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第三章・自称:悪役たちの依頼
参
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子兎の家は商店街を通り過ぎ、日が当たらない傾いた古アパートの一室だった。アパートの中でも更に薄暗がりに覆われていて、千代はごくりと喉を鳴らした。
文字屋が鳴らした音の鳴らないブザーからしばらくして、中から扉が開いた。赤いケープを羽織った子兎が文字屋と千代を見て飛び上がる。
「先生! 千代しゃんも!」
「土産を持ってきた。上がるぞ」
「お、お邪魔しまーす……」
先に引っ込んだ子兎を追いかけるように、文字屋が狭い玄関で草履を脱ぎ、向きを揃え直した。千代も習い、室内に足を踏み入れる。
六畳間に丸テーブルが一つ。折りたたまれた布団と座布団が一つ。それだけで完結する物寂しい部屋だった。
「すみませんでしゅ。座布団は一つしかないので先生に。千代しゃんには掛け布団をお貸しするでしゅ。お飲み物はお茶でよろしいでしゅか? 外の共同台所で沸かしてくるでしゅ……ああ、食器もないのでしゅた。おもてなしできなくて申し訳ないでしゅ」
「気にするな。それより体調はどうだ?」
文字屋がテーブルの上に袋を置き、新聞紙に包まれたものを取り出しながら問う。子兎は小さく息を吐いて「寝ていれば大丈夫でしゅ」と答えた。
「好いた嫌った問題は、寝ているだけでは解決しないぞ。それに、少なからず狸はお前を嫌っていない。中身を見てみろ」
「どういうことでしゅ?」
子兎が疑問符をいくつも並べながら、丁寧に新聞紙を剥いでいく。中身を確認すると、子兎の瞳から涙の粒が零れ落ちた。
「かちかち山の泥舟デザートでしゅ……狸しゃん、まだ残していてくださったのでしゅね……」
崩れていく泥舟は餡で作られ、中から甘い蜜が零れている。兎と狸を象った小さな最中が木の船に乗っている。子兎の片手で摘める大きさの白玉団子が三本ついており、【狸は心優しい兎に助けられた】と小さな和紙が添えられていた。
子兎は一通り泣き、白玉団子に蜜を絡めて口に入れた。咀嚼し終えると、頬に手を当てて微笑んだ。
「おいしいでしゅ。狸しゃんの作るものはなんでもおいしいでしゅ。このデザート、狸しゃんと二人で考えたんでしゅ。【かちかち山】のご先祖さまとは違いましゅが、あたちと狸しゃんの仲良しの証なんでしゅ」
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