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第四章・熱を孕む
弐
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天狐試験の内容は、面接、筆記、実技、そして秘密の試験が毎年課される。
面接官に本名を名乗った瞬間、面接官達の顔色が変わり、実質五分にも満たない時間で文字屋の面接は終了した。父親が天狐帝なのだから当然といえば当然なのだが、権力に媚びを売っている気がして胸の中はすっきりしない。
(……さすがに天狐帝宣誓書と天狐帝語録、日日報告には目を通したいところだな。念には念を入れて勉強しないと)
筆記試験は三日後。文字屋は試験会場にもなる寝殿造で書庫を探す。同じ試験を受けるであろう狐に、すれ違いさま「半妖~半妖野郎が通ります~」と聞こえるように言われたが、無視しておく。
狐の女官に尋ねると書庫の場所をすんなり教えてくれ、北対へ向かって渡殿を歩く。方角的に薄暗くなっていくが、人通りも少なくなってありがたい。
半妖呼びには慣れていたつもりだったが、いまだに反応してしまうことに腹が立つ。どうやら宵闇町での日々が、嫌な記憶に蓋をしてくれていたらしい。文字屋、文字屋の旦那、先生、文字屋くん──と、あの場所はいつだって温かい場所だ。天狐試験を終わらせて、謎を解いて、さっさと帰ろう。イズナも待っている。
書庫で目当ての書物をみつけだし、中身をしゅるしゅると紐解いてみる。読みづらさはあるものの、読めない字体はなさそうだ。千代の暇つぶしになればと、古今和歌集と万葉集も借り、貸出帳に名前を書き、文字屋は書庫を後にした。
(……それにしても、女官が顔を隠す理由か。大きな傷があるのか、それとは別に見せたくないものがあるのか。なんにせよ手がかりが少なすぎる。勉強優先だ、勉強優先。筆記試験で落ちたら、なんて言われるか分かりゃしない)
文字屋は移動用の彩雲に乗りこみ、目的地を天狐帝の屋敷に設定する。自動的に動きだした彩雲から眺める景色は綺麗だったが、やることも考えることも山積みだった。
***
文字屋が天狐帝の屋敷に戻ってくると、東中門楼で鈿女が控えていた。「試験お疲れ様でした」と頭を下げる鈿女に頭を下げ返し、文字屋は草履を脱ぐ。
「御用を承るよう、玄之丞様から言いつけられております。胡白様、なんなりとお申しつけください」
「静かに勉強できる場所があれば助かります。食事と入浴、厠以外は三日後まで籠る予定なので、寝所にもなれば」
「それでは北対をお使いください。玄之丞様は寝殿に、めぐみ様と千代様は西対、私達女官は東対に控えております。何か御用があれば、この鈴を鳴らしてください。すぐに駆けつけてまいります」
「ありがとう。助かります」
文字屋の手のひらに乗る小さな鈴が、チリンチリンと音を立てる。「それでは食事に参りましょう」の鈿女の声に、文字屋は黙って頷いた。
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