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第四章・熱を孕む
参
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夕食は 御馳走だった。千代の食欲がここぞとばかりに発揮され、たんまりあった御馳走のほとんどを一人で空にした。これには玄之丞は何も言えず、めぐみは「将来有望だわぁ」と酒でほんのり酔った手で拍手をした。文字屋は普段通りの分量を食べ、「ごちそうさまでした」と挨拶をした。
夕食後、文字屋は西対へ向かう。最初は頑なに入室を断られたが、しばらくして許可がでた。室内には既にめぐみと千代、そして鈿女が待機しており、鈿女の衣装確認に余念が無い。透ける素材で作られた上半身の衣装は、光の当たり具合で全裸にも見える。腰から垂れる鈴付きの布が、動きによっては下着さえ見えそうな細さだった。
「玄ちゃんの好みをたっぷり入れといたわ。これで愛の踊りを踊られたら、玄ちゃんはいちころよぉ」
「ちょっとコハクくん! 顔が赤いです!」
「素敵です、鈿女さん」
「あ、ありがとうございます……」
文字屋は一言だけ述べ、口を閉ざしておく。めぐみが「これで良し!」と終わりの合図を告げ、着付けが終わる。
なにやら外が騒がしい。めぐみが西対の渡殿から確認すると、ぱあっと表情を明るくした。
「天狐婦人会に協力をお願いして、お客様を沢山呼んでいただいたの! 楽士隊もくるし、明かりも準備したし、花火もばんばんあげるわよ~! 鈿女ちゃん、頑張ってね!」
めぐみの姿が西対から消え、文字屋は覚の名を書いた名札の鈴を鳴らす。ふっと足元に絡みつく感触がし、文字屋は覚を抱き上げて鈿女に手渡した。
「覚といいます。人の心を読むことにたけ、感情を半紙に記してくれます。鈿女さんが踊っている間、すぐ近くで待機させます。覚が疲れ果ててしまったら、自分が回収します。溢れんばかりの愛の踊りを踊ってください」
「は、はい……! よろしくお願いいたします、覚様」
千代の文机に置かれていた半紙に【応】の文字が記される。
文字屋と千代はそこまでで西対を退室し、屋敷のいたるところに既に留めつけた半紙の確認をする。この半紙に一斉に【愛】が記される光景は壮観だろう。ぐるりと回って北対まで戻ってくると、千代がゆっくり口を開いた。
「コハクくん。天狐試験合格おめでとう」
「ありがとう」
「天狐になったから、天狐界で生活するの?」
「いや、宵闇町へ帰る。俺の帰る場所はあの店だけだ。イズナも待っているしな」
「そうなんだ」
千代が不意に言葉を切り、風で流された髪を手で押さえる。
「ね、コハクくん。コハクくんの文字はどうやって書くの?」
「狐に白で狐白だ」
「狐白くん! ぴったり! もふもふしたくなっちゃう!」
楽士隊の音楽が流れ始める。鈿女の舞が始まったらしい。表舞台を見に行こうとした文字屋の腕を、千代がぎゅっと掴んだ。
「──狐白くん。わたしも一緒に、宵闇町に帰ったらダメかなぁ」
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