋が千代の文机から呼び出し鈴を手に取り、りぃんと鳴らす。

相呼応あいこおうする鈴だと俺は思う。鈿女うずめに確認してみるが、先述したとおりならば話は早い。これを合図に使おう」

「分かった。それから狐白こはくくん」

 千代の細く白い手が文字屋の膝に伸び、文字屋の手を取る。

「わたしも、狐白こはくくんが大好きだから。大好きで大好きで大好き。だからきっと成功する。一緒に頑張ろうね、狐白こはくくん」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

紅屋のフジコちゃん ― 鬼退治、始めました。 ―

木原あざみ
キャラ文芸
この世界で最も安定し、そして最も危険な職業--それが鬼狩り(特殊公務員)である。 ……か、どうかは定かではありませんが、あたしこと藤子奈々は今春から鬼狩り見習いとして政府公認特A事務所「紅屋」で働くことになりました。 小さい頃から憧れていた「鬼狩り」になるため、誠心誠意がんばります! のはずだったのですが、その事務所にいたのは、癖のある上司ばかりで!? どうなる、あたし。みたいな話です。 お仕事小説&ラブコメ(最終的には)の予定でもあります。 第5回キャラ文芸大賞 奨励賞ありがとうございました。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

カフェぱんどらの逝けない面々

来栖もよもよ&来栖もよりーぬ
キャラ文芸
 奄美の霊媒師であるユタの血筋の小春。霊が見え、話も出来たりするのだが、周囲には胡散臭いと思われるのが嫌で言っていない。ごく普通に生きて行きたいし、母と結託して親族には素質がないアピールで一般企業への就職が叶うことになった。  大学の卒業を間近に控え、就職のため田舎から東京に越し、念願の都会での一人暮らしを始めた小春だが、昨今の不況で就職予定の会社があっさり倒産してしまう。大学時代のバイトの貯金で数カ月は食いつなげるものの、早急に別の就職先を探さなければ詰む。だが、不況は根深いのか別の理由なのか、新卒でも簡単には見つからない。  就活中のある日、コーヒーの香りに誘われて入ったカフェ。おっそろしく美形なオネエ言葉を話すオーナーがいる店の隅に、地縛霊がたむろしているのが見えた。目の保養と、疲れた体に美味しいコーヒーが飲めてリラックスさせて貰ったお礼に、ちょっとした親切心で「悪意はないので大丈夫だと思うが、店の中に霊が複数いるので一応除霊してもらった方がいいですよ」と帰り際に告げたら何故か捕獲され、バイトとして働いて欲しいと懇願される。正社員の仕事が決まるまで、と念押しして働くことになるのだが……。  ジバティーと呼んでくれと言う思ったより明るい地縛霊たちと、彼らが度々店に連れ込む他の霊が巻き起こす騒動に、虎雄と小春もいつしか巻き込まれる羽目になる。ほんのりラブコメ、たまにシリアス。

【序章完】ヒノモトバトルロワイアル~列島十二分戦記~

阿弥陀乃トンマージ
キャラ文芸
――これはあり得るかもしれない未来の日本の話――  日本は十の道州と二つの特別区に別れたのち、混乱を極め、戦国の世以来となる内戦状態に陥ってしまった。  荒廃する土地、疲弊する民衆……そしてそれぞれの思惑を秘めた強者たちが各地で立ち上がる。巫女、女帝、将軍、さらに……。  日本列島を巻き込む激しい戦いが今まさに始まる。  最後に笑うのは誰だ。

PMに恋したら

秋葉なな
恋愛
高校生だった私を助けてくれた憧れの警察官に再会した。 「君みたいな子、一度会ったら忘れないのに思い出せないや」 そう言って強引に触れてくる彼は記憶の彼とは正反対。 「キスをしたら思い出すかもしれないよ」 こんなにも意地悪く囁くような人だとは思わなかった……。 人生迷子OL × PM(警察官) 「君の前ではヒーローでいたい。そうあり続けるよ」 本当のあなたはどんな男なのですか? ※実在の人物、事件、事故、公的機関とは一切関係ありません 表紙:Picrewの「JPメーカー」で作成しました。 https://picrew.me/share?cd=z4Dudtx6JJ

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

京都かくりよあやかし書房

西門 檀
キャラ文芸
迷い込んだ世界は、かつて現世の世界にあったという。 時が止まった明治の世界。 そこには、あやかしたちの営みが栄えていた。 人間の世界からこちらへと来てしまった、春しおりはあやかし書房でお世話になる。 イケメン店主と双子のおきつね書店員、ふしぎな町で出会うあやかしたちとのハートフルなお話。 ※2025年1月1日より本編start! だいたい毎日更新の予定です。

処理中です...