宵闇町・文字屋奇譚

第二章・お鶴さんの恋愛事情

肆

　ピクンと狐耳きつねみみが動き、文字屋が立ち止まる。
　答えを待つ千代へ振り返ると、んべっと舌を出した。

「教えない」

「な……！」

「ペンネーム以外は別料金だ。半紙にも書いてあるだろう。『文字、売ります』と」

「はい⁈　勝手に話しておいて、お金とるの⁈」

「当たり前だ。俺は文字屋だぞ。借金は耳を揃そろえて返せ」

　ガタガタンとちゃぶ台を鳴らし、立ち上がった千代を横目に。
　文字屋が廊下に消え、襖を閉める。

「せっかく極貧生活ごくひんせいかつから抜けだせそうだったのに！　こっち宵闇町でも極貧生活になるなんて嫌だぁぁぁあ‼︎　一日でも早く【帰キ】の文字を見つけてやるぅぅぅ‼︎」

　千代の大声は、古い家屋かおくを揺らし。
　本人だけが知らぬところで──ぴょこぴょこと、文字屋の狐尾きつねのおを楽しげに揺らしていた。


【第二章・お鶴さんの恋愛事情／了】