宵闇町・文字屋奇譚

桜衣いちか

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第四章・熱を孕む

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 夕食は 御馳走ごちそうだった。千代の食欲がここぞとばかりに発揮され、たんまりあった御馳走ごちそうのほとんどを一人で空にした。これには玄之丞げんのすけは何も言えず、めぐみは「将来有望だわぁ」と酒でほんのり酔った手で拍手をした。文字屋は普段通りの分量を食べ、「ごちそうさまでした」と挨拶をした。
 夕食後、文字屋は西対にしのたいへ向かう。最初は頑なに入室を断られたが、しばらくして許可がでた。室内には既にめぐみと千代、そして鈿女うずめが待機しており、鈿女うずめの衣装確認に余念が無い。透ける素材で作られた上半身の衣装は、光の当たり具合で全裸にも見える。腰から垂れる鈴付きの布が、動きによっては下着さえ見えそうな細さだった。

げんちゃんの好みをたっぷり入れといたわ。これで愛の踊りを踊られたら、げんちゃんはいちころよぉ」

「ちょっとコハクくん! 顔が赤いです!」

「素敵です、鈿女うずめさん」

「あ、ありがとうございます……」

 文字屋は一言だけ述べ、口を閉ざしておく。めぐみが「これで良し!」と終わりの合図を告げ、着付けが終わる。
 なにやら外が騒がしい。めぐみが西対にしのたい渡殿わたどのから確認すると、ぱあっと表情を明るくした。

天狐婦人会てんこふじんかいに協力をお願いして、お客様を沢山呼んでいただいたの! 楽士隊もくるし、明かりも準備したし、花火もばんばんあげるわよ~! 鈿女うずめちゃん、頑張ってね!」

 めぐみの姿が西対にしのたいから消え、文字屋はさとりの名を書いた名札の鈴を鳴らす。ふっと足元に絡みつく感触がし、文字屋はさとりを抱き上げて鈿女うずめに手渡した。

さとりといいます。人の心を読むことにたけ、感情を半紙に記してくれます。鈿女うずめさんが踊っている間、すぐ近くで待機させます。さとりが疲れ果ててしまったら、自分が回収します。溢れんばかりの愛の踊りを踊ってください」

「は、はい……! よろしくお願いいたします、さとり様」

 千代の文机に置かれていた半紙に【おう】の文字が記される。
 文字屋と千代はそこまでで西対にしのたいを退室し、屋敷のいたるところに既に留めつけた半紙の確認をする。この半紙に一斉いっせいに【あい】が記される光景は壮観だろう。ぐるりと回って北対きたのたいまで戻ってくると、千代がゆっくり口を開いた。

「コハクくん。天狐試験てんこしけん合格おめでとう」

「ありがとう」

「天狐になったから、天狐界てんこかいで生活するの?」

「いや、宵闇町よいやみちょうへ帰る。俺の帰る場所はあの店だけだ。イズナも待っているしな」

「そうなんだ」

 千代が不意に言葉を切り、風で流された髪を手で押さえる。

「ね、コハクくん。コハクくんの文字はどうやって書くの?」

「狐に白で狐白こはくだ」

狐白こはくくん! ぴったり! もふもふしたくなっちゃう!」

 楽士隊の音楽が流れ始める。鈿女うずめの舞が始まったらしい。表舞台を見に行こうとした文字屋の腕を、千代がぎゅっと掴んだ。

「──狐白こはくくん。わたしも一緒に、宵闇町よいやみちょうに帰ったらダメかなぁ」
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