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第三章・自称:悪役たちの依頼
弐
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家に着くまで文字屋は無言で、家に着いても千代にかけた言葉は「手洗いうがいを済ませ、例の部屋にいけ」だった。イズナにも「例の部屋の準備を頼む」と言い、仕事部屋に入っていった。
残された千代はピリピリちくちくする腕をかきむしりながら、大人しく手洗いうがいを済ませる。爪の間に赤黒い塊が詰まっていて、とても不快だった。
例の部屋の襖を開けて、千代はぎょっとする。
四本のろうそくが狐像の前に置かれ、机にも一本置かれている。それ以外に明かりはなく、普段は出てくる小狐達も出てくる気配がない。部屋はかなり冷えている。千代はぶるりと体を震わせてから、定位置で正座した。
イズナが部屋に現れ、書道道具を決められた位置に置いていく。気づけばイズナの首に赤い三角の紙がつけられ、何か文字が書いてある。千代は頑張って文字を判読しようとしたが、薄暗さの中では何も読めなかった。
イズナが硯の陸に、十円玉程度の水を落とす。墨を斜めにくわえ、片側だけを鋭角に磨る。墨の重さしかかからない弱い力で磨り進めると、ふっと立った香りが千代の鼻腔をくすぐった。
「ねぇ、文字屋くんはまだなの? いつもは文字屋くんが全部やるじゃない」
『準備中である。待たれよ』
墨を磨り終わったイズナが退室する。
また腕の下がピリピリちくちくする。千代は腕をかきむしりながら、部屋の主が現れるのを待つ。はあっと吐いた息が白い。
「待たせたな」
静かに襖を開けた文字屋が、千代の反対側で正座する。上着も袴も真っ白の白装束、瞳にかかる部分にも真っ白な包帯を巻いている。これまた真っ白な紙に包まれた小刀を机の左手側に置くと、座礼した。
普段とは違う雰囲気の文字屋に、慌てて千代も座礼する。
「千代。お前を飲みこんだ文字を取り出して良いか、天狐にお伺いを立てる。断られることはないと思うが、返事が来るまで黙って座っていて欲しい」
残された千代はピリピリちくちくする腕をかきむしりながら、大人しく手洗いうがいを済ませる。爪の間に赤黒い塊が詰まっていて、とても不快だった。
例の部屋の襖を開けて、千代はぎょっとする。
四本のろうそくが狐像の前に置かれ、机にも一本置かれている。それ以外に明かりはなく、普段は出てくる小狐達も出てくる気配がない。部屋はかなり冷えている。千代はぶるりと体を震わせてから、定位置で正座した。
イズナが部屋に現れ、書道道具を決められた位置に置いていく。気づけばイズナの首に赤い三角の紙がつけられ、何か文字が書いてある。千代は頑張って文字を判読しようとしたが、薄暗さの中では何も読めなかった。
イズナが硯の陸に、十円玉程度の水を落とす。墨を斜めにくわえ、片側だけを鋭角に磨る。墨の重さしかかからない弱い力で磨り進めると、ふっと立った香りが千代の鼻腔をくすぐった。
「ねぇ、文字屋くんはまだなの? いつもは文字屋くんが全部やるじゃない」
『準備中である。待たれよ』
墨を磨り終わったイズナが退室する。
また腕の下がピリピリちくちくする。千代は腕をかきむしりながら、部屋の主が現れるのを待つ。はあっと吐いた息が白い。
「待たせたな」
静かに襖を開けた文字屋が、千代の反対側で正座する。上着も袴も真っ白の白装束、瞳にかかる部分にも真っ白な包帯を巻いている。これまた真っ白な紙に包まれた小刀を机の左手側に置くと、座礼した。
普段とは違う雰囲気の文字屋に、慌てて千代も座礼する。
「千代。お前を飲みこんだ文字を取り出して良いか、天狐にお伺いを立てる。断られることはないと思うが、返事が来るまで黙って座っていて欲しい」
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