宵闇町・文字屋奇譚

桜衣いちか

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第四章・熱を孕む

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 踊り場は盛況のようだった。半紙に【あい】の文字が記され始め、一気に他の半紙にも燃えるような赤色で愛が記されていく。
 赤い光の中、文字屋も千代も何も言わない。何も言えない。
 文字屋からしてみれば、その問いは言われるだろうと考えていたものだった。天狐試験てんこしけんが終われば、文字屋は宵闇町よいやみちょうへ帰る。元の世界に帰るために【】の文字を探している自分は──と、千代が考えるのも当然だった。
 文字屋は深く両目を閉じ、そして開ける。ゆっくり千代の手を離すと、北対きたのたいに入り、第四次試験で書いた和歌のふみと、子兎が見つけてくれた【】の文字、そして【帰省きせい】と記した半紙を取り出した。

「千代。これはお前宛てのふみだ。中には万葉集まんようしゅうで有名な恋の歌が書いてある。意味は自分で調べてくれ」

 北対きたのたい渡殿わたどのに座りながら、ふみを受け取りながら、千代はぼろぼろ泣いている。隣に座り、涙を拭ってやり、文字屋は【】の文字と【帰省きせい】の半紙を千代に手渡す。

「千代。お前は元の世界に帰れ。最初からそれが目的だったろう? 子兎が残してくれた貴重な一文字だ。この機会を逃せば次は数十年、数百年とでてこないかもしれない一文字だ。元の世界に帰るために使ってくれ」

狐白こはくくん、わたしは」

 ずずっと鼻をすすった千代が、片手で涙を拭う。
 楽士隊の音楽が激しくなり、花火が打ち上げられ始め、観客達の歓声にあわせて最後の大花火が打ち上げられた。花火の文字も【あい】だったのだから、母親は抜け目ない。
 文字屋はさとりの名札の鈴を鳴らし、さとりを回収する。「お疲れ様」と声をかけると、見えない姿で喉を鳴らしているようだった。

「わたしはね、狐白こはくくんが」

 再度観客が湧く。寝殿しんでんの扉が開き、玄之丞げんのすけが姿を見せたのだろう。鈿女うずめの細い腰を抱き、寝殿しんでんへ共に入っていく様が目に浮かぶ。
 母親公認の浮気の片棒をかつがされたが、無事に終わってなによりだった。

狐白こはくくんが大好きなの! 名前も、不器用な優しさも、文字や好きな本の話になると饒舌じょうぜつになるところも、モッフモフなところも全部大好きです! だから一緒に帰りたい!
 宵闇町よいやみちょうのみんなも大好き! 宵闇町よいやみちょうに来て、わたしは初めて一人じゃなくなったの! いろんな人に認められたの! だから元の世界には帰りませんーっ!」

 べーっと大きく舌をだし、千代がわしっと手渡したもの全てを掴み、ずんずんと大足で西対にしのたいへ戻っていく。その背中を見ながら、文字屋はどっと重い疲労感に包まれた。

(……元の世界へ戻って、色々とかたをつけてきて欲しいだけなんだよ、俺は。何も思い残すことなく、宵闇町よいやみちょうへ来てくれるなら。繋がっていられるなら繋がっていたいさ、俺も)

 鈍い足を引きずり、文字屋は北対きたのたいに入る。布団を敷く力もなく、そのまま畳の上に転がった。
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