宵闇町・文字屋奇譚

桜衣いちか

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第四章・熱を孕む

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      ◇◆◇◆◇◆


 天狐試験てんこしけんの内容は、面接、筆記、実技、そして秘密の試験が毎年される。
 面接官に本名を名乗った瞬間、面接官達の顔色が変わり、実質五分にも満たない時間で文字屋の面接は終了した。父親が天狐帝てんこていなのだから当然といえば当然なのだが、権力に媚びを売っている気がして胸の中はすっきりしない。

(……さすがに天狐帝宣誓書てんこていせんせいしょ天狐帝語録てんこていごろく日日報告にちにちほうこくには目を通したいところだな。念には念を入れて勉強しないと)

 筆記試験は三日後。文字屋は試験会場にもなる寝殿造しんでんづくりで書庫を探す。同じ試験を受けるであろう狐に、すれ違いさま「半妖はんよう~半妖野郎が通ります~」と聞こえるように言われたが、無視しておく。
 狐の女官に尋ねると書庫の場所をすんなり教えてくれ、北対きたのたいへ向かって渡殿わたどのを歩く。方角的に薄暗くなっていくが、人通りも少なくなってありがたい。
 半妖はんよう呼びには慣れていたつもりだったが、いまだに反応してしまうことに腹が立つ。どうやら宵闇町よいやみちょうでの日々が、嫌な記憶に蓋をしてくれていたらしい。文字屋、文字屋の旦那、先生、文字屋くん──と、あの場所はいつだって温かい場所だ。天狐試験を終わらせて、謎を解いて、さっさと帰ろう。イズナも待っている。
 書庫で目当ての書物をみつけだし、中身をしゅるしゅると紐解いてみる。読みづらさはあるものの、読めない字体じたいはなさそうだ。千代の暇つぶしになればと、古今和歌集こきんわかしゅう万葉集まんようしゅうも借り、貸出帳かしだしちょうに名前を書き、文字屋は書庫を後にした。

(……それにしても、女官が顔を隠す理由か。大きな傷があるのか、それとは別に見せたくないものがあるのか。なんにせよ手がかりが少なすぎる。勉強優先だ、勉強優先。筆記試験で落ちたら、なんて言われるか分かりゃしない)

 文字屋は移動用の彩雲さいうんに乗りこみ、目的地を天狐帝てんこていの屋敷に設定する。自動的に動きだした彩雲から眺める景色は綺麗だったが、やることも考えることも山積みだった。


       ***


 文字屋が天狐帝の屋敷に戻ってくると、東中門楼ひがしちゅうもんろう鈿女うずめが控えていた。「試験お疲れ様でした」と頭を下げる鈿女うずめに頭を下げ返し、文字屋は草履を脱ぐ。

「御用を承るよう、玄之丞げんのすけ様から言いつけられております。胡白こはく様、なんなりとお申しつけください」

「静かに勉強できる場所があれば助かります。食事と入浴、かわや以外は三日後までこもる予定なので、寝所しんじょにもなれば」

「それでは北対きたのたいをお使いください。玄之丞げんのすけ様は寝殿しんでんに、めぐみ様と千代様は西対にしのたい私達わたくしたち女官は東対ひがしのたいに控えております。何か御用ごようがあれば、この鈴を鳴らしてください。すぐに駆けつけてまいります」

「ありがとう。助かります」

 文字屋の手のひらに乗る小さな鈴が、チリンチリンと音を立てる。「それでは食事に参りましょう」の鈿女うずめの声に、文字屋は黙って頷いた。
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