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第四章・熱を孕む
参
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【コハク君のバカ】。
千代からそんな文が届いたのは、天狐試験の第三次試験である、大筆でのパフォーマンス日だった。文字屋は書道道具を持ち、移動する彩雲に乗り、試験会場へと向かった。
様々な大きさ、長さの用紙が並べられている。文字屋は青く染まった用紙の前で準備を行う。天狐界の画材店で見つけ、一目で気に入った用紙だ。墨も白墨を使う。
開始を告げる鐘が鳴り、文字屋は目を閉じて深呼吸をする。今日書くのは一文字だ。粗雑に扱えばすぐに見破られる。周囲の音も呼吸も全てが無になった瞬間、文字屋は一画目を書き出した。
青い用紙に広がる、【和】の一文字。自分の持てる技法と力は全てこめた。この一文字で試験に落ちるならば仕方がない。そう思える一文字を書いた。文字屋は満足し、撤収する準備を始めた。
合格発表は数日後。留まる理由はなかった。
来た時と同様、移動する彩雲に乗り、文字屋は天狐帝の屋敷へと戻る。北対に書道道具を起き、その足で西対へと向かう。
どれだけへそを曲げているのかと思いきや。西対からは女性達の笑い声が響いていた。
文字屋は渡殿に正座し、座令する。
「千代姫。コハクです。ただいま戻りました」
「コハクくん?!」
ばたばたと足音を立て駆け寄ってきた千代が、頭を下げている文字屋の頭をじーっとみつめ、狐耳を指先でいじり始めた。
「遊ぶよりも先に、要件を聞きたいんだが」
「来てくれたから許す! さ、さ、中へどうぞ」
千代に促されるまま、文字屋は室内に入る。鈿女が頭を下げ、文字屋も頭を下げる。菓子がのった大皿を囲み、世間話でもしていたらしい。
文字屋は内容が飲み込めないまま、とりあえず千代の隣に腰をおろした。
「コハクくん聞いてあげてー。鈿女さんの恋話を」
「あの後なにか進展がありましたか?」
「はい。私の文がきちんと回収されるようになったのです。きっと中身も読んでくださっているはず。これもコハク様からいただいた小瓶のおかげです。本当にありがとうございます」
ここまでは順調に進んでいるようだ。鈿女は首筋を赤く染めながら、嬉しそうに唇が弧を描いている。
千代がふふふと笑い、文字屋を見る。
「コハク君があんまりにも鈿女さんと仲良しなので、わたしはちょっぴりやきもちやいたんですよー。お話聞けて安心しました。ねーコハク君」
やきもちやかれる度に【バカ】が飛んでくるのかと思うと、文字屋はほんの少しだけげんなりする。そんなことを知ってか知らずか、鈿女が二人を見て笑った。
「ほんとう御二方が羨ましいです……私も御二方のようになりたいです」
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