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第四章・熱を孕む
壱
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玄関から入るのも、茶の間に入るのも四苦八苦しながら、大狐が二足歩行をしている。生えているしっぽも十本以上見える。背中からでも放たれる強烈な威圧感に、千代は頭がくらくらしそうだった。
どうにかこうにか大狐が茶の間の上座を陣取り、腰を下ろした。めぐみがその隣に座り、それだけで茶の間はぎゅうぎゅうになる。煙状のイズナが三杯の湯飲み茶碗を大狐に、めぐみと千代に一杯ずつのお茶をだし、頭を下げてからまたすーっと消えていった。今度は布団を干しに行くのだろう。
文字屋は仕事場に閉じこもったまま、出てこようとはしない。
「もう! 玄ちゃんのせいで胡白ちゃんが拗ねちゃったじゃない! 愚息じゃなくて、ちゃんと名前で呼んであげなくちゃ!」
「俺が名前で呼んだら、金輪際口を開かないぞ、あいつは」
千代は湯飲み茶碗のお茶を冷ましながら、文字屋に本名の字を尋ねた時に「教えない」と言われたことを思いだす。前回文字に飲み込まれた時、千代の本名の隣に文字屋が自分の名前を書いていたのだが、薄暗くて何も見えなかった。
それにしても、口を閉ざしたくなるほど嫌な名前なのだろうか。コハクの響きは綺麗で、嫌な感じは全然しないのだけれども。
「ねぇねぇあなた。お名前はなんていうの?」
唐突なめぐみの質問に、千代は正座していた背中をぴんと伸ばしてから答える。
「秋野千代です。秋の野原、千の苗代です」
「千代ちゃん! とっても良い名前をお持ちねぇ。玄ちゃんもそう思わない?」
「うむ。良い名だ」
地面から響くような声で褒められ、思わず千代は照れてしまう。祖母がつけてくれた名前は、今では千代にとって宝物に等しい。最初に「良い名前だ」と太鼓判を押してくれた文字屋も、最近は名前で呼んでくれることが増え、それもまた千代にとって嬉しいことの一つだ。
大狐が一息で湯飲み茶碗一つを空にし、二杯目の茶も勢いよく流し込む。父親がこんなに大きいのだから、文字屋の背丈の話はこれからも禁句のようだ。
「あ、あの、お二方は普段はどちらにお住いになられていらっしゃるんですか?」
「天狐界よ。玄ちゃんみたいな大狐がうろうろしているところ。この世界とは時間の流れが変わっていて、玄ちゃんがお茶を飲み干す間に三日は過ぎているわね。そんなところ」
めぐみがうーんと大きな伸びをし、大狐のふさふさしたしっぽで遊びだす。千代も許可されればやりたい。
音もなく襖が開き、そして閉じられた。文字屋が千代の隣で正座し、「それで」と口火を切った。
「今回は何の用件ですか」
どうにかこうにか大狐が茶の間の上座を陣取り、腰を下ろした。めぐみがその隣に座り、それだけで茶の間はぎゅうぎゅうになる。煙状のイズナが三杯の湯飲み茶碗を大狐に、めぐみと千代に一杯ずつのお茶をだし、頭を下げてからまたすーっと消えていった。今度は布団を干しに行くのだろう。
文字屋は仕事場に閉じこもったまま、出てこようとはしない。
「もう! 玄ちゃんのせいで胡白ちゃんが拗ねちゃったじゃない! 愚息じゃなくて、ちゃんと名前で呼んであげなくちゃ!」
「俺が名前で呼んだら、金輪際口を開かないぞ、あいつは」
千代は湯飲み茶碗のお茶を冷ましながら、文字屋に本名の字を尋ねた時に「教えない」と言われたことを思いだす。前回文字に飲み込まれた時、千代の本名の隣に文字屋が自分の名前を書いていたのだが、薄暗くて何も見えなかった。
それにしても、口を閉ざしたくなるほど嫌な名前なのだろうか。コハクの響きは綺麗で、嫌な感じは全然しないのだけれども。
「ねぇねぇあなた。お名前はなんていうの?」
唐突なめぐみの質問に、千代は正座していた背中をぴんと伸ばしてから答える。
「秋野千代です。秋の野原、千の苗代です」
「千代ちゃん! とっても良い名前をお持ちねぇ。玄ちゃんもそう思わない?」
「うむ。良い名だ」
地面から響くような声で褒められ、思わず千代は照れてしまう。祖母がつけてくれた名前は、今では千代にとって宝物に等しい。最初に「良い名前だ」と太鼓判を押してくれた文字屋も、最近は名前で呼んでくれることが増え、それもまた千代にとって嬉しいことの一つだ。
大狐が一息で湯飲み茶碗一つを空にし、二杯目の茶も勢いよく流し込む。父親がこんなに大きいのだから、文字屋の背丈の話はこれからも禁句のようだ。
「あ、あの、お二方は普段はどちらにお住いになられていらっしゃるんですか?」
「天狐界よ。玄ちゃんみたいな大狐がうろうろしているところ。この世界とは時間の流れが変わっていて、玄ちゃんがお茶を飲み干す間に三日は過ぎているわね。そんなところ」
めぐみがうーんと大きな伸びをし、大狐のふさふさしたしっぽで遊びだす。千代も許可されればやりたい。
音もなく襖が開き、そして閉じられた。文字屋が千代の隣で正座し、「それで」と口火を切った。
「今回は何の用件ですか」
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