宵闇町・文字屋奇譚

桜衣いちか

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第四章・熱を孕む

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 【コハク君のバカ】。
 千代からそんな文が届いたのは、天狐試験てんこしけんの第三次試験である、大筆でのパフォーマンス日だった。文字屋は書道道具を持ち、移動する彩雲さいうんに乗り、試験会場へと向かった。
 様々な大きさ、長さの用紙が並べられている。文字屋は青く染まった用紙の前で準備を行う。天狐界てんこかいの画材店で見つけ、一目で気に入った用紙だ。墨も白墨はくぼくを使う。
 開始を告げる鐘が鳴り、文字屋は目を閉じて深呼吸をする。今日書くのは一文字だ。粗雑に扱えばすぐに見破られる。周囲の音も呼吸も全てが無になった瞬間、文字屋は一画目を書き出した。
 青い用紙に広がる、【】の一文字。自分の持てる技法と力は全てこめた。この一文字で試験に落ちるならば仕方がない。そう思える一文字を書いた。文字屋は満足し、撤収する準備を始めた。
 合格発表は数日後。留まる理由はなかった。
 来た時と同様、移動する彩雲さいうんに乗り、文字屋は天狐帝てんこていの屋敷へと戻る。北対きたのたいに書道道具を起き、その足で西対にしのたいへと向かう。
 どれだけへそを曲げているのかと思いきや。西対にしのたいからは女性達の笑い声が響いていた。
 文字屋は渡殿わたどのに正座し、座令する。

「千代姫。コハクです。ただいま戻りました」

「コハクくん?!」

 ばたばたと足音を立て駆け寄ってきた千代が、頭を下げている文字屋の頭をじーっとみつめ、狐耳きつねのみみを指先でいじり始めた。

「遊ぶよりも先に、要件を聞きたいんだが」

「来てくれたから許す! さ、さ、中へどうぞ」

 千代に促されるまま、文字屋は室内に入る。鈿女うずめが頭を下げ、文字屋も頭を下げる。菓子がのった大皿を囲み、世間話でもしていたらしい。
 文字屋は内容が飲み込めないまま、とりあえず千代の隣に腰をおろした。

「コハクくん聞いてあげてー。鈿女うずめさんの恋話を」

「あの後なにか進展がありましたか?」

「はい。わたくしふみがきちんと回収されるようになったのです。きっと中身も読んでくださっているはず。これもコハク様からいただいた小瓶のおかげです。本当にありがとうございます」

 ここまでは順調に進んでいるようだ。鈿女うずめは首筋を赤く染めながら、嬉しそうに唇が弧を描いている。
 千代がふふふと笑い、文字屋を見る。

「コハク君があんまりにも鈿女うずめさんと仲良しなので、わたしはちょっぴりやきもちやいたんですよー。お話聞けて安心しました。ねーコハク君」

 やきもちやかれる度に【バカ】が飛んでくるのかと思うと、文字屋はほんの少しだけげんなりする。そんなことを知ってか知らずか、鈿女うずめが二人を見て笑った。

「ほんとう御二方が羨ましいです……わたくしも御二方のようになりたいです」
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