宵闇町・文字屋奇譚

桜衣いちか

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第三章・自称:悪役たちの依頼

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「文字屋くん、最近忙しそうだね」

 夜の天気を作りかえ、町の皆に閉店を促しても、本人だけが例の部屋にこもって色々と書き続けている。時には閉店後も客が来るらしく、その対応にも追われて忙しそうだ。

『稲荷神社を司る宇迦之御魂神うかのみたまのかみが商売繁盛の神様だから忙しいのでござる。みな、胡白こはく様の文字を求めてやってくるのでござるよ。文字屋は今頃から新年に向かってが、一番のかきいれどき。体調を崩さなければ良いのであるが……』

 イズナが、ふぅーと溜息にも似た長い息を吐く。空の食器が伏せられた上座の席に、今日もまた誰の姿もない。
 千代が黙り、イズナが黙ると、室内には重い空気が落ちた。
 少し経ち、廊下側から襖が開くと文字屋が現れる。イズナが主人を見つけたかのようにパアッと表情を明るくし、煙姿になって文字屋に絡みつく。文字屋がイズナを指で撫でつつ、食事を途中でほうりだした千代を見て、訝しげな声を上げた。

「腹の調子でも悪いのか?」

「ううん、全然大丈夫! それより文字屋くんに聞きたいことがあって……」

「なんだ」

 上座の席に座った文字屋から、鼻歌を歌いつつイズナが離れる。すーっと台所に向かう煙は目にくれず、千代はごくりと喉を鳴らした。

「いじめって、漢字だとどう書くの?」

「いじめ?」

 文字屋が眉間に皺を寄せる。いそいそと食事を運んできたイズナが毛を逆立てるほど、文字屋の声は冷たかった。

「ひらがなが一番だ。そもそも、何故お前がいじめの文字を気にする? もしも仮にお前自身がいじめられているのなら、それは最早もはや、文字の問題ではなくなるぞ」

「は、はい……。ちなみに誰にもいじめられてないです、みんな良い人ばかりです」

 腕の下がピリピリちくちくする。思い切り爪を立ててかいてから、千代はきゅっと唇を結んだ。

(……文字屋くんには頼れない。わたしがいじめの証拠を集めなきゃ!)

 千代は再度箸をとり、左手に持った茶碗から山菜炊き込みご飯をわしっと口に入れる。動くには体力が必要だ。食べられるときに、きちんと食べておかなければ。

(待っててね、子兎ちゃん! 絶対にぜえったいに、いじめなんてなくすんだから!)
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